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◆7 嘘つき侍女に天罰を! ーー嘘という毒を口にする貴女に、相応しい罰を……!

 サットヴァ公爵家にお仕えする侍女ドルチェは焦っていた。

 ほとんど仕事を言いつけられなくなっていたからだ。


 チチェローネお嬢様が監獄塔に収監されてからというもの、彼女にとっては、不吉なことばかりだった。


「チチェローネの専任侍女として、何をしていたんだ!」


サットヴァ公爵様(だんなさま)から叱責された。

 以来、やることなく、侍女部屋でほぼ軟禁状態になっていた。


 考えてみれば、当たり前だ。

 ワタシがやってきたことといえば、チチェローネお嬢様のお世話ばかり。

 衣服を畳んだり、髪をとかしたり、装飾品を取り付けたり、お茶を入れたりーー。

 それなりに、やることはあった。

 でも、今は仕えるべき主人であるお嬢様がいなくなってしまった。

 だから、やることがなくなった。


(近いうちに暇が出されるかも……)


 侍女ドルチェは嘆息する。

 彼女はこの一月ほど、暗い気持ちで過ごしてきた。


 が、いきなりお屋敷が騒がしくなった。


 公爵様(だんなさま)ご夫妻が、急にお倒れになったのだ。

 嫡男のメルク様が、馬車で王城へ出立なされた。

 以来、慌ただしい。


 それなのに、お屋敷全体を管理する執事ヴァサーリ様が、お姿をお見せにならない。

 ご自身の個室に引っ込んだまま、姿を見せなくなってしまった。


 侍女部屋を共有する同僚たちが、時折、こちらをチラチラ見ながら、コソコソと話し合っている。

 何を話しているのか、知っている。

 ワタシへの悪口だ。


 自分たち、サットヴァ公爵家にお仕えする者たちが慌ただしくなったのは、チチェローネお嬢様が断罪されて監禁されてしまったからだ。

 特に侍女や下女ら、女性陣は、仕事の過半を失ったも同然だった。

 彼女たちにしてみれば、仕えてきた主人であるお嬢様を告発するなど、信じられないことであった。

 たとえ、何かしらの罪を犯していたとしても、それを庇うのが侍女の務め。

 訊けば、リリアーナとかいう平民上がりの女に毒を盛ろうとしたらしいけど、そんな命令はお断りすれば済む話だし、最低、そのように命じたことを世間に暴露する必要はまったくない。

 実際に、毒を盛ったわけでもないというのだから、まったくもって公爵家にお仕えする者だけの内々で済ませるべき事案にしか思われない。

 ドルチェは、なんて薄情で、愚かな女なのか。

 あれほどチチェローネお嬢様から目をかけて頂いていたのに、裏切るなんてーー。


 これが、サットヴァ公爵家内におけるワタシ、侍女ドルチェの評価だった。

 正直、反論できない。

 執事のヴァサーリ様から、今後のことを保証するといわれたから、お嬢様に対する断罪イベントに参加したのに。


(ひょっとして、嵌められたのかも?)


 まさか、チチェローネお嬢様が投獄されるなんて、思いもしなかった。

 ワタシがしたことは、侍女として、善くなかったかもしれない。


(でもーー)


 ワタシ、侍女ドルチェは〈断罪イベント〉での情景を想起して、改めて思う。


 ーー楽しかった、と。


 お嬢様の慌てふためく顔ーー今思い出しても笑える。


 かつて、ワタシはお嬢様の指輪を勝手に嵌めたことがあった。

 装飾品を預かる立場だから、出し入れ自由だった。

 だから、少し自分の指に嵌めてみた。

 そして、うっとりとしていた。

 そしたら、お嬢様に見つかってしまった。

 慌てて指輪を元の位置に返そうとしたら、憐れみを込めた目で見られ、言われてしまった。


「私はたくさんあるから、その指輪はあなたにあげるわ。

 いつも、ありがとう」


 と、にっこり微笑まれた。


 それが屈辱だった。


 だから断罪イベントに参加し、嘘をついた。

 平民女をお茶に誘い、ワタシに毒を盛らせようとした、と証言した。


「リリアーナ様をお茶に招いたことが何度かありましたが、その際に毒を盛るように指示されました。

『毎回、少しずつ盛るのがコツよ』

 と微笑みながらおっしゃったチチェローネ様のお顔が、今でも忘れられません」と。


 そう、まったくの出鱈目だった。

 真っ赤な嘘をついたのだ。

 実際は、リリアーナ様をお茶会に呼んだことは一度もなかった。

 だから、そんな事件が起こりようはずもなかった。


 でもーー不思議ね。

 当のリリアーナ様がお茶会に招かれたことがないことを、誰よりもご存知なはずなのに、ワタシの「告発」を耳にしながら、何も言わなかった。

 むしろ、ほくそ笑んでいた気がする。


 そうーー彼女も不愉快だったのね。

 チチェローネお嬢様の、上から目線が。

 悠然とした振る舞いが。


(きっと、リリアーナ様は、ワタシのお仲間だわ)


 そんなことを思いながら、ふふふと忍び笑いを浮かべていた。

 すると、いきなり後ろから声をかけられた。


「まさか、長年仕えてきたあなたが裏切るとはね」


 聴き慣れた声を耳にして、ワタシは急ぎ、振り向いた。


「チチェローネお嬢様!?」


 ワタシの目の前には、以前よりも威厳が増したチチェローネお嬢様が扇子を広げながら立っていた。

 監獄塔から脱出したという噂は本当だったらしい。


(自宅に姿を現わすなんて、大胆な。

 でも、今、公爵様はご病気のご様子。

 その時機を見計らって……)


 相変わらず、頭が良いお嬢様だ、と感心しつつ、窺うように顔をあげた。


「どうして、侍女部屋に?

 本来なら、お嬢様が足を踏み入れる場所ではございませんよ」


「あら。もちろん、あなたに用があって来たのよ。

 新たな従者のために、衣服を用意して欲しいの」


 チチェローネお嬢様が、パチンと扇子を閉じる。

 それを合図に、三人の男性と二人の女性がゾロゾロと姿を現わした。

 ワタシは手を口に当て、赤面した。


(なんで裸!?)


 五人の男女はいずれも若く、しなやかな肉付きの美しい身体をしていた。

 知った顔はひとつもない。

 お嬢様が監獄から脱出した際に助力した者たちだろうか。

 とすれば、一筋縄にはいかない連中に違いない。

 実際、眼光が鋭く、抜け目なさそうな人たちだ。


 ワタシは内心の動揺を隠しつつ、とりあえず廊下に出て誘導した。


「こちらへ。衣服室へご案内します」


 五人の裸の男女の先頭を歩きながら、お嬢様は興味深げに周囲を見渡す。


「へえ。我が家にこんな場所があったのですね」


 サットヴァ公爵邸の裏口から少し出た、離れに向かったのだ。

 たしかにチチェローネお嬢様にとっては初見だろう。

 中庭を挟んだ位置に一軒の建物があって、一階には物置、二階には、たくさんのドレスや下着を並べた超巨大なクローゼットがあった。


 二階にまで案内すると、ワタシは両手を広げて言った。


「さあ、お嬢様。衣服をご自由にお選びください」


「ええ。そうねーー」


 チチェローネお嬢様は臆することなく、ズカズカと部屋の奥にまで入り込む。

 そして、陳列された様々な衣服に手をやりながら、後続する裸の男女の身体をしげしげと眺めつつ、物色を始めた。


「うん。シュッとした貴方にはこれ、黒のタキシード。

 女性二人には、こちらのフリルが付いた可愛らしいメイド服ね。定番というやつ。

 あなたたち二人にはーーそうね、革鎧を装着した護衛服なんか、どうかしら。

 うん。こんな具合ね」


 チチェローネお嬢様は、裸の男女を着せ替え人形に見立てて、あれこれとコーディネートを楽しんでいる。

 その隙に、ワタシは一階の物置に出向き、あるモノを手に入れて二階に戻ってきた。


 巨大クローゼットに顔を出した途端、お嬢様から声をかけられた。


「あら、ドルチェ。帰ってきたのね。

 どちらへ行っていたの?」


「これらを取りに。

 とっておきの魔道具です」


 ワタシは物置で手に入れたモノを放り投げる。

 五、六個もの陶器の球体だ。

 これらはいずれも宙空で爆発して、粉が舞い落ちる。

 ワタシは急いで外に出ると、出入口の扉をバタンと勢い良く閉めた。

 そして、扉越しに、外から声をかける。


「お嬢様、ごめんなさい。

 ワタシ、罰を受けたくありませんの」


 爆発させた陶器の球体は、侵入者撃退用の魔道具だった。

 高位貴族のお屋敷に常備されたものだ。

 即効性の毒草を乾燥させて粉末にしたものを、内部に詰めてある。

 これを放り上げたときの衝撃で爆発するように魔法がかけられていて、これが爆発すると、周囲に毒を撒布することになる。

 だから、扉を閉めた。

 窓はあったが、鍵がかかったままで閉められている。

 これで即効性の毒が部屋中に充満するはず。


 うまく引っ掛けることに成功した。

 チチェローネお嬢様をはじめとして、怪しい男女の従者も丸ごと退治できた。

 本来なら、主人殺しとして断罪される所業かもしれないが、チチェローネお嬢様は死刑判決を受けた身でありながら、監獄から逃亡してきたところ。

 びっくりして、侵入者として撃退した、と言えば通るーーそう思った。


 しばらくすると、毒の効果は微弱化する。

 効き目は強力だが、有効時間は短いのだ。

 侵入者撃退用として重宝される理由である。


 ワタシは得意満面で扉を開けた。

 お嬢様のほか、幾人もの死体(ないしは意識不明の重体者)が床に横たわっているはずだった。


 ところがーー。


「う、嘘でしょ!? 信じられない……」


 ドルチェはペタンとお尻をついてしゃがんでしまった。

 お嬢様のほか、五人の男女が、新しい衣装を着込んで悠然と立っていたからだ。


 やがて、革鎧を付けた巨躯の男が四つん這いになり、その男の背中に、チチェローネお嬢様が当たり前のような顔をして座った。

 そして、ワタシを眼前に据えて見下ろす。


「ドルチェ。あなたが嘘をついたのを、私は許します。

 なぜなら、それが自分自身に嘘とならないようにしたのだから」


 ワタシは首をかしげた。


「ど、どういうことでしょう?」


「私が毒を盛ったと、あなたは嘘をつきましたね。

 だから、私はあなたに毒を盛ってあげて、嘘ではなく、真実にしてあげるのです。

 ただし、毒を盛る相手がリリアーナではなく、ドルチェとなりましたが」


 ??


 意味がわからない。

 ワタシが不思議そうな顔をしているのを(おもんぱか)って、お嬢様は扇子を振って、メイド服の女従者に合図をした。

 すると、彩り豊かな果物が盛られたお皿と、一本の水差しを携えてきた。


「あなた、リンゴが大好きでしたね。

 では、そこにある、あなたの好物を食べてみなさい。

 味はどうですか?」


 ワタシは言われるがままにリンゴに手に取って齧った。

 シャリッとしたみずみずしい食感が気持ち良い。

 でも、味がーー。


「いつもと違って、ひどく苦味が感じられるでしょう?

 それは毒の味です」


 ワタシはサッと青褪める。

 慌てて水差しを受け取って、水を口にして、食べかけのリンゴを吐き出す。

 それでも、舌にザラザラとした触感が残って、次第に全身が痺れてくる。


「あら、さすがに毒にお詳しいようね。

 そうして水を含めば、毒も薄れていくでしょう」


 毒の痺れに耐えながら、うずくまる。


「い、いつの間に毒を?」


 リンゴは皮がついた状態だった。

 人が手出しした様子はなかった。


 お嬢様は悠然としたまま、お皿から似たようなリンゴを手にしてシャリッと齧った。


「ですから、これは私の呪いなのですよ。

 毒を盛ったと嘘をついた、あなたに仕返しするためのね。

 そのリンゴだけではないんです。

 ほかの果物を食べてみてもわかります。

 果物だけではなく、パンも、お肉も、お野菜も、お魚もーーあなたはこれから何を食べても、全てが毒になります。

 ただそれではすぐに死んでしまうでしょうから、水は飲めるようにしてあげましたが」


「そ、そんな!」


 ワタシは呆然とした。

 たしかに、今、全身が痺れている。

 これは毒を微弱ながら取り込んだときの症状だ。

 嘘ではない。

 お嬢様の目を見てわかった。

 これは本気の仕返しだ。

 何をどうやってのことか、どんな魔法を使ってのことかも、わからない。

 でも、たしかに、今、ワタシは呪われたのだ。

 何を食べても、毒になってしまうようにーー。


 ワタシは土下座して、お嬢様に懇願した。


「ど、どうすれば、お許しいただけるのでしょう?」


「だから、私はもう許していると」


「でも、このままでは、ワタシは死んでしまいます」


「知らないわよ。あなたがどうなろうと」


 ドルチェはガタガタと身を震わせる。

 やはり、本気で復讐する気だ。

 這いつくばって、土下座するだけでは足りないようだ。

 ドルチェは必死の形相で、お嬢様の脚に縋り付いた。


「お、お助けください。お慈悲を! チチェローネお嬢様!」


「そうねぇ……」


 チチェローネ嬢はニッコリと微笑んだ。


「よくお聞き、ドルチェ。

 あなたが、みなの前で、

『お嬢様が毒を盛ったというのは嘘でした。

 濡れ衣を着せました。

 本当は、毒を盛ったのはワタシです』

 と言いなさい」


 ドルチェは両目を見開いて、顔をあげた。


「ワタシは、そんなことは……。

 第一、リリアーナ様は一度も我が公爵家に招待されておらず……」


 そう口にした瞬間、お嬢様はバッと脚を動かして、ドルチェを振り払った。


「だったら、どうして私が毒を盛ったことにしたのです?」


「それは……」


「おかしな言い草ね。

 そもそも、あなたによれば、私は言ったそうね。

『主人のために犠牲になるのは、侍女ならば当然の務めでしょう?』と。

 私自身にはそのようなことを言った記憶がないけど、しっかり者のあなたのこと。

 あなたが私についてそのように言ってるなら、そのように振る舞うのがよろしいんじゃなくて?」


「お、お許しを……」


 再び平伏する。

 何度も額を地に打ち付ける。

 だが、お嬢様に打ち解ける様子は見られなかった。


「だから許している、と言ってるでしょう。

 だからこそ、私はあなたが語った『チチェローネお嬢様』らしく振る舞おうとしているのです。

 さあ、私のために毒を盛られて死になさい!」


「そ、それだけは!」


「でしたら、私に濡れ衣を着せたこと、そして『毒を盛ったのはワタシ、ドルチェです』と宣言なさい。

 それまでは、あなたは何を口に入れようとすべてが毒になります。水しか飲めません」


「お、お嬢様……」


「『ワタシが毒を盛りました』と告白する舞台が、早く整うことを祈ることね。

 そうでないと、あなた、本当に餓死してしまうんじゃなくて?

 それとも、お腹を空かせて、毒と承知しながら、最後の晩餐を楽しんでから、あの世に逝く?

 どんな死に方をなさるか、楽しみだわ。

 ほほほほ」


 ワタシ、ドルチェはようやく心の底から思い知った。

 主人チチェローネ様の怒りの深さを。

 裏切りの代償の大きさを。

 もう何も抗弁せず、額を地に付けたまま、全身を震わせるしかなかった。


 稀代の悪役令嬢と化したチチェローネ嬢はゆったりと立ち上がると、五人の従者を引き連れて歩み出した。


「さて、次はお友達とご相談ーーかしらね」


 彼女の復讐劇はまだまだ続くのであった。


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