第2話 ホットスタート
正方世界。
四つの大陸があり、幾つかの島国があり、海や川、森と林、そこに生きづく人々。
人間、エルフ、ドワーフ、獣人、小人、亜人、そして、魔物。
様々な種族が生きて、生活を営み、やがて土に還る。
火、土、風、水、四つの基礎マナが存在し、魔法があり魔力がある世界。
そんな異世界の小さな島国の村に、ある一人の若者が居た。
名も無き村の朝、静けさを突如けたたましい声が轟く。
「た、大変だー!? 山賊だー! 山賊が襲って来たぞおー!!」
畑をやっていた俺の耳に、突然村人の焦りの大声が聞こえてきた。
「村長さーん! 賊だー! 山賊が来たぞー!」
「なにぃ!? またか! 今度は急じゃないか!」
「3日前に襲って来たばかりだぞ!」
村での生活は大変だ、作物は天候に左右されるし、畑を荒らしに来る野良ゴブリンを追い返したり、作物を野生動物から守ったり。そして今回の様な事も。
農作業を一時中断し、俺は声のする方向へ目を向ける。
村長と物見役との会話を聞き、また来たのかと辟易した。
山賊団、ここ最近村の近くに拠点を構えたと思われる悪党共だ。
3日前にもこの村を襲って来て、食料や家畜、お酒を強奪していった。
その時は村の男衆で迎え撃ち、少しの怪我人だけで済んで追い返す事が出来たのだが。
今回の襲撃はどこか、何かが違っていた。
空気というのだろうか? ピリピリと何かが違う気配がした。
「女子供や戦えない者は村長ん家の納屋へ! 男衆は武器を持って集まれー!」
それでも俺は、やれやれまたかと溜息を付きながら、自分の家へ駆けだす。
丸太で組まれた家に到着すると、親父とお袋が慌てて準備していた。
「親父、前の戦いでギックリ腰なのに戦うのかよ?」
「当たり前だろ! これ以上好きにさせるかってんだ!」
「ホントだよ! ほらジョー! あんたもこの斧を持っておいき!」
俺はお袋から木の伐採用の斧を受け取り、握りしめて装備した。
随分と使い込まれた斧だ、所々錆が浮いている。
「こんなんで役に立つのかよ?」
「無いよりマシだろ! ほら! 行った行った! 父ちゃんはもう行っちまったよ!」
家の入口を見ると、親父は血相を変えて飛び出して行った。
「はいはい、じゃあお袋は納屋で待機しててくれよ、この前みたいにフライパンで叩きに来るんじゃねえぞ。」
「はっはっは、あの時の山賊の顔ったらなかったね~。」
「笑い事じゃねえよ、じゃあ行って来るから、気を付けろよ。」
「あんたもね、やられるんじゃないよ。危なくなったら逃げてくればいいからね。」
「逃がしてくれればだけどな。」
斧をしっかりと持ち、俺は親父の後を追う。
村の中を移動中、幼馴染の女の子、カリーナと出会う。
「カリーナ、急げよ。」
「ジョー! あんたも、ちょっとは役に立ちなさいよ!」
「分かった分かった、兎に角急げよ。」
俺は戦いに向いてないと自分でも思うのだが、襲って来る奴が居る以上、手加減は出来ないしそんな余裕も無い。
降りかかる火の粉は振り払うぐらいしか考えていない。
「もうじき収穫だってのに、山賊め。」
いや、この時期を狙ったのかもしれない。相手は馬鹿じゃない。
利口でもないが、間抜けではない。山賊なんてやってる連中は基本悪党だ。
ならば襲って来るなら迎え撃つのみ、戦い方は知らないが、斧を振るぐらいは出来る。
意気込みつつ駆け足で移動し、村の中央付近まで来た。
村の男衆が集まっている、親父も居た。
「遅いぞジョー!」
「これでも駆け着けたよ。」
「これで全員だな。」
村長が男衆を見渡し、みんなに作戦を伝える。思いのほか緊張が走る。
「では、今回の襲撃は3日前と同じだと思う。少数で村を襲い、その隙に食料庫を漁る、これだと思う。」
村長が説明し、他の村人が意見を述べる。
「本当に3日前と同じか? だったらいつも通りみんなで迎え撃てば恐いもの無しだな! 追い返そう!」
「違いない、がっはっはっは!」
そうだよな、山賊だって情けくらいあるだろう、皆殺しって事は無いよな。
握りしめた斧は、何故か重たく感じた。
農具とはいえ、刃が付いているので人を殺める事の出来る道具だ。扱い方を間違えない様にしなくては。
「おいジョー、今回はお前さんが納屋の守り役だ。しっかり女共を守るんだぞ。」
「俺が? まぁ何とかやってみますよ。」
俺が護衛役か、なら前線に出なくても良いな。楽が出来そうだ。
村の男衆は強い、農作業などで鍛えた身体は筋肉がしっかりと付いている。
山賊相手に遅れは取らないと思う。
親父も結構強かったりするから、まぁ大丈夫だろう。
「き、来た!? 山賊だー!!」
大声に緊張が走る、物見役がこちらへ駆けて来て、みんなに報告した。
「大変だ! みんな! 逃げた方が良い! 山賊の数は20人ぐらい居るぞ!」
「20人!? どうするみんな?」
「戦おう村長! やれば出来る!」
「そうだそうだ! 戦おう!」
「うむ、そうじゃな、無抵抗なら死ぬだけだ。ならば戦うまで。」
マジか、20人って言ったらそこそこ大勢だろ。敵うのかよ?
「ジョー、納屋の守りは頼んだぞ。」
親父はそう言って、みんなと村の外へ向かって行った。
長閑な田舎の風景が一変し、緊張が走る。
時々吹く風が頬を撫で、こそばゆい気持ちになりつつも油断だけはしない。
それから、どれくらいの時間が経ったのだろう。
村の外の音は静かになった、先程まで聞こえていた怒号や剣戟の音が止んでいた。
静かになったのを気にしてか、納屋から一人出て来た。
「外の様子はどうなったの?」
「カリーナ、まだ出て来ちゃ駄目だ。早く中へ入って。」
「だって、音が聞こえないんだもの。もう終わったんじゃないの?」
「まだ安心は出来ない、兎に角納屋へ入ってろ。俺が様子を確かめに行ってくる。」
「気を付けてよ、私は一応ヒールの回復魔法が使えるから。危なくなったら逃げてくるのよ。」
「解ってるよ、じゃあ行ってくる。」
斧を手に、俺は村の外へ向けて駆け出した。
確かに音は止んでいる、だが静か過ぎる。何か嫌な予感がするな。
そして、村の外で俺が見たものは、凄惨な光景だった。
「そんな、み、みんな………。」
そこには、夥しい数の死体の山。その向こうで笑い合う山賊たち。
「がっはっはっは、手応えのねえ連中だったぜ!」
「バレ! おめえが暴れるからだぞ、村人は数人は生かしとけって言ったろうが!」
「リントンの頭、そうは言いやすがバレを野放しにしたのは失敗でしたねぇ。」
「違いない、こいつは殺しが好きで仕方が無い奴ですからねえ。」
「がっはっはっは! 俺は誰にも負けねえぜ! がっはっはっは!」
「まったく、バレが暴れたせいでこの村はもう旨味がねえ。どこか余所へ行かなきゃならねえぜ。ったくよお。」
身体が動かない、この先どうしたらいいか解らない。
「ん? 頭、一人武装した男が生き残ってますぜ。どうします?」
しまった!? 見つかった!
俺はぼーっと立ち尽くしていただけだった、あまりの光景に思考が追い付かない。
「んなもん、てめー等で殺しとけ。おお、そうだった、この村の納屋に女が居るかもしれん、おい! 誰か村の中へ入って様子を見て確かめてこい。」
「へい、わかりやした。」
くっ!? こいつ等! よくもみんなを!!
させるか! させるもんかよ! 納屋に居る村人はやらせん!
気付いた時には、俺は斧を握りしめて攻撃態勢に入っていた。
頭に血が登っているせいか、俺の思考は鈍っていた。
くそっ!? 頭が上手く回らない! 相手は20人の山賊、どうやったって勝てる訳が無い。
どうする? そう思った瞬間だった、俺の頭に衝撃が走り、目がチカチカした。
「おいおい、よそ見してっとお前の頭にくらわしちゃうぜ!」
「ぎゃはははは!」
「くそっ!?」
石か何かが俺の頭に直撃したらしい、頭がズキズキ痛む。
手を拭うとべったりと血が付いていた、頭がズキズキし、くらくらする。
くそう! もうここまでか。
情けない、俺は何にも出来ないうちに死ぬのか?
嫌だ! そんなの、絶対に嫌だ!
しかし、俺の心の声も虚しく、バレと呼ばれていた大男が目の前に立った。
「こいつで死ねや!」
大男の持ったシミターで、俺の身体の右斜め上から左下まで一閃し、切り傷を作る。
「うぐわぁ!?」
俺の身体から大量の血が噴き出て、力が入らなくなり、その場に倒れた。
痛え!? 物凄く痛え! このままじゃ死ぬ。
俺の傷は深く、もう助からない事は自分で悟った。
ただ、悔しい。悔しいのだ。何も出来ない自分が。
情けなくて、不甲斐なくて、どうしようもなく無力だ。
そう思った瞬間、俺の意識は暗転し、視界がぼやけてかすみ、やがて力尽きた。
暗雲が立ち込め、だが俺の頭の記憶ははっきりと鮮明に、日本に居た頃の男、吉田太郎だった記憶が、俺の中で覚醒していた。
俺の名はジョー、前世は吉田と言う日本人のおっさん。
吉田だった頃の記憶と、ジョーとして生まれ育った記憶が合致した。
しかもこの世界は、俺がよく知っているTRPGの世界にそっくりな異世界だという事を理解した。
そう思った次の瞬間、俺は意識を手放し、力尽きた。