【1】
――生きることは、試練だ――
【Episode0】
《マンション〝ファミリア〟入居者候補として、藍沢律子様に招待状をお送りさせていただきます》
謎の手紙はそんな一文から始まっていた。招待状とあるが身に覚えはなく、引っ越しを考えているわけでもない。こんな怪しげな手紙、本来なら即ゴミ箱に放り込むだろう。しかし――。
《当マンションは〝異分子〟の集まる場所です》
この一文が引っ掛かった。
手紙の差出人はあたしの〝秘密〟を知っているのだろうか。
一六〇センチを超える身長、焦げ茶色に染めたショートヘア。ここまでは普通の女だが、自分は間違いなく異質だ。
鏡に映る二つの瞳。
その左だけ、黒いはずの部分が血の色に光っている。
右目は黒、左目は赤――いわゆるオッドアイ。
変色は生まれつきのもので、原因は不明。視力に問題はなく、病気と診断されたわけでもない。それでも父親はこの眼を受け入れられず、あたしが一歳になる前に家を出てしまったそうだ。
逃げたのは父親だけでない。親戚とも疎遠になり、近隣住民からは奇異の目で見られ、何度も酷い言葉をぶつけられた。「気持ち悪いから近付くな」「病気がうつる」「化け物がいる」……と。
あたしたち母子を取り巻く環境は悪化するばかりで、引っ越しの準備が始まった。それが約十三年前――あたしが七歳の頃。
しかし、引っ越した先でもいじめに遭うのなら意味がない。主治医の協力を得て、左目を隠すための特殊コンタクトレンズを開発してもらえることになった。それが完成したことで、あたしは初めて普通の生活を手に入れたのだ。
以後、左目のことは絶対的な秘密として守り抜いてきた。
それなのに。
手書きで記された文章を何度も読み返した。
――――
突然のお手紙失礼いたします。
マンション〝ファミリア〟管理人、月下ハルと申します。
当マンションの住人は全員、普通と違う特徴を持っています。世間から爪弾きにされてしまった人、いじめに遭った人。誰にも理解してもらえず、自分の運命を呪っていた人。こうした方々がファミリアに集まっており、僕は彼らの暮らしを守るため尽力しています。
このような形のご案内では不信感を抱かれるでしょう。しかしファミリアの運営上、秘密を守ることが最優先。連絡先を手紙に記すことはできません。
もし、興味を持ってくださるのなら。
ご都合の良い日に当マンションまで起こしください。
――――
信じがたい話だが、〝異分子が集まる〟というフレーズがどうしても気になる。
封筒には消印がなく、直接ポストに投函されたようだ。手紙には男性の顔写真も載っている。二十代前半くらいに見えるこの人物が月下ハルらしい。病弱そうに見えるほど色白で、中性的な顔立ちをしている。さらさらとした黒髪の左サイドにはブロンドのメッシュが入っていた。
彼はあたしの秘密を知っているのだろうか。
自宅を知られている以上、放置しておくのは気が引ける。
手紙の二枚目には八階建てマンションの写真と住所、地図が記されていた。インターネットで検索を掛けても情報は出てこない。ハルと話をするためには行ってみるしかなさそうだ。スケジュール手帳を開き、六月三日(土)のマスに《マンション〝ファミリア〟へ》と書き込んだ。