◆21 運命の日ーー内乱の危機と、オネストの新王即位
そして運命の日、二つのパーティーの開催日ーー。
王都に参集した貴族たちの中には、いまだにどちらのパーティーに参加するものか、困惑したままな者も多かった。
『オネスト王太子の王権代理就任パーティー』は王宮の謁見の間にて開かれ、アレティーノ第一王子主催による『魔導国皇太子ラオコーン様の歓迎パーティー』は、王都の学園内舞踏会場にて開催される運びとなっていた。
通常なら、正当な王位継承権を持つオネスト王太子の誘いに応ずるべきと考える貴族たちは、もう一方のパーティーに深く関わる、死刑囚にして脱獄犯であるチチェローネ公爵令嬢について、あれこれと噂した。
もちろん、悪魔を召喚したという噂も込みである。
「悪魔の羽に触れると、気が触れるというぞ」
「しかも、魔導国皇太子ラオコーンまでが外から介入してきている」
「ランブルト王国貴族なら、当然、王太子の許へ!」
「でも、アレティーノ第一王子は、オネスト王太子の兄というぞ」
「そんな王子、私は初耳だぞ」
「私もだ。でも、宰相閣下が後ろ盾になっているしなぁ」
彼らがささやきあっている間にも、事態は進行していく。
彼らがいる貴族街の館や会食場から、学園や練兵場を見下ろすことができる。
練兵場周辺に住む騎士爵家の者たちが、騎士団長の指揮のもと、大挙して学園の警備に乗り出すさまが、悩む貴族たちの目に映った。
話題が別の方向に移っていく。
「どうして学園ばかりを警備するんだ?」
「見ろ。王城方面はガラガラじゃないか」
「これは内乱の兆しか?」
「戦闘になったとして、王城側に勝ち目はあるのか?」
王城周辺は閑散としている。
王城に隣接する宰相館には、騎士団が大勢、駐屯している。
だが、これは宰相側の軍勢で、いざ戦争となったら、真っ先に王城に攻め入る軍団と思われた。
貴族たちは、物騒な話に花を咲かせる。
「王城内部にも、宰相閣下の内応者がいるのではないか?」
「騎士だけではないぞ。
高位貴族の令嬢方を乗せる馬車も、次々と学園へと入っていく……」
結局、パーティー開催直前には、高位貴族の大半が学園の舞踏会場へと参集していった。
筆頭貴族のサットヴァ公爵家とバッファ辺境伯家の馬車が、並び進んで学園に入ったのが決定打となった。
ガラガラと車輪の音を鳴らし、貴族たちの馬車が学園に入っていく。
結果、来客のすべては舞踏会会場に入りきれず、何十人もの貴族たちが中庭で溢れるほどの盛況ぶりとなっていた。
ランブルト王国の主だった貴族の大半が、学園の舞踏会場に集結していた。
彼らはみな、王宮で開かれるオネスト王太子が主催する式典を無視して、アレティーノ第一王子が主催する『魔導国皇太子ラオコーン様の歓迎パーティー』への参加を決意した面々であった。
それはつまり、宰相ガッブルリ、そしてチチェローネ公爵令嬢に与して、王権代理たるオネスト王太子への叛意を表明したも同然であった。
実際、すぐにでも内戦が始まるんじゃないかと、私兵を率いてきた貴族も少なからずいたし、護衛と称して千名を超える王国騎士団が学園の中庭へと集まっていた。
そこへ、パーティー会場から溢れた貴族たちも加わって、騒然とした雰囲気に包まれていた。
一方、舞踏会場内でも、緊迫した空気が張り詰めていた。
パーティーの影の主役ともいえるチチェローネ公爵令嬢を真ん中にして、左右両極に二人の若い男性が立っていた。
ランブルト王国第一王子アレティーノ、そして魔導国皇太子ラオコーンである。
「ここはランブルト王国。外国人には退がっていてもらおう」
と、アレティーノ第一王子が言うと、魔導国皇太子ラオコーンは胸を反り返す。
「異なことを。今宵の宴は、俺様の歓迎会なのではないのか?」
二人の婚約者候補に挟まれて、チチェローネ公爵令嬢は溜息をついた。
「もう。こんなときに、喧嘩はやめて。
ここは私のために協力をーー」
チチェローネの言葉を遮るようにして、ラオコーンは直裁に訊いてきた。
「貴女は、どちらと結婚するおつもりか!?」
チチェローネは、バッファ辺境伯をはじめとした貴族たちを味方陣営に誘い込むときには、平気で二人の求婚者がいることを周知させた。
そのくせ、この二人の男が実際に、結婚する相手だと考えると、恥ずかしくなって仕方なかった。
「けっ、結婚!?
いえ、私はオネスト王太子に対して復讐したいだけでーー」
「復讐が成ったら?」
魔導国皇太子が上から見下ろすようにして問うと、チチェローネはキッと見返す。
「この国を滅ぼすつもりですが……それが何か?」
意外な返答に、彼女の後ろに控えていた宰相ガッブルリが「ご冗談を」と口を挟むと、外国の皇太子ラオコーンは豪快に笑った。
「はっははは。
たしかに、貴女を罪に陥れた国なぞ、滅びたところで、俺は一向に構わぬぞ。
我が魔導国に招待するまでだ」
すかさず、アレティーノ第一王子がチチェローネの前に出る。
「渡しませんよ。彼女、チチェローネ嬢は我がランブルト王国の至宝ですから」
「ふん。その至宝とやらを泥まみれにしたのは、おまえの弟ーーこの国の王太子と貴族の跡取りたちだ、ということを忘れるな」
皇太子ラオコーンが口の端を綻ばせながら、剣を抜く。
アレティーノもスラッと剣を抜く。
「おいおい、剣を振るえるのかよ。ずっと盲目だったんだろ?」
「お気遣い感謝する。ですが、甘くみてもらっては困ります」
目が見えなくとも、アレティーノは剣の鍛錬を欠かさなかった。
面倒なことは極力嫌ってきたラオコーンとは違った。
事実、ラオコーンは面白半分に大剣を振り回したが、剣技に則ったものではなかった。
だから、おふざけであっても、アレティーノが剣を突くと、すぐにラオコーンは身動きが取れなくなった。
だが、皇太子の戯れは終わらない。
「これで勝負あったと思うなよ。我が魔導国の勝負はこれからだ」
突如、ラオコーンの大剣が光る。
彼が手にしていたのは、光り輝き、炎を放つ魔導剣だった。
が、その魔導剣の動きをも、アレティーノは優雅に躱わす。
そして瞬時に、ラオコーンの手から、魔導剣が叩き落とされた。
「な!?」
巨躯の皇太子は痺れる手を押さえながら、アレティーノを睨みつける。
アレティーノは炎にも光にも目が眩まない。
なぜなら、彼は瞑目したまま剣を振るっていたからだ。
彼にしてみれば、目が見えるようになったのはごく最近のこと。
長らく盲目で剣の訓練をしていたので、瞑目した状態で戦う方が慣れていた。
だから、視力を奪う目的の炎や光の魔法攻撃を平気ですり抜けたのだ。
「パーティーの余興にしては、度が過ぎましたね」
アレティーノの会心の一撃がラオコーンの眼に突き刺さろうとした瞬間ーー両者の動きが突然、止められた。
チチェローネが桁違いの魔力で場を圧したのだ。
突然、身体が重くなって、ラオコーンもアレティーノも片膝立ちになる。
彼女は静かに怒っていた。
「喧嘩は後でしてちょうだい。今は我慢して。
私の復讐が優先なんだから!」
その場を見ていた宰相や貴族たちは、一瞬で悟った。
表向きはどうあれ、誰がこのパーティーの真の主催者であるかを。
チチェローネは、二人の婚約者候補を跪かせると、扇子を開いて宣言した。
「さあ、今こそ、〈逆断罪イベント〉を開催するわ。
私に着せられた濡れ衣を振り払い、真の悪人であるオネスト王太子とリリアーナを断罪してやるのよ!」
今、舞踏会場には、かつての〈チチェローネ公爵令嬢に対する断罪イベント〉に参加していたメンバーが勢揃いしていた。
犬になった執事ヴァサーリと、燃え滓となった女性教師フラン、そして石像となった修道女ローレを除いてではあるが、その他の人々はみな、集まっていた。
ここで、新たな証言をするためである。
痩せこけた侍女ドルチェ。
緑の髪をなびかせるカスティリオーネ・バッファ辺境伯令嬢。
そして彼女のお仲間である、パレット侯爵令嬢、ドルビー伯爵令嬢、ミラン子爵令嬢、ダイモス男爵令嬢。
さらには、宰相息子ハイデンライヒ・クルニーや、騎士団長子息 ロレンツォ・ベルールーー。
そうした連中が一堂に集まって、顔を連ねていた。
それだけではない。
さらに、今回の〈逆断罪イベント〉には、重責を担う、貴族家の当主である大人たちも参加している。
宰相ガッブルリ・クルニー男爵や、バッファ辺境伯、その他大勢の貴族家当主の大人たちだ。
加えて、オネスト王太子の兄、ランブルト王国第一王子アレティーノ、ギララ魔導国皇太子ラオコーンもいる。
そうしたパーティー参加者二百名余を前にして、チチェローネ・サットヴァ公爵令嬢は、胸を張った。
「これから、オネスト王太子、及び毒女リリアーナを弾劾します!」
そうして、被告不在のまま、断罪イベントが始まる……。
と思いきやーー。
いきなり周囲が青白く光ったかと思うと、大勢の者たちの視界が一変した。
学園舞踏会場に集まっていた二百名余の貴族たちは、一瞬で、別の場所に体を移していた。
そこはランブルト王国の王宮、謁見の間ーー。
驚く彼らの目の前に、血濡れた王冠を載せたオネスト王太子が玉座に座っていた。
チチェローネたちは、いっせいに王宮へと転移したのである。
◇◇◇
チチェローネたち、学園舞踏会場に参集した二百余名の貴族たちが、一瞬で王宮へと転移する、一時間前ーー。
王宮内の謁見の間で、『オネスト王太子の王権代理就任パーティー』が、行われようとしていた。
参加貴族は数十人、左右に爵位が高い順に居並んでいるが、普段よりまばらであった。
ほとんどの貴族が、『魔導国皇太子ラオコーン様の歓迎パーティー』に出席するために、学園に乗り込んでいたからだ。
だが、謁見の間にようやく登場してきたオネスト王太子は扉前に立つと、「少人数な方が都合良い」とうそぶき、傍らに呼び寄せたレフルト教会司教べぺに、一本の巻物を開くように命じた。
「ここに父王よりの命令書がある。
しっかり裁可の印も押されてある。読め!」
司教は、王冠を小脇に抱えた状態で、巻物を開き、読み上げる。
「余、ランブルト王は、長く病に伏せておるゆえ、これ以上、政務をこなすことは困難と思われる。
よって、王位をオネスト王太子に譲る……」
ざわざわーー。
居並ぶ貴族の面々が、互いに顔を見合わせて驚く。
〈王太子が王権代理に就任したお披露目会〉と聞かされて参加したはずなのに、話が大きくなっていた。
国王陛下が、オネスト王太子に王位を譲渡する宣言がなされたのだ。
待ち構えていたように、扉近くに並ぶ楽団がラッパを吹く。
赤い絨毯が敷かれ、扉からまっすぐ玉座へと延びていく。
その上をオネスト王太子が堂々と歩く。
玉座の手前で身を翻す。
そして、傍らに立つ司教に命じた。
「さあ、俺が王に即位するぞ。戴冠だ!」
ところが、司教べぺが王冠を小脇に抱えたまま動かない。
オネスト王太子への戴冠を拒否したのだ。
「教皇様の許可がございません」
「なに!?」
オネスト王太子が新王に即位するためには、戴冠する必要がある。
本来、新王に戴冠する役割は大司教であったが、今は昏倒している。
そして、代理役を担う司教べぺには、宰相ガッブルリがすでに言い含めていて、戴冠を拒否してくれる手筈になっていた。
「司教! 王権代理の命令が聞けぬのか!」
玉座から腰を浮かせて、オネスト王太子が叫ぶ。
が、司教は王冠を手にしたまま、黙って首を横に振り続ける。
さらに、居並ぶ貴族連中が進み出て進言した。
「殿下、王族の親類も揃わぬうえに、我ら貴族も少のうございます。
このような場でいきなり宣言なされましても」
「そうですぞ。
新王に即位するとなれば、まさに国事行為。
このような閑散とした場での戴冠式など、大国ランブルトに相応しくありません」
「そうだ、そうだ!」
「そこらの小国や蛮国じゃあるまいし」
実際、王太子が新王として即位するにしても、他国の承認も必要だ。
他国にいる親戚も多く、しかも外国ゆえに影響力を発揮し難い。
その人たちの承認があって、教皇の名のもとで宣言されなければ、大国の新王は即位できない。
「これだから、非常識なお方は……」
強引に連れ込まれていた政務官や文官たちは溜息をつく。
オネスト王太子が言葉に窮した。
が、そのときーー。
「いいえ!
殿下は堂々と王冠を戴けば良いのです。
誰にも邪魔はさせません!」
バタンと扉が開き、甲高い声がかかる。
真っ白なドレスを身にまとう、リリアーナ・ブリタニカ子爵令嬢が登場したのだ。
スカートの裾をたくし上げ、しずしずと赤い絨毯を踏み締めて、玉座に向かう。
左右に居並ぶ貴族たちは、憤慨する。
「なんだ。子爵の小娘風情が!」
「あれが、殿下を誑かした女か!」
「元は平民だというぞ」
居並ぶ貴族たちの間で、喧騒が広がる。
だが、彼らの視線は、即座に、彼女に後続する者どもに移った。
「誰だ? あの者どもは」
「王国騎士団か?」
「いや、白い甲冑に、青い鞘に納められた大剣ーーまさか……」
二十人ほどの鎧騎士たちが整序立って姿を現わし、最後の騎士が錦の旗を掲げる。
正三角形に太陽の印ーーレフルト教会教皇庁の旗であった。
「あ、あれは、教皇庁所属の聖騎士団!」
「どうして……遠方の神聖皇国から、わざわざやって来たのか?」
「教皇様しか命令権を持たない、特別な騎士団というぞ……」
喧騒渦巻く中、教皇庁の聖騎士団が乗り込んできたのだ。
司教べぺが慌てて跪く。
白い甲冑をまとった金髪男が、大剣を抜き放ち、大声を出す。
「我が名は聖騎士団長ベーオウルフ。
悪魔に魅入られし者よ。
我が聖剣ザイラントにより、神の浄化を受けよ!」
あっという間の出来事であった。
聖騎士団長が、いきなり司教べぺの首を斬り落としたのだ。
べぺは弁明する機会すら与えられなかった。
わああああ!
謁見の間は大騒ぎとなった。
その只中で、聖騎士団長が血濡れた大剣を掲げた。
「教皇様からのお言葉を伝える。
『オネスト・ランブルト王太子に、ランブルト王国の王冠を正式に授ける。以後、国軍を指揮し、対悪魔の聖戦の中核を担え』」
ざわざわとした喧騒の中、聖騎士団の団長は、やおら死人の首を掲げて演説を続行する。鮮血が滴る、司教べぺの首だ。
「ランブルト王国は、すでに悪魔によって毒されている。
よって、同国に所在する教会は、今後、レフルト教会を名乗ることを禁じ、この国にいた聖職者どももみな、悪魔に魅入られた異端者として根絶する。
すでに、この王宮も我が聖騎士団が取り囲んで制圧しておるがーーよもやこの場に、悪魔に与する者はおらんだろうな!?」
聖騎士団が、異教徒や異端者を討伐する権限を持つことは有名だ。
貴族たちはみな、沈黙する。
内心では激しく動揺しているが、怖くてどうしたら良いか、わからない。
王宮の謁見の間は、あっという間に、緊迫した空気に支配された。
その場で表情を和らげたのは独り、オネスト王太子のみであった。
「ああ、やっと来てくれたんだね。リリアーナ」
「ええ」
彼女は床に転がった王冠を拾い上げると、それをオネストの頭上に載せた。
司教べぺの鮮血で染められた王冠であった。
戴冠を見届けると、聖騎士団がいっせいに剣を正面に据えて掲げる。
ウラーウラーウラー!
続いて楽団がラッパを吹き鳴らす。
まるで戦場において勝ち鬨をあげたようなありさまになった。
雰囲気に呑まれて、貴族たちもパチパチと拍手する。
頭を下げた状態から身を起こし、改めてリリアーナを胸元にグイッと引き寄せる。
「ランブルト王となった、余はここに宣言する。
このリリアーナを王妃とし、共に国を治めんと!」
相変わらず楽団はラッパを吹き、聖騎士団も剣を掲げる。
だが、居並ぶ貴族たちは呆気に取られていた。
オネスト殿下が新王に即位するのは、まだ許せる。
だが、元平民のリリアーナが王妃になることには抵抗があった。
でも、聖騎士団が怖くて反対を口にできない。
依然として、異様な緊張が場を圧していたのである。
そこへ、いきなり大勢の人間が中空から姿を現わした。
「なんだ!?」
「いったい、なにが……!?」
ビックリした貴族たちは、扉がある背後の方を振り向く。
今までいた貴族より、四倍以上の貴族たちが突然、謁見の間に姿を現わしたのである。
彼らはチチェローネを中心にした、ついさっきまで、学園の舞踏会場にいた二百余名の貴族たちだった。
チチェローネは広げた扇子の陰で、舌を出して唇を舐めた。
「あら。ちょうど良いところに転移できたようね。神様、感謝!」
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