表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

第1章 魔乳王の降臨

「……またやってるよ、こいつら」


 薄暗い四畳半、カップ麺の容器とコンビニ弁当の残骸がアート作品めいたオブジェと化している俺の城。

 そのモニターに映し出されるのは、今日も今日とて飽きもせずに繰り返される聖戦――いや、巨乳派と貧乳派によるネット上の罵り合いだ。


 こっちは巨乳を「脂肪の塊」、あっちは貧乳を「まな板」だの「存在価値なし」だのと、まあ好き放題。

 どっちも最高オブ最高だってのに、なんでこうも争っちまうかねぇ。


 ピリリリリ、とけたたましい着信音が響く。

 画面の隅に表示されたのは「オフクロ」の三文字。


 うっわ、絶対アレだ。


「……もしもし」

「もしもし、マサル?  あんた、また一日中パソコンの前にいたんじゃないでしょうね?  今日こそ面接だって言ってたじゃないの!」

 

 ほら来た。母さんからの就職活動促進委員会、本日も絶賛開催中。

 

「いや、それがさ、ちょっと体調が……」

「半年前からずっと体調不良じゃないの!  いい加減にしなさいよ!」


 ガチャリ。


 一方的に切られた電話をベッドに放り投げ、俺、野々村マサル(22歳、無職、おっぱいフェチ)は大きくため息をついた。

 実家暮らし、もとい、親のすねかじり歴更新中の俺にとって、母のこの手の口撃はもはや日常BGMだ。


 窓の外は、どっぷりと夕暮れ。

 オレンジ色の光が、散らかった部屋をさらにカオスに照らし出している。

 コンビニで買った安酒の缶を開け、グビリと呷る。


 はぁ……『おっぱいの価値に貴賎なし』。

 高校の時、クラスの女子が胸のことで悩んでるのを見て、つい本音を言っちまったら、次の日から俺のあだ名は『変態乳ソムリエ』だぜ?

 ひどくね?

 

 でも、マジでそう思ってんだよなぁ。


 巨乳には巨乳の包容力とダイナマイツな魅力があるし、貧乳には貧乳の洗練された美しさと秘められた可能性ってもんがある。

 普乳だって、そのスタンダードな安心感がたまらない。

 

 そう、すべてのおっぱいは、それだけで尊い芸術作品なんだ。

 なのに、世間様ときたら、デカいだの小さいだのでマウント取り合って、くだらねぇったらありゃしない。


 そんなことを漠然と考えていた、まさにその瞬間だった。


「ん?」


 部屋が、突如としてまばゆい光に包まれた。

 いや、光なんてもんじゃない。

 網膜を焼き尽くさんばかりの閃光だ。


「うおっ!?  な、なんだこれ!?」


 訳も分からず目を白黒させていると、足元に奇妙な紋様が浮かび上がる。

 

 なんだあれ、幾何学模様?


 いや、よく見ると……なんか、こう、柔らかそうな二つの膨らみが……って、これ、おっぱいの形じゃね!?


「はぁ!?」


 混乱する俺を他所に、おっぱい魔法陣(仮)はますます輝きを増し、俺の体をゆっくりと包み込んでいく。

 足先から徐々に透明になっていく自分の体を見て、なぜか妙に冷静な自分がいた。


「マジかよ……これ、アレじゃね?  ラノベとかでよく見る、異世界転移ってやつじゃん!」


 期待と不安が胸の中でごちゃ混ぜになる。

 

 いや、期待の方がちょっと大きいか?


 だって、この日本じゃ、俺のおっぱい哲学は変態扱いで一蹴されるだけだ。

 でも、もし、もし異世界に、俺のこの熱いパトスを理解してくれる存在がいたら……。


 そんな妄想を抱いた瞬間、目の前が真っ白になった。

 体がフワリと浮き上がる感覚。


 そして、俺の意識はそこで途絶えた。


 ◇

 

「……ってぇ……」


 次に意識が浮上した時、俺の体は硬い石畳の感触を背中で味わっていた。

 後頭部を強打したらしい、ジンジンとした痛みが走る。


 なんだよ、異世界転移ってのはもっとこう、フワッと優しい着地を演出してくれるもんじゃないのか?


 いきなりハードモードかよ、この世界。


「おお……!  お目覚めになられましたぞ!」

「光の中よりいでたまいし、我らが救世主!」


 え、何?


 なんか周囲がやけに騒がしい。

 重いまぶたをこじ開けると、そこは……なんだここ。


 やたらと天井が高くて、だだっ広い空間。

 大理石みたいなツルツルの床には、さっき俺を誘拐しやがったおっぱい魔法陣(仮)がまだうっすらと光り輝いている。

 

 そして、柱!

 

 そこかしこに林立する柱が、全部こう、なんというか、豊満な女性の胸部をかたどっている。

 マジか。

 どんだけおっぱい好きなんだよ、この世界の設計者。


 俺といい勝負かもしれん。


 そして、俺を取り囲むようにひざまずく、白いローブ姿の集団。

 ざっと見て5人くらいか。

 みんな、感極まったような表情で俺を見上げている。


 え、何この状況?

 

「魔乳王様! ついに、ついにこのミルニアの地へお戻りになられたのですね!」


 一番年配に見える、ヒゲもじゃのじいさんが代表して声を張り上げる。


「は?  まにゅうおう……様?」


 聞き慣れない単語に、俺の頭はてなマークでいっぱいだ。

 

「左様でございます!  永きに渡り、この世界を見守り、導いてこられた偉大なる王!  数百年ぶりに、我らの前にご降臨なされたのです!」


 じいさん、感涙にむせびながら俺の手を取ろうと……いや、胸を揉もうとしてる!?

 おい待てじじい!

 いくら俺がおっぱいフェチだからって、男の胸は管轄外だぞ!


「ちょ、ちょ、落ち着けって! 人違い、いや、魔乳王違いじゃねぇの!?  俺は野々村マサル!  ピチピチの22歳、無職だぞ!」


 俺の必死の訴えも、彼らの耳には届いていないらしい。

 それどころか、「おお、マサル様!  そのお名前、古の聖典にも記されておりましたぞ!」とか言って、ますます興奮している。

 マジかよ、俺の名前、そんな大層なもんだったのか。


「魔乳王様! どうか我らに、その偉大なる乳力にゅうりょくの片鱗を!」

「この世界を、再びお導きください!」


 乳力?

 

 なんだそのパワーワード。

 もうツッコミが追いつかねぇよ。

 俺が混乱の極みに達していると、神殿の荘厳な雰囲気をぶち壊すように、けたたましい轟音が鳴り響いた。


 ドォォォン!


「な、なんだ!?」

「申し上げます!  神殿西側城壁、破られました!  敵襲!  貧乳派の反逆者どもが攻め込んできましたぞ!」


 若い神官の一人が、血相を変えて広間に転がり込んでくる。


 え、敵襲?

 貧乳派?


 さっきから物騒な単語が飛び交いすぎだろ、この異世界。

 しかも、なんだか胸のサイズで派閥争いしてるっぽい雰囲気だし。

 

 だとしたら、俺の「すべてのおっぱいに価値がある」主義は、ここでは異端中の異端になっちまうのか?


 ひざまずいていた神官たちが、一斉に俺に泣きついてくる。

 

「魔乳王様!  どうか、我らをお救いください!」

「あなたのその聖なる力で、反逆者どもを打ち払ってくださいませ!」


 いやいやいや、無理だって!

 俺、ステータス的には無職ニートだぞ?


 特技は「おっぱいに対する多角的鑑賞眼」だ。

 戦闘能力ゼロどころかマイナスだっての!


 そんな俺の心の叫びを知ってか知らずか、神殿の奥の方で、一人の美しい女性が冷静にこちらを観察しているのが見えた。

 年の頃は……30代後半くらいか?

 でも、肌ツヤとか見るに、もっと若いかもしれん。

 何より、その胸だ。

 大きすぎず小さすぎず、まさに黄金比。

 完璧なバランス。


「おい、お前ら、マジで落ち着けって!  俺はただのしがないおっぱい愛好家!  王様とか、そういうガラじゃねーんだって!」


 俺がパニック寸前で叫んでいると、神官たちが「魔乳王様、危険が迫っております!  どうか奥の聖域へ!」と、半ば強引に俺を引っ張っていく。


 まさにその瞬間、背後で再び轟音が響き渡った。

 振り向くと、さっきまで俺が立っていた場所に、巨大な瓦礫の山ができていた。

 神殿の壁が、まるでクッキーみたいに砕け散っている。


「……マジか」


 どうやら俺、とんでもない世界に、とんでもないタイミングで召喚されちまったらしい。

 期待と不安が入り混じるどころか、不安ゲージが振り切れそうだぜ、こんちくしょう!

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ