◆17 騙された者の怨みは恐ろしいーー卑怯な元副会長に鉄槌を!
私、チチェローネ公爵令嬢は馬車を走らせ、宰相ガッブルリ・クルニーの邸宅に到着した。
王城に隣接した三階建ての巨館で、つい最近、私は、拐かした学園の生徒会役員たちを引き連れて来訪している。
その際は、宰相の息子ハイデンライヒともども、知性を半分以上減退させる呪いをかけ、当館に放置した。
その後始末を要求されるに違いない。
面倒だが、それでも今後のことを考えると、この館の主人ガッブルリ宰相の助けが必要だ。
私、チチェローネが馬車から降りると、さっそく宰相ガッブルリ本人と、一人残した血塗れ騎士が出迎えてくれた。
「ようこそ、チチェローネ様。
ごゆるりとお寛ぎをーーと言いたいところですが、まずは、置き土産を何とかしていただけませぬか?」
ガッブルリは即座に切り出してきた。
「置き土産」とは、以前、誘拐同然にこの館に連れ込んだ生徒会役員の面々のことらしい。
「駄目よ。これは罰なんだから」
私は頬を膨らませる。
彼ら生徒会役員たちは、副会長であるハイデンライヒに唆されたとはいえ、証拠もなしに私、チチェローネ公爵令嬢を断罪したヤツらだ。
復讐すべき存在といえる。
罰せずには置けない。
しかし、ガッブルリ宰相は片眼鏡を光らせて、順々に説き聞かせてくる。
「しかし、チチェローネ様。
貴女様が断罪し返すべき第一の相手は、オネスト王太子殿下ではありませんか。
あの者らは、王太子殿下に媚びただけの小物に過ぎません。
それに、オネスト王太子を断罪し返すに際して、目撃者が大勢必要なのでは?
でしたら、彼らは使えますよ。
何しろ、現役の生徒会役員なんです。
現在の学園生徒を全員、動員できるのですから」
私はバサッと扇子を広げた。
言われてみれば、そうだ。
私が護衛騎士たちに命じて拐かした結果、今もここでお漏らしして泣き喚いている連中は、現役の生徒会役員が多い。
学園内にある舞踏会や校庭を使うにも、彼らの助けがあれば容易だ。
実際、オネスト王太子とリリアーナを断罪し返すにしても、大勢の学園生徒を動員した場所で行わないと、効果は半減する。
広く周知してこそ、復讐が果たせるというものだ。
「なるほど。そうですね……」
さすがは知恵者。宰相閣下は頭が回る。
明るい展望が開けた気がして、私は上機嫌で階段を上がった。
二階南東の隅に、子息ハイデンライヒ・クルニーの居室がある。
ガッブルリ宰相を従えて入室すると、私は即座に生徒会役員たちの呪いを解除した。
私が青い羽を光らせて、彼らの知性を戻すと、部屋で駆けずり回っていた侍女たち数名が、安堵の溜息を漏らし、床にへたり込んだ。
それまで八名もいた、図体のデカい幼児たちの世話で、散々手を焼いていたのだろう。
部屋を見渡すと酷い有様で、カーテンは引きちぎられ、椅子の革張りは剥がされ、柱には無数の切り傷が刻まれていた。
あちこちに転がっているおもちゃやぬいぐるみは、幾つにも分解されてバラバラになっていた。
知性を失い、幼児化しても、記憶は残してあったし、現状に不満と不安を抱いていたのであろう。
彼ら生徒会役員たちは苛立って、暴れ回っていたらしい。
ところが、私が呪いを解除した途端、生徒会役員たちはみな、正気を取り戻した。
と、同時に、青褪めた顔をして、尻餅をついたまま、ズルズルと床を後退る。
ガタガタと身を震わせる者もいた。
記憶は残しておいたから、自分たちが今までいかなる状態でいたのか、ハッキリ覚えていたため、女性の生徒会役員などは顔を真っ赤にして涙ぐんでいた。
私、チチェローネ公爵令嬢は椅子に腰掛け、脚を組み、そんな彼らを睥睨した。
「私に服従なさい。
刃向かえば、先程までの状態に戻してあげますよ?」
みなは慌てて居住まいを正し、拝跪する。
私、チチェローネ公爵令嬢は扇子を大きく広げ、彼らに差し向けた。
「緊張せずとも、よろしくてよ。
ただし、命令には従ってもらいます」
「は、はい!」
「まずは、ハイデンライヒ。
元生徒会副会長として、卒業生の同窓会を開く準備をなさい」
拝跪する者たちの先頭、もっとも私の足下近くにいるのが、宰相子息で、元生徒会副会長のハイデンライヒだった。
彼は「殿下の腰巾着」と揶揄されるほど、オネスト王太子殿下と親しい間柄にあった。
彼以外の誰が同窓会を主催しても、オネスト王太子とリリアーナが二人で出席してはくれないだろう。
もっとも、今の王太子たちは新王に即位しようと画策している最中だから、ハイデンライヒが声をかけようとも相手にしない可能性はある。
とはいえ、ヤツらが来なくとも、ハイデンライヒには同窓会を開いてもらって、かつての舞踏会に参加した者を残らず掻き集めてもらおう。
そして、私、チチェローネを断罪したことの過ちを周知させ、逆に、王太子とリリアーナが犯した罪を白日の下に晒すのだ。
私はパチンと扇子を閉じた。
「私はね、あの舞踏会に参加できなかった、下級貴族や下級生、教職員のすべてに、王太子とリリアーナの犯した罪を知って貰いたいの。
ですから、学園関係者すべてを参集させなさい。
現役の生徒会役員が勢揃いしているわけですから、出来るでしょう?」
顎をしゃくり上げながら、頭を下げる者どもを睨みつける。
後輩を主体とする生徒会役員たちは、声を震わせた。
「か、必ず、お役に立ちます」
「ですから、あのような罰だけは、ご勘弁を……!」
「お願いします」
額を床に擦り付けて、泣く者までいた。
「わかったわ」
私は椅子の上で脚を組み替え、視線の向きを変えた。
足下にいるハイデンライヒの頭越しに、現役の生徒会役員たちを見詰める。
「安心なさい。
後輩の貴方たちは、ハイデンライヒに騙されたわけですから、許しましょう。
ハイデンライヒ!
自分が彼らを巻き込んだことを、詳らかに白状なさい」
私は目を輝かせて、大悪魔によって得た便利な能力ーー〈完全自白〉の呪いをかけた。
そのため、ハイデンライヒはいきなり立ち上がって棒立ちになると、無表情なままに淡々と語り始めた。
いわくーー。
かつて、自分がチチェローネ公爵令嬢を副会長にしようとしたのは、サットヴァ公爵家に伝わる秘宝青い羽を欲してのことだった。
でも、断られたので憤慨し、腹いせにチチェローネについての悪評を流した。
ちょうど、彼女を貶めるデマが満載された怪文書が出回っていたから、それを事実だとして、生徒会役員の後輩たちに回覧させた。
チチェローネ公爵令嬢が差別主義者で、学園から平民を追い出そうとしている、身分によるクラス分けを提案してきたなどと、真っ赤な嘘をついたーー。
尊敬する先輩の副会長が語る内容を耳にして、後輩たちは唖然とした。
「全部、嘘だった……!?」
「酷い!」
「僕たちは、先輩を信じていたのに!」
「私たちは、すっかり騙されて、チチェローネ様に酷い仕打ちを……」
白状し終えて、ボウッと突っ立つハイデンライヒの後ろで、後輩たちは身を縮める。
私、チチェローネは扇子をバッと開いて、口許を隠した。
「ふん。幼児化の罰が怖いゆえの謝罪でしょうが、ここは素直に受け取っておきましょう」
慌てて、二名の男性が立ち上がる。
彼らは現役の生徒会長と副会長だった。
「め、滅相もありません!
本当に反省しているのです」
「いくら先輩ーー元副会長の誘導とはいえ、自己判断をしなさすぎました」
他の後輩たちも面を上げ、真面目な顔つきで何度もうなずく。
「その言動や、良し。
特典を付けてあげましょう」
私はパチンと扇子を閉じて、ハイデンライヒに振り向ける。
その瞬間、〈完全自白〉の呪いが解けて、彼の両眼に精気が宿る。
正気に帰った彼に向かって、私はさらに新たな呪いをかけた。
「ハイデンライヒ!
今日から、貴方は生徒会の後輩役員の奴隷です。
後輩たちの命令にはいっさい抗うことはできません」
「なっ!?」
ハイデンライヒは驚いた顔をして身を翻す。
そして、後ろに勢揃いしていた後輩役員たちを見渡す。
ゆっくりと立ち上がる後輩たちに向かって、私、チチェローネは声をかけた。
「ハイデンライヒに命じてみなさい」
まず、現役の生徒会長が、小さな声をあげる。
「気をつけ!」
すると、ハイデンライヒは背筋をピンと伸ばす。
次いで、現役の副会長が言う。
「飛び跳ねなさい」
ぴょんぴょん……。
自ら声を出して、ハイデンライヒはジャンプする。
表情は引き攣ったままだ。
さらに、後輩の男性書記が叫んだ。
「良くも僕たちを騙したな!
チチェローネ様が差別主義者だとか、何だとか!」
ツカツカと先輩に詰め寄り、バチンと頬を平手打ちする。
他の後輩役員もハイデンライヒに駆け寄って、ガツッと蹴り上げた。
「男爵位のクセに偉そうにして、気に入らなかったんだ!」
腹に痛みを感じたが、ハイデンライヒは身体を硬直させたままで、抵抗できなかった。
そのさまを見て、安心したのだろう。
今度は、眼鏡を掛けた女性書記が立ち上がる。
「ゆ、許せない!
チチェローネ様に、婚前の女性として、拭い難い恥辱を与えて。
濡れ衣を着せて婚約破棄させるなんて、あんまりだわ!
貴族紳士の風上にも置けません。
服をお脱ぎ!
裸になって、チチェローネ様に謝罪なさい!」
彼女は、この場に、ハイデンライヒの父親、宰相閣下がいることを忘れているようだ。
が、ガッブルリ宰相は、自分の息子が後輩から指弾されるのを黙認するかのように席を立ち、ドアを開けて退室する。
父親からも見捨てられたと思い、ハイデンライヒは涙目になっていた。
それでも、後輩の命令は絶対だ。
下着まで脱いで綺麗に畳むと、素っ裸になってチチェローネに向き直り、拝跪する。
そして、涙ながらに声を震わせる。
「チチェローネ様に対し、こ、心からの謝罪を……」
その様子を見ても、不満が解消しないらしい。
後輩女性はハイデンライヒに近づき、何度も強く頬を打った。
勢いに押されて、ハイデンライヒは仰向けに倒れる。
後輩女性は心から侮蔑した眼差しで、ハイデンライヒの醜態を眺めおろした。
「今日中に、頭を刈り上げ、丸坊主になさい。
罪深いさまを一目でわかるようにするのです。
わかったわね。返事は!?」
「……はい」
涙目で、応ずるハイデンライヒ。
彼が後輩たちから懲罰されるさまを見て、チチェローネは少し溜飲を下げた。
チチェローネは後輩役員たちに命じた。
「では、あなたたち、まずは自宅に帰って、ご両親を安心させなさい。
それから、学園の舞踏会場を借り上げるなどして、王太子とリリアーナを断罪するイベントを開催する手配をしなさい。
後輩生徒たちも参加できるような名目を、そちらで考えてーーそう、学園中の教職員もすべて集めて、王太子とリリアーナの罪を晒してやるのです。
すべて宰相閣下に報告の上、計画を進めなさい。
良いですね!?」
後輩役員たちはみな、貴族らしく胸に手を当て、深く頭を下げる。
その姿に満足し、チチェローネはひと足先に退室した。
あとは彼らだけで上手くやってくれるだろう。
チチェローネはそのまま三階の執務室に向かった。
執務室では、宰相ガッブルリが窓辺に立って待ち構えていた。
チチェローネが来室すると同時にソファを勧め、自分も対面に座った。
「さすがに息子の醜態は見たくなかったのかしら?」
私、チチェローネがからかい半分で問うと、
「恥ずかしながら。
親として面目が立たなくて、居心地が悪いですから」
と、ガッブルリ宰相は照れたように、頬を掻く。
からかいはすれど、正直、チチェローネはガッブルリの度量に感心していた。
子供の年齢である娘から息子を辱められ、挙句、自身もからかわれているのに、感情的にならないところが、凄い。
息子だからと猫可愛がりせず、小娘から窘められても、糺すところは糺すべき、と考えているらしい。私の父親ーーサットヴァ公爵とは大違いだ。
あとは親子の問題だから、口を挟むつもりはない。
「で、宰相閣下は、今後、どうなさるおつもりで?」
差し出された紅茶を口に含みつつ尋ねると、宰相閣下は真顔で答える。
「貴女様を王宮にお連れしたいと」
意外な答えに、私は目を丸くした。
「まさか、オネスト王太子に会え、と?」
ガッブルリ宰相は、大きく手を振った。
「いえいえ。
それは準備が整ったあと、衆目が集まる場でなければ」
「では、王宮に何の用が?
まさか、昏睡状態の国王夫妻に面会せよとでも?」
身を乗り出して問いかける私に対し、宰相閣下は悠然とティーカップを傾ける。
「ご冗談を。お休み中の陛下を煩わそうとは思いません。
貴女には、ぜひ会っていただきたい人物がいるのです。
貴女の新しい婚約者候補となる、オネスト王太子のご兄弟ですよ」
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