【4】
「このマンション、七年くらい前にできたって聞いたけど……当時、管理人さんは未成年だよね。マンション経営って子供でも始められるの?」
「ファミリアは元々ノブおじさんが管理してたんだよ。途中で責任者を交代したんだ」
「あたし、ノブおじさんとは一回挨拶を交わしただけなんだけど。どんな感じの人?」
「悪い人じゃないんだけど……正直、オレはちょっと苦手なタイプかな」
俊介いわく、信行からは〝自分の内に他人を踏み込ませたくない〟という空気が伝わってくるそうだ。穏やかで話しやすい反面、言動の端々に排他的なオーラを感じることがある――そのギャップが若干怖いとのこと。あたしはそんなふうに感じなかったが……。
「律子ちゃんは入居したてだから分かんないと思うけど、ここに住んでると『異質さに苦しんでるのは自分だけじゃないんだ!』って元気もらえるよ」
「……そういうもん?」
「これから分かるようになるって。オレが保証する!」
何の根拠もない保証とやらを信じたわけではないが――ひとまず「そうなるといいね」と返しておいた。
* * *
新しい仕事が始まったのは、ファミリアへの入居から一週間経った月曜日。ハルに用意してもらった求人情報から、ラベル貼りというアルバイトを選択した。
午後五時に初勤務を終えて帰宅。夕食を済ませたところで甘い飲み物が欲しくなった。一階フロアへ下り、自販機に並ぶ商品からアイスミルクティーを選択。ガタンとペットボトルが吐き出される音に続けて、足音が聞こえてきた。
音に釣られて振り向くと、飲食ブースに女性が入ってきていた。赤色ベースのロリータワンピースを纏っている。あたしより少し年下といったところか。
彼女が「律子さん」と呟く。
あたしのことを知っているようだ。
何故だろうと思いつつ「どーも」と会釈した。
「混乱させてしまってごめんなさい。月下ハルの妹、唯花と申します」
なるほど、と納得した。
派手なロリータ姿に目を奪われてしまっていたが、確かにかなりの美少女だ。
彼女は彫りが深く、フランス人形のような顔立ちをしている。腰付近まで伸びる茶色の髪は艶やかで、白い肌も美しい。身長は一五〇センチ程度だろうか。乙女を絵に描いたような可憐さがあり、あたしと正反対のタイプだ。レースがふんだんにあしらわれたワンピースもよく似合っている。
そこで突然、唯花が「ありがとうございます」と口にした。何のことを言っているのか分からず首を傾げる。
「わたしのお洋服。似合うと思ってくださったのでしょう?」
背筋に冷たいものが走った。
まさかこの人……あたしの心を読んでいる?
「えぇ、ご想像どおりです」
〝人の心を読む〟という異彩の持ち主はハルの妹だったのか。俊介が「唯花の異彩は知ることになるだろう」と言っていたが、心を読まれるというのは気味が悪い――という心情も唯花には筒抜けのようで、彼女から笑みが消えた。
「あ、すみません。失礼なことを考えて」
「いえ……いいのです。最初は皆さん、同じ感想を抱かれますから」
唯花は「少しお付き合いいただけませんか」と言い、テーブルに目を向けた。ファミリアの管理人一家を邪険に扱うわけにもいかないため、ミルクティーを持って席に着く。唯花は紙パックのリンゴジュースを購入し、あたしの正面に腰を下ろした。
「あたしは自己紹介してないですけど。唯花さんは異彩まで見抜いてるんですよね?」
「はい。悪意を持って心を覗いたわけではないので、ご容赦いただければと。この力を日常的に使うこともありません」
「心の声を閉ざしたり開放したり……コントロール可能ってこと?」
「そうです。住人の皆さまの心を読むのも、わたしの異彩についてご理解いただくまで。その後は基本的に閉ざしています。そうするよう、兄さまからも厳しく言われていますから」
彼女は小さく笑み、リンゴジュースに口を付けた。ハルと同じく綺麗な顔立ちだが、あまり似ていない。メイクの影響だろうか。