ホントのところ その2
和真と甲冑が足並み揃えて続くのを見計らい、長は前を向いたまま語り始めた。
「この世界へ望まず召喚された異世界の姫よ。貴方にこのような事を申しては、甚だ不愉快に思われるかもしれませぬが……我らもできることなら、異世界などから何者とも知れぬ男を招きとうなかった」
「…………」
「特に、他四人の姫に身内がある者なら、誰もがそう思うでしょう」
「それって……じーさん、あんたが?」
和真の問いに長はふっと笑う気配だけを寄越した。
「判りますかな、姫? 遥かな昔の責を今なお取らされる者の身が。真に憤りをぶつけるべき相手はもういない。その血筋はあっても、彼の血を粛清せし系譜の先を、どうして責められようか。異世界の男においても然り。彼らはただ勝手に望まれ、役目を果たしただけ。……稀にこれを逆手に取り、自由に振舞う者は知りませぬが」
「…………」
何やら薄ら寒い雰囲気に、和真がぐっと顎を引いた。
逆手に取った憶えも、自由に振舞った憶えもないが、これはきっと、遠回しに忠告しているのだろう。
勝手な振る舞いをすれば命の保障はない、と。
(か、考えてみりゃ、一夜に四人の女を、ってだけで完遂した暁にはバッサリ、なんて事もあり得るんだよな。優遇にしたって、はいそれまで、だろ……な、なかなかシビアじゃねぇか。さすがは悪夢)
何が何でも、どれだけ目覚めが遅くとも、まだまだ夢だと思っている――いや、思いたい和真は、乾いた笑いで頬が引き攣るのを感じた。
「そ、それが俺の勘違い?」
大きく間を開けてからの問いかけは、和真の声の震えと弱弱しさを隠せない。
ある意味、遠回しの死刑宣告を受けたも同然なのだから、仕方がないと言える。
だが、長はこれに首を振ると、小さく溜息をついて言った。
「いやいや。これは単なる愚痴ですじゃ。孫娘を差し出さねばならなんだ、情けないジジイの愚痴……」
(孫娘……そう、か。じゃあやっぱり…………………………ん? 待てよ?)
危うくお涙頂戴というか、申し訳ない気分で終わるところだった和真は、何かとてつもなく大事なことを忘れている気がして眉間に皺を寄せた。
(じーさんの孫娘、じーさんの孫娘――)
あともう少し、あと少しで何かが判りかける、その時。
「そうそう、ちなみにあの双子はワシの娘でしてな」
何故か朗らかに別の、かなり無理のある話を持ってきたジジイ。
「は? 娘? 孫じゃなくて?」
思わず判りかけたことを手放し、驚くのに専念してしまった和真へ、肩越しに振り返った長は「むふふ」と頷いてみせた。
「娘、ですじゃ。何も驚くことはありますまい」
「いや驚くだろ、普通。じーさんから、あんな……ああ、いや、何でもない」
「あんな、何ですかな? そこまで言いかけて、何でもない、で済ますこともありますまい。特に親としては非常に気になる」
「うっ」
長い眉毛に埋没した目が、きらっと光ったようにみえた。
聞く気満々の突き刺さる視線に呻いた和真は、少しだけ目を逸らすと、早口に言った。
「可愛いって言おうとしたんだよ。じーさんみてぇな妖怪から、あんなのが二人も揃って出てくるわけねぇって!!」
「ほっほっほ。照れ隠しとはかわゆいですな、姫。……にしても妖怪とは。酷いですなー。こんなお茶目な紳士を前にして」
「お茶目が過ぎるから妖怪なんだろ? 大体、紳士って何だ、紳士って。つーか、じーさん。あんたよぉ、孫娘だけでもアレだってのに、何で関係ない双子の娘まで異世界の男なんかに差し出してんだよ」
「ほっほっほ」
「笑うトコ違うだろ!」
答える気がないのか、それとも当の異世界の男に、自分の胸中を明かしたくないだけなのか。
判別しない笑いを残し、再び前を向いた長は、かんっと杖を打ち鳴らすと、和真の意識を話の中に引き摺り込んでいく。
「さて、話を本題に戻しますぞ。先程から述べております姫の勘違いですが、それはつまり、一夜にして四人を貫く、という意に関して」
「はあ? それこそ勘違いしようがねぇじゃねぇか。女と交われってんだろ? 俺に出来るかどうかは別としても――」
「はい、そこっ!!」
「うおっ!?」
突如、ぶんっと風を切ってきた杖が、和真の鼻先に突きつけられた。
和真に肩を貸す甲冑が止まってくれたお陰で、衝突は免れたものの、あと少し前に出ていたら、確実に昏倒、打ち所次第では二度と目覚めぬ眠りに突入するところだった。
早鐘を打つ心臓に息を詰まらせつつ、甲冑への礼もそこそこに、長を睨みつけた和真が吠える。
「何すんだ、このジジイ! 危ねぇだろ!?」
しかし啖呵を切られた長も負けてはいない。
凶器になりかけた杖を更に和真へ肉薄させると、肩を怒らせるようにして言った。
「じゃかしゃあ、この若造めが! 青臭いぺーぺーのくせに、なぁに上から目線で語っとる! よいか? お主の勘違いとは、そこじゃそこ!!」
つんつんと杖で鼻を軽く突いた長は、売り言葉の買い言葉に驚き、それでも口を開こうとした和真を遮るように、一転、静かな声で言った。
ともすれば、疲労さえ滲む、そんな声音で。
「あのな、ちぃと考えてみてはくれんかの? そもそも、何故ワシらが異世界の男を招くのか。そうすれば、本来なら語らなくて良い内実を何故お主に語って聞かせているのか、その理由も判るはずじゃぞ?」
引いた杖で肩を叩きつつ、向かい合った長が呆れ気味に眉を上げた。
和真の胸より低い背からの上から目線には、些かムッとしないでもないが、どれだけふざけようとも相手は長と呼ばれる存在。
どつき回せたせいで、和真からの評価はかなり低いものの、和真を「若造」「青臭いぺーぺー」と言えるくらい、長い時を歩んできてはいるのだ。
――言いなりになるのは、甚だ癪だったとしても。
「……あんたたちが召喚すんのは、呪いを百年間無効にするため」
和真なりに長が指摘したい部分を考えつつ、召喚理由を口に出す。
すると長は「そう!」と大きく頷いて後、コホンと咳払いして杖を納めた。
「熱くなってしまったとはいえ、度重なる姫への非礼、どうぞお許し下され」
てっきり頷いた先を言うのかと思いきや、いきなりの謝罪に和真は面食らった顔をした。
(別にどっちでも変わんねぇと思うんだが……よく判んねぇな、このじーさん)
対処に困った和真が「ああ」と投げやりに答えれば、深々下げた頭を上げた長、杖をトンッと床に突き、何度も頷きながら言う。
「そう、我らが異世界から男を招くは、呪いを百年間無効にするため。それもリジェレイシカ全体における――お判り頂けますかな、姫? 異世界の姫にとってはただのエロだったとしても、我々にとっては死活問題。出来れば、で済む話ではないのです。して貰わなければならない。だからこそ、四人の姫も、その家族でさえも、姫とのコトを容認している。本来であれば忌避する惚れ薬さえ用いる。手段なぞ選んでおられぬのです」
「…………」
言葉もなかった。
確かに、自分は勘違いしていたと和真は思った。
長から話は聞いていたはずなのに、まともに聞いてはいなかったと思い知った。
(夢だから、なんて屁理屈だよな。夢だったとしても、もう少し考えてみれば良かったんだから)
為す事ばかりが自分の中で強調されてしまい、蔑ろになっていた本当の、彼らの理由。
和真は手段であって、目的ではない。
だがしかし。
「だからって、俺が容認できるかよ」
話は判った。
勘違いしていた部分も判った。
かといって、和真の事情が何かしら変わるわけでもないのだ。
「そもそも経験すらないのに、一夜に四人も、どうしろと?」
キス一つ満足に済ませていない身に、何が出来るというのか。
(……風呂場でのアレは、まあ、置いといて)
瞬間、浮かんだ双子の裸体と感触に少しばかり顔を赤くしたなら、「え……?」と漏れる声。
しかも長からではなく、何故か耳元で。
目を丸くして左隣を見やれば、甲冑の真正面どアップが出迎える。
迫力のあるそれに固まってしまった和真だが、ふと考えれば漏れた声の意味もすんなり理解できた。
(そっか、そうだよな。コイツだって俺が姫……って自分で言うのも段々慣れてきて、心底どうかと思うが。兎に角、呪いをさっさとどうにかできると思って、こうやって肩まで貸してくれているのに。つーか、この反応。好きな奴でもいるってか? それとも既に彼女持ち……)
野次る気持ちは全くないが、彼女ナシで見知らぬ女の下へ向わねばならない自分を思うと、何かムカつく。
世界の危機は一先ず置いておき、暫定彼女持ちの甲冑に冷笑した和真は、力の戻ってきた左腕で彼の頭を締めると、皮肉混じりに言った。
「んだよ。女経験皆無で悪ぃか、この種馬が。てめぇらみてぇに、見境なくバコバコやってるのが格好良いと思ったら大間違いだ。そういうのはな、だらしないって言うんだよ、クソが。複数人同時に孕ませて、訴えられちまえ、色男」
今まさに、自分がその「種馬」で「見境なくバコバコ」しなければならない「クソ」の「色男(?)」になろうとしている事実から目を背け、言い切った和真は、甲冑の頭を解放すると同時に離れていった。
ムカついたからではない。
ムカついて、それをそのまま口に出した手前、甲冑の肩を借りるのは物凄い罪悪感を招くのだ。
しかも甲冑が彼女持ちなのは暫定、それも単なる和真の思い込みでしかない。
「もういい。身体もだいぶ良くなったからな。今まで支えてくれてありがとよ」
だからこそ、投げやり気味にではあるが、一応礼を述べた和真は、完全に回復したわけではない身体をよろめかせつつ、長の方を向こうとし。
「お、おい? もういいって」
だというのに、またしても和真を支えようとする甲冑の動きに、ぎょっとして身を捻る。
何を言われようとも、あくまで任務に忠実に生きようというのか。
ありがた迷惑な甲冑に、罪悪感を引き摺ったままの和真は逃れるべく、腕を払い。
「――ぅえ?」
拍子に甲冑の兜が地に落ちれば、さらりと流れた金の光に、和真の目が点になった。