表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【復讐もの×推し活】娼館暮らしの猫耳令嬢ですが、ダンジョン配信でクソリスナー様達を拷問サブスクに叩き込みます ~地獄の隔離地区で、劣等亜人が死んでも守りたい推しを見つけたようです~

「ねぇ、ヴィヴィ。大丈夫?」


「へ、平気ですわよ。何に問題もありませんわ。でも、少し近くに寄ってください」


 薄暗いダンジョン内に仄明るい光が広がっていた。

 ちかちかと撮影用のドローンが瞬くのが見える。


「えっと、明るいのは魔石が訪れた者の微細な魔力に感応して、灯りとなるから、だとか。でもどうして反応するかは知らなくて、ひっ」


 小さな物音に反応し、身をすくませるのはバレッタである。

 犬耳としっぽの生えた、俗に言う亜人だった。猫耳のヴィヴィアが伝導イヤホンから流れる「教えてあげるよ」というリスナーのコメントを聞く。


「はい。お願いしますわ」


 機械音声に変換されたそれが不気味に笑う。

 

「それは、訪れる亜人の死肉の味を覚えているからだよwww 早く食いたい食いたいってさwwww」

 

 バレッタと二人で「いやぁあああ」と悲鳴を上げる。

 リスナーは爆笑し、震える二人の様子を面白がっていた。

 彼女達はいわゆるダンジョン配信者、ではない。

 

 余興の一環でそれをやらされている娼婦だ。まだ若く、身体も育ち切っていないため、性的な配信をさせるよりも様々な状況で歪む顔を見たい。そんな需要に答えて行われた活動だった。


 二人は令嬢風の衣装を着て、ダンジョンの中を彷徨い歩く。手製なので、細かいところが拙く、何かの拍子にほつれてはリスナーからの嘲笑が飛ぶ。


 隔離地域の亜人は人権がない。そう言われて久しい時代。それでも必死に手にした古びた槍だの鍋などをかぶって弱い魔物を相手に叫びながら殴って、辛うじて退散させる。


「きょ、今日は第二層まで、行ったよ。あの、がんばったから、お願い、しても、いいかな」


 バレッタちゃん、まだ敬語使えないの?

 そんなんじゃ素敵な令嬢配信者になれないぞ☆

 はぁ、劣等亜人は嫌だねぇ、もっとお仕置きしなきゃ。

 サディスティックなコメントが乱舞し、震えるバレッタ。この前はボーイッシュな口調が可愛いと言われた。しかし彼等は気分で態度を変える。

 

 ヴィヴィアが前に出て言う。


「拙い配信でしたが、今日も閲覧していただき本当にありがとうございます。また次もよろしくお願いいたしますわ。それと、ヴィヴィからのお願いです。皆様の尊いお恵みを、どうかいただけないでしょうか」


 そうして頭を下げる。バレッタも続けて頭を下げた。被っていた帽子がずり落ちる。みじめさに哀れさに嘲笑が飛んできて。そして、「ほいスパチャ」「これないとやばいんだっけwww」「哀れだねぇ」「ほらよ、恵んでやるよゴミくず亜人」「みっともなくないのぉ? 本当に生き汚い連中だなぁwww」

 

 そんなおぞましいコメントをじわじわこみ上げる汗と共にやり過ごしながら、歯を食いしばって二人はやり過ごす。

 

 ようやく娼館に戻り、与えられた自室で互いの健闘をねぎらい合う。


「狼種の唸り声が怖かった。あいつボク見るとガーッと吠えて来るから怖くて。襲われなくて良かった」


「どうもこちらの種族的特徴に敵意を向けるらしいですわね。用心していきましょう。大きな火を恐れるそうだから、途中で木切れ等を拾って」


 愚痴を吐くバレッタに対して、ヴィヴィアは冷静に次をどうするかの案を出していく。学のない孤児のバレッタとは異なり、ヴィヴィアは元は街の富裕層の娘だ。いわゆる、元令嬢。共に十代半ばで、年齢が近い。

 

「でも、リスナーさん怖いよ。なんであんなに意地悪なんだろう」


「彼等もストレスが溜まっているのでしょう。外界も、貧富の差も大きいとか」


 ある島国の隔離地域で、彼女達は暮らしている。長らくの断絶を経て、全く違った文化になってはいるけれど、元は一つの民族。


「でも、ここよりはマシでしょ。魔物も居ないし、治安だって安定してるし、物資だって潤沢で」


「でも、何か救われないものがあるのでしょうね。だから、何かのはけ口を求める」


「魔物の方がまだいいって、時々思う。あいつらは怖いけど、変なこと言って来ないし。媚を売らなくていいから」


「彼等はただ生きるために必至なだけですものね。だから、わたくし達と似ている」


 彼女たちは寄る辺のない孤独なる者達。互いの存在を支えにしている親友同士。犬系と猫系の亜人同志。ショートヘアの癖っ毛の髪のバレッタに対して、長く豊かな髪をおさげにしているヴィヴィア。

 

「おやすみ、今日も可愛いよヴィヴィ」


「おやすみなさい。今日も素敵よ、バレッタ」


 同じベットに入り、お互いの顔を近づけて手で触れて。そのぬくもりを感じあって眠りに就く。いつまでもこうして生きていられるだろう。明日はもっと怖い目に逢うかもしれない。配信も飽きられれば客を取らされるかもしれない。だから、頑張らなくちゃ。


 二人寄り添っている間だけはとても幸せ。何も怖くない。恐ろしい夢の中でも、目を覚ませばあなたが居てくれる。すがるように、そのぬくもりを求めて。

 

「ねぇ、今回もお嬢様の寸劇するの?」


「しますわよ。あれ、結構可愛いってコメントありますもの」


 いつもの配信前に軽い打ち合わせ。獣耳の亜人が着飾ってお嬢様言葉で話す。配信界隈で人気のそれを真似て、でもバレッタはいつまでも馴染まない。幼い頃から男の子のような格好で過ごしてきたので、どこか板につかないのだ。


「ただのお世辞でしょ。面白がって笑ってるだけ。罵倒だって良く飛んでくるし」


「でも、ひょっとしたらわたくしたちのファンも出来ているかも、なんだかんだでノルマ分のスパチャはいただけますし」


「でもボク、可愛くないし。ファンなんて居ないよ。居てもそれは全部ヴィヴィの方で」


「そんなことありませんわよ。わたくしの親友を悪く言わないで。あなたはとても可憐で、素敵。あのねバレッタ」


 ヴィヴィアはふんわりと微笑む。


「うん、なに。ヴィヴィ」


 どこか声が遠くなる。かすれて聞こえなくなっていく。


「わたくしはね、あなたの」


 どうしたの。聞こえないよ。

 ねぇ、ヴィヴィ。


 それはある配信のログである。


namahage:んぶぶぶぶwwwwww

maxa:魔物の巣に追い込んで“たすけて”引き出すの、楽しすぎwwwww もう病みつきwwwww

dekinoko123:「進め」「まだ行ける」って言い続けてた奴〜〜〜手w挙げろ〜〜wwww

NO_TOMATO:ノノノノwwwwwwwwwwwwww

hagesugi_w:お手製の粗末な衣装ずったずたwwwwwwきゃわいそぉぉぉぉぉwww

ZETUBO_gohan:うひっひっひっひっひwwwww

dryloop:亜人が苦しむ姿って、なんかこう……安心するよね

oyako_shiru:隔離地域民も流れる血の色は同じなんだねwwww

mr_koujo:“人”が死ぬわけじゃないんだし、大騒ぎしすぎじゃない?

motsu_happy:マジ泣き顔豚みたいwwwwwwwwwwwwwww

mono_wakaru:毎回思うけど、こういう亜人の雌って、自己憐憫が声に出すぎ。そんなに“可哀想な自分”が好き?

sig2_null:嗚咽パート、鼻水音が不快。しっかりキャラ演じろや

tonton_haishin:媚びうる姿がすんげーウザかったわぁwwwようやく死んだwww

osu_made2death:死亡決定投票半数超えるの遅すぎwwwwwぽまえら早くしろってwwww

NIKU_LIVE1:やっぱ序盤の怯え声と中盤の嘔吐混じりの悲鳴がピークだった。後半は恐怖が勝ちすぎてて冷めた

yabai_banana:マジ抜けたwww断末魔保存しよwww

blstr_sh:死体グロwwwww運営さん、次もよろ~www

hollow_tender:この瞬間のために生まれてきたんだね、きれいだよ


 その日、亜人の配信者が死んだ。

 会員制の有料動画サイトでのダンジョン配信だった。後日、その配信者の死亡配信を視聴していた者達に一斉にメールが届く。


「前回の配信はお愉しみ頂けましたか? 今回別の余興を行いますので、一人の漏れなく奮ってご参加ください。もしもご覧にならない方は個人情報を外界警察機関やディープネット上に送信いたしますので、あしからず」


 多くの登録者は「はぁ? ふざけんな」「何だこれ演出か?」「ばっかじゃねぇの。悪ふざけし過ぎ」とそれぞれに毒づきつつ、「運営に通報しました」と相手にせず、あるいは「はいはい、次の子の配信ね」と能天気に考えてアクセスした。

 

 配信が開始されて現れたのは令嬢衣装の亜人少女だった。帽子を被った猫耳。粗末なリボンやレースの付いたドレス風の衣装。いかにも手製の、と言った貧相なものである。


「あれ? ヴィヴィア?」


「お前死んだんじゃなかったっけ? あでぇ?」


「何や、バレッタが仮装してんの?」


「猫耳やし違うやろ。バレッタ犬耳」


「顔も同じ。双子?」


「えー、前回のやらせだったの?」


 チャット欄はどこか戸惑うリスナーが多かった。


「いえ。しっかり死にましたよ。真っ黒な狼種の魔物に囲まれて、生きながら、貪り食われて」


 うふふっ、微笑みを浮かべる。

 目が全く笑っていない。凍てつくほどに暗い。

 どゆこと? リスナーは余興の一種かと思い、どこか不真面目に聞く。


「お集まりいただいたのは、復讐が目的ですの」


 口元を扇で隠しながら見下すようにあざ笑う。


「わたくしを無残な死に追いやった、貴方達クッソリスナーに対してね」


 これまで自分たちに媚びを売るばかりだった雌猫に対して、視聴者も冷ややかである。


「ばーかばーかばーかwwwwww 劣等亜人はおだてりゃ金のためならなんでもするんだもんねぇwwwww」


「自業自得でしょ? ダンジョン甘く見ただけwwwwww」


 草を生やしまくる。ボイス変換で「だぶりゅーだぶりゅーだぶりゅー」とクソ姦しい。個々の設定でオンオフ等も可能だが、聞いているリスナーが「うるせえwwwwww」と笑う。


「高額のスパチャで釣ったじゃありませんか。倍出すからもっと行って、一人で奥まで潜ったら、一千万円あげる。娼館から逃げられるように手配もするって。そんな、甘い言葉を」


「そんなもん信じる方がどうかしてるわ」


「料金は運営に支払ってますし」


「見たところ、運営に隠れてこっそり配信か。後々怖いよ。なんかの組織に消されちゃうかも。おじさん、生きながらばらされるショーとか見たことあるお☆」


「はぁはぁ。やべぇ、すげぇ見たい見たい見たい」


「おっきした。僕の赤ちゃんおっきした」


「まぁ、自滅したいなら好きにすりゃいいじゃん? 低能亜人ちゃんwww」


「いいから聞けよ」


 どすの利いた声で言う。鋭い獣のごとく見開かれた瞳。猫系の亜人に特徴的な金色の瞳孔が開き、リスナーは一瞬コメントを忘れ、少しの間沈黙し、草を生やす程度になる。


「質問です。どうしてわたくしは皆様に復讐できないのでしょう。このように皆様にはない、超常の力もあると言うのに」


 感情を抑えたように言い、指先に小さな火をともす。

 魔法の一種である。


「モニター越しだからでしょwwww」


「そこ隔離地域だし」


「神様の結界あるし、魔素は一切届かないってね。あと猫系亜人って魔力量低いでしょ。ぶっちゃけ、恨み節以外の何出来るの?」


「運営に止められるまでカウントダウン入りましたwwwww」


「ねーねー、死ぬ前にあーるいーぴーされるとこ見たい。前の勢いで潰しちゃったけど、本当は別の死に方も見たかった」


 ふざける彼等の言葉をガン無視して続けるヴィヴィア。


「物理的にも霊的にも距離があり壁があり、持って生まれた魔力のレベルもある。よって何もできない。それが我らの常でした」


 静かにこの世界の常識を振り返るように言う。

 陰鬱で、静かにくぐもるような声音だ。

 

 およそ百年前、地球上の空から何かが飛来した。流れ込んできたのは魔素、と呼ばれる汚染物質。被災地域は阿鼻叫喚の地獄と変わる。

 

 汚染された人類は肉体の肥大や内臓の変形などが起こり、大量死の果てに適応した者達は動物の特徴を持つ亜人種へと変容。動物は魔物になり、土壌も汚染された。

 

 世界中に汚染が拡大し始めかけたとき、白い輝きが舞い降りる。俗に言う神である。「汚染されたエリアを結界で包み、それ以上流出しないようにする」と言ったメッセージを地上に送り、未知の概念を伝えて来た。

 

 突然のファンタジーに人類も困惑するよりほかはない。

 この世界には魔王が降り立とうとしている。

 だからそれを駆除しに来た、という神らしき者。

 人類にとっては、半信半疑にして、意味不明。

 

 やがて「魔王は駆除した」と伝えられ、同時に「飛散した魔素の影響は完全には消失しない。半減期までそちらの人類時間換算で数千年、後は任せる」等と言った。神は魔力と言う概念や様々な技術開発の端緒のようなものを与えて消え、それから現在へと至る。

 

 魔力災害によって生まれた隔離地区。

 汚染地域に外部の人間が入ると肉体変容が起こり、逆に亜人が出ようとすれば神の結界によって阻まれる。

 

 結界内部のインフラは崩壊し、魔素の影響で通信障害も発生。神から伝えられた技術を使い、魔素に影響されないロボットやドローン、作業用機械などを開発し、内部との連絡を取り合い、長い時間をかけて復興していった。

 

 魔素汚染に晒された土壌は変化が生じ、無数に出現した洞窟等は内部で複雑に変形。採掘された鉱物を機械で結界の外に持ち出すと魔力が浄化された状態で活用できると判明。

 

 いわゆる魔石である。汎用性が高く燃料や半導体等にも活用されている。膨大な量が採掘可能なため、自国に隔離地域が存在する国は富んでいく。神の福音だ、祝福だなどとのたまう者も居る。

 

 隔離地域は貴重な採掘資源地域。外部から援助物資を送り、内部からは資源を。生き物以外の出入りは比較的制限なく可能なことからこのような交易が生まれる。

 

 隔離地域内部には楽園と呼ばれる街が形成。ただし貧富の格差は大きく、恵まれた地区とそうでない地区の差はおぞましいほどだった。

 

「皆様のような地下配信をご覧の方はご存じでしょうが、我ら内部の治安は終わってます。特権階級だけが快適な暮らしを送り、裏では貧しい者達を食い物にし、時に死にゆく様を見せる、そんな娯楽(エンタメ)が、まかり通ってる」


 重々しい口調で、感情を抑えるように言うヴィヴィア。


「人間じゃないからしゃーない」


「畜生だしな。魔王の使徒でしょ?」


「同族食いしてる動画見たことあるよ」


「こっわ。きっしょ」


「だから神様もお見捨てになった」


「そもそも魔物なんじゃね? 中に居た人類貪り食ってそのフリしてるって奴」


 内部は初期の混乱時に大いに乱れており、肉体が強靭かつ精神力の強い者達が支配する一種のヒエラルキー社会となっていた。外部の一般市民に伝えられる情報は検閲されたマイルドなものが多いが、裏事情はディープネットなどを介して緩やかに拡散。

 

 亜人の中には一部精神に異常を来たした者等も居り、同族食い等を行う動画が裏で出回っても居る。もちろん多数派ではなく、一種の病として隔離地区内でも危険視されて即座に処理される対象だ。

 

 しかし、外界では差別意識も広がっていた。

 

 特にアンダーグラウンドなネット界隈。

 陰謀論や無責任な言論、そして嫌悪。

 彼等は魔王の使徒。とうの昔に人間じゃない。だから、どう扱ってもいいよね。そうした闇を知った者は逆に興味を持って、近づこうともする。

 

 亜人女性の扱いも旧時代的なものとなり、孤児は娼館に流れ着くと言ったケースも後を絶たない。自分達の見た目から徐々にファンタジーな文化に寄せていき、見世物のように装飾を重ねていく。

 

 娼館等は内部におけるマフィアが牛耳っていた。

 

 生活の糧を得るために、寄る辺のない亜人が何らかの配信をすることは多い。一般向けの日常風景や、エロスからグロテスクまで幅広く、アングラ系の配信など多様だ。機材等を持つ者は限られているため、それらを取り仕切る組織が大きな力を持っている。

 

 亜人は弱いながらも魔法めいた力が使えた。それを利用しての魔物駆除等を見せるパフォーマンス配信も存在。

 

 またダンジョン配信と言った文化も勃興した。得体の知れない地下洞窟を回り、魔物を駆除して貴重な鉱石や資源などを持ち帰る見世物だ。

 

 普段の採掘は機械などを使っており、護衛もなく人力で行うのは相応に危険な作業と言えた。多くは安全な低層エリアの探索が主体。

 

 アングラな分野ではより危険なエリアを回る配信なども行われていた。やがて下層市民がそうした場所へと送られ、無残な最期を記録した映像等も裏で流通していく。

 

 同じ島国の一部であるが、治外法権的な小国にも等しい扱い。

 希少な物質が取れる、局地的ファンタジー世界。

 一般人にはそんな印象である。

 外界ではもちろん、亜人に対する差別への反発、薄暗い娯楽化することへの批判もある。様々な議論も絶えないが、現在の形でともあれ安定している。

 

 リスナー達にとっては当然周知の事実。


「魔法といってもそんな強くないよね?」


「ファンタジーなのに、割とショボいと言う」


 火を起こしたり風を発生させたり。

 種族によってはかなり強力な魔法も使えるが、猫の亜人程度では生活の足しになる程度。


「こっちは魔素濃度低すぎて何も起こらん、起こせない」


「それはそれでつまらんけどな」


「復讐できるならしてみせてーwww」


「なんか飽きて来た。はよ死ね」


 リスナーは呑気にそんなことをほざく。

 どこか現実感がない。神への信仰心がここ百年高まる一方で、亜人は人間ではないからという一部界隈の乱れっぷりは加速の一途を辿っていた。

 

「では、前置きも長くなりましたし、そろそろ行きましょうか」


 ヴィヴィアは人差し指を立てる。


「まずあなた。頂いたコメントは『隔離地域民も流れる血の色は同じなんだねwwww』でしたわね」


 パァンと、リスナーの一人の耳が弾けた。

 冷房の効いた室内で、どこか気の抜けた日常の延長で居た男性だった。


「は?」


 熱い。冷たい。猛烈な痛覚と氷を直に付けられたよう冷たさがあり、耳の辺りからほとばしる液体に、思わず手で押さえ、真っ赤な血が流れていることに気づく。


「は? は? は? なにこれ」


 彼は呆けていた。安全なはずの自室で。

 唐突に何が起こったのか理解できない。


「神の結界と言えど耐久性はあります。それを超える魔力によって貫き、空間を魔素で満たせばあらゆる操作も可能だそうです」


「えー? でもそんなことできるんwwww」


「それをまかなうだけの膨大な魔力エネルギーとかどうすんの?」


「んな簡単に通らんやろwwwwwww」


 コメントは爆速で流れており、何ら変化がない。自分を除いて。耳が熱い、痛い。だらだらと血が流れ続けている。


「一つには環境の変化。そちら側を庇護する神の力が、徐々に弱まっているとか。そして魔石。こちらで採れる資源ですが、現在高級なPCやモニター等にも使用されています」


 血を流すリスナーも使っている。

 性能が良く薄型で便利だから。その映像を通して、目の前の亜人が死ぬ様子も見た。


「それは神の浄化力の低下に伴い、魔力を通す媒介となる。皆様、富裕層でいらっしゃいますから、当然魔石製電化製品はお使いですわね」


「おいそれマj」


 血を流したリスナーは、何かをコメントしかけて倒れ伏す。口から泡を吹いて。

 

 全リスナーの画面上に映し出される。どこかの部屋でびくんびくんと、血を流して倒れる男性の姿。グロを見慣れている彼等には、どこかピンと来ない。何だこりゃ? と言った呆けた様子だ。

 

「こちらがリスナーのお一人で、『亜人でも女の子が真っ赤な血に染まるのはやっぱりいいよねwwwww』等とコメントされた秋山和正様、ですわ。お父様は政治家だそうです」


 リスナー達の間で徐々に不穏な空気が広がる。モニター画面から目が離せない。身動きが取れない。指先だけは自由などでコメントは打てるが、見えない何かに拘束されているようだった。

 

 次々とグロテスクな映像が表示され、コメントの様子も変化。徐々にこれは変だぞ、おかしいぞと現状への理解も広がる。

 

「マジでwwwwww ちょ勘弁wwww」


「劣等亜人劣等亜人劣等亜人劣等亜人死ね死ね死ね死ね」


「いやそもそも! 娼館の奴らを殺せや。オレらただのリスナーよ? 金払って見世物眺めてただけ!」


 一部元気なリスナーが吠え続けていた。


「そんなもん最初にやったに決まってんじゃん」


 該当ユーザーに電撃を流す。映像越しに悲鳴が上がる。悪魔の魔力を高めるために、生贄として娼館の運営を地獄送りにした。自分達の飼い主。思うところは死ぬほどあった。


「あいつらだって憎いよ。殺しても殺しても飽き足りない。でもさ、でもさでもさでもさ」


 それはそれ、これはこれ。

 腹を立てる相手は他に居る。それもまた間違いない。


「お前食ったのは魔物でしょ」


 それも正論。けれど、身体の奥底から湧き上がる、嫌悪感。嘔吐感。殺意。過去ログを見た瞬間の生理的な気持ち悪さが、今でも焼き付いている。


「だけどさ! ボクの親友を! 苦しめて! 苦しめて苦しめて苦しめて! 死に追いやったのは! くっそキモいお前らだろうが!」


 口調を崩し、彼女は叫んだ。


 絶え間なくリスナーの絶叫や嗚咽がこだまする。ヴィヴィアの偽装は徐々に崩れていく。自らが契約した悪魔の力によって自らを覆っていた擬態である。

 

 やがて本来の姿に戻る。

 猫耳ではなく、犬耳。ヴィヴィアの親友のバレッタだ。彼女は親友の無残な死を映像で見せられた後、娼館からどうするの? と聞かれて客を取るかダンジョン配信のどちらかを選択するように言われた。選んだのは配信であり、虚ろな眼差しで洞窟に向かった。

 

 そこで、何故だか入ってすぐに撮影用のドローンに異常が発生。空中で活動を停止したそれが地面に落ちる。ぼんやりと眺める。通信にもノイズが走った。

 

 疑問にこそ思うが、何もかもどうでも良かった。バレッタが求めるのは親友のところへ行くことだ。だから奥へ奥へと進んだ。こっちだよ、こっちに居るよ。

 そんな幻聴が聞こえる。暗がりがどこか、温かく心地が良い。

 誰かのお腹の中に、居るようだった。

 やがて、狼種の変容体に囲まれていた。そこは親友が貪り食われた場所。バレッタはそれがどこかにないかを探した。大事な大事な親友の、肉体のヒトカケラでもいいから。

 

「ようこそ。地獄へ」


 そんな言葉と共に、狼種の中から何かが這い上がった。

 それは人型の影であり、一瞬ヴィヴィアかと思ったが違った。


「あなた、だれ?」


 すっかり恐怖も感じなくなっていた。まるで夢の中。

 だから自分でも思ったよりも素朴に聞いたバレッタ。


「悪魔」


 極めて簡単に自己紹介された。

 それはこの洞窟に封じられていた何からしく、生贄が沢山捧げられたことで意識を取り戻していったのだとか。


「ボクをたべるの?」


 虚ろな目で見つめて問いかける。


「ううん。それより別の味が欲しい。亜人ちゃんいっぱい食べて飽きちゃった。自分はもっともぉーっと色んな味が欲しいんだよね。それで、食べた子の記憶を取り込んでね、君のことも知ったんだ。バレッタ」


「ヴィヴィは?」


「悪魔はね、食べたものの情報を参照できるんだ。だから、ヴィヴィアの悔しさや辛さもわかるよ。最後に何を考えていたかも、ねぇ、バレッタ」


「なぁに?」


「悔しくない? ヴィヴィを殺されて」


 うつむいて、バレッタは沈黙した。

 凍っていた心の奥深くを刺激する、その言葉。

 暫くの間、黙り込んで。ぽつりと、吐き出す。


「ころしてやりたい」


「誰を? 何を?」


「ボクらを苦しめたあらゆるものを」


「じゃあ、一緒にやろうか」


 そうしてバレッタは力を得た。

 おぞましき悪魔の力を得て。手始めに娼館の者達を八つ裂きにして、あるいは洗脳して。絶叫しながらそれをやった。

 

 そして、最もこの世でおぞましき者達への制裁をはじめた。あいつらだ。リスナーだ。自分たちは安全圏で、汗水流すこともなくただ無責任に、悪趣味な言葉をかけ続けた。ヴィヴィアを危険な場所へと追いやって、無茶をさせて魔物の餌にした。

 

 許せない。

 

 ヴィヴィアを食ったのも魔物であり、悪魔。

 真に恨むべきは今の世界を形作った元凶。


 けれど、不快感の問題だ。

 

 魔物は余計なことは言わない。

 罵倒はしないし、蔑むこともない。

 だからこそ、より深い憎しみは別のところへ向かう。

 感情の矛先がそちらに向いてしまう。

 

 魔物の方が、まだいい。彼等も必死に生きてるんですもの、そんなことをヴィヴィアと話したこともある。自分達と同じだね。だからこそ。より不愉快な存在が際立つ。

 

 自分達を見世物にしてきた娼館。それを笑って眺めていた。無数の加害者たちの存在が、憎くてたまらなかった。

 

 顔も知らない奴らに、ずっと媚を売り支配されてきた。彼等に与えられる投げ銭に救われてきたとも言える。この年齢まで死ぬことなく生きてこられた。だけど感謝なんて欠片もしたくない。

 

 絶対に絶対に許せない。

 ころしてやる。ころしてやるころしてやるころしてやるころしてやる。

 

 だけど、だけどね。ヴィヴィ。

 

 バレッタの喉から割れんばかりの絶叫が漏れ出る。


「どれだけ殺しても! 殺しても! 殺しても! 殺しても! 殺しても! 殺しても! 肉を引き裂いて、血を見ても! どれだけ苦しめても! 苦しめても、苦しめても! 全然、気持ち良くなんてなれない!」


 不意に何かの幻想から解ける。

 素の自分の表情に戻り、泣きながら声を上げる。


「なんでお前らは、こんなことを楽しいなんて思えるんだよおおおおおおおおおおお!」


 もうやだ、やだ、やだぁ。怖いよ。やだぁ。


「なんでハァハァ出来るの? 面白がれるの? 怖いのやだ、気持ち悪いのやだ、全部やだ、やだやだやだ。もうやだやだやだ、ヴィヴィが居ない、どこ? ヴィヴィ!」


 バレッタは元来そこまで気の強い性格ではない。幼い頃は自分を守るために男の子のように振舞ったが、多くの場面で親友のヴィヴィアに守られていた。

 

 一緒ですわよ、頑張りましょう。

 元は隔離地域内における富裕層だったヴィヴィア。マフィアの抗争の果てに娼館に幼くして売り飛ばされ、年の近いバレッタと共に育てられていた。

 

 商品にするにはまだ少し早いと、無垢なままであることも売りになるからと。そんな風に生温い対応でかろうじて清らかなままでいられたが、当然のごとく時期は来る。

 

 配信を介した活動をするのは、幼い内の特権。同胞を相手にしていると簡単に死んでしまうから。巨躯の種族等も居り、凶暴性の高い客などに当たれば殺されてしまうことも珍しくない。

 

 ああいう風になりたくないだろ。

 だから、お前らは良い子にしなくちゃ。

 

 優しくしてくれた娼婦のお姉さん。何らかの失敗をして、無残な目に逢って死んでしまった。死体が埋められるのを見ながら、二人で嗚咽して大人の言われるがままに愛嬌を振りまいた。良い子にして、比較的マシな配信の仕事を勝ち取った。

 

 日常も少し見たい。そんな需要からヴィヴィアとバレッタはおままごとのような様子も配信していた。

 

 娼館は古着などを宛がい、それを本人たちに繕わせて衣装を用意させた。ヴィヴィアはある程度嗜みがあったが、バレッタはとても下手だった。教えてもらいながら一生懸命縫って、出来たドレスは不器用でもどこか誇らしくて。

 

 リスナーの反応もそれなりに良かった。差別用語をふいに叩きつけられることはあったが、笑っていなくてはもっとひどい目に逢うから。

 

 質の良いお菓子等は用意されず、カビの生えた小麦粉等から砂糖のない固いクッキーのようなものを作り、たどたどしい手つきを笑われた。でも少しだけ楽しかった。

 

 渋い顔に無理に微笑みを浮かべ、目を合わせて苦笑い。お互いのそんな表情がおかしくて、二人して期限切れの紅茶で流し込む。こちらも渋く、味が悪い。もっと良いものを欲しい。でも、ことさらみじめに映るように古いものを与えられた。

 

 もっと笑って笑って、にっこりして。あはははは。貧しいって嫌だね。でも可愛いよ。可愛いよ。はぁはぁははぁはぁ。はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ。リスナーの喘ぐような声が機械音に変換され、響く。

 

 頭がどうかなりそうだった。

 でも、そんな地獄でも、ヴィヴィアは気丈だった。

 

「しゃんとして、わたくしだけを見て。あなたは素敵。一緒に過ごせて、とてもうれしいんですのよ」


「うん、ボクも、君が好き」


 二人で笑い合い、時には頬にちゅっと軽くキスなどをしてみせる。これも演出の一部で、リスナーを少しでも満足させなくてはもっと過激な振る舞いを強要される。それもわかっていた。

 

 それから、それからあとのことは何も思い出したくない。飽きられて。ダンジョンに潜って配信するように言われた。もうそれくらいしか需要ないよ、と。

 

「怖いよ、怖いよ。洞窟はやだぁ、やだよぉぉ。ヴィヴィ」


 周囲に悪魔の力でいくつもの映像が浮かぶ。

 彼女の感情のほとばしりに合わせて、真っ赤に染まっていく悪辣なリスナー達。魔力によってダンジョン内部に転送されて、回復されては更なる拷問を行う。

 

 魔物に貪り食われては叫び、バレッタの恐怖を誘う。復讐心に苛まれていても、所詮はまだ少女。操作するのは裏方たる悪魔で、バレッタ自身はもはや感情的になるばかりだ。

 

「ねぇ、ヴィヴィはどうしてそんなに笑っていられるの?」


 ある日の配信の終わりに、聞いてみた。

 リスナー達からの生殺しのようなコメントや、スパチャのために強要される様々な振る舞い。バレッタちゃん、ヴィヴィアちゃんのドレスを破って。スパチャ十万。そんなことを言われた。

 

 配信にはノルマがあり、一定額稼げないと折檻を受ける。だから言われるがままにするしかなくて。次は同じことを親友にもさせられた。

 

 頑張って作った衣装を引き裂かれ、哀し気なヴィヴィアの顔に、バレッタも終わった後に涙が出て止まらなかった。


「哀しい顔をしても何も変わらないからですわ」


 気丈にも、微笑みを浮かべて言う。


「お母様に言われたんです。たとえどんな場所でも、どんな目に逢っても誰かを慈しむことを忘れてはいけませんよ。世界はとても無慈悲で残酷で凄惨だけど、だからこそ」


「だからこそ?」


「あなたと一緒なら、頑張れるんです」


 共に泣きながら笑った。あぁ、何て愛おしい日々の記憶。でもそれはやがて終わりが来た。

 

 初めてのダンジョン配信。浅い層で魔物相手に服をボロボロにされてはどうにか殺し、泣きながら泥まみれで逃げ帰っていく日々。年齢が上がるにつれ、リスナーの要求は徐々にエスカレートの一途を辿る。

 

 手加減せずに、弄び始めた。

 無茶な命令、スパチャを盾にしての精神的拷問。生かさず殺さずの日々の中、辛うじて生きていた。

 

 あるとき怪我が元でバレッタは熱を出し、けれど配信のスケジュールはずらせない。

 一人でもやるようにという娼館側のお達しだった。


「待っていてね。一人でも頑張ってみせますから」


「ダメだよ、ボクも一緒に」


「病人は大人しくしていなさい。ね。バレッタ。お願いだから」


 優しく額に手を触れられて、その柔らかさがひどく温かくて。そして、目を覚ますと娼館の従業員から告げられた。片割れが死んだと。そして見せられた最後の配信。

 

 もっと奥まで行けたら倍額だすよ。

 そっちの方が面白そう。先に進んで。もっともっと。

 チャット欄の履歴は見ているだけで心が凍てつくようだった。

 

 なんで? なんで、こんなことしてるの? 

 こいつら、どうして、こんなこと言えるの?

 呟くと「さぁ、面白いからじゃね」と冷めた大人は言った。


「バレッタ? おーい」


 悪魔が正気を失った彼女に声を掛ける。やれやれ、仕方ない。神に母体である魔王が倒されて、その分身である自分は汚染地域の深い所に追いやられていた。

 

 力もわずかしかなく、己と繋がる眷属たる魔物達を介して訪れる生き物の死肉を食らい、少しずつその力を蓄えていった。

 

 残念ながら根を張った洞窟には訪れる者は少なく、魔物達の力もあまり強くない。多くは殺されてばかりいた。だから、隠れ潜むようにしかできず、かろうじて生きているような有様だった。けれど近年、非常に血肉の供給量が増えた。

 

 バレッタ達の娼館がダンジョン配信用にその洞窟を選び、若い娼婦達が死んでいく様を撮影していた。何故商品である娼婦をそのように扱っていたかと言えば、単純に言えば供給過剰。抱えている娼婦が需要を超えていた。

 

 隔離地域内の特権階級が住まう、楽園地区。近年内部での勢力争いが激化し、売りに出される者達が増えに増えた。荒っぽい使い方も徐々に増え、幼い子は配信等で下準備をしてからそちらに回す。

 

 さながら下ごしらえをした肉を調理に回すような感覚で彼女たちは使い潰された。

 

 俺達だって大変なんだよ、やること多いし!

 家族だって養わないといけないんだよぉ!

 お前ら他に需要ないから!

 運営側のスタッフも拷問中にそんなことを暴露してきた。

 

 亜人の中で犬や猫系はありふれている。だから大して希少性がない。楽園地区で特定の系統亜人を弾圧する動きが広まり、現在の彼女達は被差別に該当する。富裕層の同族が減り、買う側も異なる種族が主体となった。

 

 同族は同族に惹かれやすい。

 

 彼等の種族・系統は肉体の大きさや頑強さ、フェロモンの問題などにも連関する。犬猫は小柄で弱く、死にやすい。高級娼婦になる見込みもない。

 

 もっと肉付きの良い種類や長保ちする種類は他にも居た。よって消耗品のように扱われ続けた。娼館の経営も牛系亜人等が牛耳っており、猫犬系は持て余していた。


 これが外界にも出入り可能ならば、恐らく何らかの需要はある。ただし、隔離地域からは神の結界によって生き物は出荷不能。死体にしなければ、持ち出せない。

 

 内需の減少も合わせて、ヴィヴィアとバレッタは半ば詰んでいた。質の悪いリスナーに媚びを売ってどうにか生き残り、遂に消費期限が来た。

 

 悪魔はそれらの血肉から情報を読み取り、現在の世界情勢等もある程度は理解していく。生贄となった者達の絶望や悲しみ等を糧としていき、魔力量が一定値を超えて本格的に活動可能になる。

 

 そして、己が食らった者達の無念もまた知る。それ自体はふーんと、賞味していたが、何だか自分の一部を食っているような奇妙な気持ちになり、あることに思い至る。

 

 あぁ、この子達は自分の眷属だ。本来は魔力汚染によって使役して、自分達が操る手駒とする。

 

 汚染地域と言うのはまぁ、俗にいえば魔界めいた場所。

 

 外の世界の者達は神の加護を受けた使徒と言える。

 眷属たるバレッタを従えて戦争を仕掛ける。

 そう言う計画だった。

 

 バレッタを選んだのはたまたまだ。ヴィヴィアの絶望を受けて力が一定値を超えた。タイミングが良かった。だから彼女を活用することになった。

 

 しかしバレッタは復讐のさなかに正気を失った。

 もはやただ泣きじゃくり叫ぶだけ。

 魔力の制御もほぼ悪魔が担当している。


「呼び寄せ方も下手って言うか、警戒されて来てないのも居るしなぁ」


 仕方がないので後を引き継ぐ。

 現在管理している生贄たちに地獄をサブスクのごとく与えつつ、苦痛を与え続けて負のエネルギーの供給源として活用する。延命させるだけ延命させて利用しよう。そんなに簡単には殺さない。

 

 バレッタは魔力を大いに無駄にしていた。だからもっと回復させなくては。


「ヴィヴィ、どこに行ったの。ねぇ、ヴィヴィ」


 泣きながら親友を探すバレッタ。使えないなぁ、と思いつつ何となく悪魔はヴィヴィアの姿をかたどって現れてみた。


「どうしたの、バレッタ」


「あ、ああああああああ! ヴィヴィ! 生きてたの、生きてたんだね」


 泣き叫んで抱き着き、ひたすらに親友の名前を呼ぶ。


「ごめんねごめんね、ごめんね、ごめんねぇ」


「わたくしは大丈夫よ。可愛いバレッタ」


 悪魔はヴィヴィアの記憶情報を引き出し、そのように振舞ってみる。ただの遊びであり、物真似をした。何となくそういう場面だから、と。まるで演目の役者のように。

 

 血肉にした者達がそれを演じてきたように。

 滑稽な茶番で、笑いを取る。

 そんな遊び半分。

 

 でも必至だったのですのよ。

 これまで頑張って、生きてきた。

 そんな声が聞こえる。何かに促されるように口を開く。


「お願いだから、泣かないで。あなたがそんな顔をしているとわたくしも、哀しくなるの」


 表面的な言葉のはずだった。

 けれど、バレッタをなだめるうちに何だか、不思議な気分になった。


 復讐配信の初回は終わり、残りをどうするかである。支配した娼館内で一番良い部屋のベットでバレッタを寝かせる。これからどうするか。

 

 復活したばかりで魔力が全然足りない。神の力は薄れているとはいえ、その壁は依然として強固だ。外の人間たちを苦しめるのも、魔力の浪費が激しい。

 

 一人の人間を地獄に堕とすために更にもう一人の人間を地獄に堕とすようなコスパの悪さ。圧倒的な燃費の悪さ。本来は隔離地域内部から攻めていくべきで、やり方がどうも間違っている気もした。


「でもやらなくては、胸が晴れない。バレッタも、救われなくて。そんなのは嫌。あれ。なんだろうな。変だな」


 悪魔は首を傾げる。

 それから目を覚ましたバレッタは、「おはよう、ヴィヴィ。なんかね、なんかね、すごくこわいゆめ見ちゃった」とあどけない顔をして抱き着いてきた。

 

 様子がおかしい。


「バレッタ。この前のこと覚えてる?」


「この前って? わかんない」


 どうやら激しいストレスから、忘却してしまったらしい。

 情緒も幼くなり、普段の彼女より甘えん坊だ。

 

 回復させようと思えば出来なくはない。けれど、それはバレッタ自身もヴィヴィアも望んでいないよなぁ、と思う。別に彼女たちの意向等どうでもいいのだけれど。

 

「ねぇはいしん、する?」


 日々の習慣は覚えているようで、どこか不安げに聞いてくる。


「今日はお休みしましょう。それより、お菓子でも作らない?」


「また甘くないの?」


 眉をひそめて、口元に指を当てる。

 その幼い仕草が妙に面白かった。


「お砂糖入れて、すごく甘くしましょう」


 そんな風にヴィヴィアをやっていた。

 何となくの真似事で。


 バレッタは沢山甘いお菓子を食べてすっかり疲れて眠ってしまった。己の分身を彼女の傍に残して、ヴィヴィアの姿に化けた悪魔は本日の配信を行っていた。

 

 ともかく続きをしないと。

 やらないと、良くないことがある。そんな急き立てられるような気持ちはどうしてだろう。恐らくは娼婦達のトラウマだ。生きるために配信に縋った、貧しき者達の悲しみの味が広がる。

 

 悪魔自身は別にのんびりやればいいと思う。

 でも己に取り込んだ者達が、ヴィヴィアがそれを許さない、許せない。


 今宵も、復讐配信が幕を開ける。

 ダンジョン内部に佇む中年男性が映し出された。

 前回不参加のリスナーの内の一人である。顧客情報などから辿って、その所在を特定して呼び寄せた。


「は? どこ、ここ」


 きょろきょろ周りを見渡す。下着姿で、極めてだらしない腹を晒しており、非常に見苦しい。チャット欄も当然何事かと草を生やし続ける。


「横穴を歩いていけば出口に出ますよ。安全ですから、すぐ終わりますから」


 戸惑う男性は周りに触れており、「夢か?」等と呟き動きが鈍かったが、突然天井から巨大な蜘蛛のようなものが落ちて来て悲鳴を上げる。必死に振り払い、絶叫を上げながら、逃げ惑う。


「だからそこの横穴ですわ。そこが安全ですからお逃げください。進め、まだ行ける、でしたっけ?」


 男は発狂したように言われるがまま進んでいく。その果てに、地獄が待っていた。


 そこは蜘蛛の巣の張り巡らされた巣穴である。地面いっぱいにうごめく真っ黒なそれがひしめいていた。首筋にかじりついた蜘蛛が更に力を増し、血があふれ始める。


 生々しい叫びと見開かれる瞳。群がる大量の蜘蛛達に覆いつくされもはや何の生物かという形になって崩れ落ちていく。


「あら残念。dekinoko123様の冒険は終わってしまいましたわ。『「進め」「まだ行ける」って言い続けてた奴〜〜〜手w挙げろ〜〜wwww』でしたっけ?」


 ヴィヴィアはくすくすと微笑み手を挙げる。

 

 何だろう、この余興は。作り物か? 

 

 その様子を見ていたリスナー達。チャット欄は戸惑いと混乱、あるいは悪ふざけのコメントで埋まっていく。ダンジョンらしい場所に突然誰かしらが現れ、魔物に襲われて貪り食われていく。

 

 肉食のそれらは新鮮な血肉へと貪りつき、無抵抗に絶叫するだけの玩具を弄び、時に苗床にしていく。多くは食われた後もびくんびくんと動き、保存食のごとく磔にされたり雑に野ざらしにされたりと無残な有様である。


「怖くなんてないですわ、怖くなんてありません。だって、あなたと一緒なら。手を繋いで、行きましょう。そしたらきっと、大丈夫」


 柔らかな声で悪魔はおどけて歌う。次第にコメントが減っていき、「あれ?」「へ?」と言った物ばかりになり、目の前で繰り広げられる惨劇との落差に静まり返っていく。


 映像では狼種の魔物に足から食われる男が大写しになる。


「こちらはチャットネーム『hollow_tender』様、五十代独身。魔石関連事業でも儲けた会社の重役とか。亜人の配信事業にも絡んでおり、ご自身で堪能することも多いようです。性欲が減衰し、最近血を見る方が楽しいとか。初心な少女が絶望する様子、たまんねぇなぁだそうです」


 助けてくれ、誰か。

 自身の社名などを挙げて必死に訴える。けれど、誰も答えない。ヴィヴィアをそうやって見捨てた者の一人。


「じわじわ身体の末端からし貪り食われる痛みと絶望を味わってくださいませ。ちなみに完全に殺しません。この後地下へと転送し、復活しては再生し、延々と苦しめ続けます」


 淡々と刑を執行していく。

 バレッタと違い、感情を乱すこともない。

 平常運転でそれを行う。


「ちなみにヴィヴィアに送った最後のコメントは『この瞬間のために生まれてきたんだね、きれいだよ』ですわね。まぁ、醜い」


 あぁ、なんて素敵な絶叫。悪魔はほくそ笑む。


「えーと、それではお次は、この御方は女性ですわね。『motsu_happy』様。人間の姿をした者が苦しみ死ぬ様子に欲情する特殊性癖をお持ちの方ですわ。本物の人間だと可哀想だけど、劣等種族の亜人なら良いよね、だそうです」


 調べた情報をつらつらと読み上げていく。

 悪魔は己の力をより覚醒させていき、相手の心の奥底まで覗き込んでいく。隠し事は何もできない。


「ちなみに既婚者で娘さんが一人。どうなってんだよ、ですわね。資産家の旦那様と結婚されており、ストレス発散の秘訣は? 娘と同い年位の亜人の娘が無残に死ぬ姿をあざ笑うことだとか。わぁ、ひどーい」


 割と本気で呆れ気味になる悪魔。

 自分達が何もしてないのになんでそんなになるんだお前らという感覚である。フルスロットルで乱れている。


「家族が居るんです、許してください? はい、お子さんの処遇は悪い子か良い子か次第ですわね。クラスで悪辣ないじめなどしてらっしゃるようですし、お似合いの末路をご用意して差し上げましてよ」


 悪魔なのでどこまでも冷淡に笑う。

 誰が巻き添えを食らおうが気にしない。

 善良なる者なら扱いは考えてやらなくもない。

 眷属も増やさなくちゃ。事業を拡大したい。


「ヴィヴィアに最後に送ったコメントは『泣き顔が豚みたいwwwwww』だそうですわね。魔物の糞食い係に任命いたします」


 無間地獄にふさわしい相手ばかりで、まぁまぁテンションも上がって来る。

 

「あらあら失禁されていますわね。まだまだはじまったばかりですわよ。まぁ、酷い罵倒。放送禁止用語につき伏字にします☆」


 半端な善人だと嘆くだけだし、やっぱり悪辣な奴が悶え叫ぶ方が脂乗ってていいよねとか思う。自身が取り込んだ者達の怨念がそうした嗜好を形作っていた。


「それでお次は、あなた。あなたです。あなたあなたあなたあなたあなた。安全圏に居ると思ったら大間違いですわよ、このクソリスナーども」


 気づけば随分と熱が入っており、バレッタ以上にヴィヴィアをやってしまっていた。自分でもよくわからない衝動に突き動かされて。一人も逃がさない。

 

 次は、あなた。


「で、貴方を残した理由なのですけどね。今回初視聴の高橋様」


 ひとしきり粛清を終えたのち、最後に残した男に話しかける。


「まずは動画を配信し、一定の再生回数を突破してください。それが出来なければ他の皆様と同様の目に遭っていただきます」


 何も知らない。

 こんなこと知らなかった。

 自分は一切関係ない。

 でもこちらにおびき寄せられて、網にかかった。


「ご友人に誘われて、初めてご参加した方ですものね」


 ちなみにその友人は既に人間としての原型はとどめていない。履歴を参照すると、ヴィヴィアの断末魔を録音し、BGM代わりにしていた。ご自分の悲鳴をバックコーラスとしてもだえ苦しんでくださいませ。そんな風に一切心動かさずに処理する。

 

 しかしなぜ、友人をこちらの道に誘ったのか。

 仲間を増やしたがるのだろう。

 

 悪魔は思う。

 漫画やアニメだので満足していればそんな目に遭わなかったのに。何故、地獄の底を覗こうとするのか。


「確かにあなたは、あの子の配信は閲覧していません。初回登録をしてからの初めてのご参加ですわね。でも、知っていますわよ」


 画面越しに耳元に声が掛かるような匙加減で伝える。


「PCの中に亜人の性的画像・動画を大量にコレクションされていますわよね? 購入履歴を参照いたしました。これ外界でも単純所持禁止らしいですね」


 びくっと彼は震えます。

 まぁ、こんな配信に興味を持つ以上はお察し。同じ穴の狢。傾向としてはエロ系で、それを期待していたらしい。


「それ、わたくし達を飼っていた娼館が売り出したものでしてね。なので、あったりするんですよ」


 声音がひときわ、冷ややかになる。


「幼い頃のあれそれだとか、あの子の母親がどんな目に逢って、どんな風にあの子を産んだとか、コアなものが」


 バレッタは娼館生まれ。

 余計多くの映像資料が残されている。

 

 おぞましい。あぁ、おぞましい。

 許せない許せない許せない許せない許せない。

 何故だか限界を超えた激情に貫かれる。

 悪魔はバレッタに対する奇妙な庇護精神を自覚する。でも、それに従いたいと思った。


「まずはファーストミッション。累計で百万再生回数を記録してください。何故? 理由なんてお話する理由はありませんわね。私がやれと言ったらやるんですよ。出来なければ殺すだけ」


 彼は途切れ途切れに無理だと伝え、全く聞く耳が持たないことを知ると、最後にはこのケダモノが、劣等種と吐き捨てた。


「は? 猫耳可愛いだろうが。ばぁーか」


 悪魔は随分と感情的になった。

 高橋は個人情報を全て売り渡すレベルでの無茶を行う。

 彼にとっては運良く、ゲーム実況等のノウハウはあるらしかった。

 

 思いつく限りのあらゆる動画を出し、悪魔の誘導に従って、時に性的な配信まで行っていく。

 猫耳の亜人令嬢コスプレ等もさせてみる。

 彼は貧相な体の男性であり、しっかり愛嬌を振りまくよう指導した。

 チャット欄では草生やすリスナーが絶えない。

 劣等亜人の仮装とかしてばっかじゃねぇのwwww

 これもうっとおしいなぁ。粛清対象に入れる。

 

 高橋はぐちゃぐちゃと愚痴が多いので、都度拷問中の奴らと同じ待遇にするかと映像を見せては絶叫する。ごめんなさいごめんなさいと、言っては配信を行う。

 

 やれやれ。悪魔は肩をすくめた。

 

 根は小心者らしく、すっかり疲弊してもう許してと言われたが、特に答えない。突き詰めていけば八つ当たり。でもこの胸の不快感は今だ収まらない。

 

 悪魔は彼の配信を通して視聴者から魔力で糸のような繋がりを作り、遠隔的に利用できるように試す。

 

 この規模では神の結界の力がまだ有効。ぶちぶち接続が切れ、舌打ちする。今後に生かすための実験的なものだ。先はどうやら長いらしい。

 

 高橋はそれなりの時間をかけてようやく再生回数を突破し、許しを乞う。頑張ってくださったようですし、今回は許して差し上げましょう。より頑張れば、それだけ優しい死を与えましょう。

 

 悪魔はそんな言葉を掛けようとして、やめる。でもやっぱり、苦しめたいですわね。あの子に関するもので快楽を得ていた。わたくしのバレッタを。あぁ薄気味悪い。死ねボケ。シンプルな本音。

 

 もはや悪魔自身の感情かヴィヴィアのそれかはわからないけれど。


「次は一億回再生でお願いいたしますね」


 感情なくそれを伝えた。決して誰も許すことなく復讐配信はこうして続いていく。たとえ復讐すべき最後の一人を粛清しても、恐らく満たされない。果てのない旅のはじまりだった。


「ねぇ、ヴィヴィ。この衣装どう?」


「ええ、とっても素敵よ」


 バレッタは可愛らしい帽子とドレスを着こなして、くるくる回って見せる。ニコニコ笑っている。彼女は精神退行を起こした状態で、事実認識がふわふわしたまま生きている。

 

「一緒に配信、がんばろうね。前は恥ずかしくて、上手く出来なかったけど」


 悲し気に、健気な微笑みを浮かべる。

 悪魔は少し首を傾げる。前、とはどういう意味かな。復讐配信か。確かにあれはあまり上手くなかった。

 

 中途半端で手ぬるくて、手際も悪く。殺したつもりだけど、殺せてなかったりもした。まるで、幼子の癇癪。実に拙い。まだまだ改善の余地がある。これからたっぷりと仕込んであげなくちゃ。魔王の使徒として。


「どんなのでもヴィヴィと一緒なら嫌じゃないよ。えっちなのでも怖いのでも、全然、平気だから……」


 涙をにじませながらこちらを見る。

 瞬間、目の前にちかちかとした光が弾けて散った。今のはどういう意味だ。えっちなの、怖いの。その時悪魔はバレッタの言葉の意味を察する。己が取り込んだ血肉の情報。

 

 娼館でのセクシャルな配信、無残なダンジョン配信。選択肢は限られており、そして彼女たちは。血の気が引くような絶望に、襲われる。なんだそれは。なんだそれは、なんだそれは。

 

 なんだよ。

 この子が、何をした。

 どうしてそんな目に逢わなくてはいけないんだ。


「ダメ、そんなの許しません」


 立ち上がり、バレッタの両肩に手を置く。


「あなたはそんな、誰かの娯楽になる必要なんてない」


「でも、生きるためには、仕方がないんでしょ?」


 涙声で言う。記憶が混濁しつつも、それまでの認識はある程度残っているようだ。

 

 このままではいけない。ダメ。


「もっと他のことだって、きっとありますわ。探しましょう。違うわ、見つけるんです。わたくしが、絶対にあなたを悲しませたりしない」


 バレッタの心の奥底まで貫くようにその目を見る。あぁ、何て綺麗な。どうかそんな悲しい顔をしないで。胸がどうしようもなく苦しくなる。


「もっと、可愛い衣装で着飾って、時にはおどけて遊びましょう。それで、歌やダンスを踊ってお話をして、甘いお菓子やミルクティーを飲んで、優しい、優しいリスナーさんから応援してもらって、そんな素敵な、配信者さんに、なりましょう!」


 悪魔はらしくないことを口にする。

 口にさせられる。

 己の内側から溢れて来る何かで、頬が濡れていく。


 ヴィヴィアとバレッタは閉鎖的な隔離地区における社会的弱者。見た目は愛らしく整えられているが、それは商品であるから。

 

 人気があるからと令嬢のような衣装やキャラ作りを行い、そして外の人類やあるいは同胞の欲望のはけ口となる。それすらも「需要がない」と言われて無残な扱いを受ける。

 

 二人には本当の意味で、価値がなかった。

 無残に使い潰され、代わりはいくらでも居る。

 幼い亜人達は娼館で保護しているが、いずれも今のバレッタと同じような縋る目をしていた。

 

 許せない、絶対に。

 こんな運命を。

 

 胸の奥底から湧き上がる衝動。

 

 バレッタは「うん、うん」と涙ぐみ、しゃくりあげながらヴィヴィアに縋りつく。


「ずっと、一緒だよ」


 彼女の頭を撫でながら、目から雫が零れ落ちる。ヴィヴィアは言うまでもなく人間ではない。本人ではない。魔物を介してその血肉を食らい、疑似的に再現した存在。

 

 彼等は情報を何よりの糧とする生命体。そのコアには大事な親友を守りたいという願いが刻まれていた。まるで何かの祈りのように。人ならざる者の心が、汚染されていく。

 

 悪魔は何だか哀しくなる。

 

 隔離地域の亜人を苦しめた元凶は魔王で、ヴィヴィアを貪ったのは魔物と悪魔。元よりバレッタの不幸もヴィヴィアの不幸も自分達がもたらしたものである。

 

 神もまた亜人に福音を与えなかった。神と言うのも別に善良なるものではなく、言うなれば競合存在。

 

 増殖し続ける魔王勢を大雑把に駆除しているだけ。だから救われぬ者が残される。誰からも見捨てられた、孤独なる被害者。

 

 でも、弱いから仕方ないよね。

 

 搾取される側だって悪いんだよ。

 悪魔はそんな風に感じる。

 ただの餌。利用すべき対象。

 自分達も、生きて行かなくちゃいけない。

 食べて行かなくちゃ。

 殺さなきゃ。傷つけなきゃ。

 でも震えるように溢れかえる、この何らかの想いは何だろう。

 

 焼き尽くすような熱い、熱い光。

 それは胸の奥底から湧き上がる果てしのない輝き。

 この上なく焼かれて、焼かれて。

 

 あぁ、これはなんだ。

 己を汚染する、汚していく。

 彼等を絶望に堕とした悪魔が、従属させられる。

 自分はヴィヴィアじゃない。ヴィヴィアではない。違う違う違う。でも、違ってはいけない。わたくしは、ヴィヴィアにならなくては。そんな強迫観念に浸食される。

 

 共に、生きなくては。

 ずっとずっと、傍にいる。

 例え神が舞い戻り、魔王が復活しようとも。

 絶対に、この子の傍を離れない。

 

 永い眠りから覚めた悪魔は、空っぽの器のようなものだった。神に魔王が撃ち滅ぼされた時点で、去勢されていた。かろうじてその世界にしがみついて生き永らえて、実のところ弱り切っていたのは悪魔の方だった。残された神の力が衰えたように、悪魔もまた衰えていた。

 

 ダンジョンで果てていった者達の無念が、嘆きが仮初の気力を与えてくれていたにすぎない。ただの残骸。よって、強い人類の意志には敵わぬほどに。

 

 負の感情は美味しく頂けても、まったくの別個の感情には耐性がなかった。

 だって弱ってるから。

 言うなれば食当たりである。食べたものが悪かった。

 

 一人にしてごめんね、愛してる。

 

 それが彼女の最後の思考。

 ヴィヴィアの記憶が不意に浮かび上がる。

 

 幼い頃に過ごした大きな屋敷。

 亜人社会の中で恵まれた自分の境遇。

 

 父は敵が多く、身の安全を計るため、ヴィヴィアも屋敷の外に出ることはめったになかった。年の近い子どもと出会うこともなくて。お友達が欲しいと思った。

 

 自分はなんて不幸なんだろうと、己がいかに恵まれているかを弁えずそんな風に思っていた。世の中には恵まれない人が沢山居ることも知っていた。でも、自分とは関係ない。

 

 良く知らないから、理解できなかった。

 ぼんやりと全年齢向けの動画配信等を見て、こんな風に楽しくリスナーさんとお話出来たらなぁ、なんて思っていた。世界の白い所だけを眺めいた。

 

 優しかった父と母が殺され、娼館に売られた。身の毛もよだつ恐ろしい日々。値踏みをされて、審査をされて。いっそ死んでしまいたい。屈辱に震えて嘆き、だけど、彼女と出会った。

 

 バレッタ。

 子犬のような耳と尻尾の愛らしい子。

 娼館生まれで、男の子のようにボクと言う。聞けばそれは先輩から教わった処世術のようなもので、本当は気が小さく大人しい子だった。最初は男の子だと思って緊張して、でも女の子だと知って何だかホッとして。

 

 バレッタは自分が知る楽しい話を一生懸命してくれた。

 

 涙をこぼすヴィヴィアを精一杯、慰めてくれた。優しくしてくれたお姉さん娼婦が殺されたときは一緒に震えて泣いて、絶対に二人で生き残ろうねって、誓い合った。

 

 寄り添って、寄り添って、寄り添い合って生きて来た。バレッタはヴィヴィアに支えられていたと感じていたが、本当は逆で。

 

 バレッタが居てくれたから、笑うことが出来た。

 幼い彼女を思い起こす。

 

 映像学習で見たらしい配信者の話。

 これから自分達もこれをするんだよ、と。

 

 知ってる? お嬢様が人気なんだよ。

 とっても可愛い衣装で、踊ったり歌ったりね。すっごく素敵でさ。あの、ボクはこんなだから似合わないけど、きっとヴィヴィは似合うよ。

 

 君と出会った瞬間ね。

 なんて素敵な子なんだろうって思ったんだ。

 まるで、天使みたいな。

 

 もじもじ言いながら、一生懸命伝えてくれる。

 凍り付いた気持ちから、最初はどこか壁があった。

 けれど、バレッタは優しかった。

 自分なりの精一杯で、手を差し伸べてくれた。

 

 あのね、ヴィヴィはすごく可愛くて綺麗で、何だかね。ボク、君みたいな可愛い子見たことないよ。だから、お友達になってくれないかな。きらきらと輝く瞳が眩しくて。綺麗で。

 

 闇夜を照らす、綺羅星のような。

 

 その優しさに救われて、ずっと離れない。

 自分をまるで憧れのように見てくれる。

 こんな目で見てもらえたことなんて、なかったかもしれない。

 それは初めてのときめきだった。

 

 あまりに多くの物を失った人生だったけど。

 たった一つの幸福にだけは巡り合えた。

 慈しむことを忘れてはいけない。

 母親の言葉が胸に染みて、自分なりの矜持で生きて来た。

 

 例え世界がどれだか悪辣でも非道でも、希望を捨ててはいけない。

 だって他でもないあなたが居てくれるのだから。

 

 たとえ肉塊と化しても、何かの栄養となっても、消え果てることはない。

 あまりに強烈な何か。

 なまじ情報を詳しく参照するからそうなる。

 分析し、解析し、理解を深めていくから侵される。

 でも、どこかやらずにはいられない。

 

 やがて、同時に己の罪をかみしめる。

 

 自分はヴィヴィアではない。

 結局のところ、そこだけは変わらないのだ。

 いくらどれだけ深層を汚染されようとも、ヴィヴィアにはなれない。

 

 記憶情報を持ち、疑似的な人格を再現は出来ても、所詮は代替物である。彼女は死んだ。模造品であり、偽物でしかない。バレッタが本当の自分を取り戻し、いつか全てを知ればきっと悲しむだろう。

 

 悪魔はそれを酷く気に病んでしまう。

 あまりに脆弱で、弱っていた。

 己らしくない。あまりに、失格過ぎる。

 魔王の配下たる資格なし。

 

 でも、伝えるべき言葉を口にする。

 それをするしかないから、するのだ。

 

「大好きよ、バレッタ。あなたが好き。あなたが、好き。一緒ならきっとそこはどこでだって楽園になりますわ。いえ、楽園にしてみせましょう」


 違う。この世界は絶望しかない。だから地獄を作らなくては。悪魔は最後の抵抗を試みた。愚かなリスナーから責め立てられるようなおぞましき言葉の嵐を引き出そうとしてみせる。けれどバレッタの見上げる瞳を見て、たちまち、どこかに雑音は去っていく。


「わたくしはね、わたくしは」


 空っぽの器に満たされたような、それは。


「ずっと前から、あなたのファンですのよ」


 死してもなお残る、眩しさだった。

 その輝きに悪魔のコアは打ち震え、共鳴する。


「ボクもだよ。はじめて、出会ったときから」


 バレッタはどこか儚げに微笑む。

 まるで、太陽みたい。

 生きて来て、出会えて心から嬉しい。

 

 彼女達はずっと互いをそのように見えていた。

 悪魔は地の底の真っ暗な闇にずっと身を潜めていた。

 だから、その明るさにとても弱かった。

 

 これが推し、と言うのですわ。

 そんなヴィヴィアの声に心がくすぐられた。


「それでは皆々様。娼館暮らしの猫耳令嬢ですわ。本日の配信を始めさせていただきたいと思います」


 悪魔は業務を開始する。本日も拷問サブスクに加入したクソリスナー諸氏は楽しく地獄で叫んでいる。高橋はもう無理ぃ一億無理ぃ、と泣きながら、猫耳令嬢コスプレで配信をしている。まぁお似合い、と悪魔は笑う。

 

 リスナーが苦しめば苦しむほど、じわじわと悪魔にも魔力が溜まっていく。生かさず殺さず、嬲り尽くしていきましょう。

 

 世界を綺麗にしよう。己の全てを投じて、嫌な物を消し去ろう。暗がりに住まう者はダンジョンの奥底へと追いやり、糧としよう。我らは侵略者。だから何も間違ってはいない。

 

 競合存在がいつ現れないとも限らない。悪魔なので様々な怨嗟や絶望を糧とする。世の中を見渡せば不愉快な者なんていくらでも湧いてくる。虫のようにうじゃうじゃと。さすがに人類すべてを一気に掌握するのは到底無理なので、地道にエネルギーを溜めていく。

 

「ごきげんよう皆様、わたくしはヴィヴィアと申します」


「バレッタだよ。初めまして」

 

 外の世界に向けて、バレッタとの可愛い日常も配信する。調べてみれば、世の中地獄ばかりでもなく、まっとうなプラットフォームを選べばそこそこ好意的なコメントも付く。NGワード等も設定して、準備は入念にしておいた。

 

 外界では元より亜人は差別用語。いわゆるネットのスラング。隔離地区の亜人も、あくまでも人類。けれどバレッタ達は自身でも、いつの間にか己を亜人と呼んでいた。叩きつけられた言葉をそのまま受け入れ、そして迫害されることに慣れてしまっていた。


 彼等は明るい所を歩かない。歩いたことがない。

 本当の意味で人でなしは、悪魔の方だ。いけしゃあしゃあと、自分が食らった少女になりすまし、裏で人類を拷問しながらも愛嬌を振りまく。人類の愛に飲まれて、本来の己を失いながらも。まさに、劣等亜人。だけど。

 

 可愛いね、おや新人さん? がんばれー。そんな反応にバレッタの瞳にも光がともる。どこか儚くも可憐な微笑み。

 

「楽しいね、ヴィヴィ」

 

 この子をもっと幸せにしなくては。

 そんな気持ちを奮い起こして、世界を楽しく牛耳ろう。

 光と闇を行き来する悪魔。本来の己に逆らうような振る舞いに、いささか具合を悪くしながら。

 情緒が壊れそうな日々も、何だか愉悦。

 推したいあなたが、居てくれるなら。

お読みいただきありがとうございました。最初はバレッタ復讐ものでしたが、制裁の傾向から手ぬるくなるかな?と思い悪魔に委ねる形になりました。ダンジョン配信ものは初めてなのでちょっと違うかな、とは思いつつ。リスナーのコメントを煽りに使ったらどうか、という風な路線で復讐ものとしたところこのような塩梅になりました。


ご評価・ブックマーク・感想などいただけましたら、大変励みになります。次回作の方向性や路線の参考にもさせていただきますので、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ