◆24 当然、愛の告白と思いきやーー貫徹される逆断罪と凄惨な復讐! そして、滅国による終焉へ!
長く眠りに就いていた、ランブルト国王夫妻や教会大司教らが目覚めたことによって、事態は急展開した。
オネストを王位に就けようとしたリリアーナと聖騎士団が糾弾され始めたのだ。
大司教バパが異端審問に掛けると聴いて、思わず剣を手から落とす聖騎士も出てきた。
一度、異端審問にかけられたら、必ず無事では済まない。
聖なる川レイテに沈められて浮かび上がったら、腹に邪心が宿った証として、腹を裂かれて殺される。
火の海を裸足で渡るよう強要され、火傷を負えば不信仰の証とされ、磔刑に処せられる。
文字通り、奇蹟でも起きない限りは、殺されてしまう。
それが異端審問だった。
聖騎士団長ベーオウルフは聖剣を放り投げ、両手を挙げた。
「やめよ。
我ら、聖騎士団は、そこにおられるオネスト殿下やリリアーナ嬢に騙されただけだ。
教皇様は、その者たちの言い分を信じて、我らを遣わしたに過ぎぬ」
そこで、チチェローネ公爵令嬢が、改めて聖騎士団長に問う。
「教皇様は、あのリリアーナを聖女だと!?」
「ひ、一言も言っておらぬ!」
必死に手を振って否定する聖騎士団長の姿を見て、周囲の視線が、改めてリリアーナに向けられる。
事実上、教皇も大司教も、リリアーナを「聖女にあらず」と宣言した格好になっていた。
リリアーナは、天を振り仰いで絶叫した。
ここにはいない、誰かに向けて、罵倒し始めたのだ。
「おかしいわよ、こんなの。
こんなルート、なかったじゃない!?
運営、どうしたのよ?
なんか、指示を出しなさいよ!
私、このままじゃ、こんなゲーム世界で死んじゃうじゃない!」
そして、リリアーナは、オネストを涙目で睨みつける。
「馬鹿だよ、オネスト殿下。
アンタは王冠を戴かないと、どーしても死ぬルートしかないのに。
私、アンタのキャラが推しだったから、これまで尽くしてきたのに。
なによ、この仕打ち!
言っとくけど、私をスケープゴートにしても、アンタは助からないわ。
新王になれないまま刑死するか、戦死するルートしかないんだから」
リリアーナの目が赤く光る。
その目には真実と思わせる力があった。
それを見て、オネストは顔を醜く歪ませた。
「くそっ、くそぉ!
じゃあ、どうすりゃ、良かったんだよ!」
激しく大理石の床を蹴って、喚く。
血濡れた王冠を戴いた男は、泣いていた。
あまりに惨めで、見苦しいさまを見ていられなかったのだろう。
カスティリオーネ辺境伯令嬢が、オネスト王太子の許に、いきなり駆け寄った。
「それでも、ワタシは愛しています!」
リリアーナを押し除けて飛び出し、カスティリオーネがオネストに抱きついた。
突然の思わぬ出来事で、オネストもビックリする。
「こんな平民女より、ワタシをお選びください。
私、カスティリオーネは、オネスト殿下を心よりお慕い申しあげております。
王位を継げなかろうと、構いません。
二人で国を支えていきましょう……」
大勢の高位貴族らが居並ぶ只中で、カスティリオーネは大胆に愛の告白をし始めた。
父親のバッファ辺境伯は青褪める。
が、彼がもっと驚いたのは、その後の娘の取った行動だった。
カスティリオーネは、満面の笑顔で抱きついたまま、愛するオネストの股間をナイフで突き刺したのだ!
オネストは、驚愕の表情のまま、股間を両手で押さえてうずくまる。
唖然としたのは、カスティリオーネ本人も同様だった。
「ど、どうして……!?」
カスティリオーネは涙目になって、血濡れたナイフを床に落とす。
彼女に罪はない。
カスティリオーネは、チチェローネの身体に宿る大悪魔に操られただけであった。
彼女がオネストに抱きついたら、自動的に凶器で股間を突き刺すよう、大悪魔によって、あらかじめ呪いをかけられていたのだ。
オネストは血溜まりの上に寝そべり、身体を小刻みに痙攣させる。
もはや、虫の息であった。
しばしの沈黙の後、事態の収拾を図るため、バッファ辺境伯が機転を効かせて大声をあげた。
「我が娘、カスティリオーネが、諸悪の根源たるオネストを討った。
『王国の剣』としての勤めを果たしたのだ!」
玉座から腰を上げていた国王陛下も、すぐに座り直し、うなずいた。
「うむ。余はカスティリオーネ嬢の働きを賞賛する!」
おおおお!
貴族の紳士淑女がみな、歓声をあげた。
愛する男から流れ出た血溜まりにへたり込んで、嘆くのは当のカスティリオーネ嬢のみだった。
「では、今度は、『王国の盾』としての勤めを、私が果たしましょう」
チチェローネ公爵令嬢が、改めて扇子を前に突き立てる。
「メルク、リリアーナの許へ行き、想いを果たしなさい!」
メルク?
そんな男、いたか?
みなの視線が、チチェローネに向かう。
すると、彼女のスカートの裾を握り締める、ひとりの小柄な少女に目に止まった。
見かけない少女だ。
高位貴族のみなが首をかしげる。
実の父母たるサットヴァ公爵夫妻も同様だった。
少女はか細い声をあげる。
「ぼ、僕には出来ません。
もう、そのような欲望がないんです。
ごめんなさい。お姉様。お許しを……」
弟メルクは女性となり、元飼犬であった執事に傅かれた生活を送るだけではなく、女性体験も得ており、すっかり女性化していた。
今まで、男性だったときは、お母様からの重圧が辛かった。
「貴方は、貴族筆頭のサットヴァ公爵家の跡取りなんだからーー」
と期待をかけられるのが嫌だった。
でも、今なら、わかる。
僕が跡を継いではいけない。
いや、継げない。
継ぐ資格ーー能力がないのだ、と。
サットヴァ公爵家の正統な跡取りは、悪魔と交渉ができるお姉様、チチェローネ様だ。
僕はお姉様にお仕えする、無能だけど可愛い妹であるのが、ちょうど良いんだ。
だから、男に戻るつもりはない。
もう、リリアーナを襲うつもりはないーー。
そうした想いを、メルク嬢は、か細い声で表明する。
すると、チチェローネお姉様が、優しく頭を撫でてくださった。
「許します。可愛い妹よ。
ただし、獣になって、リリアーナを犯してからね」
「え!?」
メルク嬢は目を丸くする。
その途端、身体が三倍にも四倍にも膨れ上がった。
身にまとっていた可愛いドレスは引き裂かれ、筋肉質の、野獣のごとき裸の肉体が露わとなった。
もはやメルク・サットヴァ公爵子息は、お貴族様のお坊ちゃんでもお嬢ちゃんでもなかった。一匹の野獣の雄であった。
がああああ!
雄叫びとともに、本能が命じるまま、リリアーナに襲いかかる。
「いやあああ!」
リリアーナは金切り声をあげる。
が、逃げようとして背中を見せた、その一瞬の隙にのしかかられ、身体を裏返さされ、何度も頬を殴打された。
力ずくで組み敷かれたのだ。
リリアーナは泣き喚くが、突然の出来事で、誰もが身動きできなかった。
それでも、周囲で取り囲む人々は、さすがに鼻白んだ。
「これは、さすがにマズイのでは……」
「このような辱めは、懲罰とはいえぬ」
「公爵子息のメルク殿にとっても、良くはない」
貴族たちが動揺する中、ついに甲高い叫び声とともに、母親であるサットヴァ公爵夫人が駆け寄って、息子を羽交締めにした。
「やめなさい、メルク!
貴方は公爵家の跡取りーー紳士なのよ!」
獣のごとき息子の身体を、背後から押さえつける。
普段では考えられない、強い力ーーまさに母の愛が感じられた。
でも、大悪魔の呪いを受けたメルクは、人間の意識が乏しかった。
母を母とも認めず、ガアアアと喚くばかり。
そして、リリアーナは、露わとなった胸と、血が滴る下半身を両手で隠しながら、立ち上がる。
「ーー許せない。
アンタたちNPCごときに、どうして私がーー人間様が、こんな酷い目に遭わせられなきゃなんないわけ? マジ、あり得ねーし!」
リリアーナは目を真っ赤に輝かす。
「みんな、死んじゃえ!」
そう叫ぶと、リリアーナの身体が真っ白に輝き始めた。
そして、そのまま白い輝きが周囲へと広がっていく。
突然の、意味不明の現象に、人々は騒ぎ始めた。
「ああ!? なんだ、これは!」
「すべてが白くーー!?」
国王夫妻や宰相、アレティーノやラオコーンも、不測の事態に身体を硬直させる。
聖騎士団も魔導騎士団も、慌てふためくばかり。
貴族のみなも、逃げ出すこともできない。
白い闇によって、全員、このまま溶けていくかに思われた。
が、その白い景色に、青い光が輝いた。
チチェローネの胸元から浮かび上がった青い羽だった。
その青い輝きを受ける形で、人型の青い光がボウッと浮かび上がる。
チチェローネは目を凝らす。
「あれは……?」
脳内で大悪魔の声が響く。
「余が仕掛けた隠し玉よ」
リリアーナの間近で、お義母様によって羽交締めにされたメルクの身体が、青く輝いていたのだ。
(あの青い光ーー見たことがある。
そうだ。教師フランの身を焦がした、あの青い炎!?)
チチェローネの内心の声に、大悪魔が満足げに応じた。
「そうだ。あの炎よりも遥かに高熱だ。
人間の存在など、軽く消し去るほどに」
キャアアアア!
叫び声を上げたのは、メルクではない。
羽交締めにしていた母親、サットヴァ公爵夫人だった。
「ああ、妻よ。大丈夫か!?」
夫のサットヴァ公爵が、猛然と駆け寄る。
が、その彼も一緒になって、一瞬で炎が巻き込んでいく。
両親の身を焦がしつつ、野獣と化したメルクが、そのまま白く輝くリリアーナの許へとゆっくりと近づいていく。
リリアーナは微動だにしないで、悲鳴をあげる。
どうやら、白く輝き出したら、身動きが取れなくなるようだった。
「きゃああああ!
や、やめて! 近寄らないでよ!
このまま、ゲームをリセットさせて!
強制リセット中にリリアーナが死んじゃうと、ワタシの意識が元の世界に戻れなくなる!
卑怯よ。リセット中に、攻撃を仕掛けるなんて。
マジでワタシを殺す気なの!?
いやあ! やめて!」
青く燃えるメルクの身体が、がっしりとリリアーナを抱きかかえた。
甲高い声が響き渡る。
「いやあああ! 助けて!
この世界で死んじゃう。死にたくない!
ゲームの方をリセットさせてよぉ!」
ボウッと青い炎がリリアーナの身体に移って、瞬く間に燃え広がっていく。
その姿を見て、チチェローネは扇子を広げて高らかに笑った。
「良い気味だわ。
私の幸せを踏みつけにするから、こんな目に遭うのよ。
自業自得だわ!」
リリアーナは全身を青く燃やしながら、涙目になり、土下座する。
「許して。ごめんなさい。
貴女を軽んじてた。
心底、謝るから、この炎を消してください。
お願いだから、リリアーナを殺さないで。
ログアウトできない状態で、リリアーナを殺しちゃうと、中にあるワタシの意識が、この世界から出られなくなる……!」
「嫌だね!
俺はNPCじゃねーし。対戦相手だかんね。
俺の主導でゲームをリセットして、新たなステージに行くんだ!」
声を発したのは、チチェローネの身体を借りた大悪魔だった。
「ーーほんと、不利な戦いだったが、アンタ、遊び過ぎだよ。
おかげで、チチェローネ嬢の復讐を果たすことが出来た。
彼女の爽快感が、心地良く伝わってくるよ」
「うう……。だからって、強制リセット中に、キャラを殺すだなんて。
運営も禁止事項にしてたのに……。
ああ、意識が遠のく……もうリセットもできないし、ログアウトもできない……。
怖い……どうなっちゃうの、ワタシ……。
こんなゲーム、しなければよかったーー」
呻き声を最後に、リリアーナは意識を失った。
そして、人体の形も残さず、燃え滓となっていった。
リリアーナの消失に伴って白い輝きが消え去っていき、謁見の間に集う人々が、自らの姿を取り戻していく。
「ああ、助かったーーのか?」
バッファ辺境伯がつぶやく。
宰相ガッブルリや大司教バパが、身を起こす。
彼らをはじめとした大勢の貴族たちが、今まで倒れていたのだ。
玉座に座していたランブルト国王も、顎髭を撫で付ける。
貴族の紳士淑女や騎士など、大勢の人々に取り囲まれる中で、オネストは血塗れで息絶え、リリアーナは燃え滓となって消え去った。
サットヴァ公爵夫妻と子息メルクも焼死体となった。
だが、世界が終わるかのごとき、奇怪な現象が終息したのだ。
みなの中心には、華麗なドレスを身にまとうチチェローネ公爵令嬢が、扇子を手に仁王立ちしていた。
誰もが思った。
何が起こったかわからないが、チチェローネ嬢が、オネスト殿下とリリアーナ嬢を討ち果たしたのだ、と。
わあああ!
歓声を上げ、人々がチチェローネを取り囲む。
アレティーノ王太子とラオコーン皇太子は、二人して双方から駆け寄せ、チチェローネを抱き締める。
「素敵だよ、チチェローネ嬢!
見事に宿敵を倒したんだ。
我が妻にこそ、相応しい!」
「いや、我が妻にこそ!」
二人の貴公子がチチェローネを奪い合い、両腕を引っ張る。
そのさまをガッブルリ宰相も、国王夫妻も、大司教も微笑みを浮かべて眺めていた。
しかし、これで大団円というわけにはいかなかった。
これから、伝説の〈漆黒の大悪魔〉が顕現するのである。
満足げな表情をみせながらも、チチェローネの内面では重大な変化が起こっていた。
大悪魔が語りかける。
「召喚主チチェローネ・サットヴァよ。
余は契約を果たしたぞ。
覚悟は良いな!?」
チチェローネは、満面の笑みを浮かべて、うなずいた。
「ええ。お好きにどうぞ。
もう、どうでも良いわ、こんな世界。
なんだか作り物みたいなんですもの……」
チチェローネの美しい身体が変容し始める。
頭に巨大な二本の角、そして背中から、六本の翼が広がっていく。
アレティーノ王太子とラオコーン皇太子は、思わず彼女から距離を取って、両目を見開く。
宰相や国王夫妻、その他の人々までが本能的に恐れをなして、全身の毛を逆立たせた。
悪魔へと変貌しつつあるチチェローネは、ラオコーン皇太子に向け、目を輝かす。
大悪魔が直接、皇太子に向けて語りかけた。
「貴様ーーラオコーンとか申したか。
怪しげな水晶に導かれて、この地にやって来た痴れ者よ。
大義であった。
貴様が興味本位でこの国に転移してくれたおかげで、召喚主が望む舞台を生み出すことができた。礼を言うぞ」
「お、おまえは誰だ? まさかーー噂の大悪魔か?
ーーはっ!?」
水晶を懐から取り出す。
映像は何も映らず、ただ暗闇に覆われていた。
「馬鹿な。
余とチチェローネ嬢とが、冠を戴いて共に立っていた姿がーー。
まさか、あれは貴様が生み出した?」
ニヤリと、チチェローネが大きな口を綻ばせる。
次いで、輝く瞳を、反対側にいるアレティーノに向ける。
「おお、アレティーノとやら。
貴様にも世話になった。
召喚主の心は貴様にすっかりなびいておったぞ。妬けるほどにな。
実際、貴様の心は清浄であった。
もし、聖女との戦闘が長引くことになれば、召喚主の身体を捨てて、貴様の心身に宿ることも考えたがーー幸い、不要になった」
「あ、あなたは大悪魔ですね!?
チチェローネ嬢は今、何処に……?」
「心配要らぬ。我が心の内に安らっておるよ。
彼女が復活するのは、七日七晩が過ぎた後ーー新たな暁光が差し込む頃だ。
貴様らがその光を浴びることになるかどうかは、彼女の心次第だ」
チチェローネの身体から、大悪魔が復活したのだ。
美貌の顔が大きく喜悦に歪み、口が大きく裂けて、何本もの牙が剥き出しとなった。
「余は勝利した。
契約に従い、滅びるが良い!」
突如として、ランブルト王国は闇に包まれた。
そして、漆黒の闇に覆われたのは、ランブルト王国だけではなかった。
ギララ魔導国も、神聖皇国レフルトもーーこの世界すべてが闇に沈んだ。
そのまま光を取り戻すことはないーーそう思わせるほどの暗闇が、七日七晩続いたのである。
それから、八日目の朝ーー。
暗闇の中で、青い光が灯る。
チチェローネが胸に挿していた、あの青い羽が輝いたのだ。
その途端、闇の世界に、一筋の光が差し込んだ。
新たな世界が突如として開けたのであったーー。
次回で最終回です。
今までお付き合いしてくださって、ありがとうございます。
この連載を気に入っていただけましたなら、ぜひ、ブクマや、いいね!、☆☆☆☆☆の評価をお願いいたします。
ほんとうに、創作活動の励みになりますので。