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少年よ、○○を抱け ~風木和真の場合~  作者: 大山
第二話 二度あることは
15/22

目覚めの自覚

 のぼせに酸欠に電撃――

 二度ある事は三度ある。

 そして三度目に来ることといえば、正直。

 だから和真は三度目の目覚めに当たり、ようやく認めることにした。

(夢でも悪夢でもなく……現実なのか)

 ぼんやりした眼が捉えるのは、知らない白い天井。

 差し込む朝日と思しき陽光は、右側に柔らかく暖かい熱を伝えてくる。

 どうやら一夜は既に明けたらしい。

 布団の上に乗った手に伝わるのは、包まっている寝具の上質な感触。

(やっぱり異世界ってやつか)

 認めれば、何となくで上がる口角。

 あれだけ否定し続けていたのが、今となっては馬鹿らしかった。

「くっ」

 零れた笑いに溜息が続く。

 ――と。


「お気づきになられましたか、姫?」


 掛けられたのは、初めて聞く穏やかな女の声。

 寝起きを引き摺る頭でそちらを見やれば、青い光沢の黒髪の下で、声そのままに、穏やかな藍色の目が、優しげな微笑を浮かべていた。

 露出の少ない濃紺のワンピースを来てはいるものの、やたらと広い寝台の上で、四つん這いになった状態で。

「……あんたは?」

 色々つっこみたい要素はあったが、とりあえず一番重要と思える部分を問う。

 すると女は微笑みを携えたまま、答えることなく和真の額に手を置いてきた。

 心地良い冷たさに自然と目が細くなれば、身を起こした女がふんわり笑う。

「熱はないようですね。どこかお加減が悪いところはございますか?」

 医者か何かなのだろうか。

 落ち着いた物言いに息をついた和真は、ゆっくり身を起こすと、軽い柔軟をしてみた。

(……ん? 何だ? 妙に身体が軽いような)

 肩こりや腰痛に悩まされた憶えはないが、身体が随分と軽く、柔らかくなっている。

 今ならどんな無茶なヨガでも出来そうな気がした。

 最後に手を置いた肩をぐるぐる回し、首を捻っては、ああもしかして、と思い当たった。

(雷公姫のアレのせいか? 衝撃はかなりのモンだったが、痛くはなかったし)

 意識が途切れる直前の、光を纏った雷公姫の姿。

 あの抱擁でこの効能、ヘタなマッサージも裸足で逃げ出す爽快さだ。

 一通り、自身の身軽さを確認し終えた和真は、彼の答えを待つ女へ、首を横に振って答えた。

「いや。見ての通り、悪いどころかすこぶるいい」

「そうですか。それはようございました。では、お着替えをお持ち致します」

 手を合わせてにっこり微笑んだ女は身を捩ると、四つん這いになって寝台の端まで這っていく。

 和真は不安定な寝台の上を行く、形の良い尻を何とも為しに眺めながら、先程まで頭が埋まっていた枕へ上体を倒した。


 寝台から降りた女が、寝台以外何もない部屋から出て行くのを見送っては、伸び一つ、欠伸一つ。

「……にしても、どーしたもんかなー?」

 のん気な声とは裏腹に、その顔は酷く憂鬱だ。

 それもそのはず、現在の状況を現実と認めたところで、和真には億劫な思いしかない。

「張り合いねぇもんなー。王道に世界を救うったって、方法が一夜に四人と。帰る方法にしても、その四人に子ども生んで貰うしかねぇとか。ったく、マジで人選可笑しくね?」

 苦い思いでしかめっ面をした和真は、次いでもっと顔をしかめると、今にも舌打ちしそうな声で一人ごつ。

「しかも、あのクソジジイ……説明の時には託宣だとか尤もらしく言ったくせに、真面目にした話では、無作為に選んだって言ってたよな? ぜってぇ後でしめてやる」

 知りたくもない性癖を知ってしまったとはいえ、和真の中に生まれた暴力的な鬱憤は、吐き出す場所を求めて止まなかった。

 結果的にあのクソジジイを喜ばせることになっても、構わないと思えるくらいに。

 たぶんきっと、和真が帰るその日まで、あのクソジジイを伸さない日はないだろう。

 と、ここで和真の脳裏に、あのクソジジイの娘だという双子が再生された。

 長く接していたのがその格好だったせいか、ほぼ全裸の肢体を互いに絡ませ合う形で。

「~~~~っ」

 和真は脳内のオプション機能に顔を赤くすると、これを払うように頭を振って、忌々しげに舌打ちをした。

 それでも取れない赤みは、髪をぐしゃぐしゃかき乱すことによって誤魔化す。

「あーくそっ! そうだよ。夢じゃないってんなら、あれだって現実だろ!? 女四人ってだけでも頭痛いってのに、プラス双子。……ああでも、あいつらは惚れ薬のせいだっていうし、問題ない、よな?」

 誰に向けてでもないが、振って湧き続ける女関係の一部に、和真は強引に終止符を打った。

 惚れ薬がなければあの双子は除外していい――

 一抹の不安は妙に残るものの、それは未練として切って捨てる。

 和真だって健康的な青少年である。

 双子の美少女によってたかってちやほやされて、嬉しくない訳はないのだ。

 だからこそ、残る不安は未練。

 それ以外の理由は受け付けない。


「ふぅ」

 深呼吸することで頭を切り替えた和真は、かといって明るい顔をするでもなく、ずりずりと身体を布団に潜り込ませていった。

「つっても、やっぱ四人は残るんだよなぁ。しかも一人はジジイの孫…………………………ん? あれ?」

 ここに来て感じる既視感。

 昨日、同じ話題に触れた時、同じように何か大事なことを忘れていると思った和真は、今一度それが何か考え。

「あっ!!」

 思い当たったなら、和真からさーっと血の気が引いていった。

 はっきり思い出したのは昨日、その話題に触れる前、湯殿に行くよりもずっと前の、忌まわしい出来事。

 長よりも腰の曲がった、男だとばかり思っていた、姿形・雰囲気共に不気味な老人が刃を持つ画。

(何で俺、今の今まで忘れてたんだ? そーだよ。昨日ジジイが言ってたじゃねぇか。あの怖いやつが自分の妻だって! しかも麗しいだのなんだのって!!)

 でもってその審美眼で、長ははっきり口にしていた。

 四人の姫はどれも極上の女だと。

「……逃げるか」

 即決だった。

 長の娘だというあの双子の容姿ならば、ともすれば希望を持って良いかもしれない。

 しかし、長は彼女たちに対して、美しいも麗しいも一言も口にしていないのだ。

 和真の「可愛い」という評価には喜んでいたものの、娘を褒められて嬉しくない父親はいない――そんな発想から来る喜びであれば、一考にも値しなかった。

 四人の姫に関しては、王だと思われるオッサンも絶賛していたらしいが、召喚の人選を託宣と偽っていたジジイの言葉に信憑性は皆無だ。

 もし仮に、四人の女の容姿が普通だと聞かされていたら、和真もここで逃げようとは思わなかったに違いない。

 会うくらいはしていただろう。

 それが極上の女だと聞いて逃げる逃げる理由は唯一つ。

 長が「麗しい」という彼の妻を基準にして、うっかり想像していた四人の容姿がどれも、ゾンビめいた造りをしていたせいだった。

 逞しい想像力の為せる業である。


 思うなり、まずはこの寝台から抜け出そうと布団を蹴り剥がした和真。

 だがしかし。

「……え?」

 途端に触れる部屋の空気は、遮ることを知らず。

「お着替えお持ち致しました」

「ぎゃあっ!!?」

 出て行った女が戻ってくるのを知るなり、布団を被り直した和真は、そのまま寝台を転がると、芋虫状態で落下。

「ぐはっ」

「姫!?」

 受身も満足に取れない身体ながら、痛む声を上げた足は、女の接近に壁際まで移動。

「く、来るな!」

 疑心暗鬼に陥った人間が出すような、そんな怯えた叫びが和真の喉を通れば、女がビクッと足を止めた。

 その姿にほっとする傍ら、芋虫和真は手負いの獣よろしく続けて叫ぶ。

「俺の服は!?」

「それならこちらに只今」

「じゃなくて!! 何で俺、真っ裸なんだよ!?」

 そう、柔軟をした時は、いつも上半身はシャツ一枚か裸で寝る和真、大して気に留めなかったのだが、布団を剥げばビックリ、はいコンニチハ。

 湯殿でのぼせて以降の再開に、感動よりも怖気が先立った彼は、答えを知るであろう女を睨みつけた。

 情けなくも、ちょっぴり涙目になりつつ。

 すると、ぽっと顔を赤らめた女は、迷う素振りで視線を逸らしてもじもじ。

「それはその、長が姫に寝巻きは必要ないからと」

「またあのジジイか、クソッたれ!!」

 大方、四人相手にすんのに服なんて邪魔邪魔~と、軽いノリで人の服を剥いでいったのだろう。

「があっ、マジでどうなんだ、アレ! 何が悲しくて、ジジイの一存で服を剥ぎ取られなきゃならねぇんだ!!?」

 芋虫の身体をバタバタ激しく悶えさせながら、ここにはいないジジイへの恨みつらみを叫ぶ。

 ぜってぇブッ殺す!、とは今まで介抱していたと思しき女の手前、口に出せないものの。

 そんな和真の怒り具合をどう思ったのか、女が慌てた様子で言ってきた。

「ああ姫、どうぞお怒りをお鎮め下さいませ! 姫の服を脱がせたのは長ではなくわたくしでございますゆえ!」

「え…………………………マジで?」

「はい。マジにございます」

「ジジイじゃなく、あんたが?」

「はい。長ではなく、わたくしが」

「…………」

 至極真剣な表情で頷く女に、怒りで奮起していた赤い顔が段々白くなっていく。

(双子にジジイに雷公姫に……それだけに留まらず、この女にまで?)

 和真が女であったなら、確実に「お嫁に行けない!」だのなんだの、のたまわれる場面だろう。

 しかして女の告白はこれに留まらず続き。

「白状して申し上げますと、姫の裸体はわたくしの他二名も拝見済みでございます」

「…………」

 終わった。

 和真の中で何かが終わった瞬間だった。

 女の静かな告白に、和真はただただ、芋虫になる無意味さを思い知る。







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