第一部 第7章: 依存しない支え合い
静かな夜の空気が二人を包み込み、足元の石畳を踏みしめる音だけが響く。浩之は歩きながら、莉奈が自分の隣にいることがこんなにも自然なことだと感じていた。歩幅を合わせるその姿勢に、どこか不思議な安心感を覚える自分に、少しだけ驚きも感じていた。
「怖いのは、やっぱり信じることだと思う。」浩之は、少しだけ沈黙を破って言った。彼の声には少しだけ震えが乗っていた。それが恐れであり、迷いであることは彼自身もわかっていた。
莉奈はすぐに答えることなく、彼の隣で歩き続けた。あたりは静かで、街灯の淡い光が二人の影を長く引きずる。風が吹き、髪が少し揺れたが、莉奈はそのまま、浩之を見つめずに歩みを進めた。
「信じることが怖いのは、誰でもそうだと思います。」莉奈は優しく言った。「でも、怖いままでいると、結局は何もできないままで終わっちゃう。それだけは避けたいんです。」
浩之はその言葉を聞きながら、ふと足元に目を落とした。石畳に反射する街灯の光が、彼の目に痛いほど突き刺さる。それが何かを示唆しているような気がして、彼は視線を上げることができなかった。
「それでも…」浩之は口を開く。「信じた結果、傷つく方が怖いんだ。」
その言葉に、莉奈は少しの間黙って歩き続けた。浩之の隣で、足音だけが響く。しばらくしてから、莉奈は静かに言った。
「傷つくことは、避けられないけれど、それでも信じてみる価値があると思うんです。」彼女の声には、揺るがない確信が感じられた。「信じることで、どんな風に傷つくかは分からない。でも、それが自分を成長させてくれるから。」
その言葉を聞いて、浩之はまた足を止めた。胸の中で、何かが少しずつ動き出しているような気がしていた。信じることの怖さは分かる。それでも、信じていなければ、本当に大切なものに出会うことはできないのだろうか。心の中でその問いがぐるぐると回り続けていた。
「信じるって、どれだけ怖いことか、君は分かっているんだろう?」浩之は、ふと目を閉じて言った。
その問いに、莉奈はすぐに答えた。
「はい、分かっています。でも、だからこそ、私は信じてみたいと思ったんです。」莉奈の声は、どこまでも優しく、けれども力強さを持っていた。「怖くても、前に進みたかったんです。」
その言葉に、浩之は改めて振り返った。彼の目の前には、莉奈の穏やかな表情があった。自分の中にある壁が少しずつ壊れていく感覚が、彼にははっきりと分かる。莉奈の強さが、その壁を一つ一つ崩していくようだった。
「俺は、君みたいに簡単に信じることはできない。」浩之は少し苦しそうに言った。
「分かっています。」莉奈は、やわらかく笑った。「でも、それでいいんです。私は、無理に信じさせようとは思いません。」
「無理に信じさせようとは思わない。」その言葉が浩之の心に響く。彼は、少しだけ肩の力を抜いて歩き始めた。少しだけ、胸の中で固く閉ざされていたものが溶けていくのを感じていた。
二人は歩き続けた。前方には、まだ見慣れぬ道が広がっている。その先に何が待っているのか、浩之には分からなかった。それでも、今はただ歩き続けることができる気がしていた。信じることの怖さを少しずつ受け入れ、そして、それを乗り越える力を少しずつ持てるような気がしてきた。
「でも、少しだけ、信じてみようかな。」浩之は、ふっと口を開いた。
その言葉に、莉奈は微笑みながら答えた。
「それだけで、少しずつ変わると思いますよ。」
浩之はその言葉に応じることなく、ただ歩みを続けた。その歩みの中で、彼は少しずつ自分の中の恐れを抱えながらも、それを乗り越えられるかもしれないという希望を感じ始めていた。
冷たい夜風が吹き、二人の髪を揺らす。その中で、浩之は何かが少しずつ変わり始めていることを感じていた。それが何かは分からないが、確かに何かが変わりつつあるという感覚があった。
夜空は今も深く、澄んだ星々が見守るように輝き続けている。二人の歩みは、それらの星々と同じように、静かに、しかし確かな一歩を刻んでいく。
第七章終




