ep.7
「そういえば、君の元家族であるマンソージュ家に関することだが」
着替えをした店から馬車に乗りティーサロンへと向かう道すがら、隣で外を眺めていたスールスが唐突にそう呟いた。
「内密に調査を進めたところ、君以外にも無駄な争いに巻き込まれたり、正当な理由無しに立場を追われることになったりと、被害に遭った者が複数いることが確認できた。証拠が十分に集まり次第、国王陛下へ地位の剥奪を願い出るつもりでいる。君も、何か物的証拠になり得そうなものを持っていたらその提供や、苦しいかもしれないが過去にされた仕打ちを答えられる範囲で教えてくれると非常に助かるのだが……」
これから始まるティータイムに複数の意味で胸をドキドキさせていたフルーレは、スールスの言葉で一気に現実へと意識が引き戻される。
話を切り出すタイミングはどうかと思うが、それでも自分よりも爵位の低い家の元令嬢のためにきっと少なくない時間と人員を割いてくれたのであろうスールスに文句を言う気にはなれず、フルーレはただ静かに彼の話へと耳を傾けることにした。
「私は、権力者が私利私欲のためにそれを振るうことを許さない。ましてや、君のように真っ当に空へ羽ばたこうとしている者が痛ぶられ、その美しい翼を千切られそうになるなど、あってはならないことだ」
スールスの右手が、引き寄せられるようにフルーレの頬へ触れた。整えられた後れ毛をひび割れた指先がくすぐる。けぶるような睫毛が宝石のような瞳を隠してしまい、憂いを帯びた、けれどうっすらと慈しみの混じった視線を直に見つめられないことが、フルーレには残念に思えた。
「君のこれからは、私が保証する。その大いなる力によって疎まれる日がいずれ訪れるのなら、その時は私が君の剣となって邪魔者を斬り伏せよう。フルーレ、君が騎士団の一員となったことを後悔することのないように」
重たい気配に息が詰まる。スールスがフルーレにかけた言葉は間違いなく、彼女がこれまで歩んできた人生の中でもっとも紳士的で、そして気高さに満ちたものだった。
「……すまない。重要な話を切り出す場面がおかしいと部下によく叱られるので気をつけているはずなのだが、私はまた間違ってしまったようだ」
柔らかなベビーピンクに絡んでいた指先が離れたかと思えば、先ほどまでの聖人のような表情は何処へやら、スールスは何やらバツの悪そうな顔をしたあと、フルーレに向かって眉を下げて微笑んだ。
「いいえ、むしろスールス様らしくて素敵だと思いますわ。紳士だって完璧すぎるより少しくらい隙があった方が、より魅力的に見えるものですから」
「それは……初めて言われたかもしれないな」
照れたような笑顔を見せるスールスにほんの少しだけ親近感を覚えたフルーレは、二人の間で行き場なく彷徨う大きな手をそっと握る。初めて出会ったあの日とは違う、暖かな手にひらだった。
「ふふ。エスコート、よろしくお願いしますね」