第五話の2 真実の愛?なんですかそれ
トラブルが起きたのは公演の最終日だった。
アイリーンが事前に仮面の男に断りを入れた上で、フェルナンドに花束を贈りたいとショーが終わった後に受付で待っていた。
人がはけて舞台は関係者達が忙しく動き回り、次の上映時間に向けててきぱきと掃除をしていた。
フェルナンドがやってきた。
アイリーンが顔を真っ赤にしながら「お疲れ様でした」と花束を渡そうとした時だった。
「その人、私と付き合ってるんだけど」
リュシカがやってきた。勝ち誇ったような顔をしている。
そして今日は胸を強調した、町娘にしてはややはしたない服装をしていた。
「私、この人について街を出ていくわ」
「え?」
事態が呑み込めていないアイリーンは二人の顔を見比べながら驚きを隠せないでいた。
「もう体の関係もあるのよ」
リュシカはフェルナンドに絡みついた。
「そんな…そんな…」
アイリーンの目にみるみるうちに涙があふれた。
「あんたは見てるだけで満足なんでしょ?だったらいいじゃないの」
「私は……」
悲しみで声にならない。
「そんな事実はありませんって」
仮面の男が立っていた。
手に笛をもっていた。
「フェルナンドはね、アイリーンさんを裏切ることはできないと断ってますから」
「……」
アイリーンが涙にぬれた目でフェルナンドを見ると、彼は困ったような顔をしてうなずいた。
その間に駆けつけてきた男たちがリュシカを引きはがした。
「アイリーンさん」
仮面の男が彼女に声をかけた。
「ちょっと…トラブルがありましたがどうされます?」
少し考えてアイリーンは、告白をするかどうか聞かれているのだ、と気づいた。
二人きりでなく第三者がいるこの状況で?
アイリーンは恥ずかしさで爆発しそうだと思った。
でもこの機会を逃したらもう二度とチャンスはこないかもしれない。
「フェ、フェルナンドさん!」
「…はい」
「好きです! よかったら付き合ってもらえませんか!」
おお…という声が仮面の男からもれた。冷やかしているようではなく、少女の勇気に感嘆したのであった。
「あの、僕は」
フェルナンドが困ったような顔で仮面の男を見る。
「明後日にはこの街を発たねばなりません」
「え……あ!」
アイリーンは頭から冷や水を浴びせかけられたような気分になった。
告白のことばかり考えていて、彼らが旅芸人だということがすっかり頭から抜け落ちていた。
「あはははは! ざまあみろ!」
リュシカが嗤った。
「うるさいですねえ」
仮面の男が腕を一振りする。
するとリュシカが突然ぐったりした。がくん、と崩れ落ちそうになる体を両脇の男たちがあわてて支える。
「うるさいので眠ってもらいました」
「私、ついていきたいです! もしそれでだめっていうならここに帰りますから!」
「……」
「アイリーンさん」
仮面の男がいたくまじめな様子で彼女に声をかけた。
「あなたは真実の愛とかどう思います?」
「真実の愛、ですか?」
「ええ。私たちは今まで多くの国を回り、真実の愛とやらを見つける人、振り回される人をたくさん見てきました。あなたはどう思うのかと」
「そうですね……」
アイリーンは顎に手をやり、上を見たり下を見たり、そしてフェルナンドをちらっと見て、少し考えたあとこういった。
「真実の愛が何なのかわかりません。フェルナンドさんを好きな気持ちも真実の愛だなんて言いません。これから知っていきたいです」
「ほほーう」
仮面の男は小さくうなずき、フェルナンドを見た。
「この男の、知らなかったいやーな面を見るかもしれませんよ? 愛情が覚めてしまうかも?」
「私だってもしかしたらフェルナンドさんに嫌な思いをさせてしまうかもしれません。それでフェルナンドさんが嫌いになったというならまた好きになってもらえるように頑張ります」
フンス、とアイリーンは胸を張ってみせた。
「よろしい。では、フェルナンドは」
「僕はアイリーンさんがそこまで言っていただけるなら」
二人は手を取り合った。
見つめあう目がキラキラと輝いた。
「ではお祝いの曲でも」
仮面の男は手にもっていた縦笛を吹いた。
その音色は風にのって付近に響き、帰路を急ぐ人を笑顔にしたという。
次の町にて。
二人でナイフ投げに挑む恋人がちょっとした評判になった。
女が的になり、男がナイフを投げる。
それは決して女には当たらず、ぎりぎりのところに刺さり、観衆はそのハラハラするナイフ投げへ大いに声援を送ったという。




