第二部 第9章: 峻一の決断
夜、街の喧騒が少しずつ静まっていく頃、峻一は自分のアパートの部屋で一人、ソファに深く腰掛けていた。部屋にはただ、デスクランプの柔らかな光と時計の針の音だけが響いている。外からは、遠くに車のエンジン音が聞こえ、静かな時間の中に少しだけ現実を感じさせてくれる。
峻一の目の前には、無造作に広げられたメモ帳が置かれていた。そこには、彼が今抱えていること、これからのこと、そして何よりも自分の気持ちがぎっしりと書き連ねられていた。目標達成のために、毎日のように計画を立て、結果を出し続けてきた峻一。しかし、ここ最近、他人との関係において一つの大きな壁にぶつかっていることを彼は感じていた。
「目標を達成することが大事なのはわかってる。でも、どうしても人との関わりが希薄になって、孤独を感じるようになった。」峻一はメモ帳に書かれた文字を目で追いながら、そう思わずつぶやいた。
彼は目標に向かって突き進んでいた。しかし、そこには少しずつ空虚さが感じられ、その空虚さが彼に言葉を発することすら難しくさせていた。孤独でいることには慣れていたし、それでも問題はなかった。しかし、心のどこかで、何かを変えなければならないと感じていた。
そんな中で、友伽との出会いがあった。彼女との会話の中で、彼は初めて、ただ目標に向かって突き進むことだけが全てではないことに気づかされた。友伽が自分を表現することを学び、少しずつ自分を変えていったことを見て、峻一はどこか自分にもそれを取り入れなければならないという気持ちを抱き始めていた。
「でも、どうしても怖い。」峻一は、無意識に手を額にあて、静かなため息をついた。「心の中で一番大切にしてきたものを手放すような気がして、怖いんだ。」
峻一の思考が止まったのは、その時、メモ帳の横に置かれていたスマートフォンが震えたことからだった。画面に表示された名前を見ると、それは友伽だった。
「…今、いいか?」峻一は画面に触れると、少しだけ緊張した様子で電話を取った。
「うん、いいよ。」友伽の声が電話の向こうから明るく響いた。
「最近、どうしてる?」峻一は最初の一言を口にしたが、その後、少しの沈黙が続いた。彼は心の中で言葉をどう続けるべきか、考えていた。
「実は、今日、少し考え事をしていたんだ。」友伽の声が、少しだけ控えめに聞こえた。「自分の意見を言うこと、最初は怖かったけど、今はちょっとずつ、自分に自信を持てるようになってきたよ。」
峻一はその言葉を聞いて、少し驚きながらも、心が暖かくなるのを感じた。友伽の変化が、こんなにも力強いものだとは、思ってもみなかった。
「自信を持つのは大事なことだな。」峻一は少しだけ微笑みながら答えた。「お前のその変化、すごいと思う。」
友伽は電話の向こうで静かな笑い声をあげた。「ありがとう、峻一さん。最近、少しずつ自分に素直になれるようになってきたんだ。」
その言葉に、峻一は少しだけ言葉に詰まった。自分はどうだろうか。目標を達成することだけを追い求め、他人との関わりにどこか冷徹な態度を取ってきた自分に、果たして本当に満足しているのだろうか。
「でも、怖いんだ。」峻一は思わず本音を漏らしてしまった。「他人との関係を深めることに、まだどこか恐れがある。」
友伽の声が、少しだけ優しさを帯びて響いた。「怖いのは、誰でも同じだよ。でも、怖いと思う気持ちを感じることこそ、前に進むための大切な一歩だと思う。」
峻一はその言葉に、心の中で深く頷いた。自分が恐れているのは、感情を素直に表現することだった。だが、もしその恐れを乗り越えた先に、新たなつながりが待っているのだとしたら、その一歩を踏み出すことが、次のステージへ進むために必要なのではないか。
「ありがとう、友伽。」峻一は静かに言った。「お前のおかげで、少しだけ勇気が出た。」
「それなら、良かった。」友伽は少し笑って答えた。「峻一さん、無理せず、自分のペースで進んでね。」
その言葉を聞いて、峻一は心の中で決心を固めた。自分が恐れていたこと、避けてきたことに、少しずつ向き合っていこう。その先に、きっと新しい自分が待っていると感じたから。
電話を切ると、峻一はゆっくりと立ち上がり、部屋の窓の外を見た。夜空には、遠くの街灯が微かに輝き、静かな夜の空気が広がっていた。彼の心の中にも、少しずつ前向きな気持ちが広がっていくのを感じていた。
第二部 第9章 終




