春風に揺れる微笑み
春の柔らかな陽射しが研究室の窓から差し込み、微かに花の香りが漂う午後。静寂の中、カタカタとキーボードを打つ音だけが響く。
渡辺先輩。
彼女は、俺がこの研究室に入った理由の一つだ。理知的で美しい顔立ちに、誰に対しても優しい態度。その背中を、俺はいつも少し遠く感じながらも、目で追ってしまう。
「藤井くん、大丈夫?」
ふいに優しい声が耳に届く。驚いて顔を上げると、渡辺先輩が俺のデスクの前に立っていた。彼女の茶色のロングヘアがふわりと揺れる。
「え、あ、はい! 大丈夫です!」
思わず声が裏返り、焦って姿勢を正す。渡辺先輩はクスッと笑って、俺の画面を覗き込んだ。
「進捗、どうかな?もし詰まっているなら、相談してくれていいよ。」
彼女は、やっぱり優しい。だが、その笑顔を見るたびに、俺の胸は締め付けられるような感覚に襲われる。
渡辺先輩は俺にとって、高嶺の花だ。気さくに話しかけてくれるが、それが恋愛対象としての接し方ではないことを、どこかで理解している。
「今のところ、問題なく進んでます!」
精一杯の笑顔で答える俺に、渡辺先輩は一瞬だけ目を細めた。
「そっか。でも、無理はしないでね。自分を追い詰めるのは良くないよ。」
彼女はそう言うと、再び軽く微笑んでから、自分の席に戻っていった。彼女の背中を見送りながら、俺は静かにため息をついた。
渡辺先輩のことが好きだ。でも、この感情が叶うことはないだろう。