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少年よ、○○を抱け ~風木和真の場合~  作者: 大山
第二話 二度あることは
18/22

機械仕掛けの神的なアレ


 閉ざされゆく視界の中にも、黒く塗り潰された後にも、痛みはなかった。

 ただ――凍てつく喪失感だけが、そこにはあった。



**********



「っ、うわあっ!!?」

「きゃっ!?」

 跳ね飛び起きれば、深恵(しんけい)()の声が左からやってくる。

 遅れて噴出す汗の不快さに気づくより早く、周囲を見渡した和真は、そこが今朝、目覚めた寝室と知った。

「なっ、だ……夢、か?」

 胸を失くし、鮮血に散らばった身体と両腕。

 柔らかな陽を浴びても、冷えた心は和真を震わせた。

 それでも、失われた胸に手を当てれば、返ってくる感触はしっかりとそこに在る。

「そっか……夢、だったんだな」

 擦りさすり、自分の無事を確認した和真は、寝台の中でまたしても裸になっている事も知った。

(……って、またって訳ねぇだろ、俺。あれは夢だったんだから。こっちが現実……異世界だけどな)

 妙な夢のせいで、混乱してしまった頭を整理する。

 のぼせに酸欠に電撃。

 二度ある事は三度ある。

 そして三度目に来るのは正直。

 だから和真はこの異世界を現実だと認めることにしたのだ――


 夢の中で。


(……あ? 何だそれ?)

 整理するはずの頭が、その考えに疑問を抱く。

 異世界を現実だと認める過程はまだいい。

 まだ判る。

 だが、あれは夢、それも和真が死ぬ悪夢だったのだ。

 だというのに、何故、自分の頭は夢の中の考えを肯定するのだろう。

 まるで和真が既に、そう(・・)納得していた(・・・・・・)かのように。

 ほっとする間もなく、再び鎌首をもたげる不安。

 乾く喉を無理矢理鳴らせば、横合いから水差しが現れた。

「大丈夫ですか?」

 水差しを持つ、ほっそりした手を辿れば、露出の少ない濃紺のワンピース姿の女が、心配そうな顔で和真を見ていた。

「あ、ああ。悪い。ありがとな、深恵姫」

「いえ。……え?」

 礼を言いつつ、水差しを受け取った和真は、不可解だと言わんばかりの深恵姫の声を横に、水差しの吸い口を含むと、乾いた分を取り戻す勢いで中身を空けていった。

「ぷはっ! ふぅ。これで少しはまともに考えられる」

 潤う口内に、唇を荒々しく拭う。

 水差しを持っていく深恵姫の手があれば、それにもう一度礼を述べかけ。

「ど、どうしたんだ?」

 胸の前に水差しを抱えたまま、深い藍色の瞳がじっとこちらを見ているのを知ったなら、和真の身体が大きく仰け反った。

「深恵姫、とは……」

「え……あっ! いや、これはその」

 訝しむ視線と言葉を受け、大事なことに和真は気づいた。

(そうだよ、何言ってんだ、俺? 深恵姫ってのは、夢の中での名前だろ? 幾ら似ているからって、現実も同じな訳がないのに)

 夢の中の人物の名前で、現実の人物を呼ぶとは、かなりイタイ奴だろう。

 そう思って訂正を入れようとした矢先。

「ああ、もしかして長からわたくしのことをお聞きに?」

 ぽんっと叩かれた深恵姫の手。

「あ、ああ」

(あれ? 同じ、なのか?)

 納得したと言わんばかりの表情に気圧され、ついつい頷いてしまった和真は、「着替えをお持ち致します」と四つん這いで去っていく、形の良い尻を目で追った。


(可笑しい……)

 深恵姫が着替えを持ってくる合間に、和真は不可解な彼女の発言を考える。

 夢の中の深恵姫と同じ名を持つ、深恵姫。

 容姿も仕草も同じなら、和真の中の不可解はより一層強くなっていく。

(予知夢? 異世界に来て、いらん能力身に付けた? って、それだと俺、これから死ぬんじゃね?)

 しかもあの光景では、犯人は完全に長。

 殺り方は今もって不明だが、凶器は杖だと判る。

 魔法が存在する異世界らしく、魔法でどうにかしたのだろう。

 召喚で浪費した、カスしか残っていないはずの魔力で殺られたと思えば、屈辱的なことこの上ないが。

 とはいえ、そうして和真の召喚を指揮したであろう人物が、率先して彼を殺しに掛かるだろうか?

(ない、って言い切れるほどでもねぇけど)

 そこまでの信頼を長に寄せた憶えはない。 

 だが、仮にも長とよばれる者が、理由もなく和真を殺すかと問われれば。

(ない、って言い切れるほどでもねぇな、やっぱ)

 思い返せば和真を除いても、ろくな扱いしか受けていない長。

 ともすれば、長という名さえ、姫同様、別の意味を持つのではないかと勘繰りたくなるほどだった。

(……止めよう。あのじーさんのことを考えても仕方ねぇし。とりあえず、杖には要注意ってことで)

 早々に考えから長を切り捨てた和真。

 改めて考えるのは、深恵姫の言葉だった。

(あの話し振りからすると、やっぱり初対面、だよな。けど、何から何まで夢と同じってのは在り得るか?)

 予知夢だというなら、在り得るのかもしれない。

 だが、仮に予知夢だとしても、同じ未来を辿るとは限らない。

 現に夢の中では水差しは現れていないのだから。

(試して、いや、確かめてみる価値はある、か)

 和真の中で一つの結論が導き出された。


 程なく「お着替えお持ち致しました」と入室してくる深恵姫。

 促されて布団から這い出れば、深恵姫に全裸を披露してしまうものの、夢の中での経験が生かされてか、和真は堂々としたもの。

 それどころか、余裕を持って、夢と現実とを比較し始めた。

(夢では確か、布団に丸まってたんだよな、俺。で、変な問答始めて……ああ、そうだ)

 甲斐甲斐しく着替えをさせていく深恵姫の動きを感じながら、ふと思い立った和真はこんな質問を投げかけた。

「なあ、俺が素っ裸なのはジジイのせいなんだろ?」

「ジジイ……ああ、長のことですか? ええ。ですが服を脱がせたのは――」

「あんたなんだろ?」

「……え?」

 丁度和真の下着を着け終わった深恵姫が、ふんどしのように垂れ下がる前で、跪いていた顔を上げた。

 布越し、ふっくらした唇から零れる呼気が触れそうな気配に、心の隅が少しだけざわめくものの、表面はそのままで和真は続けた。

「で、他にも二人の姫が、俺の……その……見たんだよな?」

 言ってしまえば反応してしまいそうな其処。

 ついつい遠回しに照れて言ってしまった和真だが、聞かされた深恵姫にとっては、それも歓迎し難いことだったらしい。

「……何故それを? まさか、気がついていらしたのですか?」

 徐々に染まっていく頬は怒りのためか。

 考えようによっては、気を失っていたからこそ出来たことなのに、と非難されても仕方がないかもしれない――が。

(何だそれ。気がついてなかったら脱がせても罪悪感ないくせに、気がついていたら脱がさせたって怒るのか? 幾らなんでも理不尽じゃねぇか)

 ふつふつ起こる怒りに、和真の眉間にも自然と皺が刻まれていく。

 しかしすぐに解すと、またしても符合した夢の内容に意識を集中させた。

(俺の裸はジジイのせい。けど、脱がせたのは深恵姫で、他の二人の姫も見ていた、と。つーことは、やっぱりアレは予知夢……いや、待てよ?)

 ここに来て、杖を翳した長の語りが蘇ってきた。

(雷公姫の電撃でも害せない姫、つまり俺。その後は確か、論より証拠、身を持って知れだとか何とか。で、いきなりジジイに害されちまった訳だが。なのに、次に目覚めたらベッドの上。しかも時間は巻き戻っている。これってもしかして……?)

 ゲームと言ったら最近ではほとんど、格ゲーかシューティング類しかやって来なかった和真。

 加えてやる場所と言えば、煩い親や何かと仕掛けてくる姉や妹のいないゲーセンばかりだったため、今の状況にぴったり当て嵌るゲーム機能をすっかり失念していた。

(そーいやジジイ、言ってたな。一夜明けた今となってはって。つまり一夜明かすのがセーブポイントで)

「……姫?」

 押し黙った和真を訝しんでだろう、立ち上がった深恵姫が、和真の中では既に終わった話題を持ってきた。

「どうして何も仰らないのですか? 気がついていたなら、気がついていたのだとはっきり仰ったらどうです!?」

 その声は最早、和真が気絶していた事実はないものとして処理し、気がついていたのに自分に脱がせたという非難に満ち満ちていた。

 だが、和真に深恵姫の声は届いていなかった。

 何せ彼は確信してしまったのだ。

 殺される夢が夢ではなく現実で、だというのに生きて、同じ時間を繰り返しているこの状況が、どういう意味を持つのか。

(つまりこれは……リセットされたって事だよな)

 もう一度、今度は最良の選択をするために。

 リセットボタンは、和真の死。

 胸糞の悪い気づきに遭い、和真は小さく舌打ちをする。







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