夜叉鬼人キリコ
私の名はキリコ。22歳、鬼人族の女だ、生まれながらにして強い力を持ち、魔族の中でもその強さは群を抜いている。力というのは、鍛えれば誰でも手に入れられるものではない。私の強さは天性のものであり、意識せずとも自分の内から湧き上がってくるようなものだ。そんな私だから、魔王軍の中でも一目置かれる存在となった。
そして、強さゆえに魔王直属の「深淵の七柱」のひとりに任命された。七柱は、魔王軍の中でも特に優れた強者や知者が選ばれる、いわば幹部のような存在だ。七柱に入るためには、圧倒的な強さ、もしくは知略に優れている必要があるが、私はまぎれもなく前者。圧倒的な力で他をねじ伏せることが私の生きがいだった
そんな私には、どうしても好きになれない存在がある。それは、自分より弱い男。彼らは一見、無害で穏やかに見えるかもしれないが、私には理解できない。もし彼氏ができたりして、その彼氏が自分より弱ければ、どう見えるだろうか?彼が私のそばに立つ姿は、まるで私が彼をはべらせているように見えてしまうだろう。それがどうしても我慢ならない。
誰かに従えられるのではなく、私をはべらせるような男がいい。強い者が好きというわけではなく、私よりも堂々として、私を支えてくれるような男。それが理想だ。はぁ〜
私は、そんな相手に出会うことを夢見ながら、日々戦いに身を投じていた、そしていつしかこう呼ばれる
夜叉鬼人 キリコと
私は、黒い髪と白い肌を持ち、額から長く鋭い角が二本突き出ている。その姿だけで、人間たちは私を恐れ、目が合った瞬間に背を向けて逃げて行く。そうだ、私の姿は恐ろしいのだろう。見慣れた魔族でさえ、私に近づくのをためらう者がいるほどだ。
だけど、どうしても伝えられない想いが私の胸にはある。強さや恐ろしさだけで見られることが、いつも心に痛みを残す。たしかに私は強い。だが、見た目がどうであろうと、私はただの女の子でもあるのだ。触れられたいし、温もりを感じたい。恋だってしてみたい。見た目だけで判断され、近寄られることすらないまま生きるのは、本当に寂しいことなんだ。
時々思う。私が誰かと一緒に歩いていて、その相手が私を守ろうと隣に立ってくれたら、どれほどの安心を感じるだろうかと。強いと言われ、恐れられた人生の中で、ただ一度でもそんなふうに、普通の女の子のように隣にいてもらえたら……。
見ただけで逃げないでほしい。私はただ、人と心を通わせたいのだ。鋭い角や力に縛られず、ただ「私」という存在を見つめてくれる誰かに出会えることを願って、今日も一人魔王城で仕事に明け暮れる。
そんな私の唯一の生き甲斐、心の救いは、メイラちゃんだ。
彼女は幼い頃から私を「お姉ちゃん」と呼んでくれる、あの可愛らしい女の子。無邪気で、いつも笑顔で、私の手を握ってくれる。その小さな手の温もりが、私には何よりも愛おしい。
私は本当は、深淵の七柱の役目も、幹部としての重責も好きではなかった。戦うこと、力を誇示すること、それが私の全てだと思い込まれてきた。でも、メイラちゃんに会えるなら……その笑顔に触れられるなら、それも受け入れてみようと思えたのだ。彼女と過ごすひとときが、私の心を救ってくれる。彼女が笑って私の名前を呼ぶ、その瞬間が、何にも代え難い私の宝物だ。
メイラちゃんに会いたい。その気持ちだけが、私が幹部としての役目を渋々ながらもこなす理由だった。誰も私の内心には気づかないだろうけど、彼女がそばにいてくれる限り、私はこの道を歩み続ける。彼女のために、彼女の笑顔のために、この恐れられた姿を守り抜く。それが今の私の生きる意味であり、唯一の救いなのだから。
そんな、私の生き甲斐が、突然消えてしまった。
メイラちゃんがいなくなった——それも、あのバカ魔王のせいで。
理由はなんだって?家出しただと?あのクソバカ魔王が、ちっぽけなプライドを振りかざしたせいで、メイラちゃんは耐えかねて、とうとう城を飛び出してしまったらしい。何がどうなって、そんなことになったのか詳しくは知らない。でも、彼女が笑顔を消して去っていったのだと思うと、胸の奥がズキズキと痛む、あのアホ魔王め
魔王の無茶な指示も、七柱としての重責も、彼女がいるからこそ我慢してきた。それがどうだ、こんな形で私の元を去るなんて……私の心を支えていた唯一の光が消えてしまったように感じる。
「このバカ魔王、どうしてくれるのよ……!」
思わず拳を固め、周囲の空気がビリビリと震える。いつも冷静を装っていた私が、こんなにも心を乱すことなんて、今まで一度もなかったのに。
メイラちゃんがいなくなった世界は、なんて冷たいんだろう。今すぐにでも探し出して、その小さな体を抱きしめてやりたい。この胸に戻ってきてほしい、あの無邪気な笑顔で、もう一度「お姉ちゃん」と呼んでほしい。
私は決めた。何が何でも、あの子を見つけてみせる。
魔族領を隅から隅まで探し回ったけれど、メイラちゃんの姿は見当たらない。山奥の村も、影の世界も、魔王ちゃんランドも私が思いつく限りの場所を巡ったけれど、何の手がかりも得られない。どこにいるの?一体どこで何をしているの?心配と焦りが募って、次第に絶望が胸を占め始める。
もう嫌だ……もう、あの笑顔に会えないの?
そんな思いが心をよぎるたび、頭を振って必死に気持ちを奮い立たせる。まさか、人間の街にでもいるんじゃないか?捕らわれて、どこかに閉じ込められているとか……!
その想像に、私の血が逆流するような怒りが湧き上がる。もしそんなことが起きていたら、その相手を見つけ次第、八つ裂きにしてやる。どんな相手だろうと関係ない。私の生き甲斐に手を出した代償を払わせてやる。
「……ロハス。人間と魔族の狭間にあるあの街で、少し情報を集めてみよう。」
そう心に決めると、迷うことなく街道を進む。風が冷たく肌を撫でるけれど、構っている暇はない。メイラちゃんの無事さえわかれば、それでいい。
人間なんて、所詮は弱くて頼りにならない存在、生物としてひ弱すぎる、私に匹敵する強さを持つ者など、ほんの一握りしかいない。これまで私が挑んだ相手のほとんどは、簡単に打ち負かしてきたし、痛みを感じる間もなく、ただ恐怖におののいて逃げ出すだけだった。
……そうだ、あの勇者達を除けば。
数年前のことだった。人間界と魔族領の間で起きた小競り合いの際、勇者と呼ばれる男達が立ちはだかったことがあった。あの時ばかりは、私も思わず剣を構えた。彼はただの人間にしては異様なまでに腕が立ち、どんなに猛攻を仕掛けても引かず、むしろ私と対等に渡り合ってきた。
特に許せないのは、私に傷を負わせたあの人間の戦士——ダイン。あの男は他の人間と違って、恐れずに向かってきたばかりか、私に一撃を与え、今も肩にその傷跡が残っている。
魔族にとって、傷を負うことなど滅多にない。それが何を意味するか、あの戦士は理解しているのだろうか?この傷は、ただの物理的な痛み以上のものを私に刻み込んだ。魔王の幹部である私に、この「痕」をつけるなど、許しがたい屈辱だ。思い出すたびに、怒りがこみ上げてくる。
傷跡に触れると、冷たい感触が指先に伝わり、まるであの戦士が今も隣に立っているかのような錯覚を覚える。この傷が、彼の存在を忘れさせない証であるように、私の中に深く刻み込まれている。
「ダイン……この傷を負わせたこと、忘れるものか。お前には、いつか必ず償わせてやる」
そうつぶやきながら、私は肩を覆う装甲をしっかりと締め直す。どこかで再び彼と相見えることがあるなら、その時こそ、今度はこの傷の記憶ごと消し去ってやる。