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13/25

◆13 初めての意気投合と、政治的策謀

 コポコポ……。


 紅茶を入れる音が、部屋に充満する緊迫した雰囲気を和らげる。


 宰相ガッブルリの自宅に、死刑囚のチチェローネ嬢が押しかけた。

 父娘ほど歳が離れた男女二人が、対面にテーブルを挟んで座る。

 紅茶をカチャと置くのは、老執事だ。


「どうぞお上がりください」


「ありがとうございます」


 チチェローネは老執事と、その後ろで控える侍女に向かって言う。


「どうもありがとう。少し外してくださる?」


 彼らの主人たる宰相閣下が顎をしゃくると、二人は黙って頭を下げて退室した。

 チチェローネ嬢とともに押し入ってきた革鎧の侍従は部屋に居残ったままなのに、彼の在室を許したのは、宰相閣下の度量といえた。


 チチェローネは、さっそく居住まいを正す。

 そしてガッブルリに、両親ーーサットヴァ公爵夫妻が昏睡状態であることを告げた。


「そうですか。公爵閣下ご夫婦も……」


「はい」


「正式な報告、ありがとうございます」


「弟のメルクからは?」


 チチェローネは、弟のメルクが、オネスト王太子の求めで、先に王宮に出向いていたのを知っていた。

 その際に、宰相閣下に面会し、報告した可能性もあった。

 宰相ガッブルリは苦笑いを浮かべた。


「いえ。

 王宮の内廷にまで入り浸っておるようですけど、私の所にはね。

 むしろ、貴女が来られた方が驚きですよ。

 まさか監獄塔から脱け出た死刑囚の貴女が、こんな夜更けに。

 私が捕まえるとは、お思いにならないのですか?」


 公爵令嬢チチェローネは嫣然と微笑む。

 年齢の若さを感じさせない、美貌の女性ならではの威厳に満ち溢れていた。


「宰相閣下が、王太子殿下のような愚物だとは、私は思っておりません。

 そもそも私は、殿下が平民女の色香に惑わされた挙句に私刑を喰らっただけですから。

 それに、私への罪状は、まったくの冤罪です。

 貴方のご子息とは違って、宰相閣下なら、その程度の見通しは立てておられるかと」


「愚息のハイデンライヒが、ご迷惑を」


「いえいえ。普段は、私の愚かな父の方が、宰相閣下にご迷惑をおかけしているので」


 宰相ガッブルリは、父のサットヴァ公爵の政敵と目されていた。

 だからこそ、チチェローネは出向いてきた、という側面もあった。


「父が動けぬ今なら、閣下は自由に動けますかと」


 ガッブルリは満足げに顎髭を撫で付ける。


「お心遣い、感謝します。

 ちなみに、貴女に下された死刑判決は、国王陛下のご判断によるものではありません。

 王太子殿下、そして、黒ミサを過剰に恐れた王妃様によって、押し切られる形で死刑判決が出たのです。

 私は最後まで反対でした」


「ありがとうございます」


「正直に申し上げると、私は貴女のお父上ーーサットヴァ公爵が好きではありません。

 なんと申しますか、いちいち理想論を持ち出して、現場の急に答えることができない政策ばかりを取ろうとなさるから、私は反対することが多いのです。

 このようにお断りしたのは、だからといって、私はあなたに隔意がないことを示したいがためです。

 私は身分もすべて秩序に組み込まれるものと理解しております。

 だからこそ、私自身、宰相職を預かる身でありながら、男爵からの陞爵は頑なに辞退申し上げているのです。

 その時に応じて動く官職位とは異なり、爵位は血統に裏付けられた、動かし難い要素として、国に秩序をもたらすべきものなのです。

 それこそが、ランブルト王国の風紀と言ってもよろしい。

 ところが近頃、王太子殿下の振る舞いによって風紀が乱れておるようでして。

 本来、王宮の内廷は近親の王族しか通してはならぬ場所。

 貴女の弟君は、それでも平気でお通いなさる。

 いくら殿下が要請しようと、ご辞退していただくのが筋なのです。

 さるご令嬢ともども、非常識で困ります。

 このような緩みが国家の安寧を崩していくのです」


「『さるご令嬢』ーーそれは、リリアーナとか申す平民女のことで?」


 チチェローネの問いに、ガッブルリは笑みをこぼすのみ。

 答えることなく、話題を変えた。


「で、小耳に挟んだのですがーー貴女様は近頃、王太子殿下と不仲だとか」


「はい。不仲どころかーーご存知でございましょう?

 私、殿下より婚約破棄を宣告されました」


 ガッブルリはわざとらしいほど大きな身振りで、ペチッと自らの手で額を打つ。


「あちゃー。やはり噂は本当でしたか。

 ったく、これだから学生気分の抜けぬ者どもは……」


 宰相ガッブルリは顔を手で覆う。

 歳に似合わぬ戯けた振る舞いながらも、本気で不愉快に思っていることが伝わる。

 チチェローネは脚を組み替え、少しくだけた姿勢を取った。

 本音で話せそうな相手と感じたのだ。


「これは、意外な反応ですね。

 宰相閣下は、私が王太子殿下と結ばれるのを厭うておいでかと」


 ガッブルリは、しかめっ面を上げる。


「それはね。

 私としては、サットヴァ公爵閣下ーー貴女のお父上が、外戚として権力を強められるのは困りますよ。

 でも、王太子殿下が、あの子爵令嬢と婚約するとなるとーー」


 ガッブルリは片眼鏡を嵌め直しながら、嘆息する。


「ーーあの実質、平民の女性を王妃にするといえば、大貴族の反発を受けてしまいます。

 特に、貴女様のお父上である公爵閣下が、激怒なさるでしょう」


 チチェローネは目を丸くして笑った。

 本気で、意外な見解を耳にした気がしたのだ。


「いや、それはないでしょう。

 お父様は早々に私を見捨てましたわ」


 監獄塔での、家族と面会は酷いものだった。

 父のサットヴァ公爵は、弟メルクとともに、私が断罪されるがままに任せるだけで、挙句、青い羽を寄越せと要求するばかりであった。


 だが、切れ者と評判の宰相は、真顔で頭を横に振った。


「いえいえ、サットヴァ公爵閣下は、本当に全体の動きを読む力がおありにならないので、目先の事態に動揺して反射的に振る舞っただけでしょう。

 監獄に収監された娘の姿を見て、まるで自分が恥を掻いたように怒っただけですよ。

 いざ、あの元平民のリリアーナが王妃になると耳にしたら、そのときになって初めて、自分が貴女様という、大切なカードを無駄に捨ててしまった、と気づくのです。

『自分の娘チチェローネに身を退かせたのは、息子メルクの将来ためだ。平民女を王妃にするためではない!』

 と怒るに決まってます。

 結果、それまで、公爵閣下に権力が集中することに難色を示していた貴族家も、団結してリリアーナが王妃となる可能性が開ける事態に反対することでしょう。

 そうなれば、大貴族からの支持を失い、逆に王家が危うい立場に立たされます。

 私は男爵家の出自ですから、王家の後ろ盾あっての宰相なのです。

 王家が弱体化することは、何より許し難い」


 宰相ガッブルリは、現在の政治状況をわざわざ解説してくれている。

 チチェローネは感心した。

 こちらを若い娘とみくびることなく、真面目に、対等に会話しようとする大人の男性に、初めて遭遇した気がした。

 これなら、予想以上に話を進めやすい、と思った。


 チチェローネは、パチンと指を鳴らす。

 それを合図に、革鎧をまとった侍従が前に出て、鞄を取り出す。

 ガッブルリに向けて、鞄を開けて見せる。

 中には、黄金色に輝く貴金属から、赤や緑の色をした宝石がゴッソリ入っていた。


 チチェローネはカップを皿に置いて、身を乗り出す。


「両親が眠っておりますので、こうしたものも自由に持ち出せます。

 これで、お頼みしたいことがあるんですけれど」


「ふふふ。承知しました。

 貴女は財宝の使い所を良くご存知だ」


 ガッブルリの方も、宝飾品をチラ見しただけで、前のめりになって、ささやく。


「現在、国王陛下はお眠りあそばされておりますが、お目覚めいたしましたら、即座に、『オネスト王太子の廃嫡』を提案いたしましょう。

 幸い、ご兄弟も二人おられることですし」


 チチェローネは目を丸くした。

 こちらの提案を先読みされたのは初めてだった。


「それで十分でございます」


 チチェローネは笑みを浮かべて椅子に座り直し、カップを手にする。

 満足したのは、ガッブルリも同様であった。


「まさか、チチェローネ公爵令嬢と、これほど有意義なお話が出来るとは。

 正直言いますと、良い噂は聞いておりませんでした。

 嫉妬に狂った女だとか、良い評判にしても、お淑やかで、信心深い女性としか。

 とても清濁合わせ飲む現実主義者(リアリスト)とは、思いませんでした。

 父上様よりも、よほど話が通る。

 知性を隠しておられたのですね」


「ご想像にお任せいたしますわ。ほほほ」


「今後、何かありましたら、ご連絡ください。

 力にならせていただきたく存じます」



 不夜城から出立する馬車の中でーー。

 さっそくチチェローネの頭の中では脳内会議が開催されていた。

 大悪魔は満足を示していた。


「あの男には、何もせずとも良い。

 下手に隷従させない方が、人間どもを巧く統治するであろう」


 チチェローネも同意した。

 このまま大悪魔によって得た摩訶不思議な魔力で人間をいいなりにするばかりでは、手応えがなさすぎる。

 眷属化することなく、対等以上の知性の持主を〈人間のまま〉で保持することができそうで、嬉しかった。

 ほんと、知的な会話って楽しい!

 これから〈逆断罪イベント〉開催に向けての攻略に、幸先の良い出だしに思えた。

 チチェローネは拳を握り、気を引き締めた。


「さあ、これからは大人どもを攻めるぞ!」


◇◇◇


 チチェローネ嬢が立ち去った後、宰相館は喧騒に巻き込まれることになった。


 階下に様子見に向かった老執事が、ガッブルリの許に駆け戻ってきた。


「ご子息がーーそのご学友たちが、みな、おかしくなっております!」


「なんだというのだ。こんな夜更けに……」


 ガッブルリは重い足取りで、久しぶりに息子の部屋に足を踏み入れた。

 そこで目にしたのは、すっかり幼児と化した息子と、その同年代の男女たちであった。


「こ、これは、どうしたことだ!?」


「わ、わかりかねます……」


 困惑する老執事の顔を窺いながら、ガッブルリ脳裡に思い浮かんだのは、チチェローネの嫣然とした笑みだった。


(これは、彼女の置き土産だ。

 私のこれまでの手抜かりを明らかにするための……)


 そう感じたガッブルリは、顔を赤くして恥じ入った。


「まったく、我が息子ながら、何度、注意すれば成長してくれるのだ。

 迂闊に触れてはならぬものに触れて、どうしようというのだ。

 あれは人間の力を超えているというのに!

 ええい、この者たちを全員、部屋に閉じ込めておけ。

 外に出してはならん!」


 動揺するままに命じる主人を窘めるように、老執事は付言した。


「この中には、学園生徒会の現役の役員もおりますよ。

 閉じめるだけでよろしいので?」


 自分の息子ハイデンライヒが、生徒会副会長をやっていたのは知っていた。

 だが、同室する他の者たちが全員、生徒会役員で、現役の会長や副会長までがいるとは思わなかった。

 となれば、当然、高位貴族の子息子女に決まっている。

 最低でも伯爵や子爵といった身分の少年少女たちだ。

 誘拐同然にこちらに連れてこられたと思われる。

 ご両親は今も眠れぬ夜を過ごして、心配しているだろう。


(ふむーーこれは先の舞踏会での報復であろうな……)


 宰相ガッブルリは、改めて決心する。

 息子がチチェローネ嬢に濡れ衣を着せた一味なのは間違いなさそうだ。

 となれば、この報復行為は、しばらくなすに任せるしかない。

 背後で、大悪魔の力が働いているに違いないからだ。


 こうして生徒会の面々が宰相館に集められたのは、チチェローネ嬢の怒りを買ってのことなのか、自分の愚かな息子によって画策されたことなのか、それはわからない。

 だが、今、この者たちがおかしい状態になったまま、表に出すわけにはいかない。

 国王陛下夫妻が昏睡状態なのを隠すのと同じように、彼らが誘拐されたことも隠さなければならないと、ガッブルリは思った。

 この狂った状態で少年少女を解放すれば、返って大悪魔による呪いが明らかとなり、王家に対する非難が湧き起こったり、もしくは逆に、「大悪魔を討伐すべきだ!」と息巻く馬鹿が現われるのは、火を見るより明らかだった。


「しばらくは、閉じ込めておけ。

 食事でも与えておけ。

 幸い、この部屋には洗面所もトイレも完備しておるから、長居には適しておる」


 執事や侍女たちに命じて、さっそく子供たちをあやさせた。

 根は素直な子たちが多いようで、お腹を満たすとおとなしく泣き止んだ。

 どうも、これまでの記憶を残されたまま、知性だけを極端に減退させられ、結果として、精神を幼くさせられたようだ。


 しばらく様子を伺ってから、ガッブルリは執事と侍女に命じた。


「この者どもの外見に騙されてはいけない。

 成人した男女ではなく、五、六歳の子供と思って接するように。

 そして今宵、チチェローネ嬢がやってきたことともども、誰にも言ってはならん。

 この緘口令を軽く見てはならんぞ。

 我がクルーニ家というよりも、国家の存亡そのものがかかっていると思え!」


 主人が真剣な口調で語るのを、老執事は生唾を飲み飲みながら聞いた。

 慎重な主人がこれほど動揺している。

 およそ重大な事態が進行中であることは、肌で感じられた。

 呼び出されていた執事、その背後にいた侍女たちも、いっせいに頭を下げると、サッと外へ出ていった。


 吐息を漏らすと、宰相ガッブルリは気を取り直す。

 これから、やらねばならぬことが、たくさんある。

 背筋を伸ばし、食堂に向かって廊下を歩く。


(パンと卵スープを飲んだら、また執務室に戻ることになるだろうな……)


 彼の予想通り、朝食を完食しないうちに、早朝から訪問客が現れた。

 予言省副長官のふたり、教会司教の代表をひとりを招いていたのだ。



 朝食を終えたばかりのガッブルリは、執務室に通した来客に向けて宣言した。


「私は王から意向を伺っております。

 今後のことを協議したく、お呼びいたしました」


 じつは、ガッブルリは、国王夫妻が倒れる現場を見ていない。

 ゆえに、「意向を伺った」というのは、嘘である。

 でも、政府として主導権を取りたい。


 ガッブルリの前で椅子に腰掛ける人物は三人。

 予言省副長官のふたり、教会司教の代表をひとりだ。

 彼ら三人の顔には深い疲労の跡が見られた。

 眼の下に隈が出来ている。


 予言省と教会を代表する彼らは、いわば臨時の役職に就いたばかり。

 本来の代表者たる予言省長官シグエンサと大司教バパは、「黒き雷」が落下したせいか、昏睡状態のまま。

 国王陛下から緊急招集を受けて以来、彼らと意思疎通した者はいなかった。


 ランブルト王国を代表するガッブルリ宰相と、予言省を代表する副長官パックスとレース、レフルト教会を代表する司教べぺとの間での、密談が始まった。


 まずは、チチェローネ公爵令嬢が収監され、死刑判決が下されて以降の、不吉な事態の確認がなされた。


 死刑囚チチェローネ公爵令嬢の、監獄塔からの脱走。

 その際に残された黒い羽ーーこれに触れただけで呪いにかかることは確認済みであった。

 古文献に記載される〈悪魔の羽〉の通りの効力であった。

 さらに、大悪魔の復活を意味する〈黒き(いかづち)〉の落下ーー以来、ランブルト国王夫妻、サットヴァ公爵夫妻らが昏睡状態のまま。


 宰相ガッブルリは、つい昨晩、話題のチチェローネ公爵令嬢と会談していたのだが、それについては一言も触れず、渋面を造って発言した。


「やはり、チチェローネ公爵令嬢は濡れ衣を着せられて罪に落とされた。

 清い心を持ったまま、怒りとともに大悪魔を召喚したーーと考えるべきでしょうな」


 予言省から派遣された二人の男女、パックスとレースはうなずく。


「〈先読みの水晶〉は、相変わらず漆黒の闇です。

 やはり、このままですと、七日七晩、世界が闇に閉ざされたという悪夢が……」


「世界をも滅ぼす、恐ろしい〈漆黒の大悪魔〉が召喚されたのは、ほぼ間違いないかと。

 聖なる清い心が、怒りに満たされたときにのみ召喚されるのが大悪魔です。

 ですから、その召喚主である公爵令嬢のお怒りを鎮めるしか……」


 四人は互いにうなずき合い、今後、やるべき手立てを確認した。


 まずは、チチェローネ公爵令嬢の心が清いことを信じて、死刑判決を正式に取り消すこと。

 そして断罪された罪状の一個一個を丁寧に洗い出し、そのすべてが事実でないと、大悪魔の手による前に、我ら人間の手で証明してみせることーー。


 結果として、今は昏睡状態となっている国王夫妻と予言省長官シグエンサ、大司教バパらが得た結論と同様の決定がなされたのだった。


 そして、問題は次の段階に移った。


 チチェローネ嬢に濡れ衣を着せた一番の責任者であるオネスト王太子殿下を、今後、どのように遇するのかーー!?


 平然とした口調で、宰相ガッブルリは切り出した。


「もちろん、責任を取っていただく」


 予言省副長官のパックスもレースも、そして司教べぺも固唾を飲む。

 それはオネスト王太子の廃嫡を意味することを理解していたからだ。


 本来ならレフルト教会は、国政の大事に首を突っ込むことは戒められていた。

 が、教会は今回の冤罪事件を作った最大の責任者でもあるから、即座に動いていた。

 司教べぺは意を決して、汗だくの顔をあげた。


「すでにチチェローネ嬢を断罪した修道女ローレを謹慎させております。

 大司教バパ様ならどう判断なさるかを念頭に、我らは動いておりますゆえ。

 彼女の証言次第では、教会としても、オネスト王太子殿下に王冠を授けることはできぬようになるかもしれませんな」


 ランブルト王国の王冠を授けるのは、国教となっているレフルト教会の大司教と決まっていた。

 教会に拒否された者は、正式に王位を継ぐことはできない。


 司教の答弁に、ガッブルリは満足の意を示した。

 次いで、司教べぺは辞を低くして、宰相に問う。


「して、宰相閣下におかれましては、此度の事件ーーどのように教皇庁にお伝えすれば、ご都合がよろしいでしょうか?」と。


「〈黒き雷〉が落ちました」、「大悪魔が召喚されたようです」とストレートに伝えたら、大騒動になるのは間違いない。

 しかも、レフルト教会の修道女が大悪魔召喚の引き鉄を引いたと知れば、教皇庁は激怒して異端審問団を派遣してくるかもしれない。

 そうなれば、ランブルト王国にあるレフルト教会は壊滅しかねない。

 それだけはべぺ司教は避けたかった。

 それに、真正直に報告すれば、大悪魔に対抗するための故事に習って、聖女捜索も始められよう。

 そうなると、教皇の名において聖戦布告がなされて、諸国を巻き込む大軍事行動を惹起するかもしれない。


 宰相ガッブルリは、目を閉じて思いを巡らす。


 老修道女ローレを拘束のうえ尋問ーーこれは良い。

 聖女を捜索ーーこれは要らぬ。

 内政干渉を招きかねん。

 レフルト教会は国境を跨ぐ国際的な組織だ。

 いざ聖戦となったら、教会を媒介にして、背後からどのような国が手を伸ばしてくるか、わかったものではない。


 ガッブルリは、司教べぺに要請した。


「ぜひ、例の修道女から事情を聞き出し、殿下の罪を明らかにしてください。

 なんとしても王国の名において正しい裁決を下して、大悪魔を出し抜かねばならない。

 聖女の捜索は、それがかなわぬとなってから始めても遅くはありますまい」


「承知いたしました」


 司教べぺは安堵しつつ、頭を下げる。

 その隣で、予言省副長官レースが、言いにくそうに口にした。


「昨晩、私ども予言省に、魔導国ギララからの問いかけがありました。

『〈黒き雷〉を観測した。なにがあったのか、詳細を伝えられたし』と」


 予言省は魔導国ギララと通じているのは、周知の事実だ。

 時間魔法を使って未来を予測することが予言省の務めだが、自力で時間を先読みする能力を持つ個人は、現在では皆無だ。

 必然、〈先読みの水晶〉と称される魔道具に頼ることになる。

 ところが、そうした時間魔法に関わる魔道具を生産できるのは、魔導国ギララの工房しかない。

 結果、〈先読みの水晶〉を設置する諸国の予言省は、魔導国ギララの意向を無視できなくなっていた。


(マズイな。もっとも、介入してきてもらいたくない相手だ……)


 幸い、魔導国ギララには、領土的野心がない。

 レフルト教会のように、諸国の政治に関わったり、聖戦の名目で軍事行動を仕掛けたりはしない。

 でも、人間社会の将来を守るためなら、いくらでも裏から手を回して、国王や大統領のみならず、教皇すら、その首を据げ替えてきたとも噂される。


 魔導国ギララからの使者が来た場合、対面するのが、王権代理オネストで大丈夫なのか?

 王の不在を秘して対処するにも、限界がある。

 しかもオネスト王太子は、軽率が服を着て歩いているような男だ。

 王権代理としても、できれば諸外国にお披露目したくない人材だ。


 ガッブルリは、奥歯を噛み締める。


(もとより、オネストは王の器ではなかったのだ。

 その意味では、今回のチチェローネ公爵令嬢にまつわる騒ぎは、良いきっかけとなった。

 いっそのこと、チチェローネ嬢に我がランブルト王国を代表していただく方が良いのでは……?)


 現実主義者のガッブルリにとっては、大悪魔の後ろ盾があるのも、恐怖する材料ではなかった。

 むしろ、ランブルト王国を強化できる豊かな資源だったのである。


 読んでくださって、ありがとうございます。

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