【2】
昼間、スーパーで買ったオレンジジュースがある。それとグラスを二つ出してきたはいいが、冷蔵庫でなくストック棚に置いていたため生ぬるい。
「氷も出さないとね」
「オレはいらないよ」
「こんな生ぬるいジュースでいいの?」
「そういうことじゃないよ。ちょっと貸してくれる?」
俊介はあたしの手からペットボトルを取ると、グラスにオレンジジュースを注いだ。その中に向かって息を吹きかけている。
「見て?」と差し出されたグラスの中身。
ジュースの表面が凍り付いていた。
見間違いではない。
「な、なに、これ……」
「手品の類いじゃないよ? これがオレの異彩。名付けて〝氷の息〟――ジュース氷の出来上がり、ってね」
俊介はグラスを指で弾いた。
パリンと水面が割れ、オレンジジュースの破片がグラス内を漂い始める。
「ちょ、ちょっと待ってよ。このマンション、こんなすごい能力を持つ人間ばっか住んでるの?」
「いろいろだよ。オレみたいな特殊能力を持つ住人もいれば、少し変わった特徴を持つだけの住人もいる」
「でも……俊介と喋ってて冷気を感じたことはないよ?」
「吐く息が全部、氷みたいに冷たいわけじゃないからね」
冷気は意識的に発生させているが、感情が昂ると制御できなくなることがあるらしい。「律子ちゃんのも凍らせてあげようか?」と訊かれたが、他人が息を吹きかけたジュースなど飲みたくないため遠慮した。
自分の分だけ氷を用意し、テーブルの前へ戻る。俊介はお総菜のパックを並べ、それぞれのフタを取り外していた。パックはどれもハガキくらいの小さめサイズだが、数は七つもある。
「これ、下のコンビニから持ってきたやつ? お金払ってるよね?」
「全部オレの手作りだよ」
「そうなの? 値札シールが貼られてるけど」
「売り物だからね。下のコンビニには厨房がないからオレの部屋で作ってるけど」
俊介は調理師免許を持っており、ここに入居する前は飲食店で働いていたという。コンビニに並べるお弁当やお惣菜は日替わりで、好きなおかず目当てで決まった曜日に訪れる客もいるのだとか。
「律子ちゃんはピンとこないかもしれないけど、ファミリアのコンビニで買い物するのを楽しみにしてる住人もいるんだよ。異彩者の中には、街で気軽に買い物できない人もいるから」
「……そっか」
「客数が少ないから売れ残る日も多いけど、そういうときはオレの夕飯&朝飯になるんだ。今日みたいにね」
テーブルに並んだ料理は蒸し鶏のサラダ、チャーハン、豚バラ肉と野菜の炒め物、だし巻き玉子と餃子が二パックずつ。取り合わせはイマイチだが美味しそうだ。料理を小皿に取り分けつつ、異彩について訊ねてみることにした。
「俊介の能力、口の中が凍っちゃうことはないの?」
「不思議と大丈夫なんだよね。冷たさは感じるんだけど」
「生まれつきそうだったの?」
「たぶんね。こんな息を吐くことができると気付いたのは三歳くらいのときかな」
幼い俊介は、それが〝誰にでもできること〟だと思っていた。しかし周囲の子供と触れ合うことで、自分の異質さを悟ったらしい。
「オレが仲良くしてた子たちは『すごい』とか『カッコイイ』とか褒めてくれたけど、大人からすれば完全にバケモノなんだよな。あっという間に噂が広まって、誰もオレに近付かなくなって、夜逃げ同然の引っ越し。今は便利に感じることもある力だけど、昔はいろんな面でしんどかった」
まるで自分の話を聞いているようだった。きゅっと胸が痛む。それと同時に、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
「俊介のこと、ただの面倒くさい人だと思ってたけど……苦しんできたんだね」
「まぁ仕方ないよ。律子ちゃんはどんな異彩を持ってるの?」
「……えっ、あたし?」
「もちろん、言いたくないなら言わなくていいよ。住人規約にそうあるからね」
誰にも話したくないが、俊介が明かしてくれた以上、自分だけ隠すのは不公平だろうか。しかし……ハルのように知られてしまったならともかく、自分から打ち明けるとなると幼い頃のトラウマが邪魔をする。