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◆4 大悪魔、召喚! ーー滅国の悪役令嬢チチェローネ、爆誕!

 私、公爵令嬢チチェローネ・サットヴァは、青い羽に導かれて森の中を進んだ。

 そのとき、内心で思っていた。


 この森ーー見覚えがあるわ、と。


 たしか、この森は〈魔の森〉と称される、魔素が濃厚な、危険な魔物が出没する森で、サットヴァ公爵領の端にある大森林だ。

 監獄塔がある王都から、馬車で半日はかかる距離にある。

 なのに、一瞬で、森の奥地にまで、私は足を踏み入れていた。


 そして、青い羽が発する光に導かれて森の奥に進むと、深々と穿(うが)たれた洞窟があった。


(この洞窟ーーお母様と一度、一緒に入ったことがある……)


 私には見覚えがあった。

 案の定、クネクネ曲がった洞窟の道を進むと、奥には円形をした石造りの台があった。


 幼い頃、この場所に来たとき、お母様から訊いた。


「貴女がここで祈ると、怖いヒトが出てくるから、この洞窟に来てはいけませんよ」


 そう言われると、かえって興味を持ってしまうのが人のサガというもの。

 実母が亡くなった、十歳の頃、サットヴァ公爵邸にあった魔法書で、この円形の石台について確認した。


 これは魔界と空間をつなぐ魔法陣が刻まれた〈悪魔召喚の台〉だという。


(悪魔召喚かぁ。

 ますます、悪女っていうか、魔女かなにかになった気分だわ)


 今まで誘導してくれた青い羽が、いつの間にか力を失ったのか、宙から舞い落ちた。

 ポトリ、と〈悪魔召喚の台〉の上に落ちる。


 その途端ーー。


 ヴヴヴヴィ……。


 奇妙な音とともに、台に刻まれた魔法陣が青く光り始めた。

 青い羽に反応しているようだった。


(だ、大丈夫かな?)


 そのさまを眺めながら、私はボンヤリと思い出していた。


 サットヴァ公爵邸に所蔵された魔法書には、その昔、悪魔が召喚された際、七日七晩、世界を闇に包んだと記されていた。

 その悪魔を封印することに成功したのが私の祖先、初代サットヴァ公爵だったという。


(でも、そんな危険なものなら、破壊してしまえば良いのに、なぜか王命で破壊を禁じられた場所でもあるんだよな、この場所……)


 サットヴァ公爵家の者が代々管理を任されていた。

 けれども、婿養子だったお父様は、お母様が亡くなって以来、随分と管理をおろそかにして、衛兵ひとり置かなくなってしまっていた。


 やがて、魔法陣の中心から、白い光の柱が屹立する。

 そして、その光の柱から、ひとりの人影が浮かび上がってきた。


(え? ちょっと待って!

 私、何もしてないわよ!?)


 動揺する私の目の前で、その人影が具体的な質感を帯びてくる。

 よく見たら、白い光の柱に、白い鎖で縛り付けられた、灰色の肌をした、若い男性の姿が顕われてきた。

 男の上半身は裸で、しなやかな筋肉に包まれていた。

 下半身は真っ黒な毛皮に覆われている。


(まるで、ズボンを穿いているみたい……)


 そう思いながらボウッと見学していると、その男性の側頭部から二本の角が生えているのがわかった。

 さすがは〈悪魔召喚の台〉だ。

 どうやら、この若い男性は悪魔らしい。


 でもーー。


(ほんと、この角さえなければ、絶世の美男子で通るわ。

 人間と変わらない。ほんと、イケメンの良いオトコーー)


 悪魔と思しきイケメン男性は、いきなり両目を見開き、低い声を発した。


「おお、ついに余を解き放つ者が現われたか。

 待たされたぞ!」


 視線はまっすぐ私に注がれている。

 そりゃそうだ。

 この場にいるのは、彼と私だけなんだから。


 私はうわずった声で尋ねた。


「あ、貴方は、ほんとうに伝説の悪魔なの?

 七日七晩、世界を闇に閉ざしたという」


 彼は笑みを浮かべるのみで、答えない。

 そして、勝手に喋る。


「娘よ。余を解放せよ。

 されば、其方の願いを叶えてやろう。

 何かを強く願ったであろう?

 そうでなければ、余のおる場所に辿り着くこと自体、叶わぬはず」


 私は生唾を飲み込んでから、全身に力を込めた。


「私は濡れ衣を着せられました。

 冤罪で処刑されようとしています」


「ふむ。冤罪か。人の世では、よくあることよな。

 されば、其方、なぜ罪に陥れられたか、真実を知りたいか?」


 私はしばし考えてから、ゆっくりと首を横に振った。


「いえ。

 もう、婚約者も家族も学友たちも、すべてその心根を理解しました。

 いかなる真実を知ろうとも、もはやかつての幸せな生活には戻れないのです。

 真実なんか、今更、知ったところで……」


「では、何を望むか」


 悪魔からの問いに、私はギュッと拳を握り締めた。


「復讐を!

 私を貶め、陥れた者どもに相応の報いを!」


 私の必死の形相を面白そうに眺めた悪魔は、薄笑いを浮かべた。


「よかろう。

 して、何を対価として、余に願うか」


「貴方様の解放では足りませぬか」


「足りぬ。

 この状態で解放されたとて、余に魔力が足りぬ。

 ほんの数人を殺す程度で満足せねばならぬ。

 が、それでは其方が不満であろう?」


「ーーでは、私の生命では?」


「ふむ。其方の魂か。

 それは、むろん頂く。

 悪魔にとって、活動するためのエネルギー源なのだ。

 契約者の魂は。

 そうだな。我が魔力を増幅するためだ。

 まずは、其方の魂を強化するか。

 余を奮い立たせる欲望を語れ!」


 欲望ーー?


 私、公爵令嬢チチェローネ・サットヴァは、いったい何を欲するのか?

 改めて考えてみた。


 実母のいない実家、サットヴァ公爵家に、もはや未練はない。

 今となっては、王家も、どうでも良い。

 王太子殿下も、勝手に死ねばいい、としか思えない。


 そうよ。

 よく考えてみれば、私はリリアーナにムカついてるのではないんだわ。

 あんな女の安っぽい媚び(へつら)いで、良いようにされている、オネスト王太子をはじめとした、男どもが許せなかったんだ。

 そして、そんな無様な王太子を讃える王侯貴族ども、私に死刑の口実を与えた教会、すべてが気に入らない。

 もちろん、王太子どもに媚びるために、私を虚偽で訴える令嬢方もーー。


 私は決心した。

 私を陥れた者どものお望み通り、私は〈稀代の悪役令嬢〉になってやるわ!


 私は胸を張って宣言した。


「では、悪魔よ。

 この王国をーーランブルト王国を、丸ごとお捧げいたしましょう。

 私を不当に貶め、陥れた者どもなど、一切合切、滅ぼしてやりたい!」


「はっはは!」


 悪魔は厚い胸板を小刻みに震わせた。

 眼光が赤く輝く。


「良くぞ申した。

 見よ、余の精神体に力が漲るさまを。

 契約は完了した。

 其方に濡れ衣を着せた者どもに、相応の報いをくれてやる。

 それが果たせたら、対価として、其方の国を滅ぼさせてもらおう!」


 悪魔は、光の柱に鎖で縛られた状態から、スウッとすり抜けてくる。


「では、其方の魂を差し出せ」


 私が答える間もなく、悪魔は黒い爪が生えた手を、私の左胸へと伸ばす。

 そしてそのまま、ズズッと音を立てて、腕を、そして身体全体を、私の胸へと押し込んでいく。


「え? え? ちょっと、待って!?」


 動揺する私の心に、直接、男性の低い声が響いてきた。


「ふん。悪くない。健康な身体だ。

 しかも、普段から信心深かったのだな。

 魂が清らかだ」


 褒められたようで、なんだか嬉しい。

 私も内心で声を上げた。


「清い心ーー悪魔の貴方様には、お気に召しませんでしたか?」


「いや、清浄であればあるほど、魂は美味なのだ。

 余も借宿として快適に過ごせる。

 勘違いするなよ。

 余は魔族や魔物といった下衆な(けもの)ふぜいとは異なる。

 天使族に属する、神の眷属であることを!」


 どうやら、私の身体の中に、悪魔が小さくなって入り込んだらしい。

 というより、心身共に融合したような、そんな感じだ。


 おかげで、私の身体にも、目に見えた変化が起こった。

 身長が伸びて、胸もお尻も大きくなった。

 所謂、女性として、妖艶な容姿を手に入れたようだった。

 そして瞳の色が、左右で青と黒になっていた。

 銀色の髪にも青みがかかっている。


 また、心身の変化に伴い、魔力が増幅したようだった。

 もともと、私は筆頭公爵家の令嬢として、人間としては、それなりの魔力持ちだったが、悪魔との融合によって、十倍は魔力が増したようだった(もっとも、悪魔基準では、あまりに貧弱な魔力だったようで、やたらと嘆く声が脳内に響き渡って、うるさかった)。


 今の私は、ちょっと意識するだけで、身体ごと宙空に浮かび上がることができた。

 背中から黒い翼が六本、バサッと広げられる。


「清い魂を借り受ける報奨として、まずは其方の怨みを晴らしてやろう。

 それからだ。

 この王国を滅ぼすのは!」


 星々と満月の光を受け、普段は透明で見えなくなっている側頭部の二本角が白く輝く。


 バリバリ!


 轟音とともに、黒い雷が、月夜に響き渡った。


 この雷鳴が合図だった。

 ついに、滅国の悪役令嬢チチェローネ・サットヴァの復讐が、始まったのである。

第四話の初出から2時間後、14:10に第五話が出ます。(17:10に投稿するつもりでしたが、早めました)

読んでいただければ幸いです。

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