第十二話の2 密約
「母は自分の命をかけても良いといいました」
絞り出すようにトゥリオは言った。
「母が命を落とせば、次に代わりとなる命はない。だからやり遂げなさいと」
シルヴァがそっとトゥリオに寄り添った。
「どうかお願いします。お力添えいただけませんでしょうか」
ヨナスが仮面の男の足元にひざまずき頭を垂れた。
「ええ、いやいや、そんなことをされませんでも」
仮面の男は驚いたように両手を振った。
「図々しい願いとは存じております。母の呪いを解いていただければ」
「どうか、どうか」
トゥリオとシルヴァも拝むように仮面の男を見た。
「ええ、それは構いませんが…」
仮面の男はふむ、と手を顎にあてて思案しているようであった。
「どうやって屋敷にいったものですかねえ」
「それなのですが」
トゥリオは、使用人の協力があると告げた。
使用人の家族が遠い町で暮らしており、その娘が旅一座の芸人として加わっていれば、街を巡回している衛兵が「若い娘がいた」とソニールへ献上しようとするに違いないと。
トゥリオの決意を家族から聞かされたその娘は、自分が囮になると強い意志をもって申し出てきた。
「ははあ、おとりですか」
それで、と仮面の男は納得した。
茶を出した美しい女性団員を見て彼らは、このまま一行が街に入れば衛兵に連れていかれることを危惧していたのだと。
仮面の男は手をパンパンとたたいた。
先ほど茶を出した女性団員が音もたてずにさっとやってきた。
「せっかくですからおとりは二人いた方がいいでしょう」
「いや、それは」
「大丈夫です」
仮面の男がほらこのとおり、と手をふってみせると、団員はトンッと後ろに回転し、くるくると側転して見せた。
「そう簡単には捕まりませんので。ちょこまかとかく乱させればよろしい」
「は、あの…」
困惑するトゥリオに女性団員はにこりと笑った。
「旅先でもこのような横暴はありますので慣れておりますよ」
「あなたのような方に申し訳ありません」
トゥリオはサッと立ち上がり頭をさげた。シルヴァもそれに続いた。
「あなた方が次の領主であればこの町は安心ですねえ」
仮面の男は満足そうにうなずいた。
「ところで」
ヨナスが床にひざまずいたまま、申し訳なさそうな顔をして言った。
「トゥリオ様に説明されてもよくわからなかったのですがその…ユスタンとかいう国の方というのは本当で…?」
「こら、ヨナス! 失礼だぞ」
「ひえっ、す、すみません!」
「お気になさらず」
仮面の男は懐から木札を出した。
くるりと裏返し、ユスタンの紋章を見せる。
「おおっ、これが…」
たしなめはしたものの、トゥリオ自身も見るのが初めてだったようでまじまじと見入っている。
「手にとって見せていただいてもよろしいでしょうか」
ヨナスが興奮したように言う。
「どうぞどうぞ」
仮面の男が木札を差し出した。
ヨナスがうやうやしく両手で受けとる。
「さあ、トゥリオ様」
振り向いて渡そうとしたヨナスがつんのめり、木札がその手から転げて落ちた。
「ああっ!」
あわててシルヴァが立ち上がり駆け寄って大事そうにハンカチに包んで木札を持ち上げた。
「ヨナス、気をつけろ」
「も、申し訳ありません!」
トゥリオがシルヴァを支え、ハンカチにくるんだそれを恐る恐る傷がないか確認した。
「こちらが見たいと申したにも関わらず大変なご無礼をしました。どうかヨナスを許してやってください」
「とんでもないです、はい。落ちたくらいじゃなんともありませんで」
木札を受け取り懐にしまった仮面の男は笑ってみせた。




