新しい従業員、ホウキ振り勇者
盛大に勘違いした俺は、クライとの約束通り掃除をし、誠意を込めて謝罪をするつもりでここに来たというのに、出迎えてくれたこの宿の連中の態度は、なんだかいちいちイラつく。俺がまるで笑いものにされているように感じて、少しずつプライドが削られていくのを感じる。だが、ここまで来た以上、気にしてはいられない。
そんな俺を見て、クライがニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら尋ねてきた。
「ところでお前、持ってきたんだろうな?」
……持ってきた?ああ、そうか、金のことか。仕方なく俺はポケットから袋を取り出し、少し頭を下げながら差し出した。いざこうして渡してみると、自分の情けなさがこみ上げてくる。
「これが、退職金から……用意したものです。修理費と迷惑料のつもりですから……」
俺が言い終わる前に、クライは袋をサッと奪い取り、袋の中身をちらっと確認しながら、満足そうにニヤニヤ笑っている。
クライは袋を手に取ると、まるで子どもが遊び道具を手に入れたかのような表情で、中身を覗き込んでニヤリと笑った。そして一瞬の沈黙の後、わざとらしくため息をつき、俺に目を向けて、にんまりと笑みを浮かべながら言った。
「まぁ足りない分、1年はうちで働いてもらおうかな」
「は……?1年って何の話ですか?」
不意を突かれた俺は、思わず声を上げてしまった。頭が混乱し、言葉がうまく出てこない。掃除の手伝いをするって話だったはずだ。それが、いきなり「1年」なんて、どういうことだ?長くね?
クライはまるで俺の困惑を楽しむかのように、ニヤニヤ笑いを浮かべながら肩をすくめる。
「いや、当然だろ?せっかく勇者様が掃除係として来てくれたんだ。ここで働いてもらって、きっちり恩返しをしてもらわないとな。ほら、さっさとほうきでも持って、裏庭から頼むぜ、どれでも好きなホウキを使っていいぞ!」
まるで子どもをあしらうような口調で、俺の肩をポンと叩きながら言うクライの態度に、怒りを抑えきれなくなり、胸がドキドキと音を立てる。だが、今は怒りを飲み込むしかない。何しろ無職で居場所もなく、たった今、退職金を修理費として渡したばかりの身だ。
俺はため息をつきながら、苦笑いを浮かべて、近くにあったほうきを手に取った。気を抜けば胸の奥にあるプライドが一気に崩れ落ちてしまいそうだが、今はこれが俺の現実だ。
「わかりましたよ……やりますよ、掃除係を。」
そんな俺の言葉を聞き、クライはにやりと笑ったまま言い放つ。
「おう、そんじゃあな、裏口から出て森の方も頼むわ。半径5キロほど、魔物もろとも綺麗にしてこいよ。あ、木とかも傷つけんなよ、ちゃんとゴミは持ち帰れよ、掃除係さん。」
その言葉に、俺のプライドがまた一層削り取られるのを感じながら、無言でうなずいた。
俺はハナさんの案内で、裏口に誘導される
裏口にたどり着くまでの道中、ハナさんはふと足を止めて、少し真剣な表情で俺の方を向いた。
「お父さん、ああいう感じだけど…実は、約束を守ってここに来てくれたこと、嬉しいと思ってるんだと思うよ」
俺は一瞬驚いて、あの嫌味たっぷりなクライのニヤニヤ顔を思い浮かべる。いやいや、あの半笑いで?本気でイラっとしたんですけどね?と突っ込みたい気持ちをこらえて、なんとか苦笑いを浮かべる。
「そう…ですかね。いや、でも正直、言われたとおり掃除して謝るつもりで来たんですけど。」
ハナさんは微笑みながらも「ふふ、部屋も用意してるし、ちゃんと食事もあるからね」と軽くウィンクする。俺は小さくため息をつきつつ、裏口へと誘導されていく。廊下の先に見えてきたその扉に、なんだか嫌な予感がする。
「ここが裏口だよ。半径5キロは広いけど、いつもお父さんが掃除してるから。頑張ってね、元勇者さん!」と明るく言われ、俺はその笑顔に押されるように、「了解です、ハナさん」と素直に頷いた。
ハナさんはそのまま立ち去るかと思いきや、ふっと振り返って、念を押すように一言。
「ゴミはちゃんと持ち帰ること、終わったらザグスさんのところに行ってね!」
俺はもう苦笑するしかなかった。何のゴミが出るかもわからないけど、「はい、わかりました」と言い、ガチャリと扉を開ける。するとそこには、裏庭というよりも鬱蒼とした森が広がっていた。
「いや、これ森だろ……」
目を凝らして見ると、木々の隙間に不穏な影がいくつか見える。毛むくじゃらで、鋭い牙が光っている……狼型の魔物たちが集団でこちらを伺っているじゃないか。俺は思わず目を疑った。
「…ちょっと待てよ、これ“掃除”っていうより、“魔物退治”じゃないか?」
心の中でクライへの文句が浮かんでくる。「掃除を頼む」って話だったはずだろ!けれど、仕方がない。俺は無職の身、掃除係としてここにいるんだ。
「まったく、これが元勇者の仕事かよ……でもまあ、やってやるか。」
俺は心を決めて、何本も壁に掛かるほうきの一本を手に持ち握りしめて構えた。普通なら剣を振るうところだが、今の俺の武器はただのほうき一本。しかもこのほうき、持ち心地は悪くないが、ただの掃除道具として用意されたものに違いない。まさか、これで戦えと?
森の奥で待ち構える魔物たちが、こちらにじわりじわりと近づいてくる。その目はギラリと輝き、威圧感を漂わせている。俺は汗をかきながら、しぶしぶほうきを振り上げた。
「…まぁ、勇者失格とはいえ、これが俺の新しい仕事だし、やるしかねぇか!」
意を決して、俺はほうきを一振りして、まずは目の前の魔物に向けて突撃していった。