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第5章 魔乳王の真実

 ミルフィーユさんの隠れ家「中道の館」の地下室。


 そこは、なんというか、歴史の重みを感じさせる空間だった。

 壁一面にびっしりと並べられた古文書の棚、何かの研究に使われていたであろう奇妙な器具の数々、そして部屋の中央には、バラエティ豊かなおっぱいの模型がズラリと……いや、これはちょっと趣味がかたよりすぎじゃねぇか、ミルフィーユさん。


「ここが、わたくしの研究室であり、そして魔乳王の伝説を紐解くための聖域ですわ」


 ミルフィーユさんは、薄暗い部屋にカンテラの灯りを灯しながら言う。

 その横顔は、いつものおっとりとした雰囲気とは裏腹に、どこか真剣で、学者っぽい知的なオーラを放っている。


 部屋の奥、一番目立つ場所に飾られていたのは、一枚の古い肖像画。

 描かれているのは、鎧をまとった凛々しい青年……って、あれ?


 この顔、どこかで……。


「……なんか、俺に似てね?」


 思わず口に出すと、ミルフィーユさんは「お気づきになりましたか」と微笑む。

 

「彼こそが、三百年の昔、このミルニアに現れた初代魔乳王。お名前は……マサル、と伝えられていますわ」

「はぁ!?  俺と同じ名前!?」


 マジかよ。偶然の一致にしちゃ、出来すぎだろ。

 つーか、この初代魔乳王マサルさん、なかなかのイケメンじゃねぇか。

 それに比べて俺は……うん、まあ、人のこと言えねぇな。


「初代魔乳王は、当時ミルニアを覆っていた『乳至上主義』――つまり、乳の大きさこそが絶対的な価値であるという思想に真っ向から異を唱え、『乳の価値に貴賎なし』という革命的な教えを説かれました。そして、その圧倒的な乳力と、後にお話しする特殊な能力によって、一時的ではありますが、全ての乳が平等に尊重される平和な時代を築き上げたのです」


 ミルフィーユさんの語る初代魔乳王の伝説は、なんだか俺が日本で抱いていたおっぱい哲学と、驚くほどソックリだった。

 いや、俺のはもっとこう、煩悩にまみれた感じだったけど、根っこの部分は同じだ。


「しかし、初代魔乳王の死後、その教えは時の権力者によって歪められ、再び乳の大きさによる階級制度――現在の『乳階級社会』が復活してしまいました。以来三百年、聖乳教会は『爆乳こそ正義』という教義を掲げ、貧乳派を徹底的に弾圧し続けてきたのです」


 なるほどな。

 だから貧乳派の連中は、あんなに殺気立ってたわけか。

 積年の恨みつらみってやつだな。


「そして……初代魔乳王は、最後の予言を残されました。『三百年後、我が魂は再びこの地に舞い戻り、真の乳平等を成し遂げるであろう』と」


 ミルフィーユさんは、そこで言葉を切ると、意味ありげな視線を俺に向ける。

 

「……で、その生まれ変わりだか魂だかが、この俺だと?」

「左様です。あなたのその『すべてのおっぱいに価値がある』という信念、そして、その身に宿る強大な、それでいてまだ覚醒しきっていない乳力。それこそが、あなたが魔乳王であることの証」


 いやいやいや、俺の乳力なんて、そこらへんの男子中学生レベルだって。

 鍛えてもねぇし、そもそも男だし。


「魔乳王様がお持ちの力は、単純な乳力の大小では測れません。それは、もっと根源的で、特殊な力……初代魔乳王だけが唯一行使できたと言われる究極奥義――『魔乳合体マジカル・ブレスト・フュージョン』ですわ」

「魔乳合体……」


 昨日も聞いた、そのやたらとカッコいい名前の技。

 一体どんなもんなんだ?


「文字通り、相手の乳と、あなたの魂が完全に一体化する能力です。合体することで、あなたは相手の乳の特性、潜在能力、そして……その乳に宿る記憶や感情までも、すべてを共有し、理解することができるのです」

「は……?  乳と合体?  記憶や感情を共有?」


 なんだそれ。エロゲーの設定か何かか?


 いやでも、昨日コレット嬢のビームを暴走させたり、ティタニア嬢の翼を勝手に発動させたりした時の、あの奇妙な感覚……あれは、もしかして……。


「さ、まずは試してみましょう。習うより慣れろ、ですわ」


 ミルフィーユさんはそう言うと、部屋の隅で待機していたらしい、一人の若い女性を手招きした。

 年の頃は俺と同じくらいか?

 

「彼女は、この中道の館でお預かりしている、乳のことで悩みを抱える方の一人です。さあ、魔乳王様。彼女の胸にそっと手を置き、あなたの意識を、彼女の乳に集中させてみてください。そして、心の中で強く願うのです。『一つになりたい』と」

「いや、なんかそれ、セクハラっぽくね?」

「魔乳王の修行です。邪念を捨てて、真摯な心で向き合ってくださいまし」


 うっ……正論だ。

 俺は観念して、おずおずと女性の胸に手を置いた。

 

 柔らかい感触。

 

 そして、ドキドキと伝わってくる鼓動。

 ……なんか、緊張してきた。


「目を閉じて……彼女の乳の存在を感じて……」


 ミルフィーユさんの優しい声に導かれるように、俺は意識を集中させる。

 

 すると、どうだ。

 

 俺の手のひらから、またあの金色の、温かい光が溢れ出してきた。

 光は俺と女性を包み込み、徐々に二つの体が溶け合うような、奇妙な感覚に襲われる。


「うわっ!  な、なんだこれ!?」


 俺の声は、俺の声であって俺の声じゃないような、不思議な響き方をしている。

 そして、頭の中に、膨大な情報が一気に流れ込んできた!


 目の前に広がるのは、見知らぬ風景。

 幼い頃の記憶、家族との会話、友達とのいさかい、初めての恋、そして……自分の胸に対するコンプレックス。

 もっとこうだったらと願ったこと、そして、それでも自分の体を愛そうと努力してきたこと……。


 涙が、勝手に溢れてくる。

 これは俺の涙じゃない。

 彼女の涙だ。

 彼女の痛み、彼女の喜び、彼女の葛藤、その全てが、濁流のように俺の中に流れ込んでくる。


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 光が収まり、俺と女性の体はゆっくりと分離していく。

 合体が解けた瞬間、俺は立っているのもやっとで、その場にへたり込んでしまった。


「……すげぇ……」


 絞り出した声は、ひどくかすれていた。


「彼女の心が……全部、見えた気がする……」


 女性は、頬を赤らめながらも、どこか吹っ切れたような、晴れやかな表情で俺に微笑みかけている。

 ミルフィーユさんは、満足そうに頷いた。

 

「それこそが、魔乳合体の本質。乳を通して、人の魂の奥深くに触れ、共鳴する力。あなたが相手を理解すればするほど、その力はより強く、より明確になるでしょう」

「こんな力が……俺に……」

「ええ。そして、この力こそが、今のミルニアを救う唯一の希望なのです。十日後に迫った『乳審判の儀』。聖乳教会は、この儀式によって全ての貧乳派を殲滅し、乳による絶対的な支配を完成させようとしています。それを止められるのは、全ての乳の価値を認め、その力を引き出し、そして対立する者たちの心を融和させることができる、魔乳王……あなたしかいないのですわ」


 地下室に集まっていた、他の住人たちが一斉に俺に頭を下げる。

 その誰もが、俺に希望の眼差しを向けている。


「……わかったよ」


 俺は、自分の手を見つめながら、決意を固めた。


「やってやる。日本じゃ『変態』だの『乳ソムリエ』だの言われて、誰にも理解されなかったこのおっぱい哲学が、この世界じゃ誰かを救えるかもしれねぇんだ。だったら、俺がやらなきゃ誰がやるんだって話だよな!」


 初代魔乳王の肖像画が、カンテラの灯りに照らされて、なんだかニヤリと笑ったように見えた。

 俺の、本当の戦いが、今、始まろうとしていた。

 

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