第7章 三者会談と真の敵の影
「中道の館」の一室。
そこは、さっきまでの戦場が嘘みてぇに静まり返っていた。
いや、静かっていうか、重苦しい沈黙が支配してるって言った方が正しいか。
だってそうだろう?
ついさっきまで殺し合い寸前だった爆乳聖騎士様と貧乳忍者様が、同じテーブルについてんだから。
俺とミルフィーユさんを挟んで、火花バチバチの睨み合い。
部屋の温度、体感で5℃は下がったね、うん。
「……で? 魔乳王。さっきの話、本気で言ってるわけ?」
沈黙を破ったのは、コレット嬢だった。
腕を組んで、ふてくされたような顔で俺を睨んでくる。
その平坦な胸は、相変わらず俺のDNAに刻まれた「主張するおっぱいは正義」という価値観を根底から揺さぶってくるぜ。
ある意味、ティタニア嬢の爆乳より破壊力あるかもしれん。
「本気も何も、それが俺の偽らざる本心だっての。乳の大きさで争うなんて、マジでくだらねぇと思ってる」
俺がそう言うと、今度はティタニア嬢が口を開いた。
「魔乳王様。そのお言葉、聖乳教会の教え……いえ、この世界の成り立ちそのものを否定するものです。乳の豊かさこそが神の恩寵の証。それは、我ら聖乳教会が千年に渡り守り続けてきた絶対の真理にございます」
その声はあくまで冷静だけど、言葉の端々から「お前、マジで何言ってんの?」的なオーラがビンビン伝わってくる。
うん、分かってるよ。
俺の言ってること、この世界じゃ完全に異端なんだろ?
でもな、俺は俺の「おっぱい哲学」を曲げるつもりはねぇんだ。
「神様の恩寵ねぇ……。じゃあ、生まれつき胸が小さい子は、神様に見捨てられたってことか? 努力してもデカくならなかったら、そいつは一生劣等種扱いされて当然だって? そんな理不尽な話がまかり通ってたまるかよ」
俺の言葉に、ティタニア嬢はわずかに表情を曇らせる。
コレット嬢は……お、ちょっと意外そうな顔してんじゃん。
「魔乳王……あんた、本当に貧乳の味方なの?」
「だから、どっちの味方でもねぇって言ってんだろ。俺は、すべてのおっぱいの味方だ。デカくても小さくても、形が悪くても垂れてても、それぞれに良さがある。それを無理やり一つの価値観に押し込めるから、争いが起きるんじゃねぇか?」
「しかし……」
ティタニア嬢が何か言い募ろうとするのを、ミルフィーユさんが穏やかに制した。
「ティタニア様、コレット様。そして魔乳王様。まずは、この世界の現状を正しく理解することが肝要かと存じます。お二人は、『乳天律機関』という言葉をお聞きになったことは?」
ミルフィーユさんの問いかけに、ティタニア嬢とコレット嬢は顔を見合わせる。
「乳天律機関……? 初めて聞く名だわ」とコレット嬢。
「わたくしも……教会の古文書にも、そのような記述は……」とティタニア嬢。
「無理もありませんわ。それは、聖乳教会も、そしておそらく貧乳派の指導部ですら、その存在を秘匿されてきた、この世界の根幹に関わる古代の遺物なのですから」
ミルフィーユさんは、テーブルの上に一枚の羊皮紙を広げた。
そこには、複雑な紋様と、見たこともない古代文字がびっしりと書き込まれている。
……うん、俺にはチンプンカンプンだ。
「これは、初代魔乳王が遺したとされる予言の一部です。そこにはこう記されています。『三百年の後、双つの乳星、相争い、世界は再び混沌に帰す。その時、天より星は堕ち、古き律は目覚めん。律の目覚めは世界の終わりか、新たなる始まりか……』」
「双つの乳星ってのは、間違いなく爆乳派と貧乳派のことだよな。で、天より堕ちた星ってのが……もしかして、俺のことか?」
「おそらくは。そして『古き律』こそが、乳天律機関を指していると、わたくしは考えております」
ミルフィーユさんは、羊皮紙の別の箇所を指差す。
そこには、巨大な球体のようなものが描かれていて、その両脇に、何やら祭壇めいたものと、機械っぽいものが対になるように配置されている図があった。
「これは、わたくしの長年の研究による仮説ですが……聖乳教会が執り行おうとしている『乳審判の儀』と、貧乳派が起動させようとしている『平乳機関』。この二つは、実は対となる一つのシステムであり、乳天律機関を起動させるための鍵なのではないかと」
「……どういうこと?」
ティタニア嬢が、険しい表情で尋ねる。
「乳審判の儀は、世界中の爆乳の力を一箇所に集め、それをエネルギーとして放射する儀式。一方、平乳機関は、世界中の貧乳の力を極限まで圧縮し、それを起爆剤とする装置。もし、この二つが同時に、あるいは連鎖的に作動した場合……」
「……世界の乳バランスが、完全に崩壊するってことか?」
俺の言葉に、ミルフィーユさんは重々しく頷いた。
「乳バランスの崩壊……それは、単に乳の大きさが変わるといった生易しいものではありません。生命そのものが成り立たなくなる可能性すらあります。なぜなら、この世界の魔法、気候、さらには人々の感情さえもが、乳力によって微妙な均衡を保っているのですから」
部屋に、再び重い沈黙が落ちる。
ティタニア嬢もコレット嬢も、顔面蒼白だ。
そりゃそうだろう。
自分たちが信じてきた大義名分が、実は世界の終わりスイッチを押す行為だったかもしれないんだから。
「そんな……教会では、乳審判の儀は、神の秩序を回復するための聖なる儀式だと……」ティタニア嬢が、か細い声で呟く。
「私たちだって……平乳機関は、虐げられてきた貧乳派の希望の光だって……」コレット嬢も、唇を噛みしめている。
「おそらく、両陣営の指導者たちも、その真実までは知らされていないのでしょう。あるいは……知っていて、あえて利用しようとしているのか」
ミルフィーユさんの言葉には、深い闇が潜んでいるような気がした。
「……つまり、だ」
俺は腕を組んで、天井を仰いだ。
「俺たちは、どっちの派閥が勝つとか負けるとか、そんなちっちぇえ話をしてる場合じゃねぇってことだな。このままじゃ、爆乳も貧乳も、みーんな仲良くお陀仏ってわけだ」
「では……私たちは、どうすれば……」
ティタニア嬢が、すがるような目で俺を見る。
その瞳には、さっきまでの絶対的な自信はもうない。
代わりに、深い混乱と、ほんの少しの……期待?
「決まってんだろ」
俺はニヤリと笑って、二人を見据えた。
「乳審判の儀も、平乳機関も、どっちも止める。そして、その裏で糸を引いてるかもしれねぇ、乳天律機関ってやつの正体を暴き出す。やることテンコ盛りだぜ、こりゃ」
会議室の窓から差し込む月光が、テーブルの上に不気味な影を落とす。
その形は、まるで全てを飲み込もうとする巨大な乳房のようにも見えた……って、さすがにそれは考えすぎか。
だが、俺たちの知らないところで、真の敵がほくそ笑んでいるような、そんな嫌な予感だけは、ハッキリと感じていた。