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少年よ、○○を抱け ~風木和真の場合~  作者: 大山
第二話 二度あることは
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翳された杖の先

 深恵(しんけい)()の手により、昨日の布より動きやすい服を得た和真。

 少々ぴっちりした下半身の着心地は難だが、慣れない裾を引き摺るより、ズボンの方が何倍もマシだ。

 とはいえ、その顔色はかなり悪い。

 和真を着替えさせた後で、ワンピースを着直した深恵姫が手を引いても、為すがまま。

 たおやかな微笑に先導されて部屋を出ても、硬直した表情は一向に戻る気配がなかった。

(姫――つまりは俺の召喚のせいで、離縁させられた女。なのに、着替えを手伝うばかりか、服まで脱いでみせて……挙句にキスって。何を考えてんだ?)

 別にファーストキスを取られたとガタガタ騒ぐ気はない。

 キスすら経験したことがないと言い続けていたのも、それが和真の異性遍歴を尤も判りやすく表せるからに過ぎず、羨んだり憧れての事ではなかった。

 済んでしまった今となれば感想など、柔らかかったな~、初めてがこんな美人ってついてるぅ、ぐらいのもんである。

 ただし、”こんな美人”には飛びっきりの曰くが付いていた訳だが。


 だからだろうか、短い廊下を経て深恵姫が開けた扉の先、並んで迎える三人の中に緑のジジイを見つけた和真は、脇目も振らずにそこへ向かうと、問答無用で胸倉を掴んだ。

「ひぐぇっ。だ、だにをなざいまぶっ」

「何って決まってんだろ? 挨拶だよ、挨拶。こんのクソジジイ、デタラメな事ばかりしやがって、ってな」

 いっそ清々しい程の笑顔でジジイを締め上げた和真は、その頬が若干紅潮している様を見て、そーいやとジジイの性癖を思い出した。

 相手は限定されるものの、虐められると嬉しい、という性癖。

 なるほど確かに気持ち悪い。

 が、和真にとって重要なのはジジイの反応ではなく、自分がスカッと出来るかどうかである。

 このため、手を緩めるどころかジジイを持ち上げた和真は、ジジイのデタラメを一つ一つ上げていく。

「忘れたとは言わせねぇぞ? 俺の召喚を託宣云々抜かしてたくせに、実際は無作為だったんだよな?」

「うっ!? な、何故それをっ!?」

「てめぇでバラしてたじゃねぇか。だってぇのに、人が気を失っている間に何勝手に剥いてやがんだ、コラ?」

「む、剥くとは? そんなことをせずとも、姫のナニはちゃんと」

「何の話だ、このジジイ! 俺が言ってんのは服の話だ! ふ・く・の!!」

「あ、ああ、服の……いけませんでしたか?」

「ったりめぇだ!!」

 和真が唾を吐き散らかすように叫べば、眉毛奥の目をしばたたかせたジジイがぼそっと呟いた。

「これ以上減るところもない、貧弱な身体のくせに」

「……何か言ったか、クソジジイ」

「いえいえ、何も言っておりません、なーんも」

 この至近距離、聞こえていないはずがないと判っている口で、ぬけぬけ言ったジジイ。

 一発ぶん殴りたくなってくる顔を前にして、和真は辛うじて留まる拳にぐっと力を込めた。

 するとそんな和真を見越してか、ジジイは慌てた様子でフォローに走る。

「いやいや! だとしても、良いではありませぬか」

「何がだ!?」

「姫の裸を見たのは四人の姫。どうせその内見られてしまうのですから」

 言って、ジジイの目がささっと左右に向けられた。

 これを追った和真は、ジジイ以外の人間の存在を思い出し、その姿を視認して掴む手を離した。

 傍らでこれ見よがしにゲホゲホ咳き込むジジイ。

 和真は一歩下がると、改めて示された二人に目をやった。


 左側にいたのは、白か銀か判断が難しい髪色の少女。

 腰まであるその髪は、柔らかさを感じさせないほど真っ直ぐ下に伸びている。

 大きな瞳は桜色をしており、瞳孔から虹彩にかけて、魔方陣のような金色の紋様が描かれている。

 ふっくらとした頬は乳白色の甘みを帯び、少し薄めの閉ざされた唇は仄かな紅。

 背の高さから言っても、子どもの域を脱していない身体はしかし、女と一目で判る曲線を各所に散りばめていた。

 印象としては、頑なに貫かれる無表情も相まって、無機質な人形めいているが、それを差し引いても将来が楽しみな美少女である。

 要は今手を出したら即・犯罪者扱いされる、ギリギリアウトのライン。

 対し、右側の少女は和真と同じくらいか、少し下くらいの容姿。

 深恵姫や左側の少女同様、美少女ではあるものの、二人に比べるとぶっちゃけ華はない。

 が、勝る愛嬌や快活さは多分にあった。

 ジジイとのやり取りのせいで、若干引き気味になっている肌は、きめ細かくも日本人の目に馴染む色をしており、短い髪は褪せた朱、好奇心が覗く瞳は青竹色と色彩に富んでいる。

 だが、彼女をして一番目を引くのはやはり、その胸の大きさだろう。

 揉みしだくまでもなく、そのままでも十分柔らかそうな大振りは、ともすれば彼女の健康的な体型を太めに錯覚させてしまうほど、存在感があった。

 とはいえ、胸のせいで色々あった昨日の今日である。

 すぐさま和真が視点をジジイに戻せば、ガンッという擬音ぴったりに、少女が豊かなバストを腕で隠す様子が端に映った。

 どうやら大きな胸に、何かしらのコンプレックスがあるらしい。

 昨日の雷公姫の件があるため、あまり触れないでおこうと和真はこっそり誓った。

 ついでに、そーいやと思う。

(確かジジイ、四人の姫って言ってたよな? 深恵姫とこの二人で三人。あとの一人は……まあたぶん、アイツなんだろうけど)

 自らを四人の姫の一人と名乗った深恵姫。

 一番後ろに”()”と付くのが、四人の姫であるならば、雷公姫も含まれるはずだ。

 それとも、姫が巫女と同義である以上、雷公姫は巫女というだけで違うのだろうか。


 和真が心の中で首を捻れば、咳から回復したジジイこと長が、手にしていた杖をトンッと突いた。

 和真の意識が自分に向いたと確認したのか頷くと、「紹介が遅れましたな」と前置き、杖で左右をそれぞれ指し示した。

 最初に杖が向いたのは、巨乳少女。

「こちらは明澄(めいちょう)()。そして――」

 次に杖が向けられたのは、人形少女。

「こちらが灰心(かいしん)()。昨日お話した、ワシの孫娘ですじゃ」

 紹介と同時に一歩進んで礼をする二人の少女。

 つられて二回、軽い会釈を返した和真だが、小さく「孫……」と呟いては、違和感に眉を顰めた。

(じーさんの孫……って事は、あの怖い奴の孫でもあるんだよな。全然似てねぇ。つーか、あの審美眼で

四人の姫が極上ってどうよ? いや、評価自体はいいとしても)

 不気味な老人の容姿を四人の姫より優れていると言い切った長への、深まる謎。

 そんな和真の様子を知らず、長は続けて言った。

「そして姫の後ろにいらっしゃるのが」

「わたくしは既に自己紹介を終えておりますわ」

 すかさず背後から届く、深恵姫の優しげな声。

「それはそれは」

 言葉を取られても頷くだけの長は、杖で再び床を叩いた。

「もう一人は、判っておいでとは思いますが、昨日の雷公姫にございます。尤も、今は反省室ですが」

「反省室?」

「然様。故意ではないといえ、姫を気絶させましたからな。今しばらくは謹慎して頂こうと思いまして」

 のんびりした言い草だが、長の声はどこか硬い。

「害ある雷撃でなかったのは幸いでした。しかし、雷公姫にはもっと、慎みを覚えて頂かねば為りませんな。仮にも聖騎士なのですから」

 長がやれやれと首を振れば、和真はこれを半眼に捉えた。

「甲冑の片付けに追われて、見放したヤツがよく言う」

「なに、哀れな老人を見捨てられた姫には敵いませぬよ」

 ああ言えば、こう言う。

 互いに退かない和真と長が、不穏な空気を漂わせ、口元だけで笑い合う。


 と、ここで目まで笑わせた長は、それを眉毛の奥に隠すと、杖の頭を和真の胸の前に翳してきた。

 ぴたっと止まった杖に和真が怪訝な顔をすれば、にやっと笑って長は言った。

「然れど……一夜明けた今となっては些細な事。雷公姫が得意とする最大出力の電撃とて、姫を害すこと及ばぬでしょう」

「は? 何言って」

「論より証拠。只今より、身を持ってお知り下され。異世界の姫よ」

 長の言葉が終わるか終わらないかの内に、トンッと軽く押された胸。

 クラリよろけた和真は、長に文句を言いがてら、体勢を立て直そうとし。

(……っれ? 何で俺、こんな回って? つか、アイツら……何で、あんな、かお……?)

 ただ後ろに押されただけだというのに、ぐるりと回った視界。

 過ぎるのは、笑う長と無表情ながら目を軽く開いた灰心姫、そして強張った他二人の姫の顔。

 内、明澄姫が自身の目を隠す傍ら、悲鳴を上げるように口を大きく開いたなら――

(お、れ……の、からだ……?)

 床で回転を止めた目が見たのは、腹から上を鮮血に染める、それまで和真の下にあったモノ。

 何故あんなにも離れているのか。

 理解出来ず手を伸ばそうとするが、すぐに視界に現れるはずの手は、一向に出てこない。

 それどころか、動かない視界は徐々にぼやけていく始末。

 ようやく伸ばす手を見つけても、それは身体から離れた位置で、肘から先を失くした状態で転がっている。

(から、だ、が、あそこ……うで、は、そこ……)


 ソレナラ、ここニあル、おれハ――……







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