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ep.5

 治癒魔法士部隊の見学を済ませたフルーレは、セレニテと共に駆け足でスールスの待つ中庭の休憩スペースへ向かった。


「スールス様……いえ、この場ではスールス騎士団長とお呼びした方がよろしいでしょうか。お待たせいたしました」


 まだ仕事が残っているからと一礼だけして去っていたセレニテを見送ってから、こちらへと手のひらで示された場所へと腰を下ろす。


 向いにも同じようなベンチがあるにも関わらず手招かれたのはなぜかスールスの隣の席で、フルーレは緊張しながらスールスに声をかけた。


 あの日は気が動転していて気がつかなかったが、無能の見せしめに連れて行かれた貴族の社交パーティか何かで見たことのある整った顔を前にして、フルーレはただでさえあまり大きくない声量をさらに失っている。スールスはそんなこと気にもとめていないようであるが。


 詳しくは覚えていないが、確か彼は侯爵家の長男と名乗っていたはずだ。まさか穢れを何よりも嫌う貴族のおぼっちゃまが騎士として血みどろになって戦っているなど夢にも思っておらず、次の日謝礼を届けに来たスールスの姿を見て真後ろに倒れ込んでしまったのは記憶に新しい。


「いや、こちらこそ初めての出来事ばかりで疲れているだろう君の時間を奪ってしまってすまない。同じ質問を再度することになってしまったが、治癒魔法士部隊はどうだ? 心優しい君ならきっとうまくやっていけると思うのだが」

「はい。皆さんとても親切で、厄介者のわたくしにも丁寧に接してくださいますわ」

「はは、それも重ねて謝らなければならないな。男爵家を追い出された町娘が、私の致命傷を完璧に治してみせたから入隊を薦めたなど、情報が回っているのは部隊の中だけではあるが君にとってはどれも不都合な情報だっただろう」

「えぇ、それはもう本当に」


 治癒魔法士部隊が拠点とする部屋に入ってからのあれこれを思い出して、フルーレはげんなりとした気持ちになる。令嬢であったとはいえそのほとんどの時間を存在しないものとして扱われ、町に出てからの短い期間も一人静かに暮らしていたフルーレにとって、爛々と輝く幾つもの瞳に詰め寄られるという状況はなかなかに耐え難いものであった。


「とはいえ彼らは皆賢い。今は久しぶりの新入りということで構い倒したくて仕方ないのだろうが、お互いじきに慣れるだろう」

「そうであってくれることを祈ります」


 手持ち無沙汰だった両手を組み合わせて、誰とも分からぬ神に祈るために目を閉じた。ここにくると決めたのは自分だが、つい数日前までの穏やかな日々が既に恋しくなっている。


「そうだ。フルーレ、君にこれを」


 スールスの手元からかさりと音がして、フルーレが差し出された方に視線を向けるとそこには部隊拠点の入口でも彼の手の中にあった紙袋が鎮座していた。


「これは?」

「馬鹿な家から抜け出せた祝いと、私の下で働いてくれることへの感謝を込めた贈り物だ。改めて王国騎士団へようこそ。弱者へ躊躇いなく差し伸べることの出来る手を持つ君が入隊を決めてくれたこと、騎士団長として嬉しく思う」


 紙袋の中に入っていたのは、流れるような文字で書かれた有名なティーサロンからの招待状と、これまた名の知れたパティスリーの包みに入ったクッキーのようだった。ただの部下に贈るにしては上質すぎるそれに、フルーレは思わず目を丸くする。


「その店は私の行きつけなのだが、商品の質は高く店員への教育もよく行き届いている素晴らしい場所だ。目まぐるしく移り変わる日々で疲れることもあるだろう。その招待状を持っていればいつでも紅茶とお菓子を楽しむことが出来るから、時間があるときに足を運んでみると……どうした? この贈り物に、何か不都合があっただろうか」

「あの、スールス様……わたくし、ティータイムに関する最低限の規則は存じ上げておりますが、今まで人前で実践したことは一度もないですし、何よりただの庶民となった今、こんなに素敵なお店に似合うドレスも靴も持ち合わせておりませんわ」


 ですからこちらの招待状はお断りしたく、と続けようとしたフルーレの口元を無骨に角ばった指先がすっと塞いだ。あまり動くことのないスールスの顔に、今は悪戯っぽい笑みが薄く滲んでいる。


「であるならば、当日はドレスアップから私が同行しよう」


 無論、過去のものになったとはいえ貴族としても、現在の立場としても低い位置に立つフルーレに拒否権などというものは存在しなかった。

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