【5】
白衣をなびかせ身を翻した信行が事務所を出て行く。ハルは苦々しい笑みを浮かべた。
「慌ただしくて申し訳ありません」
「別にいいですけど。それより、さっき叔父さんに渡されてた袋って……薬?」
「いえ。ここのところ食事が偏っていると話したら、ビタミン剤を用意するから飲めと言われたんです。わざわざ来客中に渡さなくて良かったのですが」
ハルは薬袋をジャケットの内ポケットに突っ込み、契約関係の書類を挟んだファイルを片付けた。
「話にキリもついたので、住人のリーダー的存在となっている方を紹介しておきます」
「リーダー?」
「異彩者の中では珍しく『人が好き』と断言されている方です。住人の皆さまのこともよく把握していますので、何かと力になってくれると思いますよ。それに、律子さんの隣人となる方ですから」
ハルは「行きましょうか」と歩き出した。向かった先はコンビニ。今日も客はおらず、レジカウンターに店員が一人――初めてマンションを訪れた日と同じ男性が立っている。
男は「こんちわーっす」と言い、続けて「キミは先日の!」と目を輝かせた。テンション高く挨拶した店員を見て、ハルが首を傾げる。
「既に対面していたのですか?」
「前に事務所の場所を訊いただけです。っていうか、この店員さんがあたしの隣人?」
「えぇ。加我俊介さんです」
紹介を受けた店員――俊介が「シクヨロ!」と鬱陶しいトーンでピースサインを突き出してくる。住人のリーダー的存在がこんな軽いノリの男だと分かり、一気にげんなりした。言葉を投げる気力もないあたしの代わりに、ハルが話を進めていく。
「彼女は藍沢律子さん。来週月曜日、三〇一号室へ引っ越されますので」
「こんなモデル級美人が隣に越してくるとは。超サイコー、テンション上がりまくりって感じだよね」
ヒュー、と俊介は口笛を吹いた。あたしは長身だが、美人と言える顔でないことは自覚している。この男は絶対に相容れないタイプだ。
「オレ、堅苦しいのは好きじゃないんだよね。今後はお互い敬語ナシで、フレンドリーにしちゃお? ハルも含めて〝三人親友同盟〟だ!」
「僕は管理人という立場上、皆さまに丁寧な口調で――」
「分かってるって。ハルは何度言っても変わらないもんね。でも律子ちゃんはタメ口で大丈夫っしょ?」
「もちろんです」
「ってことで律子ちゃん、今日からオレたち三人は友達ね! オレは二十八――キミより年上だと思うけど、年齢なんて全然気にしなくてオッケーって感じだから」
何なの、この軽々しいノリ……。あたしには付いていけそうにない。「勝手に決めないでくれます?」と返すと、俊介は大口を開けて笑った。
「いいねいいね! そういう強気な子、オレ好きだよ? 今後とも楽しく行こ!」
「……面倒くさっ。もういいよ、適当で」
「了解! ハルにもラフな感じでオッケーだからね」
「いや、それは管理人さんが決めることでしょ。何であなたが仕切ってるの?」
ハルに目を向けると「気楽に接してくれて構いませんよ」と笑みを返された。俊介は「ほらね」とでも言わんばかりのドヤ顔をしている。この鬱陶しいやり取りを終わらせるべく、「じゃあ両方にタメ口で」と言い切った。
「オレは開店から閉店まで――朝八時から夜八時までここにいるから。どんどん遊びに来てね」
「……まぁ、機会があれば」
コンビニは年中無休、平日は俊介が一人で対応。土日はハル、もしくは彼の妹・唯花が店番しているらしい。説明を終えたハルが「僕たちはこれで」と会釈すると、俊介はブーイングを飛ばした。
「そんな慌てなくても。三人で楽しいトークタイムを――」
「時間がないので失礼します」
満面の笑みでばっさり会話を断ち切ったハルのあとに付いていく。彼はエントランスに出たところで立ち止まり、こちらへ振り返った。
「とまぁ、俊介さんはああいった雰囲気の方です」
「よーく分かったよ。あの手のタイプは誰にでも、美人だの可愛いだの言うんでしょ?」
「僕も、イケメンだの男前だの言われたことがありますよ」
完全な主観になってしまうが、ハルは〝男前〟とは違う気がする。自分なりに考え「綺麗な顔してると思うよ」と伝えると、「嬉しいです」と返ってきた。しかし表情も声色も変化がなく、本当に喜んでいるのか分からない。俊介とは違う意味で、この男も苦手なタイプだなと感じた。