コスプレイベント
10年前ーー。
この頃の私の楽しみは週末母親二人でお洒落なカフェでパフェを食べる事だった。
その日も母の後ろにぴったりとくっついていつも通りの道を歩いて…。
いつも通り…?
アニメ専門店、ゲームセンター、中古アニメショップ、ここの地域は数多くのアニメまたアニメに関連したショップが多く生息しており、様々なジャンルのヲタク達が右往左往している。
あれ?あれ?
今日はいつもと違う。
今日はいつもと違う人達が混ざってる。
髪の毛が赤色とかオレンジ色とか青い髪の毛をした人が、普段の生活では絶対に着ない服を着て歩いている。
テニスのユニフォーム、バスケのユニフォーム、学生服、そう言えば普通の気がするが、お顔が全然普通じゃない。
髪の毛も色だけじゃなくあんな奇抜な髪型おかしい!
しばらく観察していると、この人達のほとんどに見覚えがある事に気がついた。
あ!これはアニメの世界の人達だ!
この人達はアニメの世界から出てきたんだ!
わ!心がワクワクしてきた。
母親は敢えてその人達を見ないように歩いているから自然と早歩きになっていた。
あ…。
そんな早く歩かれたら…。
母の背中を見失うまで時間はそうかからなかった。
「あれ?ママ?」
急に母親とはぐれてしまった恐怖。
こんなに人がいる中での孤独。
他のみんなは誰かと一緒にいるのに、私だけ一人ぼっち。
「ママ…?」
泣きたくなる気持ちを必死で堪えた。
カフェまでの道は覚えてるから何とか一人で行けるはず!
だけど…。
少し、ううん、めちゃくちゃ心細い。
でも、絶対に泣かないんだから!
拳を強く握りしめ、一歩一歩力を込めて歩き出そうとした時、前を歩いていたお姉さんの大きなバッグに顔を思い切りぶつけてしまった。
缶バッジのたくさんついたそのバッグの威力は絶大だった。
不覚にもバランスを失った私はその場で座り込み、お姉さんの後ろ姿を見ていたら我慢していた涙が止まらなくなった。
「どうしたの?」
頭上から降りかかる声に顔を上げた。
「は!」
その人は私が大好きなアニメの主人公、ウルバヌスさま、ウルさまだ!
襟元の白のスカーフ、バイオレットの軍服のような服の上から黒のマントを羽織り、紫色の瞳。
「ウルさま!!!!」
私の言葉にクスリと口角を上げて彼は言った。
その笑顔が本物のウルさまで。
もう何て言いか分からなかったけど、すごく嬉しかった。
「そうだよ、ウルバヌスだよ。こんなところで一人でどうしたの?」
「お母さんとはぐれたの」
「そっか。それは大変だったね」
「…」
「でも、もう大丈夫だよ、ウルバヌスがキミのお母さんを探してあげるから」
そう言って紺色の手袋が私に手を差し出してくれた。
そして、現在。
「ねぇ、めちゃくちゃ暑いんだけど、こんな暑い中本当にやってるの?」
前を急ぎ足で歩くSNSでの友達ユミチィに声を掛けるが彼女は今は完全に自分の世界に入っているから、周りの騒音も何も聞こえていないだろう?
彼女は今目的のために急ぎ足で歩くと言う事しか頭に無いのだ。
『推しに会う』ただそれだけの目的のためにこの猛暑の中ひたすらに歩いている。
彼女の本名すら知らないが、彼女の性格は分かってるつもりだ。
いつもはうるさいぐらいにお喋りな彼女が駅から一言も話さないのを見ると相当気が焦っているのだろう。
彼女が無口になるのは、時間に余裕が無い時と脳裏の中で自分の世界を作っている時だ。
(それは私も同じなのでよく分かる)
「ねぇ、今日気温36度になるって、こんなに暑いのに本当にやってるの?」
私の発言は後半に掛けて小さくなっていった。
派手な髪色、派手な衣装、派手なメイクをした人達が私の目に映ったからだ。
ああ…。ちゃんとやってるみたいだね。
月一で都内のビル街で行われているコスプレイベント。
ユミチィの目的はここで『推し』と写真を撮ることだった。
私はただ彼女のカメコに徹しようと着いてきた。
すごい、たくさんの人がいるなー。
こんな暑いのにみんなちゃんとキャラになりきってる。
「レミも好きなキャラのコス見たら写真撮ってあげるね!」
私の好きなキャラ…?
「ほら!前に言ってた王子様がいるかもしれないよ」
ずっと昔ここでやってたらイベントで出会った、私の王子様。
ユミチィの付き合いと言いながら内心期待してる私はウルさまを探し始めた。