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かみはもういない

王都に戻ると、俺の胸には何とも言えない重たい気持ちが広がっていた。いつもなら誇りに思って踏みしめる城の廊下も、今日ばかりはやけに遠く感じる。衛兵や宮廷の人々がこちらをチラチラと見て、冷たい視線を投げかけているのがわかる。「また何かやらかしたな」という噂話が聞こえてくるようで、気が気じゃない。正直、あの場を去りたい気持ちを押し殺しながら、俺は玉座の間へと向かった。


玉座の間に入ると、国王が厳しい表情で待ち構えていた。やばい、これは完全に怒っている顔だ。玉座の脇には、大臣のバモスが薄ら笑いを浮かべながら立っている。嫌な予感しかしない。俺は深く息を吸い、国王の前に膝をつき、深々と頭を下げて報告を始めた。


「国王、ロハスにある宿のクライヤードは、魔族に占拠されているわけではありませんでした。それどころか、評判の良い宿として知られているようでして……」


俺が説明する間、国王はただ黙ってじっと聞いていた。やがて彼が冷たい声で「それで?」と短く尋ねてきた。俺は息を呑みながら、しどろもどろに続ける。


「それで……えーと、宿の入り口を……誤って少し壊してしまいまして……謝罪して、ひとまず戻って参りました」


自分でも情けないと思う。国王の前に立つ度胸のある「勇者」であるはずなのに、今はただ俯いて謝ることしかできない。玉座の間には重苦しい沈黙が漂い、冷たい汗が背筋を伝う。その沈黙を破ったのは、隣に立っていたバモスだった。彼はにやにやと薄ら笑いを浮かべて、わざとらしく感心したように顎に手を当てた。


「王様、失礼を承知で申し上げますが……彼の『壊し屋』の才能は、もはや偶然の域を超えているのではないでしょうか?いやぁ、『まるまる壊し』というか、『破壊の天才』というか、私も感服するほどです。騎士団に剣術を教えた時も、演習場が『まるまる』吹き飛んだとか……これには私も驚愕したものです」


バモスは俺に向けてちらりと笑みを浮かべ、さらに嫌味を重ねてくる。まるで「こんな失態をどう思うか」と、周りの者たちに問いかけるような態度だ。


「さらにですね、空を飛んでいたハイバーンを落とすために、わざわざ王の最上階の部屋まで『まるまる』吹き飛ばしてしまったとか?……いやぁ、ここまで徹底的に破壊するというのは、なかなか真似できることではないですねぇ。さすがは『まるごと破壊の名人』です、ははっ!」


バモスの嫌味な言葉に、俺は拳を握りしめ、何か言い返したい衝動に駆られた。しかし、バモスはそれに気づいているのか、さらに楽しそうに笑みを浮かべて続けた。


「おっと、失礼しました。あまりにも感動して、つい称賛してしまいました。……そうですね、王様、いっそのこと『壊し屋』として新しい称号を与えては?勇者というのは、民を守る存在ですから、壊し屋の方がしっくり来るかと」


こいつ……!俺はついに抑えきれず、怒りを抑えた声で反論した。


「ふざけるなよ!俺は勇者として、この国を守るために戦ってきたんだ!お前にバカにされる筋合いはない!」


だが、バモスは一瞬も怯むことなく、余裕の表情を浮かべ、むしろ楽しげに肩をすくめた。


「いやいや、ただの『感想』ですよ、元・勇者殿?『元・勇者』……あぁ、なんて響きがいいんでしょう。これほどまでに『まるまる』壊して回るのは、まさに天賦の才能ですね。お見事!」


その瞬間、国王が鋭い視線を向け、冷たい声で告げた。


「レオン、お主、もう勇者の称号は返してもらう。勇者としての役目は、ここまでじゃ。……そなたは、首じゃ。」


「……え?」


頭がガンと鳴り響いた。視界が歪んで、膝がわずかに震えたのを感じる。勇者の称号を……失う?俺が?ただ命令に従って剣を振るってきた俺が、ここで「首」だって?何かの間違いだろう……!


だが、国王の冷たい目を見て、全てが現実であることを突きつけられた。言葉が出ない俺を見て、バモスがさらに勝ち誇ったように笑みを浮かべた。


「いやぁ、これでやっと『まるまる吹っ飛ばしの天才』が晴れて自由の身になられるわけですねぇ!国の財政にも限りがありますからね、いやぁ、感謝感謝です!」


バモスの言葉に、怒りが限界に達し、剣に手をかけかけたが、国王が無表情で衛兵たちに命じた。


「退職金を渡し、装備を剥がして城から放り出せ。これ以上、国に負担をかける必要はない」


衛兵たちが俺に近づき、無言で鎧や剣、マントを次々と剥ぎ取っていく。装備を剥がされるたびに、まるで俺のプライドが地に落ちていくようだった。鎧の冷たさが肌から離れていくたび、現実が冷ややかに突き刺さる。最終的には、ただの薄い布一枚の姿になっていた。


衛兵から差し出された退職金の袋は、驚くほど小さく、軽いものだった。これからの生活を支えられるかどうかもわからない。


城門の外に放り出され、重い扉が音を立てて閉まると、冷たい風が布越しに肌にしみて痛い。ふと見上げると、城壁の上にいるバモスがこちらを見下ろして手を振っている。


「いやぁ、元・勇者殿!裸一貫での新しい人生、どうぞお楽しみくださいませ!あなたの『まるまる壊し』の才能、ぜひ外の世界でも発揮してくださいねぇ、ははっ!」


バモスの笑い声が耳に残り、冷たい風の中で、俺は悔しさと虚しさだけを胸に、城の外でただ立ち尽くしていた。


人生が真っ暗になったその瞬間、俺の中で、勇者として張り詰めていた何かが完全に「プツン」と音を立てて切れたのがわかった。まるで心の底からエアが抜けたかのように、一気に気が抜けていく。首を告げられたショックに加え、これまで感じたことのない極度のストレスがじわじわと襲ってくる。


頭の中はぐるぐると混乱し、ぼーっとしながら足元もふらつく。「まさか俺が、首に……」と何度も頭の中で繰り返しながら、玉座の間を後にした。


外に出た瞬間、ふと頭のてっぺんが妙にスースーするのに気づいた。何かおかしい。俺は無意識に手を頭の上にやり、髪を掴もうと指を動かす。


——するり、と。


「……あれ?」


手を下ろしてみると、指先に触れたのは見事なまでの抜け毛だった。いやいや、そんなまさか……。目をこすり、もう一度頭を触ると、指先にさらに抜け毛が絡みつく。まるで砂がこぼれるように、俺の髪がするすると抜けていく。


「う、嘘だろ?!」


俺は思わずガバっと頭を掴んだが、それがまたまずかった。勢いよく掴んだ指の隙間から、さらにごっそりと毛が抜け落ち、パラパラと地面に落ちていく。城門の外で、風に吹かれながら髪が舞い散る様子は、花が舞い散る様に美しく、どこか悲しげで哀愁さえ漂っているようだった。


「……さすがに、これは冗談だよな?」


もう一度、そっと頭を撫でてみた。が、触れるたびに、髪がバッサバッサ抜け落ちていくではないか。俺はもはや声も出せず、口を開けたまま茫然と立ち尽くす。ストレスで心が折れただけじゃなく、文字通り毛根から全部抜けていくという現実に、俺はただただ驚愕していた。


「勇者失格」だけじゃなく、「ハゲた元・勇者」になるとは……人生、思ったよりも容赦がない。


しばらく無言で頭を撫で続けていたが、もうすっかり「ほぼスッキリ」な状態だ。25年も生きてきて、ここまでどん底に落ちたのは初めてだった。思わず、声を上げて泣き出してしまう。人生初の、心の底からの号泣だった。


「……うわぁあああっ! 何なんだよぉ!こんなのってないだろぉ!」


泣き叫ぶ俺の声は、ただ冷たい風にかき消され、城壁の上にいるバモスの嘲笑が響いているのがわかる。そうして俺は、もはや勇者の名も髪の毛も失い、ただ風に吹かれながら、哀愁漂う元・勇者として立ち尽くしていた。

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