第三話の2 ちびっ子、頑張る
「坊やたち名前を教えてくれるかい」
「僕はカルロ、弟はパオロって言うよ」
「そうかい、じゃカルロにパオロ、手伝いを頼むよ」
「はい」
まるで二人にしつらえたかのような小さな箱に野菜がいくつか入れられ、二人は一生懸命それを運んだ。
男に指示された通り、いくつかの動物が入っている織の前におっかなびっくりおいていく。動物も慣れているのかちょっかいを出してくることはなく、むしろじっと好奇心をあらわにしたまなざしで二人を見ていた。
「おいておけばほかのやつが檻の中に入れるからな」
午後の公演では、少し高級な客向けのシートに二人が座ってにこにことショーを鑑賞する姿があった。
「お前ら、ズルしたろ」
「いけないんだぞ」
カルロとパオロが手をつないで道を歩いていると、後ろから声がした。
この町の金持ちである一家の息子フランコとその取り巻き。
親の権力をかさにきて好き勝手ふるまい、絵にかいたような悪ガキどもであった。
「違うもん、ちゃんとチケット買って入ったもん」
「そんな金あるわけないだろ」
取り巻きの一人がパオロを突き飛ばした。
パオロは後ろに転がり、声をあげて泣き始めた。
カルロはあわてて駆け寄り、抱き起してやった。
その二人をフランコたちが取り囲んだ。
「どうやってチケット手に入れたんだ」
「盗んだのか」
「そんなことしないよ!」
カルロがフランコをにらみつける。
「お前、生意気だぞ」
フランコが手にもっていた棒を振り上げた。
「おやおや、いけませんねえ」
その棒がひょいと背後から取り上げられ、フランコはあわてて振り返った。
仮面の男が立っていたのであった。
「このお二人はちゃんとチケットを働いて購入されたのです。それを頭から否定とは情けない、情けない」
「お前、生意気だぞ!」
フランコが仮面の男を指さした。
「父上に言ってこの街にいられないようにしてやるからな!」
「はあ」
仮面の男が首をかしげていると、その後ろを馬車が通りかかった。
「フランコ」
扉があき、でっぷり肥った男が顔をのぞかせた。
「父上!」
フランコの顔が輝く。
そのまま走り寄って仮面の男を指さしながら「こいつ、俺に無礼を働いたんだ!」と叫んだ。
仮面の男はカルロとパオロを自分の後ろに押しやり、フランコの父親をじっと見た。
「貴様、これ以上この町で商売ができると思うなよ」
「ええ、それは困りますね。ショーはあと3日ほど行う予定ですし」
「領主様にお伝えして取り消してやるから覚悟しろ」
仮面の男はふむ…と言いながら懐から木札を取り出した。
くるり、と裏返す。
「貴様…それはユスタンの紋章…!」
「ええ、そういうことです」
「……」
父親の顔が赤くなり、そして青くなった。
「帰るぞ、フランコ」
「え、父上?」
「お前は今後後ろのクソガキどもに手を出してはならん。絶対だ」
そう言うが早いか、父親はフランコを馬車に乗せ、逃げるように去っていった。
取り巻きたちは突然の展開に目を白黒させていったが、仮面の男をチラッとみて走り去っていってしまった。
「どうしたの」
「おじさん大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですとも」
仮面の男はカルロとパオロの頭を撫でた。
少し日が傾きつつあった。
仮面の男は両手をカルロ、パオロとつないで道を歩いていた。
パオロは少し音の外れた曲を口ずさんでいた。
カルロはショーの何がかっこよかったかを一生懸命仮面の男に伝えていた。
少し先に家が数軒見えてきた。
そこから走ってくる人影があった。
「お父さん!」
二人が一斉に駆け出す。
男が手を広げて二人を抱きしめた。
仮面の男に近づくとぺこぺこと頭を下げる。
噂でショーが町に来ていることを聞いていたのだろう。となれば仮面の男も関係者だと気づいたに違いない。
「どうも、申し訳ありません。うちの子がご迷惑をおかけして。この通り私は出稼ぎに出ていて、ずっと留守をしていたものですから」
「いえいえとんでもないですよ」
「お金がないのにショーを見せていただいたと」
「ああ、それなら」
お手伝いをしてもらったのです、と仮面の男はしゃがみ込み、二人に目線を合わせていった。
「僕、頑張ったんだよ!」
「お手伝いの内容は約束だから言えないけどね!」
二人も誇らしげに胸をはった。
「これで、足りますでしょうか」
男はおずおずとポケットから銀貨数枚を出してきた。二人のチケット代にというのであった。
「いいえ、いいえ」
仮面の男はそれを固辞した。
「坊ちゃんたちはちゃんと働いて対価をえられました。これを受け取るわけにはいきません」
「でも」
「あなた方は心根の素晴らしい人ですね。おやおや、そうだ」
仮面の男は銀貨を一枚いただいた。
そして縦笛を取り出し、吹いた。
ほんの数小節ほどであったが、吹き終わると仮面の男の手には小さな薬瓶と、カルロが渡した人形が握られていた。
「銀貨を一枚いただいた代わりにこれを」
「え」
「お母さんに飲ませておやり」
カルロは人形が戻ってきたことに目をキラキラさせていた。弟のためにとはいったものの、それは間違いなく大事にしてきたものだったのだろう。
「お母さんに?」
パオロが聞くが仮面の男は笑って答えなかった。
「では私は次のショーの準備をしなくてはなりませんので」
仮面の男がうやうやしく頭を下げた。
そこに西日があたり、三人はまぶしく目を細めた。
仮面の男はもうそこにはいなかった。
その夜、ある家で歓声があがった。
寝たきりの母親がベッドから起きだし、二人の息子と手を取り合ってくるくると回った。
その横で父親は目を潤ませていたという。