ep.8
優美な装飾の施されたカップを控えめに傾けながら、フルーレは目の前で黙々とティータイムを楽しんでいる様子のスールスをこっそりと見つめた。どうやらこの店が行きつけでお気に入りというのは本当の話であったらしい。
フルーレからの視線に気がついたスールスが、手にとっていたスコーンからフルーレへと視線を移す。普段よりも、スールスの表情が少しだけ柔らかい気がした。
フルーレは今日これまでの短い時間でスールスの新たな一面をいくつも垣間見ているはずなのだが、スイーツが好きだというのはまた新しい発見である。
「出会った日にも思ったが、君はあの家でぞんざいな扱いを受けていたという割に所作が落ち着いているな。今も人とティータイムを楽しむのが初めてとは感じさせないほどにスマートだ」
「……昔から、礼節を重んじてしまう性分というだけですわ」
カップから口をはずしたフルーレも、スールスにならうようにしてまだほんのりと温かいスコーンへと手を伸ばした。クリームは少し多めに、逆にジャムは添える程度に乗せたそれを口に含む。ほの甘い香りとふんわりとした食感が口内いっぱいに広がって、フルーレは勝手に自分の顔が緩んでしまうのを感じた。
「スコーンをそこまで穏やかな表情を浮かべながら食す者を、私は初めて見たかもしれないな」
くすくすと優しく笑ったスールスは後一口ほどだけ残っていたスコーンを食べ終えると、次は最上段に佇むフルーツの入った可愛らしいパウンドケーキへと狙いを定めたようだった。
「む。私がいつも頼んでいる林檎のパウンドケーキでは甘すぎるかと思い、君の分はラズベリーにしてもらったのだが、こちらの方が良かっただろうか?」
「いえ、わたくしにはきっとこちらの甘さがちょうど良いと思いますわ……でも、スールス様のおすすめも少し気になりますの」
そうか、と呟いたスールスは、自身の皿に残っていたりんごのパウンドケーキをフォークで一口サイズに切り分けると、そのままフルーレの方へとそっと差し出した。
ぎゅっと、ふたりの距離がティーセットの隙間を埋めるようにして縮まっていく。
「貴族としての品位には欠ける振る舞いに当たるだろうが、なかなかどうして悪くない気分だ」
「……それならわたくしも、少しだけお行儀を崩してしまってもよろしいかしら」
そう言って、フルーレは差し出されたフォークにそっと口元を近づけた。
甘く煮詰められた林檎の香りがふわりと鼻をくすぐり、フルーレは思わず目を細める。
こんなに甘くて優しいケーキが、目の前に座る冷たい美貌の騎士様が愛する味なのだと知って、フルーレは胸の奥がぽうっと温かくなっていくのを感じるのだった。