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エピソード0.2 浪速の湯の事件簿

 〈プロローグ・釈台〉


 釈台にほんのり桜の松竹梅の花柄にちりめんのいかにも高そうな西陣織を身につけ髪をアップにまとめて狐の形の銀細工の髪留めした気品ある年配の女性が座っている。


 ウカノミタマ「ふふふ...宝乃さんの所の話はいつも、面白いですわね。皆様、お初にお目にかかります、(わたくし)、ウカノミタマと申します。鞍馬(くらま)山の尊天様に見守られた豊かな温泉地に晴明館という温泉宿を構えおりまして、妖怪湯の連盟の元締めをさせて頂いております...ふふふ、あ!そう言えば...大猫さんもお歳なのでしょうか...嵐山は玄関口でして、あくまでもこちら鞍馬が本拠地で御座います。ふふふ。間違えますと、玄関口で追い返されてしまいます。そうしますと、貴船神社のたかおかみ様の屋形船には乗れませんよ。くれぐれもお間違えのないように。ふふふ。それはそうと、まずは、私達のお話を少ししましょう。今は私、日本の伏見稲荷大社のウカノミタマを名乗らせて頂いておりますが、元々は中国からちょっと...まぁ〜ここで話すと長い話になりますので控えさせて頂きまして、妲己(だっき)と呼ばれる九尾狐(クミホ)...日本ではきゅうび、ですね。要は、狐の妖なので御座います。妖怪湯の連盟の元締めなんて言っても、私が創立者ではないのです。あくまでも、創立者、安倍晴明の代役と申しますか、仕方なくまぁ...という感じなのです。一番年長者というのが一番の理由かもしれませんけれども...何せ、妖怪は目下のものに命令されていうことを効くような、そんな礼儀正しいものはおりませんで、まぁ晴明には、恩義があってのことでして、目下でも半分人間であろうと...ふふふ、妖怪はそこらへんは義理堅いのです。その晴明が何を思ってか、この連盟をずいぶん昔に作ったのですが、今では全国各地にあるというのですから驚きですわね。ただ、晴明はここ何十年も姿を消したままでして、どうして連盟を作ろうとしようとしたかは、謎、なのです。簡単に言えばそんな感じなのですけれど、当館はまぁ、私が伏見稲荷大社の者というのもあって、宿で働いているのも皆、あ...昔はほぼ狐だったのですが...ただ...私が拾った、玉藻前(たまもまえ)...ふふふ...この子も私と同じ大昔はやんちゃでして...いけませんね、それはそれとしてまた今度の機会として、この子も幼児の時に親を無くした白狐(びゃっこ)を拾ってきまして、まぁ、最近では狐だけではなく色々な妖が働いております。場所柄もありまして、昔は厳格、なんて性に合わない感じで営んでいましたが、今はもう今風に言えば、フレンドリーな感じなのです。そうそう、最近、錆猫の猫又が入ってきまして、また一段と賑やかになりそうな予感ですわ。ほほほほ!何せ、宝乃宿から修行と称して、金、銀の猫又が来るんですよ。ねぇ...ふふふ。後はよろしくお願いしますね」



 〈プロローグ・舞台〉



 金と銀、何故か、ソーメーも一緒に袖口からやってくる。


 金「ちょっと?ソーメーは、宝乃宿で謹慎処分を言い渡されたでしょ?」


 銀「そーよー、全くおっちょこちょいのトントンチキなんだから。大猫のおばぁ様に叱られたんでしょ?一から下働きで頑張りなさい!」


 金「そーそー。私達だって、お風呂の掃除から初めて、ずっとお風呂掃除で下が入ってやっと御用聞になって、大猫のおばぁ様の二の腕になったのよ!」


 銀「ねぇ〜さん、それは言い過ぎよ。御用聞では下っ端よ」


 金「...まぁまぁ。そーよ!私達でさえまだ、下っ端!あんたはね、まだまだ見習いも見習い!いくら晴明様に死にかけで力を少し分けてもらってちょっと不思議な力が使えるからって、見習いでは、下の下なのよ!精進しなさい!」


 ソーメーは二人に圧倒されて何も言えず、言いたいことだけ言って二人がサッサかと行ってしまうのを袖口で見送った。


 ソーメー「あっ...どうもどうも。俺は!あー...は!えーと、宝乃宿の猫又、ソーメー...あーあぁ、知ってますか...あああ、めんどくさい。ていうか聞いてくれるか、お前さん達よ!俺はね、別に大猫のおぉばば様の言いつけを破ったわけじゃ〜ねぇのよ。暫く、あの二人とも離れ離れ、なんにせよ、姉弟関係だったんだから見送りくらいはしていきなって言われたんでぇ〜。だから、しょうがねぇ、あの二人を見送りについてきた訳よ、なぁ!はぁ〜...できれば俺の方が相応しい...おっとっと、また怒られるな。だから、まぁそんな訳で、もう行っちまったからな、どうでもいいか...おっといけねぇ、これじゃぁ幕が開かねぇなぁ〜。じゃぁ〜、俺様が開けてやろうじゃねぇか!そりゃぁ!」


 地面に何かを叩きつけるような動作をソーメーがすると幕の下から煙がモクモクと出て、ソーメーは袖に消える。


 暗転


 幕が上がる。


 明転



 〈晴明館の別館の玉藻の部屋〉


 

 洋館風な畳の部屋に、落ち着いた青緑の植物の絵柄の西陣織を身につけた髪をアップにして金細工の狐の形をしたかんざしを刺した玉藻がイスラム織物の高級そうな木の椅子に両肘をついて両手を胸の辺りで組んで座っている。

 高級そうな年季も入ったテーブルを挟んで反対側には、玉藻と同じに髪をアップにし若草色の清楚な着物を着て木彫りの狐の根付けを帯に付けている、若女将のたまと、紺色の甚兵衛を着た、星流が横並びに正座して座っている。


 玉藻「う〜ん....困ったわね...」


 たま「どうかしたのですか、女将?」


 玉藻「...私はもう女将じゃないわよ...たま...いい加減慣れなさい」


 たま「あらやだ、そうですよねぇ〜。すみません、番頭さん」


 玉藻「番頭になったのも、あなたが不甲斐ないからであって、というか、たまが後生ですから番頭として支えてくださいませんかって言うから、仕方なく。はぁ...私も早く、ミタマ姉様のように自由気ままに生活したいものだわ」


 たま「あぁ...すみません、玉藻様」


 玉藻「玉藻さん、でいいわ。女将のあなたが、役職が下の者を玉藻様とか呼んでたらおかしいでしょ。一応、あなたの相談役でも、私は女将の役を降りたのだから...まぁ、そんなことよりも、よ。困ったことになったのよ」


 たま「何かありましたか?」


 玉藻「どうも、西妖怪湯の役員の一人、ぬらりひょんがね、また厄介な事を頼んできたのよ」


 玉藻は回想を始める。


 〈古民家〉


 茅葺き屋根の豪商でも住んでいそうな立派な家の中、囲炉裏を囲んで一人は黒い着物に羽織を羽織り、少し上等な焦茶の着物に羽織を羽織った二人のぬらりひょんが座っている。


 ぬらりひょん 黒「おい、お主、ワシは妖怪総大将の、ぬらりひょん様だぞ、頭が高い!」


 ぬらりひょん 焦茶「何を抜かす!我こそが、ぬらりひょんよ!貴様、我に化けるとは、いい度胸だな!」


 同じ顔を突き合わせて睨み合っているその時、障子がスパーンと景気良く開く。

 そこには二人の着物よりもうんと 上等な濃紺の着物に羽織を羽織ったもう一人のぬらりひょんが現れる。


 ぬらりひょん「何をしておる」


 二人のぬらりひょん「「あ、やべっ」」

 

 二人のぬらりひょんだと思っていたのは狸で、焦茶の着物の方は伊予代表の狸、隠神刑部狸(いぬがみぎょうたぬき)で、黒の着物の方は大和屋の働き者の金長狸(きんちょうたぬき)であったのだ。


 隠神刑部狸「おお、ぬらりひょんの旦那、待ちくたびれたぜ!」


 金長狸「そうそう、二人でも手持ちぶたさで〜。《ここから小唄口調》ちょいと〜、ぬらり様〜の真似でも〜さぁ〜、ヨイヨイ〜と♪《ここまで》なんて、ちょっとしたちゃめっけですわぁ〜」


 ぬらりひょん「全くお前達ときたら、いつも呑気な。そんなことはどうでもよい。それより、今日集まってもらったのは...おい?みょうちくりんの狸はどうした?」


 隠神刑部狸「阿ァ〜、あいつは〜」


 ぬらりひょん「あやつは?」


 隠神刑部狸「さぁ〜?」


 ぬらりひょんは、神妙な顔で隠神刑部狸が言うのだから何かあったのかと思いきや何もなく、その場ですっ転びそうになるが丁度、足を広げ仁王立ちし腕組みをしていたため留まった。


 ぬらりひょん「はぁ...何故わしの所には、こんな狸しかおらんのだ。はぁ...」


 金長狸「ほら〜、ワシっている〜。オラの勝ちですわ〜」


 隠神刑部狸「くっ!仕方ない...後で、愛媛みかんをご馳走してやらぁ〜!」


 ぬらりひょんは急に二人の狸の真後ろに立つと、ゴンゴンと脳天を殴りつける。


 二人の狸「「あたぁ〜」」


 ぬらりひょん「阿呆者!!いいから、呼んでこい!!」


 二人の狸は肩を組んでたんこぶができた頭をもう片方の手で摩りながら、へへへと愛想笑いして出ていく。


 〈近くの山の中〉


 金長狸「アブねぃアブネぃ。怒らすと怖いですからね〜ぇ」


 隠神刑部狸「お前が急に賭けの話、するからだろうが。はぁ〜、ワシの秘蔵のみかんがのーなったら、みかんジュース飲めんやろがい!」


 金長狸「それは、賭けに負けたオヤジさんが悪いわ〜...と、そろそろここら辺でええですかねぇ〜」


 隠神刑部狸はまだ一人ぶつぶつ文句を言っていたが、金長狸は山の見渡しが良い場所で胸を張ると両手を腰に当てる。


 金長狸「ヤッホー」


 呼子「ヤッホー」


 金長狸「マンボー」


 呼子「てんきりょーこー」


 金長狸「旅狸はデーベソ!」


 呼子「魔法狸はデーベソ!」


 魔法様「誰が、デベソだってんだ!」


 金長狸「え?オラはお前がデベソなんて言ってねーさー」


 魔法様「くっ!」


 隠神刑部狸「まーあ〜、まーあ。それより、マヌ狸よぉ〜?久しいなぁ〜?にしても、随分とおっせんじゃねーのかぁ?なぁあ?」


 隠神刑部狸は魔法様の肩に手を回すと、頭をゴツンと合わせて真顔で口だけ笑っていて不気味である。


 魔法様「あーんー約束はぁ〜、忘れてないんだがなぁ〜。でもよぉ〜...道がな〜」


 隠神刑部狸「はぁ...まぁ〜た」


 ぬらりひょん「ほう。また、迷ったと」


 隠神刑部狸・魔法様「「うわぁああ!!!」」


 ぬらりひょんが背後に音もなくヌッと現れたので、隠神刑部狸と魔法様は驚いてお互いにブルブル震えながら抱き合っている。


 ぬらりひょん「まぁよい。そんなことより、困ったことがあるのだ」


 金長狸「...ブレないな...して、なんで御座いましょう?」


 ぬらりひょんは、目を閉じて回想に入る。


 〈農家の人間の家〉


 ぬらりひょんは人間が留守の間に、置かれた煙管を吹かした後にゴロリと左手を枕にして横になり、うたた寝をした後にそろそろ次へ移動しようかとうっすら目を開けた。

 何やら外が騒がしいなと思い、人間が帰ってきたのかと急いで出ようと思ったが何やら様子がおかしいような気がするので、姿を消して騒がしい方へと向かった。


 〈牛小屋〉


 人間の若い男「なんだこれは!?」


 人間の若い女「子牛が、子牛が!急に!」


 人間の年配の男「人間の、人間の顔じゃった!!」


 人間の年配の女「生まれたばかりで、そう見えるだけよ、や〜ねぇ〜」


 人間の若い男「...産気づいたからジー様呼んできたて...いやいやそれまでは確かに腹の中に...胎児を取り出した途端...消えてしまった...」


 ぬらりひょんはジーッと隅で人間が慌てふためくのを見て、やれやれという顔で元の部屋に帰る。


 ぬらりひょん「なんじゃ...どうせ何かの妖が攫ったかなんかだろうて」


 件「そうですねぇ〜」


 ぬらりひょん「そうだろ、そうだろ。大したことではない...んん??」


 件「あ〜ら、どうも〜」


 ぬらりひょんがくるりと反対方向を向くとそこには、半分は黒で半分は白の着物を着て髪をポニーテールにした女性が、先程ぬらりひょんが吹かしていた煙管を片手に持ってまさにぬらりひょんみたいに横になっているのである。


 ぬらりひょん「...お主、件か?」


 件「あら〜どうも〜、ぬらりの旦那」


 ぬらりひょん「お主とは、初めて会うんだが?」


 件「ふふふ、まぁまぁ。それよりも

、私の話を聞いてくださいよ」


 ぬらりひょん「なんだ?」


 件「明日、温泉宿が火事になるわよ。気をつけてね、ふふふ」


 ぬらりひょん「何!?」


 ぬらりひょんが聞き返そうとした時には、そこには子牛が死んでいた。


 ぬらりひょんは目を開けて、回想が終わる。


 ぬらりひょん「それからだ、妖怪の湯屋は大事ないのだが、人間の湯屋の火事が多くなったのだ」


 金長狸「偶然ではなくてです?」


 ぬらりひょん「一週間置きに湯屋だけ立て続きに火事になるものか、馬鹿者!」


 魔法様「あ!そういえば、但馬国(たじまのくに)の方で、あ、えーと今は兵庫か?で、最近、火事が多いって聞いたなぁ〜」


 隠神刑部狸「ほう...そうなのか。俺様の所には、噂は流れてこなかったなぁ〜」


 金長狸「そりゃ〜、伊予の山大将にゃぁ〜、届かないわなぁ〜」


 隠神刑部狸「おい、何気に田舎もんといいてぇのか?」


 ぬらりひょん「そんなことは、どうでもよろしい。それでだ、それがどうも妖怪の仕業じゃないかってんで、但馬国の西妖怪湯の連中が相談に来たのだ」


 隠神刑部狸「でも〜、人間の湯屋なら人間に任せればええんじゃなかろうか?」


 ぬらりひょん「馬鹿者!今や昔とちごーて、人間とも共存が習わしよ。そもそも、晴明様はそう昔から言われてただろう」


 隠神刑部狸「まーですけどね、妖怪の仕業で、しかも、人間の湯屋しか狙わないとなれば、人間が妖怪に何かした、としか思えねーんですがねぇ〜。それも、うちらが対応するんはど〜なんですかねぇ〜。それも他所の島ですぜぇ?」


 ぬらりひょん「馬鹿者!ワシの下に付いてるからには、そうはいかぬわ!それに、ワシは件の予言を聞いておる。何かの(えにし)かもしれん。放っておいては、何か大事になりそうな気がするのだ。仲間も助けを求めておる、助けないのは薄情であろう。それに、東妖怪湯の連中にまた、無能と言われるぞ」


 隠神刑部狸「そりゃーいけねぇ、いけねぇ!俺らは、ウカノミタマ様の面子を潰す訳にゃ〜いかんのだ!」


 金長狸「...好きだなぁ〜、オヤジさんはミタマ様が〜」


 隠神刑部狸「あんなに目み麗しいお方が、この世のどこにいるのいうのか!」


 金長狸「待て待て待て待て、いやいや〜、玉藻様の方がお美しいですわ〜」


 魔法様「オイはぁ〜、甲乙つけ難いわぁ〜」


 隠神刑部狸「は!ひよっこが!あの熟成された色香が分からぬとはな!」


 ぬらりひょん「黙れ、この色ぼけ狸共!今、そんなことより、火事の件よ。ワシは、この件を玉藻様に話をしてくる。お前達は、この件の調査をして回れ!いいな!」


 玉藻の回想が終わる。


 玉藻「まぁ〜なっがい、話をずーとされたわけよ。ただ...私は今は、一応隠居の身。この件は、たま、貴方と星流に任すわ。あ、そうそう、向こうの金と銀が修行にくるから、ついでに連れてっておくれ」


 玉藻は言いたいことだけ告げると、忙しいのと言って二人を追い出した。


 〈但馬国の火事現場〉


 金「ここが現場ね!」


 銀「そーね、ねぇ〜様。にしても、こんがりトーストみたいねぇ〜」


 たま「確かに美味しそう」


 星流「...何言ってるんですか。仮にも、家ですよ。美味しそうはないと思いますが」


 たま「まぁ〜、まぁ〜。例えの話よ、例え。にしても、ここはそんなに被害は少なそうねぇ」


 星流「ええ、ここはすぐに気がついて、消したそうです」


 人間の湯屋の女将「あら〜、たまちゃんじゃな〜い!お元気?」


 遠くにいた人間の湯屋の女将が、たま達に気づいてそう言いながら近づいてくる。


 たま「あー...誰?」


 たまは覚えがなく焦ったように顔に出して、星流に小声で聞く。


 星流「...あれ、狸ですよ、豆狸」


 たま「え?」


 豆狸「やだなぁ〜、星流ちゃん!先に教えちゃ〜、面白くないよぉう」


 豆狸はすぐに化けるのをやめて狸になって近づいてくると二本足で立って、両手を組むとくねくねしながらそういうのである。


 星流「そんなことはどうでもいいけど、何か手掛かりは出たの?」


 豆狸「えぇ〜!!星流ちゃんは、いつも冷たい!!」


 たま「ねぇ〜、もう、少しは労ってあげなさいな」


 星流「...でもこの間、玉藻様の言いつけで、福島行ったばかりなんで...どこぞの猫又が足引っ張ってくれたおかげで随分と時間が掛かりまして、疲れが抜けぬうちにまたこんな怪事件ですよ。労って欲しいのは、こっちです」


 たま「あ、あ〜、うん、まぁ〜、まぁ」


 金と銀は明後日の方向を向いて、我関係なしを決め込んで口笛を吹いている。


 豆狸「まぁまぁ。それはそうと〜、事件と関係あるか定かではないんですがね、一応報告があるんでさぁ〜」


 豆狸がその場の雰囲気を察して、ヘラヘラっと陽気に笑いながら間に入る。


 たま「そう。それなら、少し歩いた所に茶屋があったから、そこでお団子でもつまみながら話しましょ」


 豆狸「おぉ〜、いいですねぇ〜。お団子大好物です〜。わっちは、あんこがたっぷりなのが好きでして〜」


 たま「私は、よもぎにあんこ乗ってるのがいいわ〜」


 金「私は、みたらし一択ね」


 銀「私は、みたらしの中にあんこが入ってるのがいいわ〜」


 星流「...いいのかこれで...」


 豆狸はウキウキと小僧に化け、星流以外のたま達はウキウキしながら茶屋へと移動した。


 〈茶屋〉


 たま達は茶屋の外の長椅子に横並びに座って、まんまる餅が入った汁粉を食べている。


 たま「...お汁粉しかない茶屋も珍しいわね...美味しいけど...」


 豆狸「わっちは、あんこの団子がよかったです...まぁ...美味しいですけども〜」


 金「ん?但馬は団子ないの?」


 銀「何言ってるの〜。そんなわけないでしょ、ねぇ〜さん」


 かまど神「ワシのお汁粉が、気に食わんというのかァ!!」


 強面の迫力ある顔の体格の良い軽衫(かるさん)を着て白い前垂れを腰にして、目をギラギラさせて調理場からたま達の方へズンズンやってきて、たまの真横に腕を組み仁王立ちで立って見下ろし、怖い顔して詰め寄る。


 たま「うわあああ...いえいえ...そんなそんな」


 星流「...かまど神ですよ...たまねーさん」


 星流は一人だけ丸餅二つを醤油に海苔を巻いた磯辺焼きを食べながら、ボソボソっと小さな声で耳打ちして助言する。


 たま「あ〜...これはどうも〜、かまど神様...もーこれは最高!宇宙一ですわ!おほほほほ...で...どうして、かまど神が...茶屋を?」


 かまど神「うむ。最近ここいらで、火事が何軒もあったのは知っておろう?」


 たま「はい、私達はその調査に参った次第です」


 かまど神「ふぬ。で、だ、その火事の原因が、ワシのせいだという奴がおるのだ!なんと罰当たり!憤慨する...ところを...ワシは神じゃ、これでもな。いくら、かまどの火を扱うとて、人の家を燃やすわけがなかろう。これはこけんにも関わると思うてな、犯人を取っちめてやろう、そう思ってこんな但馬のくんだりまできたのじゃ」


 たま「ですが...なぜに、茶屋を?」


 かまど神「ワシはな、元々料理が好きなのじゃ。特にあま〜い小豆を煮た豆が好きでな。ただ闇雲に調べても何も分からん。なら、近くで茶屋を開いて旅の者や近所の者から話を聞けば、自ずと実体が掴めよう、そう思ったのじゃ」


 豆狸「さっすがは、かまど神様!でもなぜお汁粉だけなのです?」


 かまど神「ふむ。それは、ワシが!」


 豆狸「ワシが?」


 かまど神「一番得意料理で、うまいからだ!」


 豆狸は食べていた汁粉を吹き出しそうになって、咄嗟に両手で口を塞いだ。


 星流「それはそうと、何か有益な情報は得られたのですか?」


 かまど神「うーむ。関係あるかどうかはわからぬが、こんな話があってな」


 かまど神の回想が始まる。


 〈茶屋の中〉


 酔っ払いの男「おい!ジジイ!酒をもってこい!」


 酔っ払いの男は店の中に千鳥足でふらふらと入ってきて、ドカっと小さな畳のある席へと腰掛けそう大声で叫ぶ。


 かまど神「...ここは茶屋だ、酒などない」


 かまど神は茶屋の小さな台所から、声を少し張り上げて出てはこない。

 

 酔っ払いの男「おい、客が来てんのに顔出さねーとはいい根性だな!」


 酔っ払いの男はいかり型でズンズン足を地面に叩き付けながら、台所へと向かう。


 酔っ払いの男「ひえぇぇえええ!!!」


 ドッスン!!!


 酔っ払いの男はかまど神の顔を見た途端、夜更けともあって驚いて地面に派手に尻餅をつく。

 するとどうだろう、それは人間に化けた河童だったのだ。


 天草の河童「ごしょうです、ごしょうです!どうか、私目を食べずにお助け下さい!」


 かまど神「何を言うてんのじゃ、お前は...ワシは、かまど神よ。河童なんぞ食うわけなかろう。それより、随分と酔うておったみたいじゃが、どうかしたのか?」


 かまど神は天草の河童に手を差し、天草の河童はその手を取って立ち上がる。


 天草の河童「ああ...ええ...と、私は、天草の出身の河童でして、子育ても終わり、ちょいといい陽気な気分になって旅でもしてみるかという感じで一人、旅に出たのでございまする」


 かまど神「ほう、天草か。それは遠い所を...して?」


 天草の河童「旅は順調で、何せ、天草から出たことがなかったもんで、見るもの見るもの新鮮で楽しくて...ですんけんど、ここに着く前くらいでしょうか、変な噂を耳にしましてね」


 かまど神「ほほう...火事の件か?」


 天草の河童「え?いえいえ...そうではなく、動くはずのない操り人形が、動くというものでして」


 かまど神「ほほう...つくも神か、何かかもしれんのう」


 天草の河童「ええ...面白いなぁっと思いまして、その噂が立っている方へ行ってみたんです。それがつい昨日のことでございまする」


 かまど神「ほほう。そこで何ぞ、見たか?」


 天草の河童「それはもう恐ろしい、恐ろしい!祟り神じゃーなんて人間が言っていたので笑い飛ばして行ってみたのですが、まぁー、それはもう!夜になると急に動き出して、ガクガクガクと震えながら立ち上がるとなんと!顔の面がなくなって、ドクロなのでございまする!がしゃどくろがボロボロに切り裂かれた着物を羽織って、脳天からはうっすらと人間の髪のようなものが数本垂れてるのでございまする!それがゾンビみたいに、勝手にガシャン、ガシャンと向かってくるじゃありませんか!しかも、目が痛い、目が痛いと恐ろしく低い声で喋るのでございまする。口がガクガク動いて、カーパーと開いた時には、火でも吹くんじゃないかと、もう恐ろしくて恐ろしくて、逃げてきたのでございまする。で...それが寝ても夢に出て、怖くて酒を浴びるほど呑めば...怖くもなくなるかと思ったのでございまする」


 かまど神「なるほどのう。ちと待っとけ」


 かまど神は台所へ一度行ってから少し経って、一升瓶と徳利と二つお猪口を持って戻ってくる。


 かまど神「そういうことなら、とことん呑んだらいいじゃろう。ほれ、お猪口を受け取れ。この酒は隠し味に使っているのだが...まぁ良い、今日は一緒に呑み明かそうぞ!」


 天草の河童「あああ!なんて優しいのでござりましょうか。このご恩は、必ず返しまする」


 かまど神の回想が終わる。


 かまど神「まぁ、そんなわけで、先ほど配膳してた小僧が、その河童というわけなのだ」


 たま「そうなのねぇ〜。泣けてきちゃうわ、かまど神様の懐の深さに」


 金「それにしても...その河童さんは何処に?」


 銀「ねー。先程までいたのに、今は姿が見えないわ」


 かまど神「ん?ああ、兄弟が遊びに来てるってんで、まぁ、今日の客は妖だからもうそっちに行って良いと行かせたのじゃ。どうせ、話も長くなると思ってのう」


 たま「なんとお優しい」


 星流「なるほど...不思議な出来事が他にもあったのですね。もしかしたら全く関係なくも無い...分かりませんけど...奇妙は奇妙。兆候と思えば、何か繋がりがあるかもしれませんね...そういえば、豆狸さんの話の方はどんな感じなんです?」


 豆狸「おっと、いけねぇ〜ですね。すっかり忘れていやした。俺の話は、白蛇の妖の話でしてね。ここいらには道通様というのがいるらしく、なんぞ人間に祟りを招くだとか、卵を差し出せば人間に利益をもたらすとかいう話でして」


 星流「ああ。道通様は、元々神通力を持っていらっしゃって、摩訶不思議な力があると恐れられている一方で、元々は蛇ですからね、家に巣食う鼠をとって食うてくれると人間に喜ばれる存在でもあるんです。卵は、好物ですからね、居着いて欲しくてお供したのでしょう。でも...出雲ではよく聞く話ですが...ここいらで聞くのは...珍しいですね」


 たま「そうなのねぇ...って、星流ちゃんは、随分と色んな妖の事を知ってるのね。前からそんな知識があったの?」


 星流「いえいえ。玉藻様に妖百科事典なるものを暇さえあると覚えておきなさいと渡されて、玉藻様が暇な時は妖の話をして下さるのです。それで、自然と覚えた、という感じでしょうか」


 たま「そうなのねぇ〜...私にはそんなことして下さったことはないのだけれど...ふふふ、なんだかんだと期待してらっしゃるのかしら」


 星流「さぁ...私には、そこら辺は分かりませんけれど...今後のために覚えておいた方がいいわとは、おっしゃっていましたね」


 たま「そうなのねぇ...うふふふ」


 たまはどこか、嬉しそうに笑っていた。


 〈二件目の火事場〉


 たま達は汁粉を食べ終わるとかまど神と豆狸に別れを告げて、次に火事にあった湯屋へ向かった。少し離れた山の方であったため、その近くの妖怪の営む湯屋で今日は一泊して他の場所も見て回ろうとなったのである。

 着いた頃には夕刻で陽が落ちいて、みるも無惨に半分焼け焦げている建物を見ていると、かわいそうな感じであった。


 たま「んー...これはだいぶ、酷いわね」


 金「これだけ燃えたなら、近隣の家も被害あっても不思議ではないでしょうにね」


 銀「不思議ねぇ...さっき、見て回った感じだと、ここだけ、被害があったというのだから...不思議よね」


 たま「ん〜...とりあえず、パッと見た感じでは何かありそうな感じはしないから、今日は予定通り温泉に浸かってゆっくり休んで、明日また別の場所を調査しましょう」


 たま達はそうそうに近くの妖怪の宿へ向かう。収穫なしと一同が言ってる中、ただ一人、星流だけは何かを感じていた。


 〈妖怪温泉旅館〉


 一晩明けて次の目的地へ向かおうとした矢先、たまが急にお腹が痛いとうずくまったのである。


 たま「あたたたっ...お腹が、お腹が」


 星流「...だから、机に直置きされてる不自然な饅頭は食べない方がいいと、私は言ったのです」


 たま「で、でも、宿の子が茶菓子で置いておいたのかなって...金も銀も一緒に食べたのよ...ううう...なんで?」


 金「ん?んーん...何ともないわよね」


 銀「そうね...あ!」


 金「銀、どうしたの?」


 銀「そういえば、大猫のおばぁ様から何かあったらって預かってるものがあったわ」


 金「え?...なんで、私じゃなくて、銀に?」


 銀「ねぇ〜様は、おっちょこちょいだからじゃないの?」


 金「ぎ・ん!!」


 パン!


 星流が両手を叩いて金と銀の間に入り、二人をそっと引き離す。


 星流「それより!今は、たまねーさんを助けないとですよ。お二人は耐性があって大丈夫でも、たまねーさんは違います。より神聖な生き物に近いんなんですから、これでも」


 たま「これって...酷い」


 金「...ごめん...ちょっとカッとしすぎたわ。で、銀、何を預かったの?」


 銀「え〜と、これです。ねぇ〜さん」


 銀は懐からアマビエの絵が描かれた紙を取り出して、畳の上に置く。


 金「ん?アマビエ?」


 銀「ええ...今、流行りのですね」


 金「これだけ?」


 銀「えーと、確か塩水をこの絵に垂らせばいいって言ってたよ」


 どうすると相談してる金と銀をよそにそれを聞いた流星は、テキパキと旅館の人に塩と水が入ったコップを頼んでそれを受け取ると塩水にして銀へ渡す。


 銀「あ、ありがとう。じゃ、じゃあいくよ!」


 銀が紙へ塩水を数滴、ぽちゃん、ぽちゃんと垂らす。すると、もわもわっと白い煙が湧き出したと思えば、そこにはキラキラ輝いたアマビエがいた。


 アマビエ「あんら〜?私を呼んだのは、どちら様ァ〜?はい、手を挙げてぇ〜」


 銀が手を挙げる。


 アマビエ「何かしら〜ん?ん?あなた、大猫おばちゃまのところの子ね。何か、一大事?」


 銀「一大事...えーまー...そちらのたまさんが、お腹を壊してしまって...」


 アマビエ「あら〜、可哀想にね...う〜ん?そうね...はっ!」


 銀「どうしました!」


 アマビエ「ここから少し行った所に、棘抜き地蔵があるわ。そこにいけばいいかもしれないわね」


 金「それで!」


 アマビエ「それだけよ?」


 金・銀「「え?」」


 アマビエ「あらやだ。私は予言はするけれど、病気を治すわけじゃないし。私の絵を描いて貼ってっていうのが流行ってるらしいけど...魔除けみたいなものだから、先に予防しないと効果ないわね」


 金「なんだぁ〜」


 銀「ねぇ〜さん、そんな風に言ったら失礼よ」


 アマビエ「じゃ、私忙しいからこれで〜」


 また煙が出たと思えば、アマビエは消えてしまった。


 金「なんだったの?」


 星流「一種の口寄せでしょうね。それはそうと、じゃ...たまねーさん、お腹痛いでしょうけど、肩を貸すのでそこまで歩きましょう。はい!」


 星流はシノゴの言わせず、たまの腕を自分の肩に回すと背中を支えてぐいっと立たせてそのままずるずる引き摺るような感じで歩き出してしまう。たまは、奇妙な声を上げながら真っ青な顔でお腹を抑えつつも、どうにか歩き始める。金と銀もたまを支えながら、一同は見送りに出てきた宿の女将と別れを告げて、刺抜き地蔵へと向かった。


 〈刺抜き地蔵〉


 刺抜き地蔵の前まで来ると丁度誰もいなく、と言ってもそんな大きな所ではなく道端にひっそり立っている地蔵よろしくこじんまりした地蔵で、人間が集まるほどではないようである。


 流星「さて...たまねーさんしっかり!手を合わせて、お願いするんですよ」


 たまは今にも倒れそうなほどヘロヘロになりながらも、渾身の力を振り絞って手を合わせる。


 たま「あら?え?うっそ!」


 金「あ、元気になった」


 銀「大丈夫です?」


 たま「え?え?ええ...刺抜き地蔵様ありがとうございます!」


 たまは、深々と刺抜き地蔵に頭を下げる。


 刺抜き地蔵「ふははは!お主、棘が腹に刺さっておったぞ。なにやら、邪魔者と思われたのか、呪われたようだな!わははは!気をつけろよ」


 たま「え!刺抜き地蔵様、それは!」


 それきり刺抜き地蔵は何も喋らず、たま達はここにいても仕方ないと、もう一度お礼を言って次の現場へ向かった。


 〈焼け焦げた大きな老舗温泉旅館〉


 たま「うわぁぁ...ここは一番被害が大きいわね...酷いわ〜」


 星流「はい。ここが一番被害が大きくて、一番最初に火事にあった場所です。火傷を負った人間もいたらしく、被害は一番あったようですよ」


 たま「そうなの...被害に遭った人は大事ない?」


 星流「はい。ちょっと火傷した人間ばかりで、特段命には別状ないようです」


 たま「っほ...それは良かったわ」


 金「たまねーさんは、優しいんですね」


 銀「本当本当」


 たま「...まぁそちらはどうであれ、私達は伏見稲荷のものですから...人間とも根深いのです。それは妖怪であれ、心は痛むのよ」


 金「そうですか〜...ふふふ...でもねぇ〜」


 銀「ふふふ、そうですよねぇ。ねぇ〜さん」


 星流「それはそうと、ここら辺に来ても何も痕跡が辿れないのは困りました。これはもう、人間に直接聞く方がいいと思うんですよね」


 金・銀「「え!!」」


 星流「ここまで人間のふりしてきたんですから、問題ないですよね?人間に聞き込みもできないとか...これだか東は」


 金「何よ!問題ないわよ!ね、銀!」


 銀「もちろんよ!」


 星流は金と銀には見えないようにこそっとニヤっと笑うと、また真面目な顔をしてどんどん歩き出してしまう。


 金・銀「「待ってよぉ〜!!」


 たま「あらあら」


 〈小さな妖怪温泉宿〉


 近くに民家がなかったため、たま達は近くの小さな妖怪温泉宿に向かうことにした。そこは少し山を登った先にあり、一同はてくてくと一列になって歩いていた。


 金「まだかな〜」


 銀「まだ歩き出したばっかりよ、ねぇ〜さん」


 金「うーん...ちょっとさぁ〜...えっ?」


 銀「だからまだ...え?ええ?」


 金と銀が何かを見つけたのか後ろを凝視していて前に進めない星流は、やれやれとため息をついて後を振り向く。


 星流「...ああ、後追い小僧じゃないですか...あーそうだ...はい」


 後追い小僧「あんがと!」


 星流が袖から巾着を出して飴玉を渡すと、小さくぺこっと頭を下げて後追い小僧は消えた。


 星流「はいはい。よくある、よくある。山ですからね。ささ、先を急ぎますよ」


 金と銀が何やらわいのわいの言ってるのを後から背中をぐいぐい押していけば、そのうち目的地へと着いた。


 たま「あら?あらあら」


 金「どうかしたんですか?」


 たま「ほら、あそこ」


 たまが指差した先には人間がおり、それが一人や二人ではないのである。


 銀「山の中なのに...ここってそんなに人気の宿なんの?」


 星流「そんな風には聞いてないですけどね...もしかしたら...燃えてしまった温泉旅館の関係の人ですかね」


 たま「そうね...それなら手間が省けていいわ。さ、行きましょう」


 たまはズンズンっと人間が集まっている場所へ歩いて行ってしまうので、星流達は慌ててその後を追う。


 人間の男1「はぁ〜困った、困った」


 人間の男2「全くだ。呪われてんじゃないのか?」


 人間の女1「それもあながち、間違ってないかもしれないわよ」


 人間達がやいのやいのと話しているの中、たまは人懐こい笑顔を浮かべて頭をペコペコ下げながら近寄る。


 たま「どうも〜。皆さんお集まりで、どうかされたのですか?」


 人間の女2「あんた、ここいらじゃ見ない顔だね...ああ、ここに泊まりに来たのかい?」


 たま「はい。ここのお湯は腰痛によく効くって噂で聞きまして、折角なら家族でゆっくりしようって話になったんです」


 人間の男3「そのわりにゃ〜、旦那がいね〜けど、どうした?」


 たま「旦那は...」


 人間の女3「バカね、こんな山奥の温泉宿に来るんだ、そういうのは察しなさいよ」


 人間の男3「あぁ..すまねぇ」


 たま「いえいえ。ところで皆さん、中に入らずにどうしたんですか?」


 人間の男1「俺らはここに間借りさせてもらってるだけでね、客とは違うんだよ。でさ、それがさぁ〜、俺らはこの山の麓にある温泉旅館の従業員なんだけれどさ〜。あなた達もここへ来る時見たとは思うけど、大火事になってね。殆ど焼け焦げてしまったんだ。警察も来て、放火かもなんていうんで調べていったけども何も出なかったらしくてね。たださ...火元が調べても分からないっていうんだよ」


 人間の女1「そーなのよ。だから警察の方も困ってるらしくてね、調べが終わらないのよね」


 人間の女2「こっちとしてはさっさと終わらせてさぁ〜、あそこを取り壊して新しく建て直してもらわないと、働けないじゃない!」


 人間の女3「だけどね、火元が分からないと掛けていた保険を使うのか、放火なら賠償ってこともありうるでしょ。なんだかそこら辺が揉めてるらしくってね。作業がちっとも進まないのよ」


 人間の男2「それだけじゃないんだよ。何やら、夕刻すぎ辺りから変な音がするとか噂が流れてね。もう君が悪いってんで、もう温泉旅館を閉めってしまおうかなんて、女将さんや旦那さんが言い始めてね」


 人間の男1「だから、困った〜って話なんだよ」


 たま「それはご愁傷様でございます。でも、ここいらでは老舗旅館として有名でしたのに、閉めてしまったら折角代々引き継いできた温泉も勿体無いですわね」


 人間の男3「そーなんだよ!だから、俺らは家が焼けてここに泊まっている、意気消沈気味の夫婦を元気付けてなんとかならないかと説得してるんだがなぁ〜」


 たま「なかなか上手くいかない...ということでしょうか?」


 人間の女2「そーなのよ。なんだか今回の件がショックだったのか女将さんは痩せてちまってね、寝込んでるし。旦那さんは、大元神様の祟りだーとか、藁のような大きな蛇だか、龍だかを見たとか言い出して、こっちをギロリと毎晩睨んです怖い怖いと、布団の中から出てこないし、ねぇ?」


 星流「大元神は、村の守護神とされている稲の豊穣を司るとされる神です。そんな個人を付け狙うような陰険なものではありませんよ。そもそも神聖な神が、そんなことするわけがないですよ」


 人間の男1「あー...そういう感じの神様なんだね。ここいらでは聞かない神様の名前でね、荒神の一種かと思っていたんだが...違うんだね」


 星流「ええ。大元神は、出雲...島根県の方で親交がある神ですから、知らなくても仕方ないと思います。ただ...その旦那さんというのはなぜ、知っていたのでしょう?」


 人間の女3「旦那さんは婿でね、確かそちら辺の出身だったような気がするわ」


 星流「そうですか...もしかしたら...火事の時に、パニックを起こされていもしない変なものが見えて、それがずっと忘れられてないだけかもしれませんね」


 人間の男1「それは、あり得るかもしれませんね。旦那さん、火事が上がって、すごい責任を感じてまして、逃げ遅れた人達を火の中から助け出したんですよ。その時にね、火傷を負ってしまって...それほど酷い火傷ではなかったのですが、それが何か後で恐怖に繋がったんでしょうかね」


 人間の女1「ああ、それはあるかもしれないわね。私には分からないけど、何か隠し事があったのかもしれないわね。だから、余計にそういう風に恐怖にかられるなのかもしれないわね」


 たま「それはそれは不憫ですね...では、私達は中で受付する時間ですのでこれにて」


 まだまだ愚痴を言いたりなさそうな人間達をよそに、そうそうに話を切り上げて中へと入り、この宿の女将に挨拶を済ませると、さっさと一同を連れて予約した部屋へと入った。

 するとそこには、二人の妖怪が座っていたのである。


 クサビラ神「これはこれは、こんな遠い所までようこそおいでなさった。ささ、お茶を淹れてありますゆえ、まずはお座りください」


 クサビラ神に勧められ、たま達はその場に座り込んだ。


 クサビラ神「オイラは、ここいらの山のキノコを守るクサビラと申す。ここいらでは、腹を空かせた人間をたまたま救ったことがあって、クサビラ神とか呼ばれているが、クサビラで構わないよ。そうそう、ここ一体の妖湯谷で出しているキノコは、オイラが丹精込めて作ったものを調理してるので絶品なんだ。で、そうそう、こちらは飴屋の幽霊さんだ」


 飴屋の幽霊「お初にお目にかかります、飴屋の幽霊と思うします。私の息子も飴屋の旦那さんによくしてもらいまして立派な僧侶となりまして、今はこちらに短期修行で来ているので、母さんも少しは体を休めるために一緒に旅行へ行こうとなりましてね、ここにご厄介になっていたんです。流石に、私は幽霊ですから、息子と同じ所には泊まれませんから。流石に...お寺にはね、私は場違いですから」


 たま「あなたが、あの有名な飴屋の幽霊さんなんですね。うちでも取り寄せて店に置かせてもらったり、みんな美味しい美味しいと飴玉をおやつ代わりに舐めてる子も大勢いるのです。この星流ちゃんも、あまり甘いものが得意ではないのですが、そちらの飴屋さんの飴だけはいつも持ち歩いているんですよ、ね」


 星流「やあ...まぁ...はい。非常食としても良いですし、何かこうやって駆り出されることもありますし...重宝しています。ありがとうございます」


 飴屋の幽霊「いえいえ。私は旦那さんの手助けをしているだけで、飴を作ってるのは旦那さんですからね。でも、気に入って頂けて、こちらこそありがとうございます」


 たま「で?お二人はなぜ、この部屋に?」


 クサビラ神「まぁ〜オイラは、妖怪湯の連盟ではないんだが、妖怪湯の湯谷とは仲良くさせてもらっててな、今は人間の湯谷が軒並み火事の被害に遭って、そこに行っていた人間が流れ込んで来てて忙しいらしいから、オイラが助けてやろうと思ったんだよ。それに、このまんまじゃさ、忙しすぎて妖怪が温泉入る時間もなくなっちまう。それは、オイラ達も困る。そういうわけさ」


 飴屋の幽霊「私はここに泊まっていたのでクサビラ神様と同様協力できることがあればと、それと...うちの息子が話してた事が気になっておりまして、お話しておいた方がいいと思ったのです」


 たま「そう。お二人さん、ありがとう。で、息子さんの話ってどんな話なの?」


 飴屋の幽霊「はい。先ほども少しお話ししましたが私の息子は僧侶でして、今は修行でこちらのお寺で修行中なのですが、その一緒に修行している僧侶から聞いた話なのだそうです。ある時眠れずに一人、真夜中に不動明王の真言を唱えていたそうなんです。そしたら、鬼が酒を担いでゾロゾロと大勢でワイワイ騒ぎながらやってきたそうなのです。一人の鬼が正面にやってきて、俺の場所に不動尊がいるな。今宵ばかりは退いてもらおうと放り投げられたそうなんです。気を失って目が覚めた場所はなんと、出雲だったそうなんです。笑い話だろうと息子は言っていたのですが、大元様の話を聞いてもしやと思いまして」


 たま「飴屋の幽霊さんは、大元様を知っているの?」


 飴屋の幽霊「はい。長崎からこちらへ来る時に、出雲の出雲大社は霊剣あらたかだと息子が寄って行きたいと言うので旅の途中寄った時に、信仰する場所があって知ったのです」


 たま「そうなのね...それだけでは中々、事件に関わりがあるか分からないけど、そう、情報ありがとうね」


 飴屋の幽霊「いいえ、大した参考にもならないかもしれませんけど」


 星流「でも、但馬では鬼達が百鬼夜行するという噂は結構あって、あながち本当の話かもしれませんね。それはそれとして、また出雲。何かそこにあるのかもしれませんね」


 たま「...そうね...そうだとすれば出雲を訪ねた方がいいのかしら...」


 星流「...どうでしょう...事件は但馬で起きております。ここで手掛かりもなく、無闇に彼方に行っても同じなのではないでしょうか」


 たま「そうね...ここは...星流ちゃん」


 星流「...はい」


 星流は懐から金糸の刺繍で狐が描かれた赤い革袋を取り出す。その革袋からするりと出てきたのは、掌くらいの金で狐の装飾がされた丸い手鏡と折り畳んだ和紙の紙。紙を広げると何やら呪文が書かれていてそれを畳の上に敷き、その上に手鏡を置いた。

 星流は手鏡の上でパンパンと両手を叩くと、手鏡から黙々と煙が出てそこから玉藻が現れる。


 玉藻「あら?どうかしたのかしら?」


 たま「玉藻さん、どうか、知恵をお貸しください!」


 玉藻「そんなすがったような目をして...もう。一体どうかしたの?」


 たま「それがですね、噂話ばかりで、全く手掛かりがないんですー。出雲が何か関係あるかもしれないのですが、あくまで噂程度で...」


 たまは、今までの事を玉藻に全て話す。


 玉藻「...そう...なら、その老舗の旦那に直接聞くしかないんじゃないのかしら...誰か呪ってるのだとすれば、話を聞いてる限り元凶は旦那...とも言えなくもないわね。あら?お友達とお茶する約束をしているの。じゃ、私はこの辺で」


 たま「あぁ...なるほど。え!玉藻様!玉藻様ぁ?...あぁ...」


 玉藻は、白い煙と共に早々に消えてしまった。星流は、それを見届けるとサッサか紙と手鏡を片付けて懐にしまう。


 たま「まだ聞きたいことがあったのに...仕方ないわね...星流ちゃん、取り付けお願いできるかしら?」


 星流「了解です。では、私は宿の女将さんに話を通してきますね」


 星流は、そう言われると分かっていたのか速やかに部屋を出て行った。


 〈老舗温泉宿の旦那の部屋〉


 従業員が言っていたように旦那はガタガタ震えながら掛け布団を追い被りうつ伏せで小さく丸まっている。

 布団の隙間から目が見えるが、これでは布団お化けと言われても仕方ない。

 星流は宿の女将に頼んで、女将は祈祷師が来たとかなんとか旦那を言いくるめてくれたので、たま達は旦那の部屋へとは入れたがずっとそんな状態で、一向に話をしようとしないのである。


 たま「いい加減、話てくれませんかね?これでは対処しようもないでしょ?」


 金「もーさー、あんたが原因だって分かってんだからさー」


 銀「そうそう。そのうち、呪い殺されちゃいますよ?」


 星流以外は旦那を囲んで、顔はニコニコしているのに口元は笑っておらず傍目から見ても、怖い。これでは浮気男に詰め寄る被害者女集みたいである。

 見かねて後に控えていた星流が、たまの肩をポンポンと軽く叩く。


 星流「たまねーさん、それじゃ流石に詰め寄りすぎです。ちょっと、私に任せて貰えますか?」


 たま「あ...そうね...金ちゃん、銀ちゃん、ちょっと星流ちゃんに任せてみましょう。このままじゃ埒が明かないもの、ね」


 金・銀「「は〜い」」


 三人は後ろに下がって、星流が前に出て両手を膝に正座をしてじっと真顔で旦那と向き合う。


 星流「まずは、私の話を聞いててください。“もし”、何か気づいたことがあったら言ってくださいね。では、始めます。熊本には、いそがしという妖怪がいるそうで、取り憑かれると忙しい忙しいとあくせく働くのだそうです。そうすることで、安心感が得られると聞きました。まぁ、本当にいそがしという妖がいるかはわかりませんが、年末の忙しさと言えばそれはそれは普段よりも忙しく狂ったように働く人もいるんでしょうね。そんな時ですよ、やはり忙しいと言い争いになることがありまして、二人の医師がどちらが名医かなんて言い争いが始まったそうです。一人は、どうも、一人は、こうもというまぁ面白い名前でして、ある時二人は腕を競い合ったそうです。腕を切り落としては、縫い合わせて、首を落としては縫い合わせた。どうにも埒が明かず、同時に首を落として縫い合わせようとなった。けれど、“同時”にはいくら名医でも難しいですよね。だから、“どうもこうもならない”、なんて話で、そもそも腕や首を切り落としてまたくっつけるなんて不可能ですから、妖に揶揄われたのかと思うのも無理もない。さて、あなたは、何を同時にされたんでしょうね?」


 星流がそう最後に言った途端、旦那は一層ガタガタ震え出して布団を被ったまま顔をうつ伏せた。これでは、ダンゴムシならぬダンゴ布団虫である。

 やれやれと星流がため息を漏らして立ち上がり、旦那の横に座って耳元であろう場所に顔を近づける。


 星流「このままですと、本当にまずいですよ」


 旦那「うわああああああ!!!ごめんよおぉぉぉぉ!!!」


 星流はヒョイっと旦那から飛び退いて、猫よろしくピョーンと軽く跳ねてまた同じ位置へ座り直す。旦那は掛け布団を放り出し、ガバッと上半身を起こし手を組んで懇願したような顔で涙ぐんでいる。


 旦那「僕は、僕は本気だったんだ。あの時は、本気で...」


 星流「本気?どうにですか?」


 旦那「僕は...あの老舗温泉旅館に婿養子に入る前、島根の方に暮らしておりました。うちも温泉旅館を営んでおりましたが、何せ小さい旅館、山の方であったのもあり、今は潰れてしまったんです。本来ならそこを継いで、彼女と一緒になる、そう思ってたんです」


 星流「彼女?」


 旦那「...えーと...幼馴染がいたんです。年はだいぶ離れていたのですが、彼女が成人したら一緒になって旅館を盛り上げていこう、そう約束したんです」


 星流「約束したのですか。でも何故、あなたがここに?」


 旦那「それが...」


 星流「それが?」


 旦那「それが...その...」


 星流「人間の女だと思っていたら、妖であった、ですか?」


 旦那「な!...祈祷師様は、なんでもお見通しなのですね...はい、その通りです。彼女は、呉葉と言いまして、ある時、京都から引っ越してきた、というのです...」


 旦那の回想が始まる。


 〈島根の旦那の部屋〉


 旦那(青年)「そうなんだ。君のお祖父さんは、放火の冤罪で捕まってしまったんだね、可哀想に」


 呉葉「そう、だから父は結構大変な思いをしたらしいのだけれど、母と出会って救われたの。その導きが第六天魔王様だったらしく、私を授かる前に祈願しに行ったら、私が産まれたらしいの」


 旦那(青年)「そうなんだね。すごいね、その第六天魔王様」


 呉葉「そうね...だから私には、魔王様の加護があるの...ねぇ見て」


 旦那(青年)「えっ!!」


 呉葉の手から、ボッと綺麗な青い炎が出る。


 呉葉「二人だけの秘密ね」


 旦那(青年)「う、うん...」


 旦那の回想が終わる。


 旦那「僕は、二人の秘密をうっかり、年が近く仲がよかった目が綺麗な女の従業員に話してしまったんだ。その子は、親がいなくて中学からうちの旅館に勤めてくれてて...彼女のことも相談に乗ってもらっててね...ついうっかり...それにさ、彼女の前で話した訳じゃないんだよ!それが...バレてしまって...」


 星流「家が燃えてしまった、ですか?」


 旦那「な!なんでそれを!!」


 星流「私どもも仲間がおりまして、それから報告は受けているのですよ。その話てしまった女性が火事で亡くなって、旅館は全焼してしまったし、気味がったご両親は、あなたの母方の実家の方へ移ったのですよね」


 旦那「...はい。うちの母方の実家が山口県でして...」


 星流「あ!そう言えば、ちんちろり、なんていう妖がいましたね」


 旦那「そ、そーなんですよ。僕の叔父の話だと、そのちんちろりに会ったなんて人がいるんです!」


 旦那の回想が始まる。


 ちんちろり「加藤殿は、ちんちろり」


 加藤「そういうお前こそ、ちんちろり!」


 ちんちろり「ははは、加藤殿は面白い!ちんちろりだな!」


 加藤「何!お前!おい!こんなところまでついてきやがって!お前こそ、ちんちろりだ!」


 バン(戸が閉まる音)


 ちんちろり「ははは!さても強い者じゃ」


 旦那の回想が終わる。


 旦那は話終わると嬉々として、先程まで青白い顔も赤みが出て少し興奮気味である。


 旦那「それがですよ、母方の家だっていうんですよ!いや〜、母が豪胆なのもそういうことだったのかな〜と!ははは」


 金「でも、逃げてるじゃんね」


 銀「本当本当」


 たま「しっ、黙って聞きましょう」


 後ろで三人が小声で話しているのは星流は聞こえていたけれど、旦那は話をすることに夢中で聞こえてはいない。


 星流「そうですか...なら、それ以降は、何事もなかったのですか?」


 旦那の顔が、たちまち悪くなり元気がなくなる。


 旦那「...もう聞いているだろうけど、暫くは何もなかったんだ。けれど、何かと変なことが起こるようになったんだよ。僕の母方の祖父は、魚売りだったんだ。ある時軽トラで山を降っていたら急にエンストしてね、生魚だったからそのままにもできずにね、魚だけでも降ろそうと思ったらしんだ。そしたら、森の暗いところがピカって光って魚を入れていた箱を掴まれたらしんだ。祖父は怖くなって、箱を捨てて山を降りたんだよ。その時の祖父の慌てようと言ったら、化け物でも見たみたいでね」


 星流「あぁ...山犬ですね。あいつらは、魚が好物なんですよ。昔はよく、山越えの人間を襲ったらしいですよ」


 旦那「や、山犬?」


 星流「はい。妖怪ですね。そんな珍しくもないですよ...あぁでも、今のご時世、妖怪が見せようとしない限り、なかなか見える人も少ないですし...怖いですよね」


 旦那「え、え?君は、妖が見えるのかい?」


 星流「はい、祈祷師ですから。見えなきゃ、払えもしませんよ」


 旦那「な、なら!早く払っておくれよ!もう、怖くて、怖くて!」


 星流「...ですが、なんの妖怪か分からないんじゃ、払いたくても難しいんですよ。だから、もう少し話をしてもらえますか?」


 旦那「そ、そうなの?う...ううん。それから...父は、仕事を変えて祖父の仕事を手伝うようになったんだ。ある時、手伝いで鹿児島まで行くことがあってね、なんだかそこでも妖怪が出るって噂があってね、父は会ったそうなんだ。でも事前に周りの人に対処方法を教えてもらっていたらしくてね、とうもろこしの茎を股に挟んでおけば仲間と思って何もされないって言うんで、僕も一緒にその時はついて行ったからよく覚えてるけど、流石に滑稽だったな。でも父は真面目な人だから、それをきちんと守ってね、なんだか、その妖と会ったら更に褒めたらしんだ。そしたら、父はね...そうだ、それからだよ!帰ってくると魚が大量に取れるようになってね、父の仕事が繁盛してね、家も裕福になったんだ!」


 星流「イッシャですね。イッシャはお人よしで有名ですから、褒めるとその人を手伝ってくれるそうですよ。信仰する所もあるらしいですから、幸運の傘合羽小僧なんて言って、(みの)をわざわざ手編みして今でも供えているとかなんとかあるくらいですから、座敷童子じゃないですけど、幸運が舞い込んでよかったじゃないですか」


 旦那「そーなんだよ...でね、僕は父の仕事が繁盛したお陰で仕事も拡大してね、今の嫁と出会えたんだ。嫁とは大阪の会合だったかな...父の仕事を継ぐ予定だったから、僕も父の仕事にその日は付いて行ったんだ。老舗温泉旅館の前の旦那さん...僕の今の義理の父とは、取引先の関係でね。懇意にしてもらっていたらしんだ。で、その時話が盛り上がってね...向こうは一人娘だから、トントン拍子に僕は婿養子の話が決まってしまったんだ」


 星流「なら、よかったじゃないですか。それがなぜ、暗い顔になるんです?」


 旦那「結婚してこの家に嫁いだはいい...その後も順調で...僕が前の旦那さんが亡くなって後を引き継いでからだね...急に変な物音がするとか、何かが無くなるとか、誰かに突き飛ばされたなんていうのがお客様から苦情が来るようになってね...これはまずいと思ってね、近くの神社の神主さんに祈祷してもらったんだ...そしたら...あの火事だよ...だから...もしかして、昔約束したあの約束が...まだ...許してもらえないのかなって...」


 星流「そう言えば...島根妖怪は、退治されたんですか?」


 旦那「そんな恐ろしい!それにね...仮にも恋人と思っていたんだ...そんなこと」


 星流「そうですか...なら、もう一つ。その人はとても美しい方でしたか?」


 旦那「あーもぉ〜、それは絶世の美女でね...でも...今となると、なんでパッとしない僕なんかととも思うけど...」


 星流「そうですか...まぁ、ここはどうも、妖怪を寄せ付けない結界が張られてるみたいですから、ここを出ない限り問題ないですよ。今日は酒でも飲んで、ぐっすり寝れば明日にはもう解決です」


 旦那「本当かい!それはよかった!」


 それから旦那は病人のようだったのが嘘のようにたらふく食べて、たま達に酒を注がれて有頂天でぐいぐい酒を飲み干してコテンと眠ってしまった。


 宴会のようなひと時が終わり、夜。


 たま「...この旦那は、阿呆者かしらね...」


 金「鼻の下伸ばして、いやねぇ〜」


 銀「でも、こうも単純だと、ことも運びやすくて、ある意味助かりましたね」


 三人は悪巧みしているように、ふふふと小さく笑う。


 カラカラカラ(障子が開く音)


 星流「お待たせしました。お連れしましたよ」


 飴屋の僧侶「して...この者が...随分、豪快に寝てますね」


 星流「ご足労かけて、お見苦しい。はい、これが、妖に取り憑かれた...ああ、魅入られた男です」


 飴屋の僧侶「そうですか...ですが、確かに妖を惹きつけるような体質のようですが、んー...この結界のせいでしょうか、特に何も付いてはなさそうです」


 星流「...やはり。この結界は、玉藻様の特殊な結界でして、特定の妖のみ、弾きます。だからでしょうかね」


 飴屋の僧侶「はぁ〜...妖の妖術は凄いですね...他にも何か気づいたことは、ありませんか?」


 星流「...些細なことですが、ここの宿に来る前に従業員の人達に会ったんです。その中の一人がどうも...変でして」


 飴屋の僧侶「ほう。どのような?」


 星流「ある女がこう言ったんです。私には分からないけれど、何か隠し事をしているのでしょうと。普通なら、私達に、隠し事をしてというのが筋ですよね」


 飴屋の僧侶「ははーん。これは厄介ですね」


 星流「ええ、多分、僧侶様と私が考えが一緒であれば厄介だと思います」


 飴屋の僧侶「ふぅ...でも、他の温泉宿に被害がまた出ても困りますからね。で、その人もここへ泊まっているのでしょう?」


 星流「ええ。ターゲットを逃すほど、粘着質の妖は甘くないですからね。こちらです、行きましょう。たまねーさん達は、そこの阿呆を見守っててください」


 〈女の部屋〉


 飴屋の僧侶「ははぁ〜...ここまでくると、流石に妖力を感じますね...でも変ですね。我々が来ても、反応が全くないですね」


 星流「まぁそこは、旦那がここで会いたいと伝えて、その間、うちの仲間達が女を煽て酒を勧めたんですよ。それがよかったのか、酔い潰れたようです」


 飴屋の僧侶「そうですか。それは都合の良い...じゃ、遠慮なく失礼しますね」


 飴屋の僧侶は遠慮なく障子を開けて中に入り、星流も後を追って中に入る。

 女一人だけで、顔が真っ赤だが安らかに眠っている。


 飴屋の僧侶「おやまぁ...随分とお酒の匂いが充満してますね...」


 星流「ええ、妖怪用の酒でもかなり強いものでして、かの、酒呑童子が飲んだとされるものらしいですよ」


 飴屋の僧侶「随分とすごいものを...それほど大物なのでしょうね」


 星流「はい。大六天魔王の加護を受けた鬼女、紅葉ですから」


 飴屋の僧侶「まーなんとも、なんとも。それはすぐにでも...では、この、浄化石を五芒星に並べるので、手伝ってもらえますか?」


 星流は飴屋の僧侶が懐から絹の布の中から出した浄化石を分けてもらうと、飴屋の僧侶の指示通りに石を置いた。

 飴屋の僧侶は女の頭、五芒星の頂点に位置する場所へ正座して両手を合わせて経を唱え始めた。


 女「う...う...く、苦しい、苦しい。た、助けて...うわぁああああああ!!!」


 女の口から出てきたのは、鬼女紅葉であった。苦しいのか、般若のような顔つきである。


 鬼女紅葉「おのれ!おのれ!ううううっ!この怨み、このうっ!」


 飴屋の僧侶が呪文を高々に唱えると、一層苦しんで消えてしまった。


 星流「退治できたのですか?」


 飴屋の僧侶「いやいや。私には、そこまでの力は御座いません。それこそ、かの晴明様ならできるやもしれませんけどね。私にできるのは、この五つの浄化石に魂を分けて封印するくらいですよ」


 星流「そうですか...なら、この石もまた、封印しないとですね」


 飴屋の僧侶「ええ。徐々に、この聖水に何年も浸かった石に浄化されていき、いつかは本当に浄化しきって無に還るとは思いますが、それも何百年もの時がかかるやもしれませんね」


 星流「そうですか。なら、この石の件は玉藻様にお願いしておきます。玉藻様なら、何百年なんて大したことないですから」


 飴屋の僧侶「ははは。玉藻様も大変ですね」


 星流「でも、たまねーさんに預けるよりはいいかと」


 飴屋の僧侶「...ははは。では、私は明日もお勤めがありますから、この辺で」


 星流「ありがとうございました」


 〈釈台〉


 舞台暗転、釈台にだけスポットライトが点る。


 ウカノミタマ「こうして一件落着となりまして、たま達の、いえ、主に星流の頑張りで山城へと戻ったので御座います。あら?ふふふ、まだすこ〜し、話が続くようですね。もう少し、聞いてみましょうか」


 舞台明転


 〈晴明館の庭園〉


 たま「今年もよく紅葉が赤く色付いて、美しいわね」


 金「これは噂に違わず絶景だね、銀!」


 銀「はい。噂はかねがね聞いていましたが、ここまで圧巻とは思いませんでした」


 玉藻「あっ、そう言えば、あの老舗温泉の夫婦はどうなったの?」


 星流「ああ...噂ですと、旦那の浮気がバレたそうですよ。なんでも、仲居頭の女性とできてたそうです」


 玉藻「あらあら」


 星流「まぁ...旦那も旦那ですが、女将も豪胆な女なようで、それを承知で旦那と睦まじい夫婦を中居頭に見せつけていたそうです。まー...それが嫉妬を産んで、取り憑かれたのでしょう。その他にも、どうも温泉繋がりで、他の女将に言い寄ってた節があるらしいのです」


 玉藻「全く、これだから人間の男は。ああ、だから、温泉宿が燃やされた訳ね」


 星流「はい。本当なら、あんな浮気男、すぐに呪い殺されてもおかしくないのですよ、相手は鬼女ですから。二度も痛い目に遭っているのですから、懲りるのでしょうけどね、今回ばかりは。でも、根っからなのでしょう、どうも話をよくよく聞けば、一番最初の火事も妖と分かって、直ぐに仲の良かった女に乗り換えたらしいのです。二股かけてそれがバレたから、女がとばっちり受けてしまったのかもしれません」


 玉藻「女の嫉妬は、怖いのよね。男が悪いのに、取った女が悪いなんて思う輩もいるみたいだし」


 星流「元々紅葉は、人間から妖になった女。まぁ...そういうこともあるのでしょうね...私には、全然分かりませんけど」


 玉藻「それにしても...よくその旦那は無事だったわね...今まで」


 星流「どうも、両親が信心深い人らしくて、火事があってからはより一層だったらしいです。そのお陰かもしれませんね。何せ、両親は裕福に今も暮らしているそうですから。老舗温泉旅館もその両親の計らいで、再建が決まったそうです。そう言えば、大阪へ再建の前に権現様の社へお参りに行ったそうですよ。どうも、両親が懇意にしているようで、その夫婦も一緒にお参りしたとか」


 玉藻「そう...確か、宇宙の生成発展を司るとか、よく分からないあれよね。神は居着いてないけれど、願掛けによる念というものは存在するから、その効力かもしれないわね。初心忘れるべからず...そういう気持ちになるのかしら...場は清いいい場所だから、浄化されて...ね...ふふふ...もうこの辺で今回の件はいいわね...それより、今年はより一層、美しいでしょ?ねぇ、星流」


 星流「...まさに今も、紅葉狩りに呼んでいない狸達を虜にして、こうして呼び寄せておりますし、効果抜群ですね」


 玉藻「うふふふ...ここなら、晴明様の力も強いから問題なく、私が忘れた頃には成仏できるでしょう。それもこうして、何も知らないたくさんの者に褒め称えてもらえれば、本望でしょうし。鬼女、“紅葉”、だけに」


 星流「はい。化粧映えで、ますます繁盛しますね」


 玉藻と星流は、フッと悪い顔をして小さく笑った。


終わり

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