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19/25

◆19 令嬢友達と楽しいお茶会ーーそして、突然現われた〈未来の旦那様〉!?

 チチェローネ公爵令嬢が、美貌の王子アレティーノの視力を回復させた日の翌朝ーー。


 王都貴族街の中心地にある、カスティリオーネ辺境伯令嬢の邸宅では、何台もの馬車が連なって列を成していた。

 大勢の令嬢方が、朝からカスティリオーネが主催するお茶会にお呼ばれしていたのである。


 かつて卒業後の舞踏会において、チチェローネ公爵令嬢がオネスト王太子から婚約破棄を宣言され、断罪された。

 その際、カスティリオーネ辺境伯令嬢は、仲間たちーーパレット侯爵令嬢、ドルビー伯爵令嬢、ミラン子爵令嬢、ダイモス男爵令嬢らと一緒になって、チチェローネがリリアーナをいじめていたと「告発」した。


 リリアーナの教科書をゴミ箱に捨てた。

 試験前に、リリアーナの筆記用具をトイレに捨てた。

 舞踏会が開催される直前に、リリアーナのドレスを切り裂いたーー。


 だが、それれらの「告発」は、真っ赤な嘘であった。

 なぜなら、リリアーナにさまざまな嫌がらせを仕掛けてきたのは、カスティリオーネ辺境伯令嬢と、その取り巻き令嬢たちだったのだから。


 実際、カスティリオーネは、リリアーナが大嫌いだった。

 ベタベタと王太子殿下に擦り寄っているのが、気に食わなかった。

 じつはカスティリオーネ自身が、オネスト王太子に惚れていたから、平民女のリリアーナごときに、王太子を奪われることが我慢ならなかったのである。


 チチェローネ公爵令嬢は、自分よりも身分が上だからこそ、オネスト王太子と婚約しているのを当然視し、恋心を抑え込んできた。

 それなのに、リリアーナのふしだらな振る舞いを看過する、チチェローネの煮え切らない態度が、不愉快で仕方なかった。

 だから、自分たちが行なってきたいじめの首謀者をチチェローネ公爵令嬢に仕立て上げ、自分たちはオネスト王太子からの非難を逃れようとしていた。


 とはいえ、まさかチチェローネ公爵令嬢が断罪された挙句、監獄にまで入れられ、死刑判決まで受けるとは思いもしなかった。

 さらに、監獄から脱走して悪魔を召喚し、復讐の鬼と化するとは想像できなかった……。


 脱獄後、私の許に来訪してきた復讐鬼チチェローネは言った。


「カスティリオーネ様。

 貴女がリリアーナに対しての嫌がらせを扇動した真犯人であったこと、黙っておきましょう。

 ですから、せめて、お願いします。

 私の汚名を濯ぐお手伝いをしてください。

 リリアーナに対する嫌がらせは、私、チチェローネが扇動したのではない、

『一連のいじめは、じつはリリアーナさんが自ら自作自演をなさったことです。

 私たちは、チチェローネのせいにして欲しい、とリリアーナ嬢から頼まれてしまったのです』

 と証言なさい。

 そして、リリアーナについての弾劾文を書いてください。

 ーーああ、それだけじゃ駄目ね。

 あの男ーー王太子殿下にも責任を取ってもらわないと。

 あのような女に懸想したことを弾劾してやりましょう。

 オネスト王太子に対する弾劾文を作成し、賛同する署名を令嬢方から集めなさい。

 貴女が令嬢方に声をかければ、あっという間に署名が集まるはず」


 そして、チチェローネは、このように付言した。

 王太子を断罪したとしても、平民女のリリアーナが身を退く結果にしかならない。

 だから、国母たる王妃になるのは、貴女、カスティリオーネ様だ、とーー。


 カスティリオーネは、チチェローネから提案されたアイデアについて考えるたびに、顔がニヤけてしまうのを止められなかった。

 彼女が自分に王妃の座を勧めた理由は判然としない。

 自分のオネスト王太子に対する秘めた恋心を察したのか、それとも私がチチェローネに次ぐ高位貴族令嬢だからか。

 ーーとにかく、チチェローネ公爵令嬢は王太子による婚約破棄を受け入れ、代わりに私、カスティリオーネ辺境伯令嬢がオネスト王太子の婚約者になると良い、と勧めてくれたのだ。


 復讐鬼となったチチェローネ公爵令嬢は、扇子を手に微笑んでいた。


「オネスト王太子殿下をお譲りしましょう。

 貴女こそが王妃となるのです。

 そのために、未来の夫の女遊びを、少し懲らしめてやるだけですわ」


 まさか、そんな手があるとは! 

 カスティリオーネは目から鱗が落ちる思いだった。


 結果、カスティリオーネ辺境伯令嬢と、そのお仲間令嬢方は、以前の「告発」を撤回し、全面的にチチェローネ公爵令嬢に味方するよう決していた。

 今日のお茶会は、そのための決起集会でもあった。


 お茶会主催者のカスティリオーネがティーカップを傾ける大テーブルには、お仲間令嬢方ーーパレット侯爵令嬢、ドルビー伯爵令嬢、ミラン子爵令嬢、ダイモス男爵令嬢らが、みな席に着いていた。


 そこへ、いきなり革鎧をまとう侍従とともに、チチェローネ公爵令嬢が登場してきた。

 前回同様、辺境伯家の侍女を介さない、突然の来訪であった。

 それでも、今日のお茶会についてサットヴァ公爵家に報告していたから、ひょっとしたら、参加してくるのでは、とカスティリオーネは予想していた。

 だから、悠然と席を立ち、挨拶をして迎え入れた。


「あら。いらっしゃったのね。チチェローネ様。ようこそ」


 お仲間令嬢方も、みな席を立ち、頭を下げて謝る。

 広げていた扇子を閉じ、丁寧な物腰であった。


「以前の舞踏会では失礼いたしました」


「オネスト王太子殿下から、あまりに強く勧められたので……」


「とにかく、許せなかったの。貴女がリリアーナに甘いことが」


「それでも、これからは全面的に私たちはチチェローネ様にお味方させていただきますわ」


「そうね。

 あの平民女が、国母たる王妃になりおおせるなんて、納得できませんもの」


「ああ、どうしてオネスト殿下は目をお覚ましになられないのかしら」


「王太子殿下は、勝手に即位式を強行するつもりね。

『王権代理の就任お祝い』なんて名目ですけど、本心は見え透いてます。

 私の家にも招待状が来たわ」


 地方貴族まで集めて数を揃え、外国からも賓客が訪れようとしている。

 これほどの規模の式典で、すでに就任している王権代理の報告をするだけとは考えられなかった。

 式典の開催日時は、六日後の正午になっている。


 令嬢方を代表して、カスティリオーネが溜息をついた。


「それにしても、オネスト王太子殿下の性急さには驚かされました。

 チチェローネ様との婚約破棄は、未だ正式にはなされておりません。

 あの舞踏会での糾弾は、あくまで私たち、学園卒業生内での(いさか)いに過ぎませんから。

 おまけに、チチェローネ様に押し付けた死刑判決の是非についても、宰相閣下の命を受けながらも、公的機関では未だ精査されておりません。

 それなのに新王即位を強行しようとしているとは、意外でした」


 婚約破棄を了承する前に、国王陛下がお倒れになった。

 そこで新王に即位すれば、チチェローネがそのまま王妃になりかねない。


 チチェローネは扇子で口許を隠しつつ、今後の展開を予測する。

 

「でも、あくまで『婚約』であって、『婚姻』ではありませんからね。

 婚約破棄がなされないままに新王に即位しても、オネスト殿下は王になった途端、死刑判決を正式に認めて、私を処刑するつもりでしょう。

 ご存知ですか?

 宰相閣下いわく、玉璽がないことには、正式に婚約破棄はできないんだそうですのよ。

 王族ともなると、婚約でも、すっかり国事行為扱いなのよ。

 でも、今、玉璽を手にしているのはオネスト王太子なんだそうで。

 勝手に陛下の筆跡を真似て、婚約破棄を既成事実にするかもね。

 もっとも、私も婚約破棄は願ったり叶ったりですから、即位式の以前だろうが、以後だろうが、その手続きは即座になされるでしょうね。

 それが終わると、殿下は即座にリリアーナとの婚約を発表するでしょう。

 ひょっとしたら、一足飛びに婚姻の報告をするかもーー」


 チチェローネの予測に耳を澄ませていた令嬢方は、憤然と立ち上がった。


「許せない! あの平民女が王妃になるというの!?」


「いくら、王太子だからって、横暴でありませんこと!?」


「私、お父様にお願いして、反対を宣言させていただきますわ。

 同意してくださる貴族は多いはずです」


「今一度、以前、私どもが同意した弾劾文を、オネスト王太子に突きつけ、貴族の力でリリアーナを王妃にする動きを止めなければ!」


 お仲間令嬢方は、我が事のように顔を真っ赤にして、扇子でバンとテーブルを叩く。

 本気で、リリアーナが王妃になることが許せないようだ。

 よくもここまで嫌われたものだ、とチチェローネは笑ってしまう。

 居住まいを正して、お茶会主催者に目を向ける。


「あとはカスティリオーネ様の出番です」


 カスティリオーネ辺境伯令嬢は、カップを丁寧に置いた。


「ええ。わかっておりますわ。

 バッファ辺境伯(お父様)も、式典出席のために、王都に来訪しております。

 サットヴァ公爵閣下がお倒れの現在、貴族筆頭はお父様になりますからね。

 たとえオネスト王太子が新王に即位しようとしても、貴族を代表して、即位の条件として、リリアーナとの離縁を突きつける予定です」


 チチェローネは満足げにうなずく。


「なるほど。

 リリアーナを婚約者とするなら、新王への即位には応じない。

 代わりに、カスティリオーネ様との婚約をすれば、喜んで新王と認めましょう、と提案するのですね」


 窺うような目付きで、カスティリオーネはチチェローネに問いかける。


「……それでよろしいのですね? チチェローネ様」


 チチェローネは、パチンと扇子を閉じた。


「ええ。異存ないわ」



 このとき、チチェローネの脳内では、大悪魔の声が響いていた。


「良いのか?

 宰相ガッブルリは、其方をアレティーノとかいう第一王子に嫁がせて、王妃にしようと目論んでおるのに」


 チチェローネの意識は応じた。


「魔導国もね。

 でも、いくら宰相閣下でも、そうした目論見をいきなり提案しても、有力貴族たちは同意しないでしょうね。

 私は一度、死刑囚に成り果てた女。

 加えて、今まで存在すら秘されていた盲目の第一王子が、いきなり新王に即位するーーそんなことは、突拍子もなさすぎますから。

 宰相閣下も、時間がかかることぐらい、織り込み済みなはず。

 それとも、魔導国が動くと、事態が急展開する理由があるのかも。

 魔導国は未来を先読みできるって評判なのだから。

 宰相閣下は未来を覗いた結果の政治判断をしてるのかしらね」



 いろいろと考えながら、チチェローネがカスティリオーネのお茶会に参加していた頃ーー。


 宰相ガッブルリは焦っていた。

 チチェローネが全幅の信頼を寄せている彼にも、想定外の事態が勃発していたのだ。


 ラメラ翁からの急報がもたらされた。

 チチェローネが行なった眼球蘇生の秘術をもって、「〈大悪魔の召喚〉が真実である」と、ラメラ翁が魔導国に報告した途端、本国で大きな動きがあった、というのだ。


 ガッブルリは正装して、アレティーノ第一王子とともに馬車に乗り、予言省の庁舎に自ら訪れた。


 予言省副長官のパックスとレースが額に汗を浮かべつつ出迎える。

 各国の予言省は、ギララ魔導国の外交窓口となっている。


 彼らが言うには、本日、いきなり魔導国から強い働きかけがあったという。

 

 ギララ魔導国から、ランブルト王国の予言省に、いきなり新たな〈先読みの水晶〉が持ち込まれた。

 それだけではない。


 次期、魔導国皇帝と目される、皇太子が転移魔法を使って、突如、来訪してきたのだ。


 ラメラ翁の紹介を受けて、宰相ガッブルリとアレティーノ第一王子の目前に、虎皮の異装をまとった、筋肉質の巨漢が前に進み出た。

 背後に大勢の侍従を従えた、ギララ魔導国ラオコーン皇太子である。


「突然の来訪には、驚かされました」


 ガッブルリはお辞儀をする。

 対する皇太子は、ガッブルリとアレティーノ王子にソファへの着座を勧めながらも、鷹揚に答えた。


「構わぬ。公的な訪問ではないゆえ、堅苦しく構えるな」


 次期皇帝と目される皇太子が自ら乗り込んで来ていながら、「公的な訪問ではない」とは、なにを意味するのか?

 宰相ガッブルリは首をかしげた。

 魔導国では、この突然の皇太子の来訪を承知しているのだろうか?

 皇太子の傍らにいるラメラ翁に目配せでサインを送るが、老人は瞑目して首を横に振るばかり。


 ガッブルリは言葉を(しぼ)り出す。


「此度は、なにゆえ、我がランブルト王国に?」


〈黒き雷〉がランブルト王国に落下し、大悪魔が召喚された、と知っているのに、国家の最重要人物が、単身、乗り込んで来たのだ。


 現在、眼前にはないが、「魔導国の威容」とも称される、魔導武具で装備した魔導騎士団が何十人も同行してきたと、予言省副長官から報告されていた。

 外国からの軍事侵攻と捉えられても、文句が言えない事態だ。


(よもや、ランブルト王国が弱っている隙を突いて、攻め込もうとしているのか?)


 アレティーノ王子を支持するとの口実で、ギララ魔導国が露骨に動き出した?

 オネスト王太子の動きを制しようとするあまり、魔導国による内政干渉を招いてしまったかもーー。


 そう危ぶむ宰相ガッブルリであったが、目前に座る大男は至って能天気な様子で、銀髪を掻き分けて笑う。

 やおら、懐から水晶を取り出して、突き出した。


「喜べ。貴国にとっても、めでたい慶事だぞ。

 この水晶を見よ」


 ラメラ翁が横合いから補足説明を入れてくれた。

 この水晶は特別なもので、俗に〈親水晶〉と呼ばれるものらしい。

 各国の予言省に設置した〈先読みの水晶〉の大元に当たる水晶で、基本的には、この〈親水晶〉が映した映像が、諸国の〈先読みの水晶〉に転送される仕組みだという。

 ところが、チチェローネによる大悪魔召喚以来、調子が悪く、どの水晶の映像も、真っ黒な闇に閉ざされたままになっていた。


 にも関わらず、先日来、この〈親水晶〉にだけ、別の、くっきりとした映像が映し出され始めた、という。


 ラオコーン皇太子に勧められ、宰相ガッブルリとアレティーノ王子は身を乗り出して、テーブルに置かれた水晶を覗き込む。


 たしかに、他の〈先読みの水晶〉のように、闇に閉ざされてはいなかった。

 青空がまぶしい、明るい景色が映っていた。

 そして、白亜の建物の前に、群衆が集まって歓声をあげているようだった。

 白い建造物の二階テラスには、黄金の冠を頭に載せたラオコーンが映っている。

 その隣で冠をかぶって、大衆に向かって手を振っているのはーー。


 ガッブルリとアレティーノは目を見開いた。


「こ、これは!」


「チチェローネ様!?」


 なんと、チチェローネ公爵令嬢が、ラオコーン皇太子の傍らに立ち、冠を戴いて、歓呼の声をあげる群衆に向かって、にこやかに手を振っているのである。


 驚く二人を前にして、魔導国皇太子ラオコーンは胸を張った。


「そうよ。

 俺様は、将来、我が妃となるチチェローネ嬢を迎えに来たのだ」


 読んでくださって、ありがとうございます。

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