第十六話の5 ハケ
「あら王様だよ」
「本当だ、王様だ」
「王様、ばんざい」
その声にヨルは振り返った。
多くの民にニコニコと笑顔を向けられ、手を振られ、一行がテントの中に入ろうとしていた。
「へえ、この国の王様慕われてんだねえ」
「よく市井に降りてはあちこちを見、民と気さくに会話して話を聞くので慕われているようですよ」
「いい王様だね」
歌姫としての衣装を身に着けたヨルはくるくると回って衣装に問題がないかを確認していた。
仮面の男は王様に挨拶をしてきます、とすっ飛んでいった。
ステージのすそからこっそり覗いてみれば、民の邪魔にならないようにと慮ってか、後ろの隅のほうに王一行がいるのが見えた。
入り代わり立ち代わり話しかけてくる民に嫌な顔一つせず、王とその隣の王妃らしき人間も応じていた。
そして人込みの中をなんとかかき分けて仮面の男がやってきて、ぺこぺこ頭を下げているのが見えた。
「こりゃ気合入れなきゃねえ」
ヨルは人知れずつぶやいた。
ショーが何事もなく終わり、ヨルも無事歌唱を終え舞台袖に引っ込みやれやれと胸をなでおろした。
星詠みの受付を始めるため一室に向かおうとした時だった。
「貴様、よくもだましてくれたな!」
あの貴族の男だった。
「あれから薬を飲んでいるが大金が手に入るようなこともないし、地位が上がることもない! どうなってるんだ! おまけに使用人を怒鳴りつけでもしようものなら悪寒に襲われるようになったぞ!」
「いやあんた、誠実に生きろってアタイは言ったよ」
「誠実に生きておる! 金が欲しい、名誉が欲しいと一心に願っておる!」
「それは欲望のままに……」
その時、悲鳴や怒号が舞台のほうから聞こえてきて、ヨルは反射的に走り出した。
貴族の男が何事かを叫んでいたが、ヨルの意識は舞台のほうに向いていた。
幕を跳ね上げるようにして舞台に出てみれば、客席の後ろに人込みが集中していた。
「王様!」
「どうしたの!」
「倒れたんだ!」
人々が叫んでいる。
みな、泣きそうな顔で見守っていた。
「どいて!」
人ごみをかき分けてそこへたどり着くと、兵士が王を抱え、横で王妃がパニックになっていた。
「飲みものに毒を入れた者がいたようです」
いつの間にきたのか仮面の男が言った。
「慕われる王様がトップにいたら困る人間がいたのでしょうねえ」
「のんきなこと言ってる場合か!」
ヨルは兵士の隣にしゃがみこんだ。
「何か、薬は持ってないのかい?」
「何を飲ませても効かないのです」
兵士が泣きそうな顔で訴えてくる。
そうしている間にも王の顔色はみるみるうちに土気色になっていく。
もう時間の問題なのは明らかであった。
「王様」
「死なないで」
「王様ァ」
ヨルは王の手を取った。
首にかけた袋が光を放つ。
しかしすぐにパキンという音ともに袋の光は失われてしまった。
「力が足りない…!」
数日前、秘薬を夫婦に渡したため石の力はもう残ってなかった。
ヨルは目を閉じ、そしてキッと見開いた。
王の手を再びグッと強く握った。
ヨルの手が光り、それが王の体を包み込んでいく。
首にかけた袋が一瞬膨れ、パアンと音がした。
「おや…ここは……」
「あなた!」
「王が目覚められたぞ!」
「よかった!」
「王様目を覚ましたんだって!」
「ばんざい!」
民の声が不安から喜びに変わった。
王はそのまま兵に肩を抱えられるようにして外へと出て行った。
王妃はヨルに礼を言おうとしたが姿を見つけることができず、侍女らにつれられるようにして出て行った。
民はそれを口々に祝福しながら見送った。




