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◆3 家族と婚約者の口上、そして青い羽の輝き ーーああ、要らないわ。こんな奴ら! 私は青い輝きの導きに従います。

 サットヴァ公爵家の両親と弟が、監獄塔にやってきた。

 ちなみに、現在の義母(はは)は、父サットヴァ公爵の後妻で、弟メルクの生みの親だけど、私、チチェローネの実母はすでに亡くなっている。

 

 父親のサットヴァ公爵は婿養子で、サットヴァ公爵家の血筋を正統に受け継いでいたのは私の実母だった。

 だから、実母サリーに似て銀髪青眼の私に、お父様は強く出られない性格をしていた。

 今も、お父様は私の顔を正面から見ることなく、俯きかげんでボソボソと口にする。


「たしかに、オネスト王太子殿下が突然、チチェローネとの婚約破棄するのは酷いと、私も思う。

 国王陛下の許可も得ていないことだしな。

 ましてや、リリアーナとかいう、名ばかりの子爵令嬢にほだされてのこととは、にわかには信じがたい……。

 うん。許し難いことだ。

 でもな、我がサットヴァ公爵家にとって問題なのは、王太子殿下が平民あがりの女に入れあげていることではない。

 おまえがーー映えあるサットヴァ公爵家の令嬢たるチチェローネが、嫉妬に狂って、犯罪にまで手を染めたことだ。

 首席卒業したおまえには期待してたのに、がっかりだ。

 育て方を間違えたのか。

 早くに実母を亡くしたのが善くなかったのか」


 ブツブツ言う父の隣で、義母が顔を両手で覆って泣く。


「私、後妻とはいえ、我が子と分け隔てなく育てたつもりです」


 私は、両親の姿を鉄格子越しに、ボンヤリ眺めながら思った。

 なんで、この両親(ヒトたち)は自分が被害者みたいに嘆くのかしら。

 (いわ)れのない罪で監獄に閉じ込められた娘をいたわる気持ちがないの?


 私は冷静な口調で訴えた。


「だから、私は何度も申し上げております。

 私は犯罪にあたることなど、一切、やっておりません。

 お父様、お義母様。

 私が暴漢を雇うよう弟に命じただなんて、本当だとお思いですか?」


 お父様は、チラチラと弟メルクの方を見ながら口にする。

 メルクは、実母である義母にしっかりと抱き締められていた。


「ああ、私も信じられないよ。

 だが、わが家の嫡男メルクがそう言うのだ。

 覆すわけにもいかん」


 私は弟メルクの顔を改めて見据える。

 弟は即座に視線を逸らせる。

 はぁ、と私は溜息をついた。


「メルク、貴方の表情ぐらい、すぐに読み取れます。

 後ろ暗いのでしょう?

 今は気分が良くても、いずれ貴方を苦しめることになりますよ」


 ほんとうに、わが弟メルクはなにを考えてるんだか。

 王太子と仲良くしたいがために、結果としてリリアーナに媚びてるんだろう、と思う。

 けれど、実の姉に暴行未遂の濡れ衣を着せるなんて、やり過ぎじゃないかしら?

 このまま私が犯罪者にされれば、サットヴァ公爵家の名が地に堕ちる。

 そうでなくとも、私が王太子に婚約破棄された悪女と断定されるだけで、そんな姉がいるという事実が、いずれは自分の地位を脅かすことになることに気づかないのかしら?


 弟メルクは義母の手を強く握り締めたまま、頬を膨らます。

 都合が悪くなったら、すぐ癇癪を起こす癖があった。


「僕のことを考えてください!

 姉さんが処罰されないと、話にならないんですよ、もう!」


 弟の怒声に、父が唱和する。


「見苦しいぞ、チチェローネ。

 執事のヴァサーリも、侍女のドルチェも、長く我が家に仕えてきた者たちではないか。

 その者たちが、チチェローネを告発しておるのだ。

 ほんとうに、おまえにこれほど人望がないとは思わなかった」


 首を振ってしきりに嘆いてから、お父様はゆっくりと手を差し出す。

 そして、鉄格子の中にまで、指を入れた。


「せめて、サットヴァ公爵家の証である、その青い羽を渡しなさい」


 いきなりの要求に、私は決然と言い放った。


「お断りします。

 この青い羽は、実のお母様から、私が受け継いだモノです。

 大事にするように言いつけられました。

 その遺言には、お父様だけでなく、国王陛下であっても従うことになっている、と臨終の際、お母様から伺いましたわ」


「くっ……!」


 お父様は唇を歪ませて、大きく舌打ちする。


「ったく。そのように頑なだから、殿下に捨てられたのだ」


 そんな捨て台詞を残して、私の家族ーーサットヴァ公爵家の面々は総出で立ち去っていった。



 それから一ヶ月。

 乾パンと水と大豆だけの粗末な食事を与えられ、強制労働として石畳の掃除をさせられる、酷い扱いの日々が続いた。


 そろそろ自分に対する正式な裁決が下るのかもしれないーーそう思っていたら、思わぬ面会者があった。


 オネスト王太子殿下と、寄り添うようにやって来たリリアーナ嬢のふたりだった。


「どういう権限で、リリアーナ嬢が私に面会なさってるのかしら?」


 嫌味を込めた私の発言に、王太子は気を悪くした。


「リリアーナ嬢は君の身を案じて、こうして付き添ってきたというのに。

 そういうところだぞ!」


 私は、元婚約者との、鉄格子を挟んでの面会に、真面目に臨んだ。


「これでも私は筆頭公爵家の令嬢です。

 濡れ衣で収監されて良いような身分じゃありません。

 さしたる証拠もなく断罪して、監獄に入れるなんて。

 殿下の経歴に深い傷を付けることとなるでしょう。

 第一、私刑ですよ、これでは」


 フンと鼻息荒く、オネスト王太子は応える。


「刑の執行は大人がやる。

 騎士団治安部隊と司法省によれば、調査に時間がかかるとのことだ。

 それまでここで幽閉していたのだ。

 おまえのご両親ーーサットヴァ公爵閣下ご夫妻の許可は取ってある」


「相変わらず、急に事を運びますのね。

 少しはみなさまがたの労苦を推しはかるべきかと」


 王太子の強引な意向に振り回される官僚たちの姿が、彷彿とされる。

 オネスト王太子は顔を真っ赤にした。


「貴様のような、すぐ口答えをするような女はいらない。

 私は思慮深い女が欲しいのだ」


 ほんとうに、王太子殿下は煽りに弱い。

 私、チチェローネは、面会しているもうひとりの人物に向けて、顎をしゃくった。


「そこにいる、縋りついてささやくばかりの女が、思慮深いとでも?

 笑わせないでよ。

 貴方や、他の殿方にも、媚びて言いなりにしているだけでしょ!?

 縋って頼ってくる女の姿を見るのは、さぞ殿方には気持ちの良いことでしょうね。

 まるで、か弱い子猫のように頼って、ニャアニャアと鳴いてくるんですから。

 でも残念ながら、女性はペットではございません。

 私は婚約者なんです。

 殿下も婚約者としての責務をまず、果たしてください。

 博愛を気取るのは、それからでしょう」


「婚約者としての責務?

 なんだ、それは?」


「私、チチェローネを恋人として扱ってください」


 真面目な顔で訴えた私を、オネスト王太子はキョトンとした表情で見返した。

 しばらくしてから、肩を揺らせながら、せせら笑った。


「語るに落ちたな、チチェローネ。

 別に俺は博愛を気取ってるわけじゃない。

 平民上がりだからリリアーナを庇い立てしてるんじゃない。

 リリアーナが魅力的な女性だからだ。

 つまり、チチェローネ、おまえは女の魅力で負けたってことだ。

 取られたんだよ、俺の心を」


「それならば、婚約を解消してから、お付き合いすべきでしょう」


 冷静な態度の私に、王太子は堪忍袋の緒を切らせて、バンと鉄格子を平手で叩いた。


「俺は王太子だぞ!

 婚約破棄にふさわしい理由を設ける必要があった。

 それなのに、なかなかボロを出さなかったおまえのせいだ。

 まあ、幸い、おまえがこんなにも後ろ暗い悪女で助かったんだが」


「濡れ衣だと言っているでしょう!」


「ふん。あれほど大勢の者から告発されてもか!?」


「ええ。やっていないものは、やっていないのですから。

 真実は多数決で決まるものではありません」


「ああ、そうかもな。

 だが、真実はともかく、事実はーーそして罪は、多数決で決まるんだよ。

 おまえが今、こうして監獄塔閉じ込められているように」


 私は思わず両目を見開き、立ち上がった。


「殿下。

 貴方はまさか、無実と知っていながら私を貶めたーー!?」


 王太子は何も答えず、身を(ひるがえ)す。

 そして傍らで抱きつくリリアーナに向けてささやいた。


「あれほど頑なでは、青い羽は手放すまい。

 処罰後に手に入れれば良い」


「ええ、そうね」


 二人は互いに語り合いながら、立ち去っていった。

 去り際に、リリアーナが振り向き、ペロッと舌を出して、ほくそ笑んでいた。

 これ見よがしに。


 さすがに、悔しかった。



 その三日後ーー。

 私、チチェローネ公爵令嬢は死刑に確定した。


 リリアーナ嬢に対する数々の嫌がらせはともかく、暴漢を雇って襲わせたこと、毒殺を試みたこと、加えて黒ミサを挙行して神様を呪ったと修道女から告発されたことが、信仰深い王妃様の不興を買ったらしい。

 そのような不穏な人物に、筆頭公爵家の今後を任せられない、と。



 そして、死刑の執行の前夜ーー。


 さすがに私は怒りを感じていた。

 実母から受け継いだ青い羽を握り締める。


(ふん。

 そんなに悪女であることがお望みとあらば、期待に応えてあげようじゃないの!

 私が甘かったわ。

 あんなに身に覚えのないことで断罪されるんだったら、ほんとうに、あの平民上がり女のドレスをズタズタに切り裂いて、私物をぶっ壊し、暴漢にも襲わせ、おまけに猛毒で殺してやるべきだった。

 いいえ、毒なんかじゃ足りないわ。

 オネスト王太子もろとも、剣でぶっ刺してーーあぁ、そうすれば私、晴れて悪女になれるってわけね。

 うん。悪くない。

 私はこの、今現在、(たぎ)っている怒りに、身を任せることにするわ。

 あのしたり顔で私を断罪した者どもすべてに、天誅を喰らわせてやる。

 見てらっしゃい!」


 いきなり手のひらが熱くなる。

 両手で握っていた、お母様の形見の青い羽が光り輝き、熱を帯びていたのだ。


「あつッ!」


 私が手を離すと、青い羽はスッと宙に浮かび上がる。

 そして青白く光ったかと思うと、その光の中から、無数の羽がバッと飛び出してきた。

 一本だった青い羽から、無数の羽が産み出されて宙を舞い、その過程で、羽の色が青から黒になっていく。

 その結果、監獄の部屋中が、無数の黒い羽に覆われてしまった。


 そして、私は、その光景を上空から眺めているーー。


(え? 私、今、宙に浮いてるの?)


 信じられなくて、(まばた)きしようとして、一瞬、目を閉じる。

 それから、パッと目を開けたら、すっかり景色が変わっていた。


 視界に広がっていたのは、石畳に囲まれた監獄部屋ではなかった。

 鬱蒼とした緑が生い茂る世界だった。

 気づけば、私は深い森の中にいたのだ。


(え? なに? どうして、森?

 私、空を飛んだの? それとも夢の中?)


 夜の森だから、本来なら、真っ暗闇のはず。

 だけど、今宵は満月の夜だ。

 それに、たった一本だけ残った青い羽が、私の目の前で宙に浮かんでいて、光り輝きながら先導する。

 まるで意志を持っているかのように。

 その青い羽の導きに従って森の奥に進むと、壁の如き巨大な岩場に突き当たり、そこには黒々とした洞窟が穿(うが)たれてあった。

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