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マリーの新生活

私がクライヤードで住み込みで働くようになり、あっという間に数週間が過ぎました。慣れない生活に少し緊張もありましたが、オーナーのクライさんはとても温かく見守ってくれています。見た目は少し怖くて、無精ひげが似合う無骨な人に見えるけれど、私を奴隷扱いすることもなく、個人の部屋まで用意してくれて、ちゃんとお給料も払ってくれる。本当に、どこか親のように私に接してくれて、貴族の頃の上辺だけの付き合いとは違う、信頼できる人だと心から感じています。


それに、クライさんの娘であるハナさんもとても優しいんです。貴族の頃、友達と言っても表面だけの付き合いが多かった私にとって、ハナさんのような人は初めてかもしれません。時には私に料理のコツを教えてくれたり、雑談をしてくれたり……友達のように接してくれることが嬉しくて、彼女の存在がいつも私を安心させてくれます。


でも、何より驚いたのは、魔族の人々です。貴族の頃、周囲の人々から「魔族は獰猛で狡猾、凶暴で人間を嫌っている」と聞かされていたので、存在自体が怖いものでした。でも、実際に初めて会った魔族の方——ザグスさんは、まさにそんな噂とは正反対の人でした。


ザグスさんは私の職場の上司であり、見習いコックとしての先生でもあります。彼の肌は青黒く、腕が4本もあって、最初は圧倒されましたが、その腕で流れるように調理する様子は本当に見事です。早く、正確で、彩りも綺麗で……料理が完成するたびに、私は思わず見とれてしまうほどです。あの動きを真似しようと挑戦してみても、最近ようやく鍋が少し振れるようになった程度で、まだまだ遠く及ばないことを痛感しています。


そして、もう1人の魔族の子供が、メイラちゃんです。まだ幼い彼女は仕事というよりは、好きなことを自由にさせてもらっている感じです。たまに、私のウェイトレス業を手伝ってくれることもあるけれど、その姿はとても愛らしくて、微笑ましい気持ちになります。



ハナさんの助言もあって、私は料理全般よりも、スイーツ作りを担当するポジションを与えられました。ここに来たばかりの頃は不安でいっぱいでしたが、こうして自分の「役割」が見つかったことが、どれほど自分にとって大切だったかを今しみじみと感じています。


昔の私は、貴族の家で何不自由なく暮らし、紅茶を優雅に飲み、豪華なお菓子を当たり前のように楽しんでいました。その頃、お菓子は「食べるもの」にすぎませんでした。美しい見た目も、複雑な味わいも、ただ「当たり前」に享受するもので、それ以上の意味を感じたことなんて一度もなかったのです。


でも今は違います。お菓子を作るために粉をふるい、クリームを泡立て、焼きあがる香ばしい香りが厨房に満ちるたびに、私の胸は高鳴ります。思い通りに美しく仕上がったときは、小さな達成感が胸に湧き、嬉しくてたまりません。


そして何よりも、自分の手で作ったお菓子を誰かが食べてくれて、その人が微笑む……それがこんなに嬉しいものだなんて、想像もしていませんでした。今では、誰かに食べてもらうことが何よりの喜びで、まるで自分の「使命」みたいに感じています。貴族の頃には得られなかった、心の奥からこみ上げてくるような温かい感動が、私を包み込んでいるのです。


特にハナさんやメイラちゃんは、私が作るたびに「おいしい!」とキラキラした笑顔で褒めてくれます。その笑顔を見ていると、胸がじんわりと温かくなって、涙が出そうになることさえあります。何かに真剣に向き合い、それを認めてもらえる喜び……それは、これまでの人生では感じることのなかったかけがえのない瞬間です。


彼女たちの笑顔が私に力を与えてくれて、また次のお菓子作りに挑戦しようという気持ちにさせてくれます。





ザグスさんもまた、私にとってかけがえのない存在です。最初は彼の姿に驚いたものの、今ではその大きな青黒い体や4本の腕が頼もしくさえ感じます。ザグスさんは料理の基礎を一つひとつ丁寧に教えてくれるだけでなく、近いうちに食材の仕入れ先として知り合いの酪農家を紹介してくれると言ってくれました。どうやら牛乳や卵など、私のお菓子作りに欠かせない材料を直接手に入れる手助けをしてくれるようです。


「大事なのは、いい素材とそれを活かす技術だ、あと声ちっさ」と、ザグスさんはそう言って、優しいまなざしで私を見てくれます。彼が魔族であることなんて、今や忘れてしまうほどです。彼の気遣いや温かい励ましのおかげで、私は少しずつ自信を持てるようになっています。


そして、メイラちゃんもまた、愛らしく無邪気で、何かと私の周りを明るくしてくれます。最初は、魔族に対する恐怖や偏見が心の中に残っていましたが、ザグスさんやメイラちゃんと過ごすうちに、その考えがいかに一方的で偏ったものであったかを痛感しました。彼らと接するたび、過去に抱いていた「魔族は怖い存在」という思いが、ただの偏見だったと気づかされるのです。


「本当に、出会えて良かった……」


私の心は、少しずつ、彼らと共にあることの大切さと温かさで満たされています。

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