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エピソード0.1 帝都の湯の事件簿

〈プロローグ・釈台〉

 

 釈台に座った黒白ハチワレの小さな可愛らしいリボンが付いたカチューシャを頭にボブカットを内巻きにした、白黒のストラップの着物に帯締めにハチワレ猫の飾りが付いている品の良い年配の女性、もとい大猫が扇子を持って座っている。

 

 大猫「ちょいと、聴いてくれないか。何が、何さて、帝都...最近では、東京と云うらしいじゃないの...それは、それとして...さて、なんの話をしていたのかしら?あれあれ、まずはてめぇさんの紹介が先かいな。わっち、“江戸笄町(えどこうがいちょう)の大猫”と巷では呼ばれておりまして、ん?知らない?麻布の〜、麻布の〜って聞いたことがない?えぇ?...そうそう、麻布の大猫伝説ですよぉ〜。と云っても、今の麻布ではないらしくてねぇ〜、南青山六、七丁目から西麻布二 、四丁目の一部らしくて、どこだいどこだい結局は、てなもんで、青山なんて小洒落てるけども、麻布と云えば十番、そこには十番稲荷神社ってぇのがあって、ガマ池伝説なんてぇ〜のがあるらしいが、今は関係ないからまたにするとして、そうそう、何が何って、稲荷と云えば、狐、狐がさ、いるでしょ?なんだか、山城国(やましろのくに)...今風に云えば、京都、今日の京なんてねぇ〜...何云ってるか分からない?それはそれは、すまないねぇ〜、大猫も、猫にしちゃぁ〜人間みたいに図体でかいだけで、歳を取れば忘れっぽくてねぇ〜。でね、本題に入れば、その山城国には、わっちら妖怪湯の連盟の元締めと云えばいーんか?の元祖で、妖怪湯の元があってなぁ〜、そこは由緒正しい温泉地なんだけどなぁ、嵐山に構える立派な老舗温泉旅館なんだけれど、昼間は人間に湯を貸し出して、丑三つ時を過ぎて朝靄が出て薄まるまでは、妖怪のための湯となるんだけれど、どこも、まぁそれはいいとして、その由緒正しい温泉宿は伏見稲荷大社の縁の狐達が働いてるんだけど、なぁ〜ぜか最近、錆猫(さびねこ)の猫又の子猫が転がり込んだってぇ〜話よ。なんでも、なにかおぉきな、黒い物体に襲われて命からがら逃げたら何故かその先に穴が空いていて、落っこちたら、あらあんた、山城国のその旅館の前で気を失って転がってたんだてぇ〜んだから、まぁねぇ。可笑しなもんよ。どうも記憶があやふやで、可哀想に。武蔵國...そーさねぇ、ダサイタマなんてぇ〜映画で盛り上がってる、そう、今は埼玉、その者らしんだけどねぇ。まぁ、何が因果か、そのおチビ、どぉ〜も臭い、臭い、きな臭い。だからてんで、そこの元締めがさぁ、預かり候。とまぁ、本来はそっちが本筋の話なんだけんど、今宵は、そうさなぁ〜、狐も近くはないし、こっちの帝都の話でもしようじゃないか、ねぇ。てなもんで、ちょいと話が長くなったけれど、まぁまぁ、くつろいで聴いていきなさいと...でも、寝るんじゃないよぉ〜。何はともあれ妖怪だ、イタズラ好きが多いからね、化かされて身包み剥がされ、何処かのお山にポポイノポーイなんて捨てられることもあるさ、きぃ〜つけなぁ〜」

 

 〈プロローグ・舞台〉

 

 二人の小柄な女性、金と銀が、お揃いの茶と黒の縞模様の着物に歌川国芳の其まま地口猫飼好五十三疋がプリントされた半丁(はんてん)を羽織っている。

 

 金「あら〜、どうも〜。今日はイキのいいお・魚・さ・ん・達が、いっぱいねぇ〜」

 

 銀「ねぇ〜さん、美味しそうに見えても、ここは舞台よ...ちょっと顔の締まりがないわ、しっかり!」

 

 金「あら、やだ...ジュルジュルジュル(涎を啜る音がする)う、ううん。こっほん。えーと、なんだったかしら?」

 

 銀「いやいや、大猫のおばぁ様じゃないんだから」

 

 金「やぁ〜ね、私、そんなに老けてないわよ...あ、そうそう、大猫のおばぁ様といえばぁ〜、麻布の大猫伝説よね。とくれば、私達も負けじと、伝説持ちよね、銀」

 

 銀「そうねぇ〜、福猫伝説。金ねぇ〜さん、人助けしたのに殴り殺されてお陀仏チーン。恐ろしいわねぇ〜」

 

 金「そうね...ちょっと!勝手に殺さないで頂戴!そういう噂話もあって...魚屋が魚肉くれたからまぁ、というか、正しくは、両替屋の飼い猫がお裾分けしてくれて、でね、飼い猫がさぁ〜なんだか知らないけど、両替屋の小判加えて逃げたもんだからねぇ〜...あえなくthe ENDじゃ〜...成就できずに悪霊になってもおかしくないし、可哀想でしょ?だから代わりに、お金がなくて商売できずに病気で寝込んだ魚屋に届けてやった、それだけよ。私、ちゃんとピンピンしてるし!」

 

 銀「話を聞くに、その飼い猫、魚屋に恩義を感じてしたことなんだろうけど...世の中、なかなか世知辛いわねぇ〜」

 

 金「小判盗んでるんだから、まぁ、人のものを盗んだ、だからバチが当たった、とも言えるわね」

 

 銀「身も蓋もない...」

 

 金「あらあら、でも私達、これでも遊郭を繁盛させた千客万来の招き猫よ、そんな不景気な話はよしこさんよ!」

 

 銀「よしこさんて?」

 

 金「さぁ?まぁ、そんなことはどうでもいいとして、なかなか私達の話でここもあったまってきたから、おばぁ様が毎度開けるのを忘れる緞帳どんちょうを開けましょうか。そもそも、開けないと話も始まらないものね、うふふふ」

 

 銀「そうね、それが毎度、私達のここでのお役目。さぁ〜、今宵は、なんのお話が聞けるかしらぁー?」

 

 二人が捌けると幕が上がる。

 

 〈夕暮れ時の河原〉

 

 真っ黒な着物を着た少し小柄な青年、ソーメーが草の茂みから出てくる。

 

 ソーメー「はぁ〜やれやれ、むっちゃうところだったい」

 

 オシッコサマ「ちょいとにーさん、よろしいか?」

 

 背後に緑色の着物を着た無造作頭の男、オシッコサマの影あり。

 

 ソーメー「あ〜、かま〜ねぇ、かまわねぇ〜よぉ〜」

 

 オシッコサマ「いや〜いい尻、具合。きっといい尻子玉が付いていそうだなぁ〜」

 

 オシッコサマは、ソーメーのお尻を下から上に手で撫で上げる。

 

 ソーメー「うあぁあああ!!なんだ、お前!」

 

 ソーメーは驚き飛び上がって、声を張り上げながら咄嗟に後を振り向く。

 

 オシッコサマ「何と聞かれちゃー、答えるてーのが筋だろうて。わは、オシッコサマよ!」

 

 ソーメー「...え?なんて?」

 

 オシッコサマ「だーかーらー!オシッコサマ!」

 

 ソーメー「わっ!エンガッチョ!」

 

 ソーメーはオシッコサマから飛び退く。

 

 オシッコサマ「な!失敬な!オシッコとは放尿ではない!何かの訛りが転じただけぞ、バカモン!わは、水虎大明神ぞ!」

 

 ソーメー「...はぁ...スイコダイミョウジンデスカ?ナニデスカ?オイシイノデスカ?」

 

 オシッコサマ「おい、若造!なりたて猫又のくせして、生意気な!頭が高い!わは、こう見えて立派な河童、水神ぞ!」

 

 ソーメー「ははぁ〜!これはこれは、水神様とは露知らず...ん?河童?なぁ〜んだ、かわたろうか。生憎、胡瓜は持ち合わせてないんだ。他を当たっておくれ」

 

 オシッコサマ「まぁ、胡瓜は大好物だがな、まぁないならないで、そんな水神ともあろうわが、そんなことでは怒りはしないわ!まぁ...そこが、そこらの妖怪との、格の違いか...って誰もいねぇじゃないかい!おい!どこ行った!!猫又!!猫又〜!!...はぁ...まぁ〜た、一人か」

 

 オシッコサマがしみじみと語っている間に、ソーメーはそそくさと河原とは反対方向へそそくさと走って逃げていたため姿はもう見えず、オシッコサマは大声を張り上げた後、寂しそうな顔をしてボソリと呟いた。

 

 オシッコサマ捌ける。

 

 〈山道への入口〉

 

 ゴロゴロと雷の音が聞こえてきて、ソーメーは両耳を両手で塞いで山道へ続く道へと軽快な足取りで進む。

 登り道の途中、古ぼけた小屋が見えてくる。

 

 ソーメー「やれやれ、変な河童には尻を撫でられ絡まれるは、散々だった。やれ、雨も降りそうだし、あの小屋で休んで行くか」

 

 ソーメーは扉のない小屋へと入って、地べたへ胡座を描いて座る。

 

 ソーメー「お使いも、よいじゃーないなぁ〜。金、銀ねぇーさんも、まぁったく、人使いが荒い。新入りだからって、あれやこれ、頼みすぎだよ、本当。御方様からの仕事を横流し...皆して、それが修行修行言うてからに...ふぅ」

 

 ゴロゴロゴロ

 

 雷の音が近くなる。

 

 ソーメー「ひゃぁぁ...くわばらくわばら...南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

 

 ソーメーは拝むように、空に唱える。

 

 ゴロゴロゴロゴロ ドォドドーーーン!

 

 ソーメー「うひゃぁぁぁ!お助け!!」

 

 ソーメーは丸まって、ブルブル震える。

 

 雷神「おい、そこの者」

 

 小屋の前には、黄金に輝く豪華な着物を着て帯は虎の皮の男、雷神が仁王立ちで立っている。

 

 ソーメー「...なんでござりましょうか」

 

 ソーメーは半泣きしているような声で、顔を真っ正面には向けられず恐ろしくて両手で顔を覆う。少し斜めを向き、指と指の隙間から雷神を覗き見ながら返事を返す。

 

 雷神「うむ。小僧、太鼓のバチは知らんか?」

 

 ソーメー「バチ...で?ヒッ...あーえーと...み、み、見ませ...んでした」

 

 ソーメーは覆った指先から顔半分を出して雷神を見ると、眉と眉がこれでもかというほど寄り合って少し開いている口からは鋭い牙が見え、それがあいまってか雷神の顔がものすごい般若のような形相に見えて、悲鳴を上げそうになるのを両手で口をしっかりと塞いで必死に声を殺し、しどろもどろ。

 

 雷神「うーむ。今日は響きが良くてな、ノリノリで打ち鳴らして調子に乗ってたのが悪いのか、手が滑ってな」

 

 ソーメー「...ノリノリ?」

 

 雷神「今日は、雷神祭でよぉ〜。景気良く、派手に鳴らそうってんで、仲間とフィーバーしてたんだ」

 

 ソーメー「フィーバー?...さ、左様で」

 

 雷神は、ビクビクしながらも何か引っ掛かって弱めに突っ込むソーメーなど気にすることもなく、辺りをキョロキョロと見回している。

 

 雷神「ここ、じゃー...ねぇーみてーだなぁ〜。しょうがねぇ...面倒だが、他を当たるか。おう、失敬したな。また、どこかでな!あははははは!」

 

 雷神は風の如く颯爽と、消えていった。

 

 ソーメー「...なんだったんだ。はぁ...怖や怖や...二度と会いたくないねぇ〜おぉ、雷も疾風の如く過ぎ去って、さぁ〜、さっさとお使いすまして帰ろう、帰ろう」

 

 ソーメーは立ち上がると尻の埃を叩いて、サッサと軽快な足取りで山道を進む。

 

 〈深い山中〉

 

 ソーメーは切り株の上に座って、大猫から手渡された笹に包んである焼きおむすび二つを懐から出して食べようとしている。

 

 ソーメー「随分、山奥だなぁ。一体、全体、どこまで続くんだか。にしても、腹は減っては戦はできぬじゃないが...御方様の焼きおにぎりは絶品!うん、腹も空いたし...さっそく」

 

 もさもさした毛皮の着物を身に付けた男、異獣が静かにソーメーの背後に立つ。

 

 異獣「その飯、くれ」

 

 が急に声が降ってきて、驚きのあまりソーメーはおむすびを落としそうになるのを間一髪、空中で野球少年さながら両手でうまくキャッチし防ぎ、振り返る。

 

 ソーメー「おい!な!...えっえ!!」

 

 ソーメーは目に入った大きな異獣が、それは恐ろしく見え、声を失う。

 

 異獣「それ、うまそう」

 

 ソーメーは小心猫だけに自分よりでかい者には逆らうことはできずに、おむすびをポイっと笹子ごと異獣に投げる。異獣は受け取ると嬉しそうに笑い、おむすびを頬張る。

 

 異獣「うまい、うまい」

 

 あっという間におむすびを平らげて、更に嬉しそうに名残惜しそうに手を舐めている。

 

 ソーメーはその隙に逃げようとそろり、そろりと後ろ足で歩き出す。が、異獣に肩を掴まれ捕まった。

 

 異獣「まて、猫又。飯の分は、働くぞ」

 

 あれをあれよといううちに異獣に米俵のように背負われたソーメーは、山を降って里の手前で降ろされた。お礼を言おうとして振り返れば、異獣はすでに姿を消していなかった。

 

 ソーメー「やー...いいやつもいたもんだ...」


 ぐぅぅぅぅぅぅ


 盛大にソーメーの腹が鳴る。


 ソーメー 「はぁ...が、しかし...腹、空いたな...」

 

 〈川の近くの地蔵堂〉

 

 少し大きな地蔵堂の前、本来はそこに地蔵がいるものだが社はもぬけの殻。

 

 ソーメー「んーん?地蔵さんがお留守か。まぁ、ちょうどいい。気が動転したしなぁ〜...ちょいと休ませてもらいますよぉっと...にしても、腹が減ったなぁ〜」

 

 ソーメーは地蔵堂に腰を下ろす。

 同時に作務衣を着た赤いマフラーをした男、怪地蔵が後ろ手からやってくる。

 

 怪地蔵「オメェさん、腹減ってんのんか?」

 

 ソーメー「そうそう・・・うわぁぁぁ!!」

 

 ソーメーは空腹でぼんやりしていた所、気づかずに驚く。

 

 怪地蔵「なんだい、なんだい。ビビりだんなぁ〜カカカ!」

 

 ソーメー「あ、いや・・・う、ううん。えーと、どちら様で?」

 

 怪地蔵はソーメーの横へ来て胡座を描いて無造作に座り、ソーメーは怪地蔵に顔を向ける。

 

 怪地蔵「オレぇかい?まぁ、巷じゃぁ〜、怪地蔵なんてぇ噂された時もあらぁーネ。まぁ、元は寺に住み着いた古狸よ。地蔵さんが盗まれて困ってるみてぇだったから、化けてやってんでェ。でもなぁ〜、腹は減るものよってんで、団子盗んで食いながらの帰り道。人間が見えたもんだから、ちとお驚かしてやろうかなんて思ったのが不運。地蔵が団子くってるなんて、人間があわくってあわてふためいて、混乱した挙句に奇声を上げて腕をブンブン回して殴りつけてきやがったんだぁ。まぁ〜、捨て身のタックルのようなもんさ...ははは...チーン、お陀仏お陀仏」

 

 ソーメー「え!死んだんか!」

 

 怪地蔵「いや...オメェさん...オレぇは、目の前でピンピンしてんじゃんねーかよ」

 

 ソーメー「あっ...確かに」

 

 怪地蔵「伊達に妖やってねぇからヨォ〜。そんな人間がそこら辺に転がってる木の棒で叩いたくれーじゃぁ、しにゃ〜死ねぇ〜ヨォ。ただたんこぶが、ポコン、ポコン、ポコンってな、ミーっつ団子みたいにできたから、こりゃおもしレェてんで、お礼に、そういつの枕元で団子よこせー、団子よこせーって、毎夜繰り返してやったんだぁヨゥ。まぁこれまたおもしレェ、そいつうなされて団子団子言いやがってな。起きたら顔真っ青にして朝一で団子を嫁に作らせて、団子を仏壇に手をこう合わせて南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)とガタガタ震えながら一生懸命唱えてな、備えるようになったんだよぉ〜。そんで、こーしてその一族は団子を備える掟ができて、オレぇは、毎日団子を取りに行って、食える、と。おっ、オメェさんも食うか?」

 

 ソーメー「あ、どうも」

 

 怪地蔵に団子をもらったソーメーは、団子を美味しそうにモギュモギュと食う。

 

 怪地蔵「で、オメェさん・・・クンクン・・・妖湯(ようゆ)が匂うと思ったら、宝乃宿の猫又か。どうせ、使いパシリだろう?で、あの山越える時に異獣にメシ取られたんだろう!」

 

 ソーメー「えぇっ!なぜそれを!」

 

 怪地蔵「そりゃーオメェさん・・・お前んのとこのセンパイも同じ目にあって、ピーピーここで泣いてたからなぁ〜」

 

 ソーメー「えっ!」


 怪地蔵「まぁ、と言っても、ただ腹減って泣いてただけだがな。まぁ、似たもの同士ってな。まぁ〜、オメェもあの子も団子美味しそうに頬張って、すぐニッコニコだーなぁー」

 

 ソーメー「あ、いや、その...ごちそう様です...でした」

 

 怪地蔵「おうよ。さ、どこいくかは知らねぇ〜が、さっさといきな。元気なうちがぁ〜、一番よ。弱ると悪ーいもんにつけ入れられて碌な目にしか合わねーぞ。と、その串は、置いてきな!それをここのお堂に転がしておくと、人間がありがたやぁ〜、ありがたやぁ〜って、回収するんさ。意味不明だよなぁ!まぁーあ、オモロイことよ!カカカ!」

 

 ソーメー「そう...なんですか...じゃあ...遠慮なく」

 

 怪地蔵「さぁ、行きな、行きな、行っちまいな!じゃぁな!道中ようようよく見て、キーつけていけや!」

 

 ソーメー「あ、はぁーい!ありがとうございましたー」

 

 ソーメーは手を振りながらお堂を去っていく。

 

 〈川を繋ぐ橋〉


 ソーメーが里へ降りていくと目の前には大きな川があり、その川を挟んで小さな神社が目の前にあり、青木明神社と(のぼり)が立っている。

 そこへ行くには大きな橋を渡らないといけず、そこを渡ろうとした時のこと、川辺からショリショリショリと何かを研いでいる音が聞こえてきた。

 ソーメーは橋を渡ろうと一歩足を出すが引っ込めてくるりと方向を変える。急がないといけないなと思いつつも、どうもその音が気になって、惹きつけられるようにそちらへ足を向けてしまった。


 ソーメーは橋の下まで来ていた。そこには腰がうんと曲がったちゃんちゃんこにふんどし姿に、脳天は禿げていて両こめかみから髪が少しぴょんと飛び出て流れてる面白い顔をした爺さんがいる。

 少し警戒して遠く、夕方に差し掛かっていたので薄暗くよく見えなかったが、目を細めて見てみれば川の水で桶に入った小豆を洗っている、小豆洗いであった。器用に小豆を洗いながら、気持ちよさそうに変な歌を鼻歌混じりに歌っている。


 小豆洗い「小豆とごうか〜、人とって食おうか〜、キョッキ、ショッキ〜♪」


 物騒な鼻歌だなと思いながら、ソーメーは好奇心がかって小豆洗いにそろそろと目の前まで近づく。


 ソーメー「おい、そこの!何をしてるんだ?」


 小豆洗い「んぁあ?俺のことが見えるんか?あぁ?あぁ〜、なんだなんだぁ〜、同じ妖怪かぁ〜。で、おめぇさんこそだれずらか?人に尋ねる前に、まずはおめぇさんの名前、いうべきじゃねぇずらか?」


 小豆洗いは小豆を洗うのを一時止めて、ソーメーを見上げるようにチラリと見る。


 ソーメー「おおう、そうだった、そうだった。オレ様は、宝乃宿の、天才猫又!ソーメー様よ!」


 小豆洗い「...はぁ〜ん...宝乃宿ずらか...ほほう。で...その天才ソーメーがどうした」


 小豆洗いは曲がった腰をしんどそうにトントンと叩き腰に片手を当てて腰を少し上げるとやれやれと一息付いて、びしょびしょの手で自分の顎を撫でながら値踏みするようにソーメーをジロジロ見上げる。


 ソーメー「あ?いや、何、うん。ちょいと小刻みいーい音が聞こえたからな、ちょいと足がそっち向いちまってな」


 小豆洗い「そうかそうか。ま、まぁ〜なぁ〜。俺は小豆洗いのプロ!だからなぁ〜、それもそうずらなぁ〜。あっはっ、はっ、はっ、はぁっ!」


 小豆洗いは両手を腰にひん曲がった腰を後まで一気に剃り返し、ニマニマ嬉しそうな顔をして自慢そうに笑う。


 そんな時だ、横からそろそろとやってきた小汚い服に痩せた顔の目がギラギラした猫背の男がヒョイと小豆洗いの桶を盗んで抱えると一目散に逃げていく。

 小豆洗いは褒められた余韻でそれには気づかず、ソーメーはそれを見ていてどうしたもんかと思いながらその男の後を追いかけた。自分は褒めたつもりもないのだが、結局そうなって盗まれたことに少しの罪悪感があったからだ。


 〈青木明神社〉


 男は神社の方へ逃げていき、ソーメーも橋を渡って神社に入った。男はキョロキョロ当たりを見回すと小豆を少し掬って賽銭箱に入れ、地面に桶を置くと手を合わせて拝んでいる。

 信仰深いなとか思いながら、それどころではないと慌てて桶を取り返そうと男の背後に立ってゴンっと頭を殴りつける。ソーメー的には軽く殴ったつもりだったが、男は目をぐるりと回してバタンと賽銭箱に前のめりで倒れた。


 ソーメー「おいおい、お前!でーじょうぶか?まさかのまさかぁ!」


 ソーメーは慌てふためいて、目の前に伸びている男を背後から揺する。

 すると男はガバッと急に起き上がってそのために、ソーメーは思わずすってんころりん後ろに一回転して地面に尻餅をついた。


 ソーメー「イテテテテ」


 自分の尻を摩りながら、男を見ると男はケロッとした顔をして何やら憑き物が取れたように、先ほどまで顔色が悪かったのも赤味が帯びて何故こんなところにいるんだとばかりにキョロキョロしていたが、流石に夕暮れ着物も薄着で寒くなったのかブルブルと身体を震わせて、嫌だ嫌だと裾に手を突っ込んで身を屈めながら立ち去ってしまう。

 残されたソーメーは、キョトンとその光景を見届けてううん?と小首を傾げた後にポツンと残された小豆の入った桶を見る。


 ソーメー「やれやれ...少なくなっちまったが、返してやるか」


 そう言ってよっこらせと立ち上がったソーメーはパンパンと尻を軽く叩いて埃を落としてから、ソロソロと桶を拾う。お賽銭の中を除き込んで、流石にお賽銭の中の小豆は難しいと社に背を向けて立ち去ろうとする。


 ソーメー「おっと!いけねぇいけねぇ」


 くるりとまた社に向き合って、手を合わせると軽く拝んでそそくさと立ち去った。


 〈橋の下〉


 小豆洗いがいた場所に戻れば、小豆洗いが慌てふためいている。


 小豆洗い「誰ぞ、誰ぞ!!俺の大事な小豆を盗んだやつは!!あのソーメーとかいうガキか!おのれ、おのれ、皮を剥いで三味線にでもしてやろうか!!」


 ぶつぶつと口調も変わって物騒なことを言いながら、顔を真っ赤にして時短打を踏んでいるので、流石に今返しに行ったら大変なことになりそうだとソーメーはまた神社に引き返して行った。


 〈青木明神社〉


 夜も更けてきて、ソーメーは仕方ないと今日はここに泊まることのした。


 ソーメー「すんませんねぇ、ちょっとお宿をお借りしますよ」


 そう言って、閉まっていた扉を開けて中へと入った。中は案外綺麗で人間が掃除しているのだろうと、これはラッキーと板の間に横になろうとして桶が邪魔だなと近くの板の間に置いてから、ゴロンと横になったソーメーはなんだかすぐに眠たくなって眠てしまった。


 ソーメーが寝静まってからだいぶ時は経って、丑三つ時。

 何やら辺りが急に冷え込んで、毛布も何もないソーメーは寒さでブルブル震えて起きる。


 ソーメー「なんだ、なんだ?この社は見掛け倒しでオンボロか?はぁ〜、これじゃぁ、野宿とかわんねぇぞ。やだねぇ、やだねぇ。全く、飯は取られるわ、変なこそドロには合うわ。と言ってもあのコソ泥、まぁチンケなもんを盗んでまぁ。金なら分かるが小豆ときたもんだ。それを賽銭に入れて、手を合わすなんざぁ、何がやりてぇのか。全く、お間抜けで、盗んだもんも置いてってまー間抜けの間抜けだわなぁ〜」


 寒さに震えながら丸まって、ソーメーは悪態をつく。するとどういうわけか、(はり)(のこぎり)できるような音がし始める。それはまぁ、なんともいえない耳障りの悪い音である。

 耐えかねてソーメーはうずくまって丸々と両耳を両手で塞いだ。


 ソーメー「なんだ、なんだ!この社は憑き物付きか?あーヤダヤダ、今日はろくなことがねぇぞ」


 飯食い幽霊「おい、そこの!随分と悪態ついてくれるじゃねぇか!謝れ」


 ソーメー「はぁ?なんでぇ、なんでぇ!俺様は事実を申しただけよ!謝る通りがねぇ!」


 ズシーン!!


 不快音がピタッと鳴り止むと、飯食い幽霊はソーメーの背中にズドンと乗っかって腕を組んで胡座を描く。


 ソーメー「うぉおお!おい!重いじゃねぇか!!何してくれてんだ!早くどけ!」


 飯食い幽霊「そりゃーできねぇ〜相談だなぁぁぁぁ〜。オメーがワシに、そうだな...腹一杯食べさせて満足させれるっていうんだったら、考えなくもねぇぇぇぇぇ〜なぁ〜。全く、オメーもしけたやつで、文句は一丁前だが、全く食うもの持ってねぇときたもんだぁぁ〜。それこそオメーも、チンケな茹でてもねぇ小豆なんか持って、本当に使えねぇなぁ〜」


 ソーメー「アホか!この小豆は預かりもんだ!小豆だってな、砂糖と水と一緒に煮れば餡子になるんだ!立派な食材だぞ!」


 飯食らい幽霊「オメーがチンケって、先に言ったんだろうが...まぁいい。そこまでいうんにゃから、まぁ〜うめぇ餡子を作れるんだろうなぁぁああ?」


 ソーメー「そんなもんは、あったりめぇよ!俺様を誰と心得る!ソーメー様だぞ!」


 飯食らい幽霊「はぁはぁ、なら、作ってみろってんだい。砂糖と水なら丁度ある。鍋も火も起こせべば窯もある、料理できねぇわけがねぇな〜」


 ソーメー「あーあー!勿論だ!お前が退けば、いつでも作ってやらー!」


 飯食らい幽霊「よし、交渉成立だぁなぁ〜〜。もし、違えれば、末代まで呪うからなぁ〜」


 飯食らい幽霊はヒョイとソーメーから退いて、どこから出したのか砂糖の麻袋をドーンとソーメーの前に落とした。


 ソーメー「おいおい...なんだこの量の砂糖は...まぁ、いいか...いやいや待て待て...おい!窯も水がないぞ!」


 飯食らい幽霊「台所へ行けばよかろう。すぐ近くに小さいがある。外にい行けば井戸もある。汲めばよかろう」


 ソーメーは落ちてきた麻袋に驚いて飛び起きたはいいが、飯食らい幽霊の話を聞いてげんなりした顔で胡座を描いて腕を組む。


 飯食らい幽霊「オメーまさか、約束を違えるつもりはないよな?猫又のくせして、尻の穴がちいせぇー化け猫でもあるまい?」


 ソーメー「な!男に二言はない!待ってろ!日本一うめぇー餡子を食べさせてやららぁ!!」


 ソーメーはいきりたって鼻をふーふー言わせながら、麻袋と小豆の入った桶を持って台所へドンドンと乱暴な音を立てながら向かう。

 台所についたは良いが、まずは火を起こさないとキョロキョロ周りを見渡す。


 ソーメー「な!火打石もありゃしねぇ...はぁ、参ったな...まぁとりあえず鍋はあると...」


 ソーメーは暗がりでも猫である、まったく問題なく辺りが見える。なので何も迷わず鍋の近くに行くと、麻袋と桶を置く。鍋を窯の上に乗せて小豆をザラザラザラっと全部入れ、麻袋を自分の爪で切るとザラザラザラと勢いよく入れていく。


 ソーメー「あ!...いっけね...入れすぎだな...まぁいいか」


 勢いが止まらず全部入れてしまったソーメーはそう言って悪い笑みでヒシシシと笑う。


 ソーメー「さぁ〜て、じゃ、俺様も本気を出すか!はぁああああ!!炎神、炎の円!炎の柱に炎の縁!はああ!!!」


 目と閉じて人差し指を立てて両手を組むと変な呪いを唱え、その手を大きく上に振り上げて一文字縦に空を切る。


 ボォォオ


 窯に急に火が付く。


 ソーメー「ははーん!晴明様に教えてもらった呪い、一か八かだができたな!はははは!俺様天才!あ!いけね...水入れてねぇや...おっとと」


 ソーメーは慌てて鍋を窯から下ろすと板の間に置き、近くの空っぽの水桶を持って一目散に井戸へと向かう。


 ソーメー「ほう、これが井戸か」


 ソーメーは水桶を近くには置くと、井戸の中を覗く。丁度今日は、月が昇っていて月光が注いでいて中の水もキラキラと照らされて見える。


 ソーメー「よしよし、あるな。さぁ〜て...どっこいセー、どっこいセー...あら、どっこいセー、どっこいセー」


 ソーメーは歌うように井戸の水を汲み上げるために縄を引っ張った。これでも妖怪、力はあるのである。人間がようやっと汲み上げるのも、ソーメーにかかればものの数十でつるべと呼ばれる桶も上がってくる。


 ジャァーーーーー


 つるべから水桶に水を流し込んで、ぽーいとつるべを井戸へ放る。よいせっと掛け声かけて、タタタっと水桶を持ってソーメーは台所へ戻る。


 ジャーーーーーー


 鍋に水を全部流し込み、タプタプで水が溢れそうな程のまま鍋をチリチリと火が灯る釜へと乗せた。

 ふぅっとため息を付いて、しゃもじを取りに行き鍋を掻き回す。


 ソーメー「あらよ〜と、右へ左へグールグルあーぁ、ぐるっと回せば小豆も踊る♪」


 つい先ほどまでは渋っていたのに、料理をし始めると手際も良く鼻歌混じりに楽しげである。


 それから小一時間ぐつぐつ煮出して、甘い匂いがぷーんっと部屋に充満する。


 ソーメー「まぁ...こんなもんでいいか?これ以上やると、焦げそうだしな」


 飯食らい幽霊「おお、やっとできたか」


 ふっと飯食らい幽霊が台所に出てくると、さっきまで窯に灯っていた火種が一瞬で消えてしまう。


 ソーメー「うわぁぁああ!!!急に出てくるなよ」


 飯食らい幽霊「...ワレは幽霊、どこからでも出てくるわ。さて、味はどうか?」


 サッとソーメーのしゃもじを奪い取ると、飯食らい幽霊はそのしゃもじで鍋の餡子を食べ始める。


 飯食らい幽霊「おーおー、いいのぉぉ〜、いいのぉ〜」


 ソーメーは熱くないのかと思いながら、自分は猫舌なので味見も何もしてないので良くわからなかった。だが、飯食らい幽霊実に美味そうに食べるので、なんだかソーメーもお腹が空いて、ぐーっとお腹が鳴ってしまう。


 飯食らい幽霊「はぁー、美味かったな。よしよし、これで琉球まで帰れるな!はぁ〜、じゃ、また会う日まで〜」


 飯食らい幽霊は満足げな顔をしてソーメーに手を振ると、シュルっと消えてしまう。


 ソーメー「...なんだったんだ...まぁいいか」


 ソーメーは、残りカスでもいいと窯に近づいて鍋を除く。

 綺麗に舐めまわしたように、すっからかんであった。


 ソーメーはため息をついて、もう寒くもないしと元いた場所へ戻ってゴロンと不貞腐れたように寝っ転がるとグースカすぐに寝てしまった。


 ギシ ギシ


 朝霧が出てきた頃、ソーメーの眠りも浅くなってきて、何やら足音が聞こえるなと思いつつもまだ眠く、寝転がったままだ。


 ギシ ギシ


 どんどんソーメーに近づいてくるので、流石に気になっていつでも起き上がれる体勢になって、薄目を開ける。


 ギシ


 まだ朝と言っても暗く、近づいてくる音が聞こえても何がいるかまでは見えないが、ソーメーの目の前にいるような気配はする。咄嗟に四つ足で立つと、バアアアアアアとドブのような悪臭が放たれる。


 ソーメー「ぎゃああああああ!!!

くっさぁあああああああ!!!!うおぇ」


 ソーメーは鼻を両手で塞ぐとゴロン、ゴロンとのたうち回る。


 ソーメー「にゃ、にゃにものだぁあああ!!!」


 怪井守「俺かぁ?俺は、怪井守さぁ。何やら女子の良い香りがしたとおもて来てみたら、なんでぇ〜、野郎の猫又じゃねぇ〜のぉ。ったく、ややこしい。俺は、野郎には興味ないんだヨォ〜」


 ソーメー「知るか、ボケ!!うぉウゲェエエ...はぁ、はぁ、はぁ...くんくん...ああぁいい香り...あぁ...これあれか...金ねぇくれた匂袋...厄介な妖怪から守ってくれるって...おい!!ボケ猫全然役にやってねーじゃねぇか!!寄せてどうすんだよ!!」


 匂袋を嗅いだお陰か元気になったソーメーは、怪井守から後ろへ飛び退いていつでも自慢の爪で引っ掻けるように姿勢を低くして様子を伺うが、何やら酔っ払ったようにクラクラと目が回る。


 怪井守「ククククク...いーい感じで効いてるなぁ〜。愉快、愉快。俺にその気にさせておいて、その罰さぁ。まぁ〜あ、明日くらいには治るだろうから、それまでくるくるしてるといい。じゃぁ〜なぁ」


 芝居掛かったような物言いで、坊主が何をカッコつけてんだかとソーメーは心の中で思いつつも、さっさと消えてくれたことに安堵する。

 それでもソーメーは頭がぐわんぐわんして、立っていられずにバタンと仰向けに倒れた。


 ソーメー「あーあー...金ねぇちゃんのせいで、碌な目に遭わないぞ!全く...ん?そういえば...えーと...えーと、そうそう、変な男に会ったら、井守かもしれない...えーと...えーと...なんだったかな...ああぁ!!」


 ソーメーはぐるぐるする思考の中、一筋の光が見えたようでガバッと上半身を勢いよく起こす。


 ソーメー「そうだそうだ!そういう場合は、確か、屋敷の堀に井守がいるから退治すればいいって言ってた!......ん?ここは屋敷ではないんだが...うっ...まだぐるぐるするなぁ...うーんうーん...だがここで一日過ごす訳にもいかないしなぁ...」


 ソーメーはふらふらしながらも社を出てあっちへふらふら、こっちへふらふらしながら、何かにつまずいてゴロンッと一回転転がり何かに尻がスポッとハマる。


 ソーメー「にゃにゃにゃ!!にゃんだぁーーーーー!!!」


 小さななんのためにあるか分からない堀に綺麗にハマったものだから尻が抜けず、バタバタ暴れたが酔ってるようなソーメーはただ手足をバタバタしてるだけで一向に抜けない。ついには疲れてそのまま、うっつらうっつら船を漕ぎ出す。


 なまはげ「ナモミが禿げた、ツルッパゲ。包丁研いだか、研ぎ石ねぇな。小豆っこ煮えたか、空っぽかい!」


 ソーメーは大きな声が聞こえて驚いて目を覚ますと、目の前にギラリと光る包丁を持った(みの)を身に付けて二本角がある真っ赤な般若の仮面を被ったナマハゲの顔が目の前に見えた。


 ソーメー「うわぁあああああ!!!」


 ソーメーは自己防衛とばかりに爪を出してぶんぶん腕を振る。流石のなまはげも怯んでソーメーから少し離れる。


 なまはげ「こんたどごろで寝でらど風邪ひくぞ」


 ソーメー「へ?なんて?」


 なまはげ「全ぐ、なんかおべんが、変なモヤ出だで思って確認してだら、なんだちゃぺ又穴にはまってらーって、助げだるべがで思ったら、急さ爪立ででぎやがる。一体全体どーなってんだ?」


 ソーメー「え?え?なんて?」


 なまはげ「んだんてな...まーえーわ。とりあえず、ほれ、そっから出るのが先だべ?」


 なまはげは持っていた包丁を腰にぶら下げた箱に仕舞うと、ドシドシと近づいてどっこいせっとソーメーに片手を差し出す。


 ソーメー「あ?え?どうも...」


 なまはげはソーメーが出した手を取るとヨイショッと一気にソーメーを引っ張り上げる。スポッと抜けたソーメーのその堀には、ぬくぬくしていたのかでっかい井守がスヤスヤと眠っている。


 なまはげ「こいづ、まだだぶらがしやがって。自分はグースカ眠ってんのが。なんつー怠げだ奴だ!」


 なまはげは包丁を取り出すと、井守目掛けて遠慮なく振り下ろす。


 怪井守「ギャアアアアアアアア!!!」


 怪井守は奇怪な声を上げて消え、朝日が登ると同時、陽に照らされるとなまはげも霧が晴れたように消えていなくなった。


 ソーメー「...なんだったんだ?...寝ぼけてたんかな...にしては...随分とまぁ、リアルな夢で...やれやれ」


 ソーメーは大欠伸をしながら頭をボリボリ描くと、はぁとどこか疲れたようなため息をして仕方なさげにトボトボと歩き出した。


 〈山中の寺〉


 少し行くと先程の神社とは打って変わって、古びた小さな寺が見えてきた。人を避けて山の方をてくてく歩いていたため辿り着いたのたのだが、少し奥にあるためか古びたというより寂れたと言った方がいいのかもしれない。

 ソーメーは何気なく社の方を見るが、特段何もなさそうなので素通りしようとする。


 ドン


 ソーメー「いったぁ〜...なんだ?」


 ソーメーが横を向いて正面を向いた瞬間、確かに誰も居なかったなずなのに、そこに二人の男が立っていた。一人は色黒く、一人は色白い。


 囲碁の精白「もし、囲碁はやられますかな?」


 ソーメー「は?何言ってんの?俺は急いでるんで、そこ退いてもらえる?」


 囲碁の精黒「もし、囲碁はやりますか?」


 ソーメー「だーかーらー!急いでんの!」


 囲碁の精の黒い方が、ガバッとソーメーの両肩を掴むと険しい顔で見てくる。


 ソーメー「...な、なんだよ...ま、まぁ...少しはやったことあるよ」


 囲碁の精黒「そうですか。私は、山に住むもので、智玄(ちげん)と申します」


 囲碁の精白「私は海辺の者で、智白と申します」


 と急に自己紹介始めたと思いきや、たちまち消えていなくなった。


 ソーメー「...はぁ...なんなんだ、いったい」


 ソーメーは大きなため息を一つ溢すと、またてくてくと歩き出した。

 ソーメーは気づいていなかったが、寂れた寺には古びた囲碁石が二つ置かれていて、久々の他人との交流が嬉しかったのだろうと思われる。


 〈山の麓に行く道〉


 山の方面に歩いていたが変なものが出てくるので、やはり人里の方を行こうとなったソーメーは人にバレないように気を遣って山を降りた。

 途中、山菜を取っている女性に張り合わせする。危ない危ないと、猫耳と尻尾が出ていないか確認してから、ソーメーはその女性の側を通り過ぎて行こうとする。


 女性「あら、こんな山に人がいるなんて珍しいわね」


 ソーメー「いや〜...旅をしているのですが、道に迷ってしまって」


 聞こえないように小さく舌打ちをしてから、ソーメーは営業スマイルを女性に向けて話を合わせる。


 女性「そう。それは大変ねぇ。一体、どこへ行くの?」


 ソーメー「福島の猫啼(ねこなき)温泉に用事はありまして」


 女性「そう...随分遠い所へ行くのね。そこまで行くのなら、治癒力があると言われているし、湯治してくればいいんじゃないかしら」


 ソーメー「...うーん...それが、今は猫啼温泉は温泉が沸かないっていうんですよ」


 女性「あら、それはそれは。それなら、何しに行くの?」


 ソーメー「だから...その温泉が沸かなくなった原因をね、探ってくれと頼まれましてね」


 女性「そうなの、大変ねぇ。あっ、そうだわ、この先はしばらく食事できる所がないから何かの縁ってね、うちで食べて行きなさいな」


 ソーメー「いやいや、しかし」


 ぐぅーーーーーー


 盛大にソーメーの腹が鳴ってソーメーと女性は顔を見合わせて笑い合うと、ソーメーは折角なので女性の家へと付いていくことにした。


 女性「この道をあと少し降れば...え?

 」


 女性が指差した先には小さな家があったが、それよりも何よりも大きな熊がひっくり返っている。


 女性「あらあらあら...なんだか苦しそうねぇ」


 ソーメー「待て待て。おいそれと近づいて、襲われでもしたらどうするんです?」


 女性「でもあそこの道を行かないと結局、家には帰れませんし」


 ソーメー「...はぁ...仕方ない。じゃぁ、俺が先に行きますから、少し離れて後ろから着いてきてくださいね」


 ソーメーはそう言ってゆっくりと熊に近づいてみれば、確かに苦しそうである。


 女性「あらやだ、大きな山みたいなダニが付いてるわ」


 ソーメーの横からヒョイと顔を出した女性は、恐れを知らないのか熊に近付く。ソーメーはやれやれと近づいてよく見れば、熊の喉の辺りに確かにダニにしては大きなものが付いていた。


 ソーメー「なんかの妖虫(ようちゅう)に、やられたんだな...鈍臭い奴だな」


 ソーメーやれやれとしゃがみ込むと一気にその妖虫をむんずと掴んで熊から引っぺがすと、勢いよく立ち上がってそれを山の方へ放り投げた。


 ソーメー「これで一安心、さ、行きましょう」


 女性「でも、このまま放っておいて大丈夫かしら?」


 ソーメー「あぁ、大丈夫、大丈夫。こんなこんなことくらいで、熊神が死ぬことなんてありはしませんよ。暫くすれば、元気に山へ帰っていくでしょう」


 女性「熊神?」


 ソーメー「...あーえーと、神様みたいにでかい、要はここら辺の山の主みたいな図体の熊を例えた比喩ですよ」


 女性「そうですか...まぁ、私達だけでこの大きな熊を家まで連れていくことはできませんし...そうですね、こんなに大きな熊なら大丈夫かもしれませんね」


 ソーメーと女性は道を邪魔している熊を遠ざけて道の端っこをようやっと渡って女性の家へと向かった。

 ソーメーはそこで山菜汁をたらふくご馳走になり、あまつさえ、麦飯の握り飯をもらって家を出た。


 ソーメー「いや〜、人間にもいい奴がいたもんだ。さ、腹も満たされたし、張り切ってちゃっちゃか目的地へ向かわないとな!」


 ソーメーは急に元気になって、走り出し、それは獣のような速さであった。


 〈人里にある道端〉


 昼も過ぎて腹が減ってきたソーメーは、どこかで一休みして貰った握り飯を食べようと当たりをキョロキョロし始めた。

 すると何やら妖怪が化けた人間が、傘を被った不細工な小僧に話し掛けている。よく見れば、雨降り小僧である。何やら面白げだと、ソーメーは急いでいるはずなのだが、また寄り道。さささッと近くの茂みに隠れて二人の話に聞き耳立てた。


 化け狐「魚をうんとやるから、雨を降らせてくれまいか。愛子が、嫁入りするんだ。雨降りの晩ではないと、人に見つかって大変なことになる。できれば愛子だ、盛大に送り出したいんだよ」


 雨降り小僧「それはそれは。承知。して、魚は何処か?」


 化け狐「仲間が今、持ってきてくれる算段になっているから、暫し待たれよ」


 雨降り小僧「そうかそうか。狐は義理堅いからな、嘘はつくまい。して、いつ降らす?」


 化け狐「急で悪いが、今日の夜にお願いしたい」


 雨降り小僧「そうかそうか。なら、魚を食べてからでも遅くはないな。なら、我も腹が減っているのでな、届けにくるという仲間のところまで行こうではないか」


 化け狐「それは良い。海沿いにいるはずだから、一緒に行こう」


 二人は早々に話を切り上げて、歩き出した。ソーメーはもしや魚のおこぼれに預かれるかもと、目的を忘れてついて行ってしまう。


 〈海の堤防〉


 ザザーン ザザーン


 波と音が心地よく、海塩の匂いが風に乗ってふわっと鼻をつく。


 化け狐「おお、あそこにおりましたわ!おーい!」


 狐の仲間と言っても人間に化けているのであるが、手を振っている。手には漁業網を持っていて、ずるずると数人がかりで引き摺っている。

 雨降り小僧と化け狐はゴツゴツした岩の近くの浜で合流して、大量大量と話をしている。

 じーっと遠くからソーメーは今か今かと息を殺して見ているが、魚は一匹残らず雨降り小僧がそれはそれは時間を掛けて平らげたものだから、余り物など残るはずもなく、ソーメーはがっくりと肩を落とした。

 ここに居ても仕方ないと思ったソーメーは、握り飯を食べようとまたキョロキョロと辺りを見回す。すると急にお天道様に曇りが掛かって、もくもくもくと広がって行くと黒い雲になる。これはひと雨くるなと、走り出した。


 〈近隣の人間の家〉


 ソーメーは、急いで近くの家の軒下に入る。


 ザーザーザー


 本降りになってきて、これではずぶ濡れで風邪を引いてしまうと少しここで休んでいくことにした。


 ガラガラガラ


 ここの家のお婆さんが戸を開けて、顔を出した。


 お婆さん「あらいやだ...今日は、いい晴れっぷりだったのにねぇ...全く、今日は厄日かしらねぇ。息子が漁に出れば魚がからきし取れないというし、網も盗まれて、こんな雨じゃぁ八百屋に行くのも面倒だねぇ...全く付いてないわねぇ〜...ん?」


 雨を見上げながら嘆いていたお婆さんは、ようやっとソーメーに気づく。


 お婆さん「あら、どちら様で?」


 ソーメー「えーと...すみませぬ。旅をしているものなのですが、この雨で、雨が止むまで少々軒下をお借りしようかと...ダメでしょうか?」


 お婆さん「いえいえ、こういう時はお互い様ですよぉ。なんなら、ここいら辺は宿も近くありませんし、今日は私の家で良ければ泊まって言ってくださいな」


 ソーメー「いやいやそんな」


 お婆さん「あなたからは良い気が感じられるし、丁寧な言葉遣い、私の息子にも聞かせてやりたいくらいです」


 ソーメー「息子さん?」


 お婆さん「ええ。でも、嫁を貰って家を出てしまってね。爺さんも早くに亡くなって、私一人なんですよぉ。できれば、こんなおばばの話し相手は嫌かもしれませんが、宿を貸す代わりと言っては何です、少し付き合ってもらえませんかね?」


 ソーメー「...そういうことでしたら。俺でよければ、いくらでも話は聞きますよ」


 ソーメーは結局、そこの家に一泊することにした。話を云々と聞いてやると、たんと夕餉を出してくれて、昼飯を食べ損ねたこともあり、ソーメーはありがたやとたんと食べた。


 その夜のこと、何やら外の方がチカッと光った気がしてうとうとしていたが目を覚ましてソーメーは起き上がった。そろりそろりと寝ているお婆さんを起こさぬように音を立てずに歩いて、扉を少し開けて外を伺った。

 

 シャーン シャーン


 鈴の音が鳴って、小雨の中、火の山のようなのが道を作って夜道を照らす。そこを、狐が紋付袴の出立でゾロゾロゾロゾロ歩いて行く。一番後ろには人力車に乗った、白無垢の花嫁がいた。目を細めてよーく見れば、狐である。これは、狐の嫁入りだと気づいたソーメーは目が合わないようにそっと扉を閉めた。

 狐の嫁入りは、邪魔をしてはならぬとされているからである。邪魔をすれば、祟られるか、袋叩きにされるか、兎に角、狐にとって嫁入り道中はそれほど大事な行事なのである。

 触らぬ神に祟りなしと、ソーメーはまたそろそろと寝床に帰ってグースカと眠った。


 明朝、カタカタと音がして目が覚めたソーメーは、何事かと目を擦りながら起きた。どうもお婆さんがどこかに出かけるようで、朝早いが起きてしまった手前二度寝もどうかと思い、お婆さんの後へついて行くことにした。


 〈獅子頭のいる神社〉


 付いて行くと、でっかい獅子頭が置かれている神社に入って行った。ソーメーも、そろそろと付いて行く。尾行がバレないように距離を置いて、物陰からお婆さんの様子を伺った。


 お婆さん「どうかどうか、獅子頭様!今日こそは、息子が大漁でありますように」


 そうブツブツと、何度も何度も唱えているのである。熱心だなぁとソーメーは思いつつ見ていた。暫くずっと拝んでいたが、ようやっと気が済んだのかお婆さんは家へ帰って行った。

 ソーメーはひょっこり物陰から出てきて、獅子頭の前に立つ。


 ソーメー「ははー...何ともでかいもんで。こりゃー、拝みたくもなる...のか?」


 獅子頭様「ははははは!猫又よ!わしは、厄除天井大獅子様よ!熱心に拝めば、効果抜群よ!」


 ソーメー「うぉおお!!ただのハリボテかと思えば、喋ったよ。はは〜...これはこれは...ん?」


 ソーメーは何処かで聞いたことがある声だと頭を下げようとして、顔を上げてじっと見る。


 ソーメー「...大猫のおぉばば様か?」


 大猫「おやまぁ、バレちまったかい。そうさぁ、なんだかチンタラうちの子がしてるって耳にしてね。こうして様子を伺いに来た...いや違うかしらねぇ〜...今風にいれば、リモートいうのか。で、今だに帝都をほっつき歩って、何してんだい?」


 ソーメー「あーいやーえーと...」


 大猫「全く、世話係の金、銀と、そっくりだね。仕方ない、もう少しあっちに行けば湯谷がある。そこは繁盛してる妖怪湯谷で、大きい時空続きになってる。そこから、出羽...福島へ行きなさいな。にしても、なんでうちからでも行けるのに、歩いて行こうとするかね」


 ソーメー「...ええ!!だって、金ねぇちゃんは歩いて行ったって!」


 大猫「そりゃそうさ。ちょっと先のお使いなんだからさ。あんたが行くのは、福島だよ。あんた、何日かけて行くつもりだったんだい。そんな飯あげてないでしょ?」


 ソーメー「確かに...くっそー...また、金ねぇちゃんに騙された!」


 大猫「少し考えれば分けることさ。騙される方が〜悪い。さっさと行きな、また腹が減ったなんて人の家に転がり込むんじゃないよ」


 ソーメー「へぇーい...おぉ〜怖...クワバラクワバラ」


 ソーメーは今までのことをまるで見てきたような大猫の物言いに恐ろしさを感じて、駆け足でその場を去った。


 〈近くの妖怪湯谷〉


 ソーメー「はぁ...やっと着いたか、福島。まぁ...あんな便利なもんがあるなら、もっと早くに教えてほしいもんだね」


 ソーメーは大猫の言う通り湯谷に寄れば、真っ黒な顔の黒仏がいた。優しい顔をした童形(どうぎょう)姿で、ニコニコしながら案内してくれた。


 黒仏「大猫様から、事前に話は聞いておりますでね。お急ぎとのことで、もう扉は開いておきましたわ」


 黒仏の後をついていけば、温泉の奥の方に何やらもくもくと湯気がすごい出ている場所があった。そこへズンズン進めば、滝のような勢いで温水がザバザバどこからか落ちてきていた。


 黒仏「さ、この湯ノ滝を通ればすぐ、出羽ですわ」


 ソーメー「あんな、すごい勢いで落ちてきてる温水の中を行くのか?」


 黒仏「大丈夫大丈夫だわ。時空続きはみな、あんなもんだ。溺れ死ぬわけでもねぇで、ビビらず行けばわかるで」


 ソーメー「ビビってねーし!」


 ソーメーは意地っ張りのため、そう言われると躍起になって胸を張ってズンズン進んで行く。

 確かにすごい勢いで落ちてくるもののそれは見かけだけで、濡れもしない。ちょっと通る時にピリピリと痺れを感じるだけで、通り抜けて仕舞えば、あら不思議、福島についてしまったのである。

 

 〈福島 猫啼温泉〉


 黒猫そめ「お待ちしてましたにゃぁ〜」


 式部乃宿と書かれたのれんがかけられた趣のある旅館から猫啼温泉と書かれた猫のマークが入った半被を着た小柄で元気な上は白に半被と同じ藍色染の袴を着付けた黒猫が出てきた。


 ソーメー「あ、あぁ...どうも」


 黒猫そめ「ソーメー様ですにゃ。ささ、そんな構えずに、宿は休業しておりますから人間は来ませんにゃ。それにソーメー様が来ると聞いて、霧隠の術で宿は人間には見えないようになってるんですにゃ」


 ソーメー「へぇ...晴明様の秘伝が、生かされてるのかぁ〜。湯谷はみな晴明様の庇護下にあるからなぁ〜」


 黒猫そめ「ですにゃ。それはそれとして、源泉が止まって困ってますにゃ。営業できないですにゃ」


 ソーメー「ふふふふふ!晴明様の弟子であるこのソーメー様なら、ちょちょいのちょいよぉ〜!!」


 黒猫そめ「うふふ、それは心強いですにゃ。では、早速見てほしいですにゃ」


 そめの案内で源泉に向ったソーメーは、宿の裏にある山へと向った。山を少し登ったところに湯畑があり、ボコボコと湯が本来なら沸いているはずが、カラカラに乾いているのである。


 黒猫そめ「本来、ここ一面に湯が湧き上がっているですにゃ。でもある時をきっかけに、急に湯が沸かなくなったにゃ」


 ソーメー「へー...」


 黒猫そめ「どうですにゃ!わかりましたかにゃ?」


 ソーメーは意地っ張りな性格で、大きく出た手前、分からないとも言えずに何やらそれらしい考えてる風を装ってのらりくらり。内心は焦って、顔色もやや悪い。


 星流「どうかしたんですか?」


 煮え切らないソーメーに、困った顔のそめの所に錆猫の猫又である星流がやってきた。まだ子猫で小さいがおカッパ頭で目がクリクリしていて可愛らしいが、一見ボーイッシュな雰囲気がある雌猫である。変哲もない厚手の黒の作務衣を着て、ソーメーの噂を聞きつけたのかやってきたようだ。と言っても、元々用があって式部乃宿に居たのでわざわざソーメーのために居た訳ではないのである。


 黒猫そめ「あ!星流さん!それが...それがですね、俺にどんと任せろと言ったきりあーとかうーとかいうだけで、全然まともな話をしなくなったんですよ。困りました」


 そめは星流に小走りで駆け寄ると、うんと小さな声で耳打ちする。


 星流「...はぁ...そうなんですか。それは...困りましたね。ふ〜ん...」


 星流はてくてくとソーメーに近いづいて、その後をちょこちょことそめは付いて行く。


 星流「どうかしました?ソーメーさん」


 ソーメー「え?いやいや、どうもしないどうも...え?誰?」


 星流「私ですか?私は、晴明館で働いてる星流と言います」


 ソーメー「へー...晴明館...あぁああああ!!!お前かぁ!!!俺が働きたいと懇願しても入れてもらえなかったのに、なんか転がり込んだっていうのは!!」


 星流「...噂通り...まぁ、結果そうなっただけですけど。それを決めたのは、玉藻さんなので」


 ソーメーはぐぬぬと口をひん曲げて顔が険しくなって、黙る。


 星流「...それで、湯が枯れた原因は分かったんですか?」


 ソーメー「...それは...それは...もう、源泉そのものが枯れたとしか思えないね!」


 星流「...はぁ...噂通り...」


 星流は小さなため息と共に、小さな声でぼやく。

 星流は星流の方で、今回の件を玉藻から調べてくるように言われて来ていたのだ。ただ、宝乃宿にも依頼をしたと聞いていたため、宝乃宿をたてて、もしも向こうが解決できないようなら“手助け”しなさいと言われて来ていたのだ。

 ついてみれば、宝乃宿の者は一向に現れないし、仕方なく、式部乃宿を見学させてもらい若輩者としていい機会なので勉強させてもらうという名目で来てる手前、しゃしゃりでる訳にもいかず、宿の手伝いをしながら待っていた訳である。要は、東の縄張りの事なので、玉藻は依頼を正式には受けなかったという訳である。

 そういった事情があり、待っていればこれである。

 向こうでもある程度、噂は耳にしている。というか、勝手に入ってくるのだが、何せ、宝乃宿の者は意地っ張りが多く、おっちょこちょいが揃っている、ということであった。


 だからこそ、星流がここへ来た訳である。


 記憶をなくしてから、玉藻には拾ってもらった恩があり、行くあてもなく、働き口も世話してもらい、玉藻には頭が上がらない。

 かれこれ、もう一年は経っていて、星流の潜在能力は、玉藻も認める所である。

 特に推理力に長けていて、晴明館のへっぽこ若女将のサポートを陰ながらしているのは、流星である。それも、玉藻の命であり、助言付きだが。


 今回も、玉藻より助言は受けてきていて、大概の予測はついている。その原因となることも調べはついていて、本当であればもうすでに事件解決しても良いのだが、建前というのがあって、そうもいかないというのが現状である。


 黒猫そめ「どうしましょう、どうしましょう。源泉が本当に枯渇してしまったら、うちはもう畳まないといけません。先代から続いたこの旅館も、もうおしまいだなんて...」


 そめが今にも大泣きしそうに顔を両手で伏せてしゃがみ混んでしまったため、流星はこれはまずいと思案して、ソーメーに横へ並ぶ。


 流星「おいおい、それは流石にまずんじゃないのかい?君は、晴明様の“お弟子さん”なんだろう?それが、枯渇しました。仕方ないですよね、では、恥ずかしくないのかい?」


 耳元でわざとらしくそういった流星に、ソーメーはハッとしたような顔になる。


 流星「それにこのまま何もしないで帰れば、宝乃宿の大猫様の面子が丸潰れさ。それはいかにしても、まずいだろう?...それに...今回の件、何やら妖怪が絡んでるとかいないとか」


 ソーメー「なんだって!!!それは早く言えよ!なら、早くその話を聞かせてくれ!!」


 ソーメーは急にイキイキとし出して、流星の両肩をむんずと乱暴に掴むとガクガクと揺さぶりながら急かす。


 流星「ま、待て、この馬鹿者!」


 流石の流星でもガクガク揺さぶられればたまったものではなく、ソーメーの手を振り解くと握り拳で一発ソーメーの頭を殴り付ける。


 ソーメー「ったああああ!!何も殴るこちはないだろう!!」


 流星「無作法だからだよ。仕方ない。そんなことより、話はこうだ」


 流星は気を取り直して、話をし始めた。


 事は遡る事、一月前、一人のカッパ、河太郎が河で遊んでいたことから始まる。


 河太郎は、友達がいなかったらしく一人で遊んでいたが、式部乃宿に家族で来ていた子供達が集まって、近くの河原へと遊びにいったのだという。

 初めは軽快したが、河太郎は面白いやつで見た目はどうあれ、優しいやつであり、子供達と仲良くなったのだそう。

 そこまではよかったのであるが、それを親に離してしまったのが悪く、そんな得体の知れないものと遊んではならないと、キツく怒られてしまったんだぞうだ。


 また明日ね


 と約束したのにも関わらず、子供達は何も言わず姿を消してというか、親は不気味がって計画より早く帰ってしまったという事なのである。


 ずっと待っていた河太郎は、裏切られたと思い込んで、それはそれは憤慨したそう。


 という話を、ソーメーに分かりやすくしてやった。


 ソーメー「ほほう。で?」


 流星「で??」


 ソーメー「それと、源泉が止まったのと、何が関係あるんだ?」


 流星「...こいつはほんまモンの、アホだ」


 ボソッと、心の声が勢い余って出てしまう。


 ソーメー「え?なんだって?」


 流星「...いや、なんでもない。だ、か、ら、それが何か、関わってるんじゃないかって話だよ。相手が人間同士ならいざ知らず、人間と、妖怪だ。妖怪が人間を恨むとしたら、どう?」


 ソーメー「......あっ...そうか。嫌がらせをする、可能性もあるな」


 流星「それに、地元の人間ではない、と」


 ソーメー「ははん...嫌がらせしたい相手がどこにいるか分からない場合、妖怪なら、近くの人間でうさを晴らす、そういうことか!」


 流星「まぁ...そうだな。そうなると、どこかにその原因が、あるかもしれない」


 ソーメー「そうかそうか!分かったぞ!よし、お前も一緒に来い!」


 ソーメーが何を分かったぞのかさっぱり分からないまま、流星は強引に手を引っ張られ、源泉のある方へと降りていった。


 ソーメー「これが、源泉の穴か!どれどれ...ん?時段何も変なところはないな。何か、詰まってるわけでもないし、近くで見た方がいいか?...わあああ!!!な、なんだ!!!」


 ソーメーは源泉の穴に近づくや否や、流星の手をパッと話て落ち着きなくキョロキョロ辺りを見回して、もっと穴に近づこうとして何やら見えない壁のようなものに弾かれた。


 ソーメー「おいおいおい!これは明らかに、おかしいぞ!...んーとしても、どうしたものか...」


 流星「...何か、術でも掛かっているのではないか?私は特殊な目で、普通ではないものも見えてしまう。そこは何か、異様なものがあるように見える」


 ソーメー「ほほーう。なるほどな。一応、噂は耳にしてるぞ。術が、効かないそうだな、お前」


 流星「全てはそうではないが、ある程度の術は、私にはないも同然。よっぽど、高徳な術士でない限り、ね。それこそ、玉藻様や晴明様くらいでない限り、たかが、妖怪の妖術など、私には効かぬ」


 ソーメー「で、これはなんだ!」


 流星「...だからといって、それをどうこうできるわけではない。お前こそ、晴明様の弟子というのだから、術を解く方法はないのか?」


 ソーメー「うんだそれ。役に立たないな」


 流星「お前に、言われる筋合いはない」


 ソーメー「...まぁ、なんだ。それにしても、これがなんだか分からないのに、流石の晴明様の弟子の俺とて、術は解除できない」


 流星「...はぁ...何かある...原因は、河太郎にある。河太郎は、河童である」


 ソーメー「そんなことは分かってる...ん?」


 流星「どうかした?」


 ソーメー「ふふふ、なるほどなるほど。分かっちまえば、簡単よ!要はこれは河童の仕業、そーゆー訳だな!よしよし、ならば!」


 ソーメーは意気揚々に何やら呪文を唱え始めると、はぁ!!っと大きな声を張り上げた。


 が、何も起こらない。


 星流「...何も起こらないけど...」


 清流はやっぱりなという顔を一瞬するが、すぐに顔を整えて真顔で聞く。


 ソーメー「あれ?あれれ??っかしーなー?ええ?」


 流星「...そういえば...なんだか、憑き物に疲れたみたいに人が変わった人がいるとかいないとか...」


 ソーメー「なんだって!おい!すぐに、そいつの家に行くぞ!」


 ソーメーは場所も分からず、走り出してどっちだってとなって、直ぐに戻ってると流星の片手を握って慌てた様子で走り出す。


 流星「やれやれ」


 〈噂の人間の家〉


 ソーメーと流星は、街で一番若い奥さんを最近貰ったと噂のくそ真面目な男という人間の家に来た。当然、二人ともきちんと人間のふりをしている。


 ソーメー「ごめんくださーい」


 人間の嫁「はーい。どちら様で?」


 ガラガラっと戸が開いて、中から若くて可愛らしい女性が出てきた。


 ソーメー「ちょっと、旦那の知り合いのもんでね。近頃ちっとも仕事にこねぇってんで、心配になって...まぁ...新婚の家に行くのも迷ったんだが、それにしてもねぇ」


 人間の嫁「ええ、ええ、それはそれは...折角ですので、中で休んで行ってくださいませ」


 察しがいいのか、人間の嫁はどちらかといえば急かすように家の中へと招き入れる。

 ソーメー達は人間の嫁に勧められる通り、居間に通され座布団の上に座った。


 人間の嫁「で...要件というのは」


 ソーメー「だから」


 星流「奥さんも、薄々は気づいていると思うけど、噂になってるんですよ。旦那さん、どーもおかしいってね。何かに取り憑かれた、そんな感じだと聞いたものですから。私達も半信半疑でいたのですが、どうも噂にしては信憑性のある話ばかりでね」


 人間の嫁「そうですか......もう無理なのですね...」


 星流「ええ、難しいかと」


 人間の嫁「...はぁ...」


 星流「私達は、何かご協力できることがあれば、と思いましてきた次第です」


 人間の嫁「本当ですか!ありがたいです...なら...まずは...こちらへ」


 人間の嫁は、ソーメー達を奥の座敷へと案内し廊下の前でピタッと止まる。そして、そろそろと音を立てないよう障子を少し開ける。

 人間の嫁は何も喋りはしなかったが、中を指さして見てというように一歩下がる。ソーメー達は、顔を見合わせると、無言で頷き合って部屋の中を覗く。


 すると中では、ぐうだらと腹を出して腹をボリボリ掻いて気だるそうに左手を枕にして横になってる男がいる。髪の毛もぐしゃぐしゃの寝癖だらけで、髭もぼうぼう。大欠伸をしてうっつらうっつら船を漕ぎ、眠たそうにしている。

 街一番のクソ真面目の男とは、縁遠い。


 そこから少しして、居間に戻ってきた三人。


 人間の嫁「結婚する前もした後も真面目でとても優しかったのですが、急にあんな風になってしまって...私もどうしたらいいか困っているのです」


 ソーメー「まぁ、憑いてるとしたら、ありゃ〜河童だろうなぁ」


 人間の嫁「分かるんですか!」


 ソーメー「あぁ!まぁ、俺もちょっとは名の知れた祈祷師の弟子でな、見えるんだよなぁ〜これが」


 人間の嫁「祈祷師様なのですか!なら、どうにかできるんですか!」


 ソーメーが弟子の部分だけ小さな声でいうものだから、人間の嫁は祈祷師だと信じてソーメーに縋るように両手を合わせてこすり合わせる。


 ソーメー「まぁまぁ、簡単よ!オメーさんは、ここにいてくれ。物付きは、強制的に剥がそうとすると暴れるからな。俺達に、まかしときな!」


 ソーメーは偉そうにそう言い張って、人間の嫁を居間に残すと奥座敷へと勢いよく入っていた。


 スパーン


 小刻みいい音がして、流石の人間の男も飛び上がる。


 人間の男「なんだ!お前ら!」


 ソーメー「おうおう、さっきまでグースカ、眠ってたわりに、元気がいいなぁ〜。なぁ、河太郎さんよぉ〜!!」


 人間の男は驚いたらしく目をひん剥いて、焦った顔をしている。


 人間の男「くっ...お前ら、人間じゃねぇな!くっそ、まさか妖怪を連れてくとは!卑怯だぞ!」


 ソーメー「何が卑怯だ!この馬鹿タレ!」


 ソーメーは言いながら、河太郎に飛び掛かる。流石の河太郎も予想外だったらしく、タックルされた状態で家の柱にドーンと突き飛ばされる。


 ソーメー「よし!縄を持て!」


 星流「...なんだね...用意しておいて、よかったよ」


 星流は袖にしまっておいた縄を取り出すと、ポイっとソーメーへ投げる。ソーメーはそれを受け取ると、柱に頭を打ちつけて気絶している河太郎を柱にぐるぐる巻きにする。


 ソーメー「これで、人安心だな」


 星流「一安心ではないでしょ。河太郎は人間から出て行ってないし、温泉も止まったまま。まずは河太郎に術を解かせないと、解決しない、でしょ?」


 ソーメー「あっ!...そうだな」


 ソーメーは河太郎の着物の襟を持つと、もう片方の手で河太郎の頬を容赦なくビンタする。


 河太郎「...いた!痛いだろう!!何すんだ、お前!!」


 ソーメー「何すんだじゃねぇわ!テメェ、人間に取り憑くだけじゃ飽き足らず、温泉の源泉止めやがっただろう!こっちはな、はるばる遠い場所から来てんだ!さっさと人間から出ていって、掛けた術を解きやがれ!じゃねぇと!」


 河太郎「わーた、わーった!!やめろやめろ!地味に痛いんだよ!」


 河太郎はソーメーの手が思い切り振り上げられたのを見ると顔を真っ青にして、こりゃたまらんと目をぎゅっと閉じて叫ぶ。

 

 ゴン


 河太郎の頭に一発、ソーメーは握り拳で殴りつけるとなんと、河太郎が人間の口からにゅるりと煙か魂か、と言う具合に出てきた。

 当然、人間の男は意識を失って白目を剥きながらぐったりしている。

 

 河太郎「あたーーー!にーさん、そんな思い切りなぐらんでも、いいだろうに」


 ソーメー「うっさいわ!そんなことはどうでもいい!こっちは、急いでんだ!さっさと源泉を元通りにしやがれ!」


 河太郎「あぁ...まぁ...」


 歯切れの悪い河太郎の首根っこを掴んでずるずると引っ張っていくと、人間の嫁に適当に挨拶して式部乃宿へと戻っていった。


 〈式部乃宿〉


 ぽいっと、ゴミ出しのゴミみたいに河太郎を源泉の前で放り出したソーメー。


 ソーメー「さぁ!ちゃっちゃと、終わらせてろよ!」


 河太郎「あーはー...まぁ...」


 この期に及んでも歯切れが悪い河太郎に、ソーメーは腕を組んで仁王立ちでギロリと睨みつける。

 慌てた河太郎は急いでくるっと背を向けると、座り込み両手を合わせて擦り合わせぶつぶつ呪文を唱える。モクモクモクっとあたり一面が霧に覆われ他と思えば一瞬で、河太郎が呪文を唱え終わる時には大きな岩がドドーンと姿を現した。


 ソーメー「なんじゃこりゃ!!」


 河太郎「ふふーん!これぞ、河童石よ!見事なものだろう!」


 ソーメー「で、これがどうした」


 河太郎「どうしたも、こうしたもないわ!これぞ、河童の通り道!これがあれば、どこへでもいけるんだぞ!」


 ソーメー「だからどうした。俺は、源泉を元通りにしろ、そう言ったんだぞ」


 河太郎「まぁ...まぁ...それが...」


 ソーメー「それがなんだ!」


 河太郎「それが...この石は、元は小さな石だったんだ。それこそ俺と同じ背丈くらいにな。だから、俺も運べた訳だ、ここにな。まぁーそれでも重たかったな〜。でもよ、そん時の俺は頭に血が昇ってて、くそ、絶対に仕返ししてやる。温泉なんぞ無くなれって思ってよ...まぁ、ここまで運んで源泉の穴を塞いだわけさ!」


 ソーメー「運べたのなら、今すぐ退かせ」


 河太郎「それが...その...その時に、ほれ、怨念深しは、鬼を呼ぶじゃないが、俺の怨念がこう、もくもくっとね...石に吸い込まれたんだよね。まぁ〜そしたらあんた、こんなに巨大になっちゃってさ〜...本当に湯が止まっちまってな...だから、俺にはどうすることもできなくてな。まぁ、そん時は愉快愉快で、そこらへんの酒を喰らって、なんだか幸せそうな男が近くを通ってたから、憎々しくてな...」


 ソーメー「で、取り憑いたってわけか。ったく、しょうもない...つーことは、この石をどうにかしないとって訳か...ふむふむ...まーでっかいが...蹴ったらどうにかできんもんか?」


 小首を傾げて考え事をし出したと思えば、急に後ろへタタタと走り出し、戻ってくるや全速力で走り、石を思い切り蹴飛ばす。


 ドーン


 石はソーメーに蹴り飛ばされて、山の向こうへ消えていった。


 河太郎「おい!テメェ!!何しやがる!!」


 河太郎は血相を変えて、石が消えた方向へと走っていった。


 暫くして、温泉がチョロチョロっと出てきてドバーっと沸いたとさ。


 ソーメー「いや〜...俺の活躍ときたら!天才だな、俺は!」


 星流「...馬鹿力でよかったな」


 ソーメー「なんだと!」


 星流「それはそうと、そめがお礼がしたいから今日は泊まっていってほしいと言っていたぞ」


 ソーメー「でもなぁ〜...急いで帰らないと...」


 星流「それはもう、大丈夫だろう。事は解決したのだから。それに、美味しい料理を沢山用意したとも言っていたな」


 ソーメー「そりゃ〜、無碍にできねぇな!じゃぁ、仕方ねぇ、一緒に泊まるかぁ〜」


 星流「私は用事があるので、帰る。そめにもそれは伝えてあるから、お前だけで楽しめ」


 ソーメー「あ、そう。じゃ〜、遠慮なく」


 星流を流れで見送ったソーメーは、宿に戻ろうとして一羽の青鷺を見つける。珍しいなと、ソーメーは思いながらも特に気にせず宿へと向かった。

 戻ればそめに手厚くおもてなしされて、たらふく食べたソーメーはすぐに眠くなりその日は宿でグースカ眠った。


 〈真っ暗な夢〉


 人間の男「おい!」


 ソーメー「なんだよ、眠いんだよ」


 人間の男「お前が殴ったせいで、たんこぶが痛む!どうにかしろ!」


 ソーメー「知らんがな」


 人間の男「今まではうまくいっていたのだ!家もそこそこ裕福で、親の言いつけ通りにもらった嫁のお陰だ!」


 ソーメー「なら、問題ないだろう?」


 人間の男「いいや、いいや!俺は、それが気に食わん!男が稼いでなんぼだ!女のお陰などと、恥ずかしくてたまらん!」


 ソーメー「そんなの知るか」


 人間の男「おお、そうかそうか!朝早く蔵の屋根に向かって、うつぎで作った弓で(よもぎ)の矢を放てば良いのだな!」


 ソーメー「おめぇ〜、誰と話してんだ?」


 人間の男「それ!あははは!当たったぞ!」


 ソーメー「何が当たった?」


 人間の嫁「何をしているのですか!」


 ソーメー「なんもしてねぇだろ」


 福の神「ワシに矢を射るとはなんと不届きもの!ワシはこの蔵を、出ていくぞ!」


 人間の嫁「私もあなたには、もううんざり!子供と一緒に出て行かせてもらいます!」


 人間の男「待ってくれ!待ってくれ!おおおおお...お前のせいだ!!」


 ソーメー「うぉおおお!!く、苦しい!!」


 獏「苦しいか、そち」


 ソーメー「みりゃ〜、分かるだろう!!」


 獏「そうかそうか。まぁ、日頃の行いを悔い改める、いい機会だぞ」


 ソーメー「俺はいい事はしたが、悪いことなどしてねぇ!」


 獏「そうかのぉ〜?して、小豆はどうした?」


 ソーメー「あ、あれは...腹を減らしたやつに食わせた」


 獏「ほほう...なら、握り飯はどうした?」


 ソーメー「あ、いけねぇ...忘れてて...ん?どうしたっけな?明日、明日ちゃんと食う!」


 獏「いい心がけじゃな。なら、ワシがその悪夢を吸い取ってやろうぞ」


 ソーメーは一人でぶつぶつ寝言を言っていたが、静かになってイビキをかき始めると暫くしてスヤスヤと眠った。


 朝が来て、ソーメーは何事もなかったように元気に起きる。


 黒猫そめ「では、お気をつけて。本当に、ありがとうございました!」


 ソーメー「あ、うん...じゃ、達者で」


 深々と頭を下げるそめに、別れを告げてソーメーは帰ると思いきや、昨日の夢が気になって、クソ真面目な男の家へと朝一番に向かった。


 そろーり、そりーり


 泥棒のように足音を立てずに、家の様子を伺う。朝早すぎて誰も置いてこないので、ソーメーは家に忍び込んで確かめようと思ったが、流石にまずいかと思い直して思い過ごしかと帰ろうとすると家の近くに小さな蔵を見つける。

 一応確認しておくかと、キョロキョロ辺りを見回しながら、中へと入る。


 ギギ ギギギ


 蔵は鍵は掛かっておらず、少し開けた扉からそろっと蔵の中へ。

 古めかしい蔵で、農機具は置いてあっても、金目のものはない。

 ただ、何か箒を持った箒のようなものがいる。それもせっせと、蔵を箒で履いているのである。


 蔵ぼっこ「おや?珍しいですな。妖の方が来るなんて何年ぶりでしょうか...猫又さんなんてもう何十年も会っていませんねぇ〜」


 ソーメー「お前...なんだ?」


 蔵ぼっこ「私ですか?私は、この蔵に棲む、蔵ぼっこです。この蔵が建てられてからですから、もう何十年もずっとここに住んでますねぇ。で、あなたは?」


 ソーメー「俺様は、ソーメーだ!」


 蔵ぼっこ「そうですか...で、何しに?」


 ソーメー「あ、いや...その...昨日、ここの人間と少し話があって話してな...で...まぁなんか、色々あって...心配で様子だけでもと思って...二人は大丈夫そうか?」


 蔵ぼっこ「ええ。そうです、昨日、河太郎をやっつけてくれたんでしたね。二人は、あれから仲睦まじく床を一緒にされましたよ」


 ソーメー「そ、そうか...ならいいんだ」


 蔵ぼっこ「ほほほ。随分と、親切な方ですね。あの二人はもう大丈夫ですので、心配ご無用ですよ」


 ソーメー「ああ...じゃあ、俺はこれで」


 ソーメーは小首を傾げながらやはりただの夢だったかと思って、蔵を出ようとする。


 蔵ぼっこ「そうそう。この近くに、小さいですが銭洗弁天があるんですよ。そこで、銭を洗いそれを大事に持っているとお金が増えると言う話です。ものは試し、一度行ってきたらどうですか?はい」


 蔵ぼっこがさささっと近づいてきて、ソーメーに5円玉を差し出す。折角なので5円玉を受け取ると、変な夢を見たし、拝んでおくかと銭洗弁天へと向かった。


 〈銭洗弁天神社〉


 蔵ぼっこに道順はしかと聞いていたので、銭洗弁天はそんなに遠くもなく少し山を登ったところにあった。

 銭洗弁天の前、手を合わせたソーメーは賽銭箱を見てしけてるなと思い、5円玉を入れそうになって止まる。


 ソーメー「これは洗って持ち帰らないとだからな......あ、これでいいか」


 ソーメーは、握り飯を出すと賽銭箱に乗せた。


 ソーメー「すまねぇな!これしかねぇんだわ」


 ソーメーは近くの小さな川を見つけるとそこで5円玉を洗い手にもつと、山を降りて行った。


 〈山中の道〉


 少しして、何やら賑やかな声がする。どうも人間達が起きてきたようで、それでもやけに賑やか。ソーメーは気になって、そちらへ向かった。

 稲荷神社で、それも大黒様と恵比寿様が神社を両脇に囲んで立っている。

 社自体は小さいものの大黒様と恵比寿様の石像の大きさと変わらないのである。そこに祭りなのか、人が群がっていると言うわけである。

 ソーメーは5円玉を持ち帰ろうと思ったが、何やらつい最近変なことが起こりすぎなのでここで験担ぎだとお参りする事にした。


 〈稲荷神社〉


 チャリーン パンパン


 ソーメーは手を合わせて、しかと頭を深々下げる。


 大黒様「おやおや、随分と信心深い猫又もおったものだな」


 恵比寿様「そうよのぉ〜...お?これは、大猫の所の子坊主じゃないか?」


 大黒様「ほうほう、懐かしいなぁ〜。大猫もさぞ、歳をとった事だろうよ」


 恵比寿様「そうさなぁ〜。ワシらもこちらに移動してもう何年も経つ...懐かしい懐かしい」


 大黒様「よし、折角だ。何かやろうか」


 恵比寿様「なら、これが良いだろう」


 ソーメーには全く神様の声は聞こえていなかったのだが、拝み終わると手の中に小豆の豆が一粒あった。

 なんだか知らないが、小豆一個が戻ってきてなんだか幸先がいいなと浮かれながらまた、山を降る。


 〈山中の道〉


 鼻歌を歌いながら、浮かれていたのがよくなかった。道を間違えたのである。

 急に小雨が降ってきて、これはいかんと走ったのもよくない。地面が濡れてすっころび、手に持っていた小豆が少し先の沼に落ちた。

 立ち上がって泥を叩き落とすが、水っけがあって落ちない。仕方なく諦めて、沼に近づく。


 ソーメー「あぁ...こりゃダメだな...もう戻ってこないな」


 ソーメーはがっかりした顔で山を降って行った。


 ソーメー「はぁ...ついてないな」


 何度もため息を漏らしながらも歩いていけば後少しで里だという時、白い道士服を着た白髪で髪と髭が長い老人に出会う。


 山神「もし、そこの」


 ソーメー「...はぁ?なんでしょう?」


 山神「何か探し物はないか?」


 ソーメー「探し物?...あぁ、小豆がね、沼に落ちたんだ。だけどもうダメさ」


 山神「そうか、それでそんなにがっかりしているのか。小さき物にも目配りするその心がけ、良いぞ。少し待っておれ」


 ソーメー「え?...えええ??」


 呼びかけられたと思えばすぐに居なくなってしまい、少しすると掌いっぱいに小豆が湧き出た。


 ソーメー「なんなんだ?」


 ソーメーはきみが悪いと思ったが、でも小豆は悪くないのだからもらっておこうと懐にしまっていた巾着袋に小豆を入れて山を降った。


 〈人里〉


 着物も汚れたしすぐに帰ろうと思ったのだが、ずっしりと懐にある小豆が重く感じた。

 小豆洗いの事が気になって、気になって、湯ノ滝の前で考え込む。考えても考えても、小豆洗いに小豆を返そうと思う気持ちが膨らむだけであった。

 ソーメーは帰る前にと黒仏に頼んで、小豆洗いのいる方へと向かった。


 〈橋の上〉


 小豆洗い「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」


 橋の上から橋の下を除けば、小豆洗いが川辺をぐるぐるしながら頭を抱えて小走りで走っている。ソーメーには全く気が付かず。


 小豆洗い「あの猫又!次に会ったら、皮剥いで鍋にでもしてやろうか!」


 険しい表情でぶつぶつ叫んでいるので、流石に会いにはいけず。

 仕方ないので、丁度小豆洗いが自分の真下にくる頃合いを見計らって、巾着袋ごと足の下の小豆洗いに落とした。


 小豆洗い「いた!なんだよ......お?お!小豆!!!」


 中身を見て喜んでいる小豆洗いを見て満足したソーメーは、今度こそ家に帰った。


 〈宝乃宿の大猫の部屋〉


 ソーメーは大猫と奥座敷に向かい合って座っている。


 大猫「大義だったわね」


 ソーメー「そうでもないよ。へっちゃらさ」


 大猫「でも、見栄を張って自分だけの手柄みたいに振る舞うのは、よくないわねぇ」


 ソーメー「え!」


 大猫「まぁ〜、それで夢見が悪くてもしょうがない、しょうがない」


 ソーメーは、真っ青な顔になる。


 大猫「でも、良いことをしたね。今日は、ゆっくり湯に浸かって休むといいよ」


 ソーメー「はーい」


 ソーメーは、恐ろしやと思いつつ、名前の通りに聡明に生きようっと思ったか否かは分からない。


終わり

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