第二十四話 神扱いしない声
『詳細説明を要求する』
防衛隊の声は、低く硬かった。
怒っている。少なくとも、歓迎はされていない。
康生は黒塔の中枢で、青白く揺れる通信窓を見た。
「…えーと。まず、黒塔が壊れてました」
『把握している』
「知ってたのかよ」
『七号塔は長期にわたり応答異常を示していた。接近調査は失敗。群体誘導も不安定。通信妨害も確認されている』
「じゃあ直しに来てくれよ」
『容易ならば、来ている』
「あ、はい」
正論だった。
『黒塔七号中枢規定に、未承認の隔離処理が実行された。実行者識別、石田康生。登録区分、試用管理者』
「それです」
『何者だ』
一番答えにくい質問だった。
康生がアオイを見ると、アオイはいつも通り無表情で頷いた。
嫌な予感がした。
「私はAdaptiveOversightIntelligence。外部支援端末、A.O.I.です」
『AIか』
「はい。石田康生は、三百二十七年前に死亡した人間由来の人格ログをもとに構成された、ピコマシン自律集合体です」
「だから初対面で全部言うな!」
通信の向こうが沈黙した。
『…繰り返せ。ピコマシン自律集合体、と言ったか』
「はい」
『制御装置ではなく、個体そのものが集合体なのか』
「はい。外部基盤なしで独立稼働しています」
防衛隊側が一気に騒がしくなった。
『ピコマシンによる構造物補修、環境制御、艦艇保守の記録はある。だが、人型自律集合体の実用記録はない』
「そうなの?」
康生がアオイを見る。
「旧文明時代、ピコマシン自体は周知技術でした。構造物の自己補修、環境管理、炭素固定、浄化システム、艦艇保守などに利用されています」
「じゃあ俺みたいなのも普通にいたんじゃ」
「いません」
「即答」
「ピコマシン群を人型に集合させ、人格と運動機能を持つ自律個体として維持するには、高密度かつ安定した中核動力が必要です。旧文明では実用化されていません」
『中核動力は』
「中核特異点炉です」
「それも言うな!」
通信の向こうで、別の声が混じった。
『中核特異点炉搭載個体』
『旧文明高危険度対象』
『未確認型ピコマシン集合体』
『隔離基準を確認しろ』
「隔離って聞こえたんだけど」
「警戒されています」
アオイが淡々と言った。
「そりゃされるだろうな!」
『石田康生。現在位置を保持しろ。黒塔七号より離脱するな』
「え、なんで」
『危険評価が完了していない』
「つまり、俺を疑ってる?」
『肯定する』
康生は黙った。
それから、じわじわと表情が緩んだ。
「…疑ってる」
亮太が眉を寄せる。
「そうだな」
「神扱いじゃない」
「は?」
康生は両手を握った。
「やった。普通の反応だ」
「拘束または隔離される可能性があります」
「でも神扱いじゃない」
「危険対象として扱われています」
「神よりマシ!」
通信の向こうから、低い声が割り込んだ。
『会話内容が不審だ』
「すみません。普通に疑われるのがちょっと嬉しくて」
『意味不明だ』
「その反応も助かります」
『さらに不審だ』
「ありがとうございます」
『感謝するな』
康生は少し泣きそうになった。
神だの天輪様だの御身だの言わない。
危険対象。不審。保持しろ。詳細説明を要求する。
冷たい言葉が、こんなにありがたいとは思わなかった。
アオイが通信窓を見る。
「防衛隊側へ、黒塔七号の中核規定隔離ログを送信しますか」
「規約外作業した証拠だろ」
「はい。ですが、隠蔽した場合、発覚時の危険度評価が上昇します」
「正直に怒られる方がマシか。送ってくれ」
「了解」
黒塔の壊れた規定、村落損耗許容閾値、防衛隊通信遮断、保守安全評価を使った仮補正、中核規定の隔離ログが送信される。
長い沈黙。
やがて、防衛隊の声が戻った。
『黒塔七号は、旧規定から逸脱していた可能性が高い。ただし、未承認者による中枢規定隔離は極めて重大な問題である』
「ですよね!」
怒られた。
ちゃんと怒られた。
なぜか、少し嬉しかった。
『さらに、石田康生。お前の存在そのものが重大な調査対象だ』
「ですよね!」
『何故、嬉しそうにする』
「す、すみません」
『黒塔七号は、当面こちらで監視する。お前たちは現地を離れるな』
「この黒塔の中に?」
『可能ならば』
康生は周囲を見回した。
黒い球体。保守機。正式管理者席へ伸びる光。
「長居したくないんですけど」
『危険対象に居心地の良さを保証する義務はない』
康生は感動した。
「いい」
亮太が引いていた。
「康生さん、本当に大丈夫か」
「大丈夫。拝まれないってすごい」
「喜ぶところじゃない」
アオイが口を挟む。
「石田康生の精神安定に、通常の疑義表明が寄与しています」
『何を言っている』
「説明すると長くなります」
「説明するな」
防衛隊の男が低く息を吐いた。
『直近で大型敵性個体の撃破記録がある。防衛隊による砲撃記録はない。誰が撃破した』
康生は天井を見た。
「……俺です」
『詳細を述べろ』
「旧軌道送電衛星からマイクロウェーブ供給を受けて、制限解除して、殴りました」
『殴った』
「はい」
『大型を』
「はい」
『殴打により撃破した、と主張するのか』
「言ってて自分でも嫌ですけど、そうです」
また沈黙。
『周辺軌道上で、旧送電衛星一基の崩壊反応を確認。大型個体の活動停止時刻と一致』
「一回で壊れました」
『お前は何だ』
その声には、初めてわずかな揺らぎがあった。
畏敬ではない。警戒と疑問だった。
康生は少し考えた。
「石田康生です」
通信の向こうは黙っている。
「三百年前にチートしてた、規約違反者です」
亮太が小さく言う。
「それ、名乗りとしていいのか」
「神よりマシ」
アオイが補足した。
「彼は自分を神格化されることを強く拒否しています」
『神格化?』
「あ、そこは気にしないでください」
『説明しろ』
「しなくていいです」
アオイが淡々と言った。
「北部第七防人村において、石田康生は天輪様と呼称されています」
「言うな!」
通信の向こうが完全に沈黙した。
『…天輪様』
「違います」
『宗教的呼称か』
「違います。いや、そうなりかけてますけど違います」
『危険対象への信仰形成を確認』
「ほら危険扱いになった!」
「妥当です」
「妥当じゃない!」
防衛隊の声はさらに硬くなった。
『北部第七防人村への調査隊派遣を検討する』
康生の胃が冷えた。
『黒塔七号異常復旧、未承認管理者代理、旧文明ピコマシン自律集合体、単独大型撃破、現地信仰形成。すべて確認が必要だ』
「並べると最悪だな」
「はい」
「そこは否定して」
防衛隊。
旧自衛隊を起源に持つ、海上の防衛組織。
大型を焼く光を持ち、旧イージス艦を母体とする改修防衛艦を、継ぎ接ぎしながら現役で維持し続ける人々。
その調査隊が村へ来る。
康生にとっては、神扱いしないまともな相手かもしれない。
だが、村にとってはどうだろうか。
「…これ、揉めるな」
「はい。高確率で」
アオイが言った。
「お前、ちょっと嬉しそうじゃない?」
「防衛隊の通信端末へ接続できれば、広域情報を取得できます」
「絶対やめろ。初対面で軍用端末に接続しようとするな」
「有用です」
「揉める未来しか見えない!」
『石田康生。A・O・I。藤倉亮太』
三人は顔を上げた。
『離脱する場合、行動記録を保持しろ。逃走、隠蔽、黒塔への再干渉を確認した場合、敵対的行為とみなす』
「了解。逃げません。隠しません。勝手にいじりません」
「勝手ではなく、必要に応じて――」
「黙ってて!」
『AI端末の独自行動を制限しろ』
「努力します」
『努力ではなく実行しろ』
この圧。
この疑い。
この一切甘くない感じ。
康生は、なぜか少し嬉しかった。
『最後に確認する。石田康生。お前は、人類に敵対する意思があるか』
康生は少し黙った。
地図の上では、赤い点が村を逸れている。
防衛隊への通信線は、まだ細いが繋がっている。
「ありません」
『根拠は』
「俺が、そうしたくないからです」
『主観か』
「はい」
『弱いな』
「ですよね」
康生は苦笑した。
「でも、俺は神でも英雄でもないんで。今のところ、それ以上の根拠は出せません」
しばらく沈黙があった。
『記録した。監視対象として扱う』
「助かります」
『助かる?』
「神よりマシです」
『……理解不能』
「俺もです」
通信は、ざざ、と揺れた。
『再接続まで、黒塔七号の復旧状態を維持しろ。以上』
音声窓が閉じる。
康生は、その場にしゃがみ込んだ。
「……疲れた」
亮太が隣に立つ。
「防衛隊に監視対象にされたぞ」
「うん」
「嬉しいのか」
「ちょっと」
「本当に大丈夫か」
「たぶん駄目」
亮太は、少し疲れた顔で笑った。
「村に戻ったら、村長にも説明が必要だな」
康生は動きを止めた。
麻生守。
天輪様。
防衛隊。
危険対象。
調査隊。
「……帰りたくない」
「村は助けたんだ。帰らないと駄目だろ」
「分かってる」
「康生さん」
「何」
「俺は、神扱いはしない」
康生は顔を上げた。
亮太は静かに続ける。
「でも、村を助けてくれたことは、ちゃんと感謝してる」
康生は、しばらく何も言えなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「それくらいが、ちょうどいい」
「そうか」
「うん。すごく助かる」
アオイが言った。
「藤倉亮太の対応は、石田康生の精神安定に寄与しています」
「お前も、それくらい柔らかく言えないのか」
「努力します」
「する気ないやつの返事だな」
康生は立ち上がった。
「戻るか」
亮太が頷く。
「戻ろう」
アオイも歩き出す。
「帰還経路を表示します」
「頼む。ただし、軍用端末には接続するなよ」
「現時点では接続対象がありません」
「見つけたらする気だろ」
「必要なら」
「必要にするな!」
康生の声が、黒塔の中枢に響いた。
その背後で、中央球体の地図には、青い通信線が一本、海の方へ伸びていた。
村を救った規約違反者は、今度は人類の防衛組織に疑われることになった。
本人にとっては、なぜか少しだけ、ありがたいことだった。




