【3】
「しかし律子さんは、密かに『ありのままの自分を受け入れてくれる人が欲しい』と思っていらっしゃる。そんな心を読み取ったからこそ、こうしてお誘い申しあげたのです」
「別にあたしは…………まぁいいや。話を進めてくれます?」
「かしこまりました。先ほど〝心を読む力〟と申しましたが、彼女いわく『リアルタイムな心情だけでなく、心に根付く部分まで伝わってくる』とのことです。彼女からあなたの〝異彩〟も聞かせていただきました」
初めて聞く単語に首を傾げる。ハルは胸ポケットからペンを抜き、先ほど渡した手紙の端に漢字を記してくれた。
「〝異なる彩り〟と書いて異彩。当マンションでは〝普通と違う部分や能力〟のことをそう呼んでいます。そして異彩を持つ人のことを〝異彩者〟と呼びます」
「異なる彩り……。あたしのやつはそんな洒落たものじゃないですけど」
「律子さんの異彩は〝赤い眼〟ですよね?」
「……はい。左だけ特殊なコンタクトをしてます」
「生活に不便はないですか?」
「当たり障りなく一人暮らしして、工場でバイトしてますよ。他人に目を見られるのが嫌で俯いて歩く癖は抜けないし、友達もいないけど」
「現時点でファミリアに興味をお持ちであれば、詳しい話をさせていただきますが。いかがなさいましょう」
「……じゃあ一応お願いします」
「承知いたしました。まず、もっとも重要な約束事をお伝えいたします」
ハルはデスクからクリアファイルを取った。そこから一枚の用紙を抜き取り、テーブルに広げる。印字されている文章を目で追った。
《ファミリア特別規約》
・他住民の異彩について、しつこく詮索しない
・他住民の異彩について、絶対に他言しない
「当マンションは、世間で異分子扱いされてしまった人々が普通に暮らせる場所です。と言っても、今すぐ冷静に判断を下すことは難しいでしょう。お帰りになってからじっくり検討いただければと思います」
「……管理人さん、二十代前半ってとこですよね?」
「二十四ですよ」
「その若さでマンションを一棟買って、こんな事業を?」
「僕はあくまで管理・運営をしているだけです。資金は叔父頼みですよ」
傍から見ればごく普通のマンションであり、異分子が集まっているという情報も出回っていない。入居後に〝合わない〟と感じた場合、即日退去も可能とのことだが――。
「この規約、何の拘束力もないんですよね? 秘密を部外者にバラす住人がいるかもしれない」
「当マンションの運営開始から約七年、そういったトラブルが起きたことはありません。秘密を安易に口外するような人物であれば〝心を読む女性〟に伝わる――そういった方は一人もいないと報告を受けています。誰かに異彩を知られると困るのはお互い様ですから、皆で守り合っている状態ですね」
「今まで招待状を出した人はみんな入居したんですか?」
「いえ。面談が実現しなかった方、『不安を拭えない』と入居されなかった方もいますよ」
「ちなみに、管理人さんは普通の人なんですか?」
「僕も異彩者ですよ」
彼も何かを隠して生活しているのか。こちらの秘密を勝手に探ったのだから教えてくれればいいのに――思わずぼやくと、ハルの顔に笑みが戻った。
「律子さんは今、『絶対ファミリアに入居したくない』というお気持ちですか?」
「そこまで拒絶してるわけじゃないけど……」
「それでしたら、何か興味の対象を作ることで転居のきっかけになるかもしれませんね。当マンションに入居すれば僕と顔を合わせることも多くなります。その中で、僕の異彩が何なのか推理するというのも面白いのでは?」
「自分の異質さをクイズみたいに扱っていいんですか?」
「構いませんよ。これまで住人の方に異彩を言い当てられたことはありませんが」
なんだか挑戦的な態度だ。
この取って付けたような営業スマイルを剥がしてやりたくなる。