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綱引き

俺は厨房に突撃し、思わず叫び声を上げてしまったが、どうやら状況を完全に勘違いしていたらしい。厨房の様子を見渡すと、そこには青黒い肌のザグスが4本の腕を組み、マリーさんに熱心に調理の手ほどきをしている姿が見える。その隣でクライがマリーさんの料理を味わいながら、ザグスのレクチャーを眺めていた。どうやら、俺が「危機」だと勘違いした状況は、単にマリーさんがフライパンを「振る」練習をしていただけらしい。


俺の突然の乱入に、マリーさんが驚いた表情で青ざめたままこちらを見つめている。俺の胸にグサリと何かが刺さった気がした。クライの茶化しで、余計な誤解まで生まれたようだ。くそ、せっかく好みの女性の前でカッコつけるつもりが、すっかり台無しじゃないか!


俺:「えっと……すみません。何か、何か誤解があったようで……」


慌てて釈明しながら、狼の毛皮の帽子を押さえつつ視線を床に落とす。これ以上恥をかくわけにはいかないって気持ちで、心がどんどん縮こまっていくのを感じた。


ザグスが軽く肩をすくめ、ニヤリと笑う。


ザグス:「なんだか面白いやつだな、狩人殿?」


俺:「狩人じゃなくて……いや、もう何でもいいや……」


反論する気力も失いかけている俺を見て、ハナさんがお茶を持ってきてテーブルに置き、顔を上げずに俺をちらりと見た。


ハナ:「あのー、狩人さん、厨房にいると邪魔だから、こちらで待っててね」


狩人って……俺は勇者、いや、そもそも名前はレオンって言ったはずだ。それを思い出して、軽く肩をすくめながら改めて名前を伝えてみる。


俺:「あのさ、狩人じゃなくて、名前はレオンです。ちゃんと名乗ったと思うんだけど……」


ハナさんは一瞬だけ俺を見て、それからお茶をすすり、何の感情もないような淡々とした声で答えた。


ハナ:「ふーん、あっそ」


……なんてそっけない返事だ。俺は思わず眉をひそめたが、その瞬間、ハナさんが厨房に向かって口を開くのが聞こえてくる。声は意外と大きく、全部俺に筒抜けだ。しかもクライもあからさまに答えている。


ハナ:「お父さん?早く食べて、この人の対応してよ」


クライ:「おう、食べ終わったらな。それまで座らせとけ」


……おい!ぜんぶ聞こえてんぞ!


俺が唇をきゅっと引き結んでいると、椅子に座った途端、後ろから小さな手が帽子を引っ張る感触がした。


メイラ:「ホウキ渡したんだから、帽子をよこすのだ!」


どうやら、メイラは俺の帽子についている狼の毛皮の尻尾が気に入っているらしい。小さな手が帽子の尻尾を掴み、絶妙な力加減で引っ張ってくる。引っ張られるたびに、俺が少しでも力を入れすぎると、帽子がすっぽ抜けてハゲが露呈してしまうかもしれない。危機的状況に、俺は思わず内心でため息をついた。


俺:「おい、こら、メイラ。帽子はやらねーぞ。これは俺の命なんだ」


メイラ:「むむむ……勇者なのに、こんな帽子くれなのだ!ケチケチ!」


その顔はまるで「勝てる」と信じて疑っていない無邪気な笑みだ。俺はそんなメイラの挑戦を受け、帽子を支え続けることに集中する。お互いの力加減が繊細にせめぎ合い、緊張が走り、額にうっすら汗がにじむ。これはまさに「パワーバランスの戦い」だ。


俺の目が真剣になった瞬間、背後からハナさんがさらりと口を開いた。


ハナ:「ダメだよ、メイラちゃん。狩人さんの帽子引っ張っちゃ、頭こすれてハゲちゃうかもしれないでしょ?」


その言葉のトゲは鋭く、俺の胸にぐさりと刺さった。


メイラ:「だって、メイラもこの帽子欲しいのだ!」


俺:「いや、あげねーよ。これはダメだって」


ハナ:「ほら、ね?見せたくないんだって。やめてあげなよ、男って隠したがるもんなんだよ、ね?」


……この子はいちいち刺してくるな。俺は思わずため息をつきながらも、帽子を絶対に脱がせないという強い決意を胸に、メイラと帽子の綱引きに全神経を注いだ。


その時、厨房からクライが食事を終えて、爪楊枝をくわえたままこちらにやってきた。肩をくいっと上げて無愛想に話しかけてくる。


クライ:「おい、さっきから何話してんだ、お前ら?」


メイラはクライの質問にすぐさま答えた。


メイラ:「だって、勇者にホウキをあげたのに、帽子をくれないのだ!」


俺:「す、すまんな、コレは譲れないんだ」


クライはあからさまにニヤリとし、ふざけた顔で俺を見ながら一言。


クライ:「いやいや、室内で普通、帽子かぶらないだろ?はは、ハゲかよ。お前?ハゲてんの?」


俺:「ハゲてねーし!」


厨房からマリーさんの「クスクス」と可愛らしい笑い声が聞こえてくる

俺の顔は赤くなり、メイラは不満そうに帽子の尻尾を引っ張り続ける。俺はメイラと帽子の綱引きに集中しながらも、なんでこんな連中に囲まれてるのか、再びため息が漏れるのだった。

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