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ep.2

「はいよフルーレちゃん、お釣りはこっちね」

「えぇ、お婆様。どうもありがとうございます」


 婚約破棄をきっかけに家を追われることになった少女フルーレは、マンソージュ家の領地と他家の領地との堺に存在する小さな町の外れで暮らし始めた。最低限の荷物となけなしの貯金だけを持って始めた新生活であったが、清らかな風が心地良い大地と、暖かい住民たちのお陰で、マンソージュ家にいた時よりもずっと平和に日々を過ごすことが出来ている。


 住み始めて数日ほどは、突然現れた新顔におっかなびっくりといった様子であったのも嘘ではないが、それももう過去の出来事である。


「さてと、今日はあの子たちに肥料をやらなければいけないわね」


 日課の買い物を終えたフルーレは、自宅となったログハウスの目の前に広がる大きな花畑を前に腕まくりをした。マンソージュ家にいたときはさんざんこき下ろされていた力が、今や自分が生きるための小銭稼ぎに役立っているのだから、人生何が起きるのか分からないものである。


 ここでしか役に立たないとはいえ、毎日少しずつ力を使う練習をすることにしたフルーレの魔法技術は、少しずつではあるが確実に向上していた。


「あら、この子……おかしな萎れ方をしておりますわ。何かの病気でしょうか……」


 順調に花の手入れを進めていたフルーレは、花畑の隅に咲いている一輪の葉が黒く変色していることに気がついた。花そのものも下を向いていてあまり元気がない様子である。


「かわいそうだけれど、取り除いてあげた方が周りの花たちのためかしら」


 原因がなんであれ、枯れてしまった花をそのままにしておくのはあまり良くないことである気がして、フルーレはその花を引き抜くために手を伸ばす。


 だが、いざ手を掛けるとやはり摘み取ってしまうのは惜しい気がして、フルーレは鈴のような形をしたまあるくて白い花へそっと口付けた。


「……ふふ、似たもの同士ね、わたくし達」


 するとなんということだろう。フルーレが唇を重ねたその場所から、もう生命を終えかけているのだろうとばかり思っていた花がみるみるうちに生き生きと咲き誇ってみせたのだ。


「これは……」


 その時だった。


 あたり一体に突然ドォンと地響きを起こしたような音が鳴り響き、木々の上で一休みしていた鳥たちが一斉に飛び去っていく。


 フルーレが驚いて顔をあげると、近くにある森の方角から赤く染まった何かが花畑の方へと吹き飛んでくるのが見えた。フルーレは慌てて飛来してきた何かの下へと駆け寄る。


「まぁ大変! 血だらけの騎士様が森から降っていらしたわ!」


 どさりと花々のど真ん中へと着地したそれは、なんと腹部に大きな爪痕を残してボロボロになった鎧姿の男性だったのだ。


「ど、どうしましょう。この家には擦り傷を治すための薬しか置いておりませんの……」

「……うっ…………ここは……」

「騎士様! お目覚めになられたのですか?」


 途方に暮れるフルーレの気配を感じ取ったのか、傷だらけの騎士が薄く目を開く。本来なら青空のように美しい色をしているはずの瞳が今は薄暗く濁っていた。


 声を出すたびに口元から溢れでる血が彼の時間が残り少ないことを示しているような気がして、フルーレは思わず名前も知らぬ騎士の冷たい手のひらをぎゅっと握りしめる。


「きみは? はは……今際の際に、妖精の夢でも、見ているのかな……」


 そう一言だけ零して再び瞳を閉じてしまった騎士の姿を、フルーレは今にも流れ落ちてしまいそうな涙をぎゅっと堪えながら見つめた。今泣くべきは私ではないのだから、と。


「私は妖精なんて素敵なものではありませんわ。もう今のあなたに、して差し上げられることなど……」


 フルーレは震える指先をそっと彼の胸元へと添える。


「わたくしに、もっと力があったのなら……」


 いくら願ったところで、自分にできるのは自然に生きる花達をほんの少し元気にしてあげることだけ。諦めかけて、せめて彼が安らかに眠れるようにと乱れてしまった髪を整えようとしたその瞬間、フルーレの指先から、ほんのりと柔らかな淡い緑の光が溢れた。


 まるで春の日差しのように暖かいその光は、ゆっくりと騎士の体を包み込んでいく。優しい光の中で、傷ついた千切れた肉が再び繋がれ、血が止まり、命が戻っていく奇跡的な瞬間を、フルーレは呼吸も忘れて見つめていた。

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