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18/25

◆18 噂の『花園の貴公子』が、私の新しい婚約者!? ーー誰、それ? 会ったとき、ありましたっけ?

 宰相ガッブルリは、ティーカップを傾けながら、言った。


「チチェローネ様。貴女には、ぜひ会っていただきたい人物がいるのです。

 貴女の新しい婚約者候補となる、オネスト王太子のご兄弟ですよ」


 宰相閣下は、私、チチェローネに、オネスト王太子の代わりに、別の王族と結婚させたいらしい。


 チチェローネは、思わず笑ってしまった。


(なにを言ってるの、このヒト。

 今さら、このチチェローネが、王族の誰かと結婚?

 悪魔と契約して、国ごと滅ぼそうと決めている私が!?)


 矛盾も良いところだと思う。

 王族の誰と結婚しても、肝心の王国が滅ぶのだから意味はないし、相手の王族を不幸にするだけだ。

 それだけに、ちょっとガッカリしもしていた。

 切れ者と評判の宰相閣下であっても、やはり国家存続の枠組みの中でしか思考できないのか、と。まあ、役職としては当然なのかもしれない。


 だけどーー。


 不思議なほど、心臓の鼓動が高鳴る。

 内心では、チチェローネも意外なほど嬉しく思っていた。

 ひょっとして、遅ればせながら、私も、誰かと恋愛気分を味わえるのではないかーーそう思うと、気分が昂揚して、身体が火照ってきたのである。


 脳内で、戸惑う声が響いてきた。

 大悪魔がツッコミを入れてきたのだ。


「存外、乗り気のようだな。

 王太子から、あれほど酷い目に遭っておきながら、まだ恋愛とやらをしたいのか?」


 私、チチェローネは、図星を突かれたせいもあって、むくれた。


「悪い!? 仕方ないじゃないの。やっぱり女の子なんですもの。

 オネスト殿下に腹が立ったのは、半ば以上、私に恋愛気分を味わせてくれなかったからよ。

 ーーコホン。

 それにね、オネスト以外の王族と結婚するっていうのは、なかなか良い口実になると思うのよね。

 私は、婚約破棄され、死刑に処されるところだった、まったく〈詰んだ女〉なのよ?

 それが、すぐに別の王族と結婚すると、

『ああ、オネスト殿下と上手く行かなかっただけか』

 ってことになると思うの。

 それに、宰相閣下はオネスト殿下をお嫌いのようですわ。

 私のお相手を新王に担ぐつもりじゃないかしら」


「なるほど。人間社会の枠内で、いろいろと考えておるのだな。

 まあ、どうせこの国は滅ぼすのだから、どういう経緯で、其方の望みが叶おうと、余には関係ないがな」


 私は小首をかしげる。


「でも、私が知る限り、結婚適齢期の殿方が、オネスト殿下以外に、王族にはいないはずなんだけどね……」


 ランブルト王家の縁戚にまで目を向けても、成人男性はすべて既婚者ばかりだ。

 それぞれ、領土を有する王族家として独立している。

 私に近い年齢の者は、いずれもお姫様ばかりだったはずーー。



 宰相ガッブルリに先導される形で、私は王宮に足を踏み入れた。

 すれ違う政務官や文官たちは、男女の別なく、ヒソヒソとささやきあう。

 そりゃそうだろう。

 元死刑囚の脱獄犯が、政治権力者である宰相閣下と王宮内を並び歩いているのだから。

 でも、私、チチェローネは、必ずオネスト王太子に仕返しすると決めたのだ。

 他人の目なんか、気にしていられない。


 王宮には、内廷に入る廊下の手前に、来客用の応接室がある。

 公爵令嬢として踏み込める、王宮最奥の場所だ。

 これ以上、先に進めないのは、宰相閣下も同様らしい。

 この応接室で、王族と高位貴族が個人的に面会できる。


 その応接室に、顔見知りの男の子がいた。


「あ、チチェローネだ! 久しぶりだな。息災か」


「はい。カインズ王子」


 カインズ王子は王位継承権第二位で、チチェローネに懐いていた。

 が、いまだ八歳と幼かった。


「遊ぼうぜ。剣を取れ。どうだ?」


「それは淑女のやる遊びではございません」


「シュクジョ? なんだか、わかんないが、女は面倒臭いな。

 どんな遊びだったら、俺と遊んでくれるのだ?」


「双六とか、ボードゲームなら。

 本当はお茶会がよろしいのですけど」


「ふむ。つまらんな。身体を動かさぬのか?」


「ええ。せっかくのドレスが汚れてしまうので」


「では、鬼ごっこなら?

 前は、良く遊んでくれたではないか?」


 オネスト王太子から冷たくされ始めた頃、手持ち無沙汰で、カインズ王子を相手に、何度か遊んだことがあった。


 宰相ガッブルリが割って入る。


「チチェローネ公爵令嬢におかれましては、用向きがあって王宮に参ったのでございます。

 今日のところはご勘弁を」


 カインズ王子は頬を膨らませて、プイッと横を向く。

 不満ありげだが、聞き分けは良い子なのだ。


「そうか。母上も眠りっぱなしで退屈しておったのだがな。

 お仕事とあらば、仕方ない」


 私は席を立ち、お辞儀をする。


「では、また」


 頭を下げる私を見て、カインズ王子は気を取り直して笑顔になる。

 さっそく内廷から侍女を呼び出して、おもちゃの剣を用意させ、庭で駆け回る準備を始める。

 活発な男の子だ。


 私は呆れ顔になって、後ろで控える宰相ガッブルリに問う。


「まさか、カインズ王子を婚約相手にせよ、と?」


 丸い片眼鏡を光らせる大人が、真顔でうなずいた。


「候補者ではあります。

 ーーが、さすがに、お気に召さないでしょう?」


 宰相閣下は笑みを浮かべているが、私は唇を(すぼ)めるばかりだ。


「当然です。

 年齢差に加えて、カインズ王子と婚約したところで、オネスト王太子を見返すことはできません」


「ええ。ですから、本命が他におります。

 貴女様に相応しいお相手が」


「本命?」


 ガッブルリは私に手を差し出し、応接室の大窓から中庭へ出るよう勧めた。



 王宮本館と内廷の間には長い廊下があり、その左右には中庭が広がっている。

 色鮮やかな草花が植えられた庭園が広がり、本館からも内廷からも眺められるようになっていた。

 通称、〈王宮の花園〉ーー。

 王族と王宮勤めの者しか知らない、隠れた景勝地であった。


〈王宮の花園〉には、幼少期に何度か、来たことがある。

 オネスト王太子と駆け回って遊んだ記憶があった。


 そして、〈王宮の花園〉には、王宮勤めの女性たちが語る噂があった。

 金髪をなびかせ、透き通るような肌をした、美貌の庭師がいると。

 私にまで聞こえてきた、その『花園の貴公子』の噂をすぐに思い出した。

 実際、噂通り、美貌の青年が花々に水を遣っていたからだ。


(あら。スラッとした身体で、ほんとうに美しい……)


 ホウッと溜息をついていると、その美青年が、こちらに気がついた。

 私の少し手前にいる宰相閣下に、笑顔を振り向けた。


「おや。ガッブルリ様。珍しい。

 この花園に、ご婦人を招待なさいましたか」


 ガッブルリは踵を返して、私、チチェローネに向き直る。

 美貌の青年に向けて手を挙げて、紹介する。


「こちら、我がランブルト王国の第一王子アレティーノ様でございます」


「第一王子!? え、何それ? 初耳なんですけど!?」



 じつは、オネスト王太子には美貌の兄がいたのである。

 まさに隠された存在で、私、チチェローネも知らなかった。


 なぜ、秘されていたか。

 その理由に、私はすぐに思い至った。

 急ぎスカートの裾をたくし上げてお辞儀をした。


「はじめまして、アレティーノ殿下。

 失礼ながら、目が不自由なのですね?」


 白く濁った瞳を見開いたまま、美貌の青年はニッコリと微笑んだ。


 ランブルト王国の第一王子アレティーノは、産まれたときは普通に目が開いていたのに、年齢を重ねるごとに、徐々に瞳が白く濁って、六歳になる頃にはすっかり失明してしまった。

 その結果、迷信深い王妃様によって〈呪い子〉と決めつけられ、内廷奥深くに長年、幽閉されてきた。

 盲目ゆえ、王位継承権も持たされていなかった。


 それでも、優秀な侍従が付けられ、魔術と剣術の修行を重ねつつ、花園を管理しながら、日々を過ごしてきた。

 おかげで、人情の機微を察する、優しい青年に成長していた。

 今日も、突然の来客にもかかわらず、爽やかな笑顔を見せた。

 

「ああ、懐かしい香りだ。チチェローネちゃんですね」


 驚いたのは、チチェローネの方だった。


「え? 私、お会いしたときが?」


「ええ。もう十三、四年ほど前になりますか。

 僕が石に躓いて倒れそうになったとき、助け起こしてくれました」


 言われてみれば、実母のサリーが存命のとき、この花園に来たことがあった。

 まだ、ほんの四、五歳のときだ。

 そのとき、そんなことがあった気がする。

 第一王子は瞼を閉じながら語った。


「私の母ーー王妃が無理を言って、貴女のお母様のサリー様を私に紹介したのです。

 母は、私に呪いがかかって目が見えなくなった、と頑なに信じていましてね。

 サリー様に治癒魔法をお願いしたのですよ」


「結果は、(かんば)しくなかったのですか?」


 母ほどの実力者にして、目を治療出来なかったのか。

 美貌の青年はこっくりとうなずく。


「でも、サリー様はおっしゃられました。

『今は時期ではありません。でも、いずれはーー』と。

 とはいえ、そのとき、たしかにちょっと見えるようになったんです」


 アレティーノ王子は、往時を想い出すかのように、白い目を細める。


「うん。あのときのチチェローネちゃんは、銀色の髪をなびかせ、青い瞳をクルクルさせて……真っ赤なワンピースを着ていました。

 胸の部分には、青い羽を挿していました。

 今の君も変わりないかな。

 あのとき、青い羽に触れるよう、サリー様に勧められて、触ってみました。

 すると、サラサラとした手触りがして、一瞬、青い羽が光って見えたんです。

 それから、ほんのしばらくの間、目が開かれたのです。

 本当ですよ。

 私にとっては、君の姿と、可愛らしい笑顔が、目に見えた最後の景色でした……」


 チチェローネは尋ねた。


「アレティーノ殿下。

 今の私なら、殿下の目を見えるようにすることが出来ます。

 いかがでしょう? 外の世界に向けて、刮目なされては?」


 アレティーノ第一王子は微笑んだ。


「私は盲目なので、花園の中で、ひとり静かに過ごすことが多いのです。

 それでも、昼には小鳥がさえずり、夜には虫が鳴き交わします。

 それに、時折、訪れるリスやウサギなどの小動物や、ありとあらゆる精霊たちの気配、風の香り、樹々の匂いーー見えないからこそ、豊かに味わえる世界があるのです」


 チチェローネ公爵令嬢は、素直に感心した。


「それは、ほんとうに素晴らしいことですわ!

 その静寂に満ちた豊かな環境はもちろんですけど、なにより、アレティーノ殿下のお心の持ちように、私、チチェローネは感服いたしました」


 アレティーノ第一王子は、盲目であったばかりに、王家の長男なのに王位継承権を剥奪され、挙句、実の母親から〈呪い子〉とされて〈いない存在〉にされてきた。

 それなのに、不貞腐れたり、不満を抱えて、被害者意識に捉われることはなかった。

 自然や草花と語らいながら、心豊かに生きてきたーー。


 私には、わかる。

 彼の心はとても澄んでいるーー第一王子様は、ほんとうに清い心をお持ちだ、と。

 事実、私の脳内で、大悪魔が感嘆の声をあげていた。


「たいしたものだ。

 人間界にも、これほどの澄んだ内的世界の保有者がおるとは!」


 私も同意見だ。

 そして、思った。

 彼、アレティーノ第一王子様も、私と同じ仲間なのだ、と。

 人間社会から不当な扱いーー〈呪い子〉という、濡れ衣を着せられた存在なのだ、と。

 私、チチェローネは今まで誰にも感じたことがないほどの親近感を、この盲目の美青年に抱いていた。

 そうした私の想いを汲むかのように、アレティーノ王子は頬に手を当て、溜息をついた。


「ただ、心残りはあります。

 私が見た最後の世界は美しく、サリー様も私の母上もお綺麗でーー特に可愛らしいチチェローネ様の溢れんばかりの笑顔が忘れられません。

 願わくば、今一度、美しく成長なされたであろう、貴女のご尊顔を拝見したくーー」


 チチェローネは頬が赤くなるのを感じつつ、美青年の両手を握った。


「そんなこと、お安いご用意よ!

 実際の私の顔を見て、ガッカリしないって約束してくださる?

 でしたら、すぐにも見えるようにして差し上げますわ」


 アレティーノ王子は微笑みを浮かべて、うなずく。


「でしたら、ぜひ」


 どうも、アレティーノ第一王子は、本心から、自分の目が見えるようになるとは、信じていないようだ。

 それもそうだろう。

 ほんの幼少期を除いて、今までの人生のほとんどを闇の中で生活してきたのだ。

 私だったら、外に色鮮やかな世界があるとすら信じられなくなっていただろう。


 でも、大悪魔から、不可思議な力を与えられた今の私には、人間の眼球を生き返らせることなど造作もないことだ。

 青年の眼窩に、グイッと指を突っ込む。

 宰相ガッブルリが驚いて、「あ!?」と驚きの声を漏らす。

 そうした外野の反応に構わず、私、チチェローネは王子の両目の眼球を(えぐ)り取った。

 そして、手にした二つの眼球に、膨大な魔力を叩き込む。


 この世界において、魔力は万物に宿る生命力そのものだ。

 ほとんど死んでいた眼球に魔法をかけて機能を回復させた後、大量の魔力を注ぎ込み、蘇生させたのだ。

 それから、再び、グイッと美青年の二つの眼窩に眼球を押し込め、治癒魔法をかける。

 すると、次第に瞳の濁りが溶けて消え去り、碧色(みどりいろ)に輝き始めたーー。


「ああ、チチェローネ様!」


 驚きの声をあげて、美貌の青年は片膝立ちになる。

 そして、私の手の甲にキスをする。

 碧色に輝く瞳で、私、チチェローネの顔を見上げた。


「ほんとうに目が見えるようになるとは、正直、思いませんでした。

 ほんとうに、貴女に出逢えて良かった。

 美しいーーじつに綺麗におなりです。

 この目で直に確かめることができて、感無量です。

 私にとっては、可愛らしい女の子が、突然、美しい、癒しの女神におなりになったようです」


「そんな……」


 私は照れて、頬が熱くなる。


(貴方の方が、私なんかより、ずっと美しいわ!)


 という本音が漏れそうだった。


 見詰め合い、ふたりとも顔を赤くする。


 すると、私の脳内で、大悪魔がおどけた声を出す。


「なんだ、なんだ。心臓の鼓動が乱れておるぞ。落ち着かん」


「うるさい!」


 私は思わず声を出してしまった。



 その奇蹟を目の当たりにしたのは、私と宰相閣下だけではなかった。

 それまでアレティーノに付き従うかのように花園の陰で控えていた男が、飛ぶような速さで私の許に駆け寄せてきた。


「見ましたぞ! まさに画期的な蘇生じゃった」


 白い顎髭を揺らせた老人だ。

 

「この方は?」


 私が問うと、美貌の第一王子が紹介する。


「私の世話をしてくれる爺やだ。ラメラ・テオドラという」


 アレティーノによれば、老人はもともとギララ魔導国の魔術研究家だったらしい。

 十年以上前に、失明したアレティーノを受け入れて治療に腐心した。

 が、王子の目に光を取り戻すことができなかった。

 ラメラはそれを恥じて、以来、アレティーノ付きの侍医兼侍従としてランブルト王国の王宮に赴任してきたという。


 老人は私に頭を下げると、即座に王子に向けて身を翻し、興奮気味に声を弾ませた。


「す、すごいことですじゃ。よっく見せてくだされ!」


 額を思い切り寄せて、美貌の青年の碧の瞳を覗き込む。

 そして、何事かをブツブツと口走りながら、メモを取り始める。


「これほどの蘇生術は見たことがござらん。

 相当な魔力を要するようじゃがーーたしかに理に適っておる。

 ふむふむ……」


 熱心に手帳にメモる老人に、ガッブルリがささやく。


「きっと今のチチェローネ様なら、アレティーノ殿下の視力を回復してくださると思っておりました。

 目が見えるようにさえなれば、アレティーノ殿下こそ、王位継承権第一位です。

 ラメラ翁。あとの根回し、お願いできますかな」


 老人は手帳と睨めっこしたまま、乱暴に応じる。


「ああ、わかっとる。

 ヴァルナ陛下への口添えは任せておけ。

 これほどの蘇生術をサラッと出来る力を、ギララ魔導国が放っておくはずがなかろう」


 宰相ガッブルリのお気に入りである、このラメラ老人は、広汎な魔法知識を持つだけでなく、出身国であるギララ魔導国に知己も多かった。

 ランブルト王国にとって、重要なパイプ役となっていた。


 オネスト王太子を廃嫡し、アレティーノ第一王子を王太子とする下準備として、宰相ガッブルリは、ラメラ老人を介してギララ魔導国の支持を取り付けようと考えていたのだ。


 ガッブルリは、ギララ魔導国の動きを、初めは警戒していた。

 が、「〈黒き雷〉が落下した」と報告しても、案に反して、魔導国の大使館員たちが、まるでパニックになっていないことに気がついた。

 どうやらギララ魔導国では、〈黒き雷〉も〈漆黒の大悪魔〉も、凶兆の(あかし)とは捉えられていないようだった。

 ガッブルリは、魔導国の反応に俄然、興味を持ち、予言省の頭越しに魔導国とパイプを繋いで情報を共有しようと考えた。

 愚かなオネスト王太子を廃して、賢明なチチェローネ公爵令嬢を表舞台に立てるためにも、有効な手立てと考えたのだ。


 この世界で一番の魔道具生産国らしく、ギララ魔導国は魔力に強い興味があった。

 現に今、魔導国出身の老研究者は、目の前で展開した、大悪魔の開眼魔法に、いたく感銘を受けたようだった。


 ラメラ翁は、私、チチェローネの手を強く握り締めて、ブンブン振り回す。


「これはたしかに、神の眷属ならではの秘蹟!

 儂は、貴女様が大悪魔の召喚を果たしたのだ、と認めますぞ!

 ーーとなれば、貴女様は人間の身でありながら、神の眷属との橋渡しとなる存在。

 この世界の成り立ちの秘密を暴く希望の星じゃ!」


 凄い熱量で語られ、お爺さんに気圧される。

 ラメラ翁は、興奮冷めやらぬ調子で断言した。


「心配めさるな。

 大悪魔は魔族とは異なり、神の眷属であることは、重々、承知しております。

 そもそも、貴女様が召喚なさった神の眷属を〈漆黒の大悪魔〉などと呼称するのは、レフルト教会の都合に過ぎませぬ。

 我ら魔導国では、悪魔も天使も、同じ神の眷属とわかっておる。

 ヴァルナ陛下からの返事を待つまでもなく、無条件で、我らギララ魔導国は、神の眷属と同化されたチチェローネ様の味方となることをお約束いたしますじゃ!」


「は、はあ……ありがとうございます」


 当惑する私、チチェローネに代わって、宰相閣下が話を進める。


「ところで、ラメラ翁。

 我が国の予言省長官シグエンサが倒れて以来、魔導国の意向が、私どもに良く伝わって来ないのですよ。

 現状、我がランブルト王国は混迷を深めておりまして。

 オネストは王権代理という立場を悪用し、盗人同然に玉璽を奪い、父王の許可なく自分が新王に即位しようと企んでおります。ご存知で?」


 老人は白い顎髭を撫で付ける。


「ああ、もちろん。

 外交部や諜報部によると、我が魔導国の皇太子にも招待状が届いておるそうじゃな。

 今から一週間後かの。パーティーへの出席を呼びかけておった。

 名目は『オネスト王太子の王権代理就任の式典』となっており、ガッブルリ殿が言うような『新王即位式』にはなっておらんがーーたしかにキナくさい文面ではあったなそうじゃ。

『国王夫妻が病に倒れ、後事を託された』と明記されておった」


 宰相ガッブルリは顔を(しか)める。


「国王夫妻がお倒れなのはくれぐれも内密に、という約束であったのに。

 どうやら、同様の文面の書状を、関係諸外国のみならず、国内遠方の地方貴族にまでバラ撒いておるようでして。

 表向きはどうあれ、来賓が集まったところで、勝手に即位を宣言するつもりなのでしょう」


 おそらくはリリアーナの差し金なのだろうが、オネスト王太子は着実に新王に即位しようと動いている。

 彼にこのままランブルト国王となられては、改めて王命による死刑判決が下され、私、チチェローネの生命が危なくなる。


 もっとも、大悪魔と一体となっている、今の私がむざむざと処刑されるとは思えない。

 が、私にかけられた濡れ衣を払い、オネストとリリアーナに復讐するという、本来の宿願を果たす機会を逸してしまう。

 絶対、二人の策謀を出し抜かねばならない。


 宰相ガッブルリはラメラ翁の肩を叩き、私、チチェローネに真面目な顔で訴える。


「どうやら時間にゆとりはないようです。

 諸外国や遠方の貴族、そして政務官や文官への工作は私にお任せください。

 チチェローネ様におかせられては、是非ともーー」


 私は深くうなずいて、言葉を引き継いだ。


「わかってるわ。

 同世代の令嬢方や騎士爵家の子息子女に積極的に働きかけてみます。

 王都内の高位貴族をこちらに引き寄せて、オネスト殿下に従わせないようにしなければ。

 そのために、宰相閣下やアレティーノ殿下のお名前を使わせてくださいね」


 私の返答に満足したようで、宰相ガッブルリのみならず、ラメラ翁までが、二人して顎髭を撫で付けて微笑んでいた。


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