先輩の謎、思い出の欠片
夕暮れが研究室を包み込む頃、俺はまだパソコンに向かっていた。…といっても、作業は進んでない。さっきからネットサーフィンしてばっかりだ。
「藤井くん、まだ居残り?」
突然、背後から優しい声がして、俺は驚いて体をビクッと震わせた。振り返ると、そこには渡辺先輩が立っていた。
「わ、渡辺先輩!いつの間に!?」
「最初からいたんだけどね、結構ずっと。気づかなかったみたいだけど。」
彼女はクスッと笑いながら俺のデスクを覗き込む。「あれ?これ、研究じゃないよね?」
「い、いや、ちょっと情報収集というか…まあ、研究に役立つ情報がないかと…」
焦って説明する俺の言い訳を、先輩は完全にスルーして笑っている。
「えーと、これは……『可愛い猫画像10選』?」
「そ、それは、ストレス解消のためのリサーチです!」
「ストレス解消なら、もっと外に出て歩いた方がいいよ?」
渡辺先輩は楽しそうにツッコミを入れつつ、自分の席に戻ろうとする。
「待ってください、先輩もまだ残ってるんですか?もうかなり遅いですけど…」
「んー、そうだね、ちょっとね。」
彼女は席に着くと、窓の外を見つめながら、少し遠くを見るような表情になった。
「藤井くんって、恋愛とかどう考えてる?」
「えっ、急にどうしたんですか?恋愛、ですか?」
俺は予想外の質問に戸惑った。研究の話はよくするけど、恋愛なんて今まで話題に上がったことない。
「うん、いや、ちょっとね。まあ、答えづらかったらいいけど。」
「いえ、別に答えられますよ!…でも、今はそんな余裕ないですけどね。恋愛なんて、研究で手一杯ですし。」
「そっか。ま、藤井くんらしいね。」
渡辺先輩はまた微笑む。だけど、その笑顔がどこか寂しそうに見えた。
「先輩はどうなんですか?」
「あたし?うーん、どうだろう……」
先輩は少し考えた後、小さな声で呟いた。「実はね、昔付き合ってた人がいたんだ。」
「えっ!? まさか先輩が!?」
「なんでそんなに驚くの?」
先輩は肩をすくめて笑う。
「いや、だって先輩、完璧なイメージだったので…その、元カレとかそういうの想像もしてませんでした!」
「完璧じゃないよ、全然。」
彼女は少し苦笑いを浮かべて、窓の外を再び見つめた。「その人とはね……うまくいかなくなったんだ。」
「ああ……そうだったんですね。」
俺は急に真剣になってしまい、場が少し静かになる。
「でも、別れた後もなんとなくその人のことを思い出すことがあってさ。ふとした瞬間にね、昔一緒に行った場所とか。」
「あ、もしかして、これって元カレあるあるですか?」
「うん、まあそんなところかな。藤井くんにはまだ早いかもね、こういう話。」
先輩はまた笑ったが、その目はどこか少し悲しげだ。
「それで、その元カレさんはどんな人だったんですか?どんなところが、こう……良かったんですか?」
「んー、そうだな……最初はすごく話が合ったんだよね。お互いに熱中しているものがあって、それでお互いを刺激してた。でも、だんだん違う方向に進んでいったというか…。」
「研究で?」
俺は何となくそうだろうと思って聞いた。
「うん、研究もだけど、気持ちもね。だから、今でも少し思い出してしまう。でも、それも過去の話だし……そろそろ忘れないとね。」
先輩はそう言いながら、少し自分に言い聞かせるように呟いた。
「元カレ、かなりすごい人だったんですね。……でも、俺も頑張れば、いつか先輩に追いつけますかね?」
「藤井くんが猫画像ばかり見てたら、追いつくのはまだまだ先かもね。」
渡辺先輩は少し冗談混じりにそう言って笑った。