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22/25

◆22 〈逆断罪イベント〉、ついに始まる!

 今までより倍以上の、二百余名の貴族たちが突然、王宮の謁見の間に姿を現わした。

 ついさっきまで、学園の舞踏会会場にいた面々だ。


 その中でも、虎皮の異装をまとった巨漢が胸を張った。


「余が持ってきた魔道具が役に立ったな」


 ギララ魔導国皇太子ラオコーンが、秘蔵する転移魔法装置を本国から持ち込んできていたのだ。

 この転移装置を使ったがゆえに、皇太子ラオコーンは、ランブルト王国にいきなり登場することができた。

 そのうえ、今は大勢のギャラリーを巻き込んで、学園舞踏会場から王宮謁見の間へと一足飛びに移ることができたのだ。


 聖騎士団が無言のうちに剣を構える。

 それを見て、ラオコーン皇太子を取り囲むギララ魔導国の騎士団が、魔導武器を振りかざし、牽制する。


 王宮の間は、一瞬のうちに、一触即発の緊迫した空気に包まれた。

 誰も迂闊に声を出せない。

 そうした緊張した雰囲気にあって、最初に声をあげたのは、ランブルト新王を名乗るオネストであった。


 彼は、突然、登場した大集団の中心にチチェローネがいるのを見て取ると、自らの胸元にリリアーナを抱き寄せて叫んだ。


「俺ーーいや、余は、すでにランブルト国王となった。

 王として宣言する。

 死刑囚チチェローネには、この式典の参加資格はない!」


 チチェローネが扇子を広げて抗弁しようとする。

 が、それよりも先に、低い成人男性の声が響き渡った。


「そのようなことは、ございません!」


 宰相ガッブルリが、片眼鏡を輝かせて声を上げる。


「国王陛下の命により、オネスト殿下の王権代理は解任されている。

 従って、オネスト殿下、貴方こそ、この『王権代理就任パーティー』を主催する権限はありませんよ」


 宰相が王命書をみなに向けて広げる。

 しっかり、国王の裁可としての印が押されてあった。

 オネストは玉座から立ち上がった。


「馬鹿な。玉璽は俺が持っている。偽物だ!」


 オネストに呼ばれて、内務省の職員が王命書を確かめる。


「いえ。これは本物の印です」


 じつは、玉璽をオネストが奪う前に、王権代理から解任しようと、宰相が内務省長官と結託して、書類手続きを済ませていたのだ。


 それを察して、オネストは宰相を指さして雄叫びをあげた。


「その命令書は偽物だ!

 じつを言うと、まだ父上は昏睡状態なのだ。

 ガッブルリ! 貴様が勝手に玉璽を使ったのだろうが!」


 ざわざわーー。


 謁見の間に、騒ぎが広がっていく。

 多くの貴族にとって、いまだ国王夫妻が眠りに落ちていること自体が初耳だったのだ。


「やはり、国王陛下はお倒れに……」


「王妃様もか」


 それぞれに手近の者同士で語り合う貴族たちの様子を目にして、宰相ガッブルリはニヤリと笑う。

 改めて、顎髭を撫で付けつつ、断言した。


「ーーでしたら、殿下が戴冠なさるのも不可能ですな。

 レフルト教会には悪いが、教皇様も要らぬ気遣いをなされたようで。

 聖騎士団まで繰り出して、オネスト殿下に戴冠の許可を下されたご様子ですが、そもそも王位をお譲りすることなど、ランブルト国王はお認めになっておりません。

 国王陛下は、たった今、オネスト殿下もお認めになったように、いまだお目覚めになっておりません。

 従って、オネスト殿下が持ち出した巻物は偽造されたもので、まったく効力はございません」


「ぐっ……!?」


 オネストは声を詰まらせる。

 聖騎士団長ベーオウルフが脅すように剣先を向けるが、宰相ガッブルリは微動だにせず、片眼鏡を光らせた。


「レフルト教会は、ちと内政干渉が過ぎやしませんか?」


 チラッと司教べぺの血塗れ首に目を遣り、首を振る。

 そして、聖騎士団長ベーオウルフを睨みつける。


「いかな教皇庁の指示とはいえ、一方的に我が国に駐在する聖職者を殺害するのはいかがなものか。

 数日前の、レフルト教修道院での聖職者の虐殺は、貴方がた、聖騎士団によるものだったのですね。

 他にも、近日中に殺害されたレフルト教聖職者の死者数は、確認されただけでも七十八名に及びます。

 これを、独立国家ランブルト王国の宰相として、告発させていただきます。

 聖騎士団長ベーオウルフとその一党、おとなしく縛に付きなさい!」


 宰相の一喝とともに、ランブルト王国の騎士団長ベルールと、その子息ロレンツォが前に出る。

 背後には衛兵として駆り出された騎士団員五十余名と、騎士爵位の子息子女六十名ほども身構える。

 みな、剣の柄に手を遣っていた。


 魔導国騎士団が五十名、ランブルト王国騎士団関係者が百十余名。

 対する聖騎士団は二十名ほど。

 残忍で精強なことで名高い聖騎士団だったが、さすがに多勢に無勢。


 ベーオウルフ聖騎士団長は頬に汗を垂らす。


「我が聖騎士団はここにいる者だけではないぞ。

 この王宮を外から囲んでいる」


「知っていますよ」


 宰相が背筋を伸ばす。


「ーーですが、私が合図を出せば、我が屋敷から指令が届き、万に及ぶ王国軍将兵がさらに外、王城全体を取り囲みますよ」


 宰相ガッブルリは、オネスト王太子とリリアーナに対して、チラッと目を遣って凄む。


「王冠を戴けば王になれるとお思いか?

 幼い、と申しますかーーまるで平民の、無教養な小娘の発想ですな。

 行政も軍権も、すべて私ーーいや、宰相を介して、こちらのチチェローネ様がすでに掌握されておられるのですよ」


 バサッと扇子を広げ、チチェローネ・サットヴァ公爵令嬢が、前に進み出でた。


 さあ、逆断罪イベントの開催だ。


 これでギャラリーは揃った。

 カスティリオーネ辺境伯令嬢と、ハイデンライヒ宰相子息の働きかけによって、かつての断罪イベントの出席者であった学園卒業生がすべて出揃っていた。

 さらに、当時はいなかった、権力を有する大人が多数、顔を揃えていた。

 バッファ辺境伯をはじめとした高位貴族とその奥様方が八十余名。

 宰相に誘われた国家の大臣、政務官や文官、騎士団員が百名近く。

 さらには魔導国皇太子ラオコーンと魔導国騎士団五十名、教皇庁聖騎士団二十余名。

 国王夫妻とサットヴァ公爵夫妻を除いた、ほとんどすべてのランブルト王国を代表する者たちが、ここ、王宮謁見の間に一堂に会していた。


 チチェローネは、オネスト王太子とリリアーナを、キッと睨みつける。


「この場におられるみなさまがた。

 ようこそ、私、チチェローネが開く〈逆断罪イベント〉へ!

 私はここ数日、思いもしなかった冤罪を受け、苦しみを味わいました。

 ですが、今では多数の方々の協力も得て、この場を設けることができました。

 感謝しております。

 まさに人の価値を決めるのは、学業成績でも、地位でも、名誉でもありません。

 真実を受け止め、まっすぐに自分の心を見詰め直すこと。

 それが人にとって必要なことなのです。

 自分の欲望や嫉み、妬みに従い、人の訴えに耳を傾けず、偏愛をすることは、もってのほか。断じて、上に立つ者のすることではありません!」


 チチェローネは朗々とした声で、謁見の間すべてに広がるように話をする。

 パチンと扇子を閉じ、胸を張った。


「オネスト王太子殿下!

 私、チチェローネ・サットヴァ公爵令嬢は、貴方を告発します。

 これ以上、貴方の不正に目を(つむ)るわけにはまいりません!」


 オネストは、リリアーナをぎゅっと胸元に抱き締めた。


「なんだと!?

 悪魔と契約を結んだのは、チチェローネ、貴様だろうに!」


 余裕ありげに大声で抗弁しながらも、オネスト王太子は内心、盛大に舌打ちしていた。


(なんだよ、こいつら。

 学園で、『魔導国の皇太子を迎える歓迎パーティー』を開いていたのではなかったのかよ!?)


 こいつらがやって来る前は、聖騎士団の登場によって戴冠できた。

 現に、今も、血には塗れているが、王冠を頭上に戴いている。

 このまま、愛するリリアーナとの結婚も、押し切れるところだった。


 それなのにーー。


 いつの間にか、死刑囚で脱獄犯のチチェローネが、国内随一の権力者である宰相ガッブルリを取り込み、王国騎士団を従えていた。

 それに、強大な魔道具を有するギララ魔導国の皇太子や魔導騎士団までをも引き入れて、俺を断罪し返そうとしているーー。


 考えてみれば、最近は、おかしなことだらけだった。

 今までは、リリアーナが言うように事を進めていたら、全てがうまく回っていた。

 チチェローネの身内ともいえるサットヴァ公爵家の執事や侍女も取り込み、さらには実弟すらも仲間に引き入れ、彼女を告発させた。

 彼女の友人である令嬢方も味方に付け、教師や修道女までもがチチェローネを断罪した。

 まさにトントン拍子に事を進めて、婚約破棄を宣言して、チチェローネを監獄に放り込み、死刑判決にまで持ち込むことができた。


 俺はリリアーナから、いつも聞かされていた。


「このままだとチチェローネ様が、ランブルト王国を潰すどころか、世界を滅ぼすわ」と。


 だから、俺は幼馴染でもあるチチェローネを断罪したのだ。

 ところが、彼女は不死鳥の如く復活し、今や俺を追い落とそうとしている。

 つい数時間前までは、俺が無事に王になれたと思っていたのに……。


 オネストは、全身を震わせながら叫んだ。


「悪事とは何か?

 俺は王太子として、王権代理として、やるべきことをやっていた。

 チチェローネ! 貴様のように、悪魔に魂を売ってはおらぬ!」


 チチェローネは扇子を閉じ、リリアーナに向けて突き出した。


「殿下! 貴方が胸元に置いている女は何者かしら?

 彼女こそ、真の犯罪者ですよ。

 ご存じかしら?

 彼女が聖騎士団を国内に呼び込んで、聖職者を七十名以上も殺し、他にも不穏な動きをしてきたのよ。

 レフルト教が国教だからといって、何をしても許されることにはなりません。

 貴方はその女の口車に乗ることによって、このランブルト王国の主権を踏みにじっているのですよ。

 それのどこが王権代理といえるのですか!?」


「うるさい、うるさい!

 死刑囚のおまえの罪は、誰もが認めたところだ。

 今までされた告発を聞いていただろう!?

 お前だけだ。無視するのは!」


「だから、それらはすべて濡れ衣だというのです。

 あれらの告発はすべて偽りだったと言うために、ここに大勢の者たちが(つど)っているのです。

 さぁ、みなさま、勇気を奮って宣言して下さい!」


 以前、断罪イベントで攻撃した連中も、弱みを握られている。

 今度は、自分たちの生命を守るために公爵令嬢と協力して、王太子の新王即位を何とか押し留めようとしていた。


「ワタシは、チチェローネ様が無罪であったと証言します!」


 侍女ドルチェが、痩せこけた身体を前に出す。


「お、お嬢様が毒を盛ったというのは嘘でした……。

 濡れ衣を着せました。

 本当は、毒を盛ったのはワタシです!

 それに、ここには来ていませんが、執事のヴァサーリさんがかつて行なった、チチェローネ様に対する数々の『告発』ーー生徒会のお金を着服したとか、試験でカンニングしていたとかいったことーーも、すべて嘘です。

 彼は『チチェローネお嬢様を嵌めてやるから、おまえも加担しろ』と私に命じたのです」


 ドルチェは、今でもリンゴ以外、食べられない。

 生きるために必死で、毒殺未遂の容疑で捕まろうと、チチェローネ様から許しをいただいて獄中食を食べられるようにしてもらうだけで幸せだ、と思うほどになっていた。


 次いで、宰相の息子ハイデンライヒが進み出て告白する。


「僕は生徒会副会長でありながら、チチェローネ公爵令嬢に濡れ衣を着せました。

 彼女が差別主義者で、学園から平民を追い出そうとしている、身分によるクラス分けを提案してきたなどと、真っ赤な嘘をつきました。

 ごめんなさい!」


 ハイデンライヒは精一杯、頭を下げる。

 彼は今でも後輩生徒会役員の言いなりの奴隷であったが、それでも後悔する思いは本心だった。


 次いで、騎士団長の息子ロレンツォが背筋を伸ばす。

 彼の内面にある人格は、犯罪者の息子ハンスのままであり、すっかりチチェローネに心酔していた。

 ロレンツォの魂は、今現在、ハンスの身体に宿り、監獄塔に収監されている。

 これからする「告発」によって、彼が改めて処刑されることになろうが、ハンスの魂を宿したロレンツォは構いはしなかった。


「かつて私は、リリアーナ嬢への暴行犯として、犯罪者の息子ハンスを突き出しました。

 ハンスは、

『チチェローネ様の命を受けて、リリアーナを襲った』

 と証言しておりました。

 が、それは真っ赤な嘘であったことを、私が自白させました。

 ハンスなる男に暴行を命令したのは、チチェローネ様でも、その弟のメルク様でもなく、被害者を装っていたリリアーナ嬢本人だったのです。

 つまり、リリアーナ嬢が、

『チチェローネ様の命令を受けた男によって、暴行を受けた』

 とでっちあげ、自身が被害者を装うために行なった自作自演だったのです!」


 ざわざわと、喧騒が広がる。

 かつての〈断罪イベント〉に立ち会った卒業生たちは驚いていた。


「全部、嘘だった!?」


「しかも、リリアーナ嬢が(そそのか)したって……」


「あんな可憐な娘に、そんなことが出来るのか?」


「まさか、王太子殿下が、チチェローネ嬢を婚約破棄したいから、口実となる事件をでっちあげたのか?」


「ここには来てないようだが、実弟のメルク公爵子息までもが、告発に加担しておいて?」


「おかしくないだろ?

 チチェローネ嬢に仕えていた侍女までが、自らの犯行を白状したんだ。

 執事も嘘をついていた、と」


「チチェローネ嬢の実家であるサットヴァ公爵家が、丸ごと裏切った?」


 卒業生たちがざわめき合う。

 その喧騒の中、大人の貴族たちは勝手に合点していた。

 自分の家の醜態を晒すことになるから、サットヴァ公爵夫妻は、この場に顔を出していないのだろう、と。


 驚いたのはギャラリーだけではなかった。

 チチェローネに濡れ衣を着せた張本人とされる、オネストもだ。

 彼にとっては初耳となる「暴露」ばかりであった。


「な、なんだと!?

 それでは、やはりーー母上がおっしゃっていたように、虚偽の証言でチチェローネを罪に陥れていたーーと!?」


 実際には、彼らの「告白」は、大悪魔の能力を宿したチチェローネに脅された結果の嘘も混じっている。

 とはいえ、「告発者」たちの妬みによる虚偽によって、チチェローネが不当に罪を着せられた事実に変わりはない。


 オネストは身を震わせる。


(だとしたら、ほんとうに大悪魔が召喚されたというのか!?

 世界を七日七晩、闇に閉ざしたというーー)


 胸元にいるリリアーナが、オネストに強くしがみつく。

 そして、彼の耳元でささやいた。


「殿下。もはや後には退けませんよ。

 相手は大悪魔と契約した女なのです。

 だからこそ、倒さねばならないのです。

 ランブルト国王として!」


「リリアーナ……君はーー?」


 ようやく、オネストはリリアーナに対して、疑念が生じてきた。

 これでは、リリアーナが意図してチチェローネを追い込み、大悪魔を召喚させたことになるのではないか?


 わからないことだらけだった。

 リリアーナはいつの間にか、教皇庁から聖騎士団を呼び込んできた。

 国内のレフルト教会を介することなく、頭越しで。

 どうして、こんなことができる?

 平民出身で?

 いや、現在の子爵令嬢という身分でも、出来る芸当ではない。


「リリアーナ……何者なんだ、君は?」


 オネストは、リリアーナの肩を掴み、問いかける。

 だが、リリアーナが何かを口にする前に、新たな断罪の声があがった。


 今度は、カスティリオーネ辺境伯令嬢が、前に進み出ていた。

 彼女の後ろには仲間たちーーパレット侯爵令嬢、ドルビー伯爵令嬢、ミラン子爵令嬢、ダイモス男爵令嬢らが勢揃いしている。

 カスティリオーネは、黒い扇子を広げた。


「みなさまの勇気ある告白に感謝いたします。

 私はチチェローネ様が無実であることを、確信いたしました。

 そして、私たちも以前、虚偽の告発をしたことを、反省とともに告白いたします。

 一連のいじめは、じつはリリアーナさんが自ら自作自演をなさったことです。

 私たちは、『チチェローネのせいにして欲しい』とリリアーナ嬢から頼まれてしまったのですーー」


 さすがに、この「告白」には異が唱えられた。

 リリアーナが瞳に涙を滲ませながら、オネストに抱きついて訴えた。


「私、そんなこと、言ってませんし、やってません! ほんとうです」


 オネストは、リリアーナの涙を指で拭う。


「心配するな。君がそんなこと、するはずがない。

 おおかた、チチェローネがカスティリオーネ辺境伯令嬢たちを脅して、そう言うよう強いたのであろうよ」


「殿下……」


 オネストとリリアーナが、公衆の面前でイチャつく。

 つい先程、オネストに芽生えかけた疑念が、女の涙で、一瞬で吹き飛ばされたようだ。


 それを見て、カスティリオーネ辺境伯令嬢は、ふぅと息を吐き、決心した。

 真実を話そうと。

 それが、オネストにとって、一番良いことだ、と。


「仕方ありません。正直に言いますわ。

 リリアーナに連日、嫌がらせをしたのは私たち。

 チチェローネ様ではございません」


 オネストは目を丸くして、カスティリオーネたち令嬢方を見据えた。


「なに!?

 教科書をゴミ箱に捨て、試験前に筆記用具をトイレに捨て、友達を誘って、みんなで面白がって、リリアーナのドレスを切り裂いたーーそんなことを、貴女方が?

 は、恥を知れ!

 いや、どうせ、チチェローネに脅されて、そう言うように……」


「違いますわ。

 私たち、貴族令嬢はみな、許せなかったのです。

 そのリリアーナが!」


 オネストの胸元にしなだれかかるリリアーナを睨みつけ、彼女の常軌を逸した振る舞いについて、細々とした事例を並べ立てた。


 作法はなってない、王国の成り立ちも知らない。

 殿下に対する敬意に欠けた、タメ口を利く。

 殿下のみならず、ほかの男性とも浮き名を流す。

 リリアーナはオネスト王太子に一途ではなく、男性すべてを拒まず、廊下を共に歩く男性をコロコロと変えて、恥じるところがなかった。

 貴族の婦女子に必須の扇子も手にしていない。

 女同士の付き合いをおざなりにし、いつも男性に取り囲まれていた。

 クラスの男子どもはすべて言いなりで、何人もの男どもを引き連れて、平気で手を繋いで街中を歩き、ベタベタくっつく。

 男性だけの歓談の輪の中心に居座るーー。

 婚約者からの注目を失い、何人の令嬢方を泣かせたことかーー。


 カスティリオーネの演説が中途の段階で、野太い声がこだました。


「それは本当のことなのか!?」


 堪忍袋の緒を切らせて、大声をあげたのは、バレット侯爵だった。


「そのような振る舞いーーまるで街中の淫売婦のようではないか!」


 他の大人の貴族たちも騒ぎ始めた。


「うちの息子までが!? どうなんだ!」


 タバル子爵が怒鳴ると、その子息がゴニョゴニョと言い訳する。


「だって、オネスト王太子殿下が、

『リリアーナ嬢の振る舞いこそ、分け隔てない接しようだ』

 と言うから……」


 他の卒業生たちも、ポツポツと語り始める。


「そうです。平等の精神に根差した聖女のありかただと」


「これが、民主平等、男女平等の接し方だと」


 バレット侯爵は再び激発した。


「平等!? 聖女!?

 様々な男の間を渡り歩くような女が、聖女だというのか?

 どうなのだ!」


 大人の貴族から叱責され、オネストは反論し、裏返った声をあげる。


「上に立つ者として、下々に慈愛を施すのが、どこが悪い!?」


 バレット侯爵は溜息混じりに答えた。


「それはあくまで施政者としての心構えであって、男女の付き合いを意味しない!」


 バレット侯爵は首を振り、聖騎士団長ベーオウルフを睨みつける。


「教会本部は、この淫売を後押ししているようだが、手を繋ぐ男を取っ替え引っ替えする雌犬のような女を聖女と崇めよ、との教えなのか。

 ならば、バレット家としては、棄教せざるを得ぬ!」


 侯爵の思い切った発言に、居並ぶ貴族たちも騒ぎ出す。

 大人の貴婦人たちも少なからず参加していたが、彼女たちが卑しむ目で、卒業生たちを見詰める。

 中には泣き始める母親もいた。


「我が息子が、そのような淫売に加担していたなんて。

 かくなるうえは、縁を切らせていただきます」


「私たちも恥ずかしい。

 淫売に(たぶら)かされた男たちの横暴に、娘たちが晒されていたなんて」


「チチェローネ様、失礼いたしました。

 私、息子から貴女のことを悪く言うのを耳にして、疑っておりましたが、まさか、王太子殿下がこのような恥知らずだとはつゆ思わず……」


「私も失礼した。

 このような淫売に誑かされ、我が息子がチチェローネ嬢に敵したとあれば、廃嫡とし、弟に跡を継がせる所存」


 父親の突然の決断に、貴族の子供は悲鳴をあげた。


「そ、そんな!

 僕は、みんながーー王太子殿下が言うことに従いーー」


「馬鹿者!

 たとえ国王陛下であろうと誤ちがあれば(ただ)すことことが、貴族の務めだ!」


 バート伯爵の叱責に、多くの貴族が触発された。


「そうだ。私の息子も、今ここで廃嫡とする!」


「チチェローネ嬢を断罪して得々とするとは、見苦しい。

 とても名誉あるミッドレイ子爵家を継がすわけにはいかん!」


「ち、父上。それはあまりにーー!」


 卒業生男子たちは、恥じ入って、うつむく。

 中には、泣き出す男子までが出てきた。

 自然、彼らの怒りの矛先はオネストに向かい始めた。


「どうしてくれるんだ、殿下!」


「なにが『チチェローネは悪女だ、いずれ国を滅ぼす』などと!

 滅ぼすのは、貴方と、その胸元に抱える女ではないか!」


「そうだ。僕も彼女と街中でデートした。

 それも、僕に跡目を継がせないためだったのか!」


「許せない。せっかく、今まで真面目に勉強してきたのに……」


「僕も、まさか母上を泣かすとは思わずーー」



 ここで、カスティリオーネ辺境伯令嬢が、改めて宣言した。


「私はオネスト殿下を断罪します!

 どうして、リリアーナめを偏愛なさるのですか。

 チチェローネ嬢を陥れた挙句、そのリリアーナを王妃にするなど、このランブルト王国の貴族のすべてが許しません!」


 オネストがリリアーナと婚約することを弾劾する文書を作成し、数多の令嬢方による同意書を掻き集めて、貴族たちの間にバラ撒いた人物こそが、カスティリオーネ辺境伯令嬢であることは、周知の事実であった。


 顔を真っ赤にしたオネストは、令嬢方から視線を逸らし、片眼鏡の男に指をさして怒鳴った。


「ガッブルリ宰相!

 貴様はチチェローネ嬢に加担して、このランブルト王国に内乱を起こそうとしているのか!?」


 まるっきりの八つ当たりだった。

 宰相閣下はわざとらしく嘆息する。


「いえいえ。

 チチェローネ嬢は筆頭公爵家のご令嬢として、勤めを果たそうとなさっておられるだけですよ。このランブルト王国を糺す、というね」


「嘘つけ。現に、外国勢力を呼び込んでいるではないか!」


 オネストの怒りの矛先は、今度は、魔導国皇太子ラオコーンに向けられた。

 だが、異装をまとう巨漢の男はニヤニヤと笑みを浮かべるのみ。


「そちらこそ、聖騎士団を呼び込んで、殺戮を繰り返しておいて……」


 怒りに声を震わせる宰相ガッブルリを、手で制する者が出てきた。

 ついに、第一王子アレティーノが登場してきたのだ。


「黙れ、オネスト!

 我が弟ながら、恥ずかしい。

 そのような心根で、良くも王冠を戴けたものだ」


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