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第四話 荷馬車、襲撃さる

 ギイ、ギイ、と車輪の音をきしませながら見世物小屋の荷馬車が道を進んでいた。

 たくさんの動物が乗っているはずなのに物音ひとつせず、先頭の荷馬車の屋根に腰掛け、足をぶらぶらさせながら仮面の男はその場かぎりの鼻歌を楽しんでいた。

 片側が少し切り立った山面にてある個所に差し掛かった時であった。

 そこから土煙をあげながら男が10人程度滑り降りてきた。

 手に刃物を持っている。

「殺されたくなければ有り金を置いていけ」

「金になりそうなものもな」

「女がいればそれもいただくぜ」

 ニヤニヤと男たちは笑った。

「前の町でたんまり稼いだんだろう」

 ヒヒヒ、と頭にバンダナをまいた男が荷馬車に近づいてきた。

 ところが。

 荷馬車の車輪は人のたけを優に超す高さで、荷馬車の扉どころか、床にさえ手が届きはそうになかった。

「馬だ、馬の背から飛び移れ」

 何人かが荷馬車を引く馬の背に乗ろうとしたが、馬は大きくいななき、体を強く降って男たちを振りおとした。

「進めないようにしろ」

 計画が崩れて焦ったのか、男どもはナイフを馬に突き立てようとしたが、なぜかナイフは馬に刺さらず、ぐにゃぐにゃと曲がってしまった。

「なんだ!?鉄のように固いぞ」

 男たちが驚きを口にする。

「あのお~」

 ここまで黙って成り行きを眺めていた仮面の男が、いかにも恐る恐るといった感じで声をかけてきた。

「あぁ!?」

「何だ!」

 男たちの怒号が飛び交う。

「私ら、こういう者なんですけどねえ」

 仮面の男は懐から木札を取り出し、くるっとひっくり返して裏の紋章を見せた。

「なんだそりゃ」

「それがどうかしたのかよ」

 男たちの間に失笑が漏れる。

「それは…ユスタンの紋章…?」

 一人反応した男がいた。

「兄貴、何か知ってるんですか」

「ユ…ユスタン…?」

 連中のリーダー核であると思われる男だった。

「俺が数年前までサガニア国の兵士として働いていた時に『この紋章を掲げる人間の命令にだけは逆らってはならない』と徹底的に教え込まれたものだ」

「えぇ、これが?」

「そんなにすごいもんなんですか」

「偽物じゃ」

 男たちは戸惑ったようにその紋章を見上げた。

「兵士の時にこれをもって訪れた奴はいなかったが…まさか今になって目にするとはな」

 リーダーの男はしばし無言で考え込んでいた。

 が、すぐに「こんな旅芸人が持ってるわけはねえ、どうせ賊除けのはったりだ」と声をあげ、男たちに合図を出した。

 男たちは荷馬車に取り付き、支えている男によじ登り、次々と屋根にあがろうとした。

「困りますねえ」

 仮面の男は木札をかかげ、何事かつぶやいた。

「なんだ、こいつら!」

 下にいた連中が驚きの声をあげた。

 いつの間にか全身甲冑姿の軍団に囲まれていたのであった。

 慌てて刃物を振り回すも、洗練された動きにかなう者はなく、荷馬車にとりつき上ろうとしていた連中も引きずり降ろされ、ほとんどが地面にねじ伏せられた。

 リーダーの男もうでをつかまれ、ねじ伏せられていた。

 いつのまに降りてきたのか仮面の男がひょうひょうとその顔を覗き込んだ。

「あなたも以前はどこかの兵士だったので?」

「…ああ。だが、女性を襲っていた男を叩きのめしたら、それが偉いお貴族様の嫡男でな。その日のうちに解雇されてこのざまだ」

「別の町にいってやり直す道もあったでしょう」

「もう真面目に働くことがばかばかしくなったんだよ。この道は貴族様やら旅の商人やらがよく通る。そいつらを殺して金品を奪った方が楽に生きられる」

「はあ」

 仮面の男はどうしたものか、思案しているようだった。

 前の街を出る前にそういえば門兵が、ここの道には山賊が出るから警護をつけたほうがいい、と親切にも警告してきていた。

 腕のいい警備を雇えば切り抜けられるが、金をケチった人間は襲われて命を落とすことも珍しくないと。

 ここでこの連中を捕まえて突き出したところで、ほかのごろつきどもがここを縄張りにすることは想像に難くなかった。

「まあせっかくですから役立ってもらいますか」

 仮面の男は横笛を取り出し吹き始めた。

 男たちをとらえていた甲冑の軍団は消えていき、同時に男たちも消えていった。

 くるりと振り返った仮面の男は道の端を眺め、これでよしという風にうなずいてから、ひらりと荷馬車の屋根に飛び乗った。

 そうして一行は何事もなかったかのように去っていった。


 人々のうわさが変わり始めたのはそれからしばらくしてのことだった。

「あの道、安全に通れるようになったんだってね」

「前の山賊どもがいなくなったと思ったら、目をつけた別のごろつきどもがやってきて住み着いたとか」

「でも、どこからともなくあらわれる兵に蹴散らされたってよ」

「おかげで積み荷も無事だった」

「兵はどこの所属だろう」

「わからないよ」

「服装もばらばらだしね。流れ者の傭兵かも」

「うちのがこないだ好奇心で見に行ってみたけど、誰か隠れて見張れるような場所はなかったってさ」


 その道にはかかしがずらりと立っているという。

 いつの間に、誰がそこへ据えたのかはわからない。

 しかしごろつきが現れるといつの間にかその姿は消え、バンダナをまいた男やナイフを手にした男どもが一斉にごろつきどもに襲い掛かり、人を守り荷を守り、そうしてどこかに消えていくのだという。

 不思議なことにそのかかしはいつまでも朽ちることがなかった。


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