ep.6
「これはただのティータイムであって、社交パーティではありませんわ。ですから……」
フルーレが姿見の前でひとつ深く息を吐く。
くるりと巻かれた髪には控えめではあるが上品な煌めきを放つバレッタが留められ、おそらく髪の色に併せて選ばれたのであろう薄桃色のドレスは手元や裾ににあしらわれた繊細なレースがゆらめいている。顔には軽く化粧まで施され、久々に見ることになった礼装姿の自分をフローレは落ち着かない気持ちで見つめていた。
これが例えばトルソーに着せられているものであるとか、あるいは社交界を華やかに彩る女性達が着用しているのなら素直に綺麗だと思えたのだろうが、自分が身につけているというだけで、似合っていないのではないかという不安の方が先に出てきてしまう。
今からあの騎士様の隣に並び立つのだと思うとなおさら気が重かった。
「やっぱり今からでも、なかったことにならないかしら」
そんな風に思ったとして、もはやどうしようもないところまで来てしまった自覚はあったフローレは、目の前で微笑ましそうにこちらを見守る店員達の顔をできるだけ見ないようにして、重たい布で出来た仕切りの向こう側で淑女の支度を待ってくれているはずであるスルースの名前を呼んだ。
「スールス様、準備が整いましたわ」
フルーレがそういうと同時に、店員二人がさっとカーテンを開く。やはりすぐそばで待機していたらしいスールスは、フルーレの姿が見えると同時に低くて甘い声でこう囁いた。
「あぁ、やはりそのドレスは君によく似合っている」
「わたくしには、もったいないお言葉ですわ」
「そんなことはない。私は淑女への賛辞で嘘をつけない性分なんだ」
スールスの言葉を素直に受け取ることができずに目を伏せてしまったフルーレに、彼は気分を害するでもなく、むしろ少々おどけたように言葉を続ける。
「では君を、この国一番のティータイムへ招待しよう。エスコートをさせていただけますか、親愛なるレディ?」
優美な所作で差し出されたその手のひらに、フルーレは恐る恐る指先を重ねるのだった。