第一部 第8章: 二人の絆の試練
夜の空気は、ひんやりと冷たく、街の明かりがほのかに灯る中、二人は静かに歩いていた。浩之は自分の足音がひときわ響くように感じながら、ふと莉奈に目を向けた。彼女はどこか遠くを見つめ、歩調を合わせて歩いている。その後ろ姿が、今までの浩之の人生で感じた孤独と何かしら重なるような気がした。
彼女の言葉、信じることが恐れであること、それでも前に進まなければならないという言葉。それが彼に少しずつ染み込み始めていることを、浩之は感じていた。けれど、それでも怖い。信じること、心を開くこと、それがまだ怖くてたまらない。過去に抱えてきた傷が、まだ彼の中に色濃く残っているからだ。
「浩之さん。」
その名前を呼ぶ莉奈の声に、浩之はふっと足を止めた。彼はその声に反応し、彼女の顔を見た。彼女の目は静かで、深い。
「どうしたんですか?」浩之は、少し困ったように答えた。
「何か、気になることがあるんですね。」莉奈は、穏やかに言った。「あなたが変わり始めたのは分かります。でも、まだどこかで不安そうな顔をしている。」
その言葉に、浩之は無意識に目を逸らし、少しだけ肩をすくめた。「変わり始めたと言っても、まだ信じることが怖いんだ。」
その言葉を、莉奈はじっと受け止めた。彼女はしばらく黙っていたが、やがて静かな声で続けた。
「信じることは、確かに怖いことです。でも、私も怖かった。でもね、私は、あなたが少しでも心を開いてくれることを信じているんです。」
浩之はその言葉に少し驚いた顔をし、すぐに口を閉ざした。彼はその後、長い間黙っていた。二人の間に漂う沈黙の中で、彼の心の中では無数の思いが駆け巡る。信じることが怖い、でもそれを乗り越えないと、何も変わらない。莉奈の言葉が、胸の中でじわじわと響き続けた。
そのとき、突然、前方で車のエンジン音が聞こえ、浩之はその音に反応して足を止めた。視線を前に向けると、暗闇の中から車のヘッドライトが二人を照らし出す。その光の中で、一瞬だけ何かが彼の心に引っかかったような気がした。
車が二人の前で止まり、ドアが開く音が響く。そこから出てきたのは、浩之が過去に関わりたくないと思っていた人物だった。彼の心に、冷ややかな風が吹き抜けるのを感じた。数ヶ月前、彼に裏切られたことを思い出す。その記憶が、急に鮮明に蘇った。
「浩之、久しぶりだな。」
その人物の声が、浩之の耳に届いた瞬間、彼の体が一瞬で硬直した。
「何の用だ?」浩之は冷徹に答えた。その声に力がこもっていた。
「まあ、久しぶりに顔を見たかったんだ。」その人物は、少し不敵に笑った。「ちょうど近くで見かけてさ。」
浩之はその人物の顔を見つめ、深い吐息をついた。背筋を伸ばし、胸に込み上げる怒りを抑えようとしたが、その感情は止まらなかった。過去に裏切られたこと、信じていた人間に傷つけられたことが、今も彼を縛っている。
「君には、関わりたくない。」浩之は言い放った。その言葉に、冷徹さが込められていた。
莉奈は、浩之の言葉に少し驚いた様子で二人を見つめた。だが、何も言わずに静かにその場に立っている。
その人物は、浩之の反応にあまり驚くことなく、むしろ冷ややかな笑みを浮かべた。「ああ、そうだな。君がそう思うなら、仕方ないな。」そして、彼は軽く手を振りながら、車の中に戻っていった。
その瞬間、浩之は一歩踏み出した。しかし、すぐに立ち止まることができた。信じることが怖い、その恐れがまた心の中で波紋を広げるように広がった。裏切られた記憶が蘇り、心の中でその痛みが繰り返しよみがえった。
「浩之さん…」莉奈が、静かな声で彼に呼びかけた。その声には、柔らかさと同時に、心の中で何かを伝えようとする力強さが込められていた。
「大丈夫だ。」浩之は、しばらく沈黙の後、少しだけ振り返って言った。「こんなことで動揺しているわけじゃない。」
莉奈はその言葉に少し驚き、そしてしばらくの間黙っていた。しかし、その後すぐに静かな微笑みを浮かべ、浩之に歩み寄った。
「信じることが怖いのは、分かっています。」莉奈は穏やかな声で言った。「でも、それでも少しずつでも心を開いていくことで、きっと乗り越えられると思います。」
浩之はその言葉をじっと聞きながら、深い息をついた。彼の心の中に、少しずつ変化が訪れていることを感じていた。信じることへの恐れ、それでも少しずつその恐れが和らいでいく感覚があった。
「少しずつ、か。」浩之は小さく呟き、そして再び歩き始めた。その歩みが、少しだけ軽くなったように感じられた。
夜風が二人を包み込む。街灯が二人を照らし、空には星々が静かに輝いていた。その中で、浩之は少しずつ、自分が進むべき道を見つけようとしていた。
第八章終




