第8章 第一の危機
「中道の館」の前庭は、なんとも言えない微妙な空気に包まれていた。
朝日が昇り始めて、小鳥のさえずりなんかも聞こえちゃって、一見すると平和そのものなんだけどな。
俺と、その両脇に立つティタニア嬢とコレット嬢の間には、見えないバチバチの火花がまだ散ってる感じだ。
ゆうべの三者会談で、とりあえず「世界の危機を回避する」っていう共通目標(仮)はできたものの、お互いの主義主張はそう簡単にゃ曲がらねぇらしい。
まあ、そりゃそうか。長年信じてきたもんなんだからな。
「……で、だ。結局、俺たちはどうすりゃいいんだ? 」
俺が口火を切ると、ティタニア嬢がすっと背筋を伸ばした。
その豊満な胸も、心なしかいつもよりキリッとして見えるぜ。
「わたくしは、一度教会へ戻ります。そして、この目で『乳審判の儀』の真の目的と、ミルフィーユ殿の言われた『乳天律機関』について、可能な限り調査してまいる所存です」
お、マジか。
あのガチガチの原理主義者だったティタニア嬢が、教会の闇を探ろうってのか。
ゆうべの話、ちゃんと心に響いてたんだな。
ちょっと見直しちまったぜ。
「魔乳王様……どうか、教会へだけはお戻りになりませんよう。あなたの御身が危険に晒されるやもしれません」
ティタニア嬢が、ほんの少しだけ心配そうな、それでいてどこか熱っぽい視線を俺に向けてくる。
おいおい、なんだその乙女みたいな目は。
「……心配、してくれるのか?」
俺が茶化すように言うと、ティタニア嬢はカッと顔を赤らめた。
「なっ……! そ、そのようなことでは断じてありませぬ! 魔乳王様は、この世界の均衡を保つための重要な存在……いわば、戦略的保護対象でありますれば……ごほごほっ!」
あからさまに動揺してやがる。
分かりやすいなおい。
でも、その赤い顔もなかなか……いやいや、今はそんな場合じゃねぇ。
一方、コレット嬢は腕を組んでそっぽを向いている。
が、その耳がほんのり赤いのは、俺は見逃さなかったぜ。
「ふんっ! 私は秘密基地に戻って、仲間の安否を確認するわ。それと……『平乳機関』の起動が本当に世界の終わりスイッチなのか、この目で確かめてやるんだから!」
「おいおい、一人で大丈夫なのかよ?」
俺が純粋な心配からそう言うと、コレット嬢はこれまた顔を真っ赤にして反論してくる。
ツンデレか、お前は。
でも、その強がりな瞳の奥に、一瞬だけ不安の色がよぎったのを、俺は見逃さなかった。
「ま、そういうわけだ。俺たちは、しばらくここでミルフィーユさんに魔乳合体のイロハを叩き込んでもらって、どうにかこうにか『乳審判の儀』を止める方法を考える。お前らも、それぞれの場所でやれることをやってくれ。ただし、無茶だけはすんなよ?」
俺の言葉に、ティタニア嬢は厳かに頷き、コレット嬢は「……別に、あんたに心配される筋合いなんてないんだからね!」とそっぽを向いたまま小さく呟いた。
はいはい、ツンデレ乙。
三者三様の決意。
それは、まだ脆くて、今にも壊れちまいそうな仮初めの同盟。
それでも、確かに何かが動き始めた、そんな予感がした。
ティタニア嬢は、騎士団の数名を護衛に残し、残りの兵を連れて教会への帰路についた。
その背中は、どこか悲壮な覚悟を漂わせているように見えた。
コレット嬢は、誰にも告げずに、まるで影のように森の中へと消えていった。
あの小さな体に、どれだけのものを背負っているんだろうな。
二人を見送った後、俺はミルフィーユさんと一緒に館の中に戻った。
「……なあ、ミルフィーユさん。これで、本当に良かったのかね?」
俺の呟きに、彼女はいつもの穏やかな笑みを浮かべて答える。
「ええ。これが、今の私たちにできる最善の選択ですわ。魔乳王様、あなたにはまず、ご自身の『魔乳合体』の力を完全に制御できるようになっていただく必要がございます。それこそが、この世界の乳バランスを、そして……彼女たちの心をも動かす、唯一の鍵なのですから」
その言葉は、やけに俺の胸に……いや、心にズシンと響いた。
その時だった。
遠くの木立の影から、一瞬だけ、銀色の長い髪がキラリと光ったような気がした。
気のせいか?
いや……。
目を凝らすと、そこには誰もいない。
だが、確かに誰かが俺たちを見ていた、そんな確信があった。
「……まさかな」
その正体不明の視線は、まるでこれから始まる波乱の第二幕を予感させるように、俺の脳裏に焼き付いて離れなかった。
そして、その予感は的中する。
遠くの空で、ゴロゴロと低い雷鳴が轟き始めた。
まるで、世界の終わりを告げるファンファーレのように。
嵐の前の静けさ、なんて言葉があるが、今の状況はまさにそれだ。
第一の危機は、まだ始まったばかり。
俺の、そしてこの世界の運命やいかに。
……って、なんかラノベのナレーションっぽくなっちまったな。
まあいいか。
ともかく、やるしかねぇ。
この手で、この世界のおっぱいを……いや、未来を救うために!