第十四話の3 解
「お義父上、とお呼びしても失礼ではございませんでしょうか」
涼やかな声が響いた。決して大きな声ではなかったが、凛としたその声は一同の耳にしかと届いた。
「座ったままで失礼をいたしました。フリーデリケ・クラムと申します」
人形がさっと立ち上がり、ドレスの端を引いて礼をした。
そのままゆっくりと歩み寄る。
ヴァルターの手を取り、そしてアッバスを見て手を取り、彼の手をヴァルターの手に重ねた。
「現王ルーファス様をアッバス様とお支えしていく所存でございます」
「おお、おお…!」
ヴァルターの目から涙があふれた。
「もうこれで思い残すことはない」
「そんな、もっと生きていただかねば困ります」
「よい、わしのすべきことはもうない」
弱弱しくはあるがはっきりとした声であった。
そして再びベッドに横たわったヴァルターはゾフィーと手を握り合い、満足したように何度もうなずいていた。
部屋を後にしたアッバスはフリーデリケと手をつないだままきょとんとしていた。
「人形ではなかったのですか」
ルーファスがもっともな疑問を口にした。
「えーと…」
仮面の男は頭をかいている。
「まあ、なんとか窮地を逃れたということで」
「それは確かにありがたいのだが」
仮面の男はフリーデリケを見た。
「ちょっと彼女とお話させていただいても?」
「ん? ああ」
アッバスはまだ事情が呑み込めない顔をしていたが、仮面の男に話しかけられてはっとその手を離した。
仮面の男は後ろで手を組んでひょいひょいと歩き、フリーデリケがそのあとについて少し離れた場所に移動した。
「人間に戻ったようですねえ」
「はい。なんとかアッバス様のお力になりたいと思っておりましたところ、気づけばあのように」
「わかりました」
仮面の男は懐から袋と封筒を出した。
「あなたはもう旅をする必要はありません。この通り、数年は暮らせるお金と紹介状があります。この国のギルドにもっていけば仕事も見つかるでしょう」
フリーデリケは感謝の表情でそれを受け取った。
仮面の男は振り返り、アッパスを手招きした。
「彼女はこれからどうするんです?」
アッバスが歩み寄りながら声をかけてくる。
「この国に残りますよ」
仮面の男が振り返ってそう言った。
「ということは、もう旅はしない?」
「はい」
アッバスは「あの」とか「その」とあちこちを見ながら言った挙句、「では私の婚約者になっていただいても?」
「おや」
仮面の男の素っ頓狂な声にしばし、沈黙が訪れた。
アッバスとフリーデリケは向き合ったまま黙り込んでいた。
が、両者の顔が少しずつ赤くなっていくのを「おやおやぁ」と仮面の男は面白そうに眺めていた。
「アッバス。それは急ぎすぎだぞ」
ルーファスが咳ばらいをした。
「我々の立場を考えたらこのお嬢さんが簡単に断れるはずもない。まずはしっかりと交流を深めるべきだ」
「あ、そ、そうですね」
「ええ」
二人は向き合って真っ赤になりながらもじもじしている。
「私はこの通り、何の身分もない女です。まず仕事を探してまともな暮らしができるようになりたいです」
「そ、そうだな。それがいい」
大きくアッバスはうなずいた。
「住まいが決まったら教えてほしい。手紙のやり取りをしたい」
「ええ」
なんとか話がまとまり、アッバスは謝礼を払ってなかったことを思い出し、仮面の男に声をかけようとした。
男は姿を消していた。
「なんと、かようなこともあるのだな」
くるくると笛を手で回しながら、仮面の男は愉快そうに芝居小屋への道を帰っていった。
その足取りは軽く、今にも空を駆け上がりそうであった。




